ドット
第四十六話 地図の端に描くもの
同盟の人数が、二百人になった。
北西中央同盟。
その一覧を、俺は途中で閉じた。
全員の名前を見ようとすると、それだけで時間が掛かる。
顔まで思い浮かぶ者は、まだ半分もいない。
ただ、名前の横に付いた地域の印を見れば、誰に聞けば話が届くかは分かるようになっていた。
北は、北沢会から来た者たち。
川沿いは、河原連盟から来た者たち。
西端の五十人も、今はそれぞれ別の地域の者と仕事をしている。
湊から届く報告に、以前は知らなかった名前が増えた。
葉の記録を、別の城の者が手伝うようになった。
それでも、城の朝は静かだった。
「今日、出る?」
カイが聞いた。
「午前は出ない」
「午後は?」
「特に決めてない」
カイは少し考えた。
「じゃあ、畑の帰りに市場寄れるな」
俺はうなずいた。
そんな相談で一日が始まるようになっていた。
*
停戦後の処理が落ち着くと、急ぎの書簡が減った。
何もすることがないわけではない。
施設は建つ。
兵は訓練する。
土地の相談も来る。
ただ、返事を少し遅らせたら誰かの城が落ちる、という時間が減った。
夜に届いた書簡を、朝まで待てる。
食事の途中で席を立たずに済む。
俺は、それだけで随分楽になることを知った。
一方で、増えた相談もあった。
『西端の出兵の組み方を教えていただけませんか』
『内政の記録を見たいです』
『近い城同士で、どこまで決めていいのでしょうか』
同じ同盟になった者たちからだった。
朔は、説明するための記録を作っていた。
ただ、読んだだけで同じようにできるとは限らない。
「一度、一緒に動いた方が早いかもしれませんね」
朔が言った。
俺もうなずいた。
「でも、近くの砦がない」
遠征を組むには、少し大きな話になる。
弱い土地を取るだけなら、それぞれでできる。
何か、皆で相談しなければ進まないものが欲しかった。
そう考えていたとき、圭が紙を一枚持ってきた。
「これ、やってみませんか」
*
最初は、顔に見えなかった。
四角い升目を、いくつか塗りつぶした紙だった。
上に二つ、尖ったものがある。
真ん中に、塗られていない升目が二つ。
下の方は、横へ広がっていた。
「……城?」
「猫です」
圭が答えた。
横からカイがのぞく。
「耳、でかくない?」
「小さくすると、分かりにくくて」
少し離して見ると、確かに猫だった。
昔のゲームで見たような、角ばった顔をしている。
俺は紙と、机の上の地図を見比べた。
「土地で作るのか」
「はい。同盟の領地を色で見ると、四角く並びますよね」
圭が地図を拡大した。
取った土地は、同じ同盟の色になる。
取らない土地は、その間に残る。
形を決めて取得すれば、地図を引いたときに絵になる。
「ドット絵か」
「それです」
圭はうなずいた。
「一人で全部取ると、上限が厳しいですけど。何人かで分ければ」
俺は、紙をもう一度見た。
顔の中に、二つの目。
左右へ伸びるひげ。
やること自体は、土地を取るだけだった。
ただ、好きなところを勝手に取ったら、猫にはならない。
*
巌へ相談すると、すぐに返事が来た。
『面白い。どのくらいでかくできる』
俺は、少し警戒した。
『最初は、小さめで考えています』
『二百人いるぞ』
『二百人で一度に動く練習ではないので』
返すと、しばらくして、笑っているような文章が届いた。
『分かった。俺にも一か所残せ』
律には、場所の確認を頼んだ。
北西の、さらに端。
俺の城からも少し離れたところに、低いレベルの土地が続いている場所があった。
資源地としては、あまり魅力がない。
近くに城もなく、今のところ取得予定も重なっていなかった。
「誰かの進路を塞がない場所なら、大丈夫だと思う」
律は周囲の予定を確認してから言った。
「あと、何をしているかは近隣へ知らせておくね。急に何隊も来たら驚くから」
俺はうなずいた。
紙には猫しか描かれていない。
けれど、地図の上では、まとまった出兵になる。
その違いは、もう忘れないようにしていた。
*
参加の募集を出すと、思ったより多くの返事が来た。
最初は三十人ほど。
遠くから来る者もいるため、何日かに分けて進めることにした。
前半に来る者が、土台と輪郭を作る。
後半は、その土地を足場にして続きを取る。
最初から西端にいた者と、合流したばかりの者を混ぜた。
俺は参加者の一覧を見た。
初めて同じ班になる者ばかりだった。
「班の名前、どうします?」
湊が聞いた。
「場所でいいんじゃないか」
俺が答えると、圭が紙へ書き込んだ。
左耳。
右耳。
左ひげ。
右ひげ。
顎。
玄がのぞいた。
「俺、ひげ?」
「右です」
「城を落としたこともあるんだけどな」
「今日は、ひげをお願いします」
葉が言った。
俺は笑いながら、自分の担当を探した。
左の頬だった。
*
最初に困ったのは、目だった。
塗らずに残す場所なので、取得してはいけない。
ところが、片方の目の奥へ進むには、その手前の輪郭を先に取る必要があった。
「ここから真っすぐ行けば、早くないですか」
新しく参加した君主が、図を指した。
冬馬が首を振る。
「そこを取ると、目が埋まります」
「ああ」
相手は笑って、図を見直した。
進むためには便利な土地。
完成させるには、空けておく土地。
同じ一マスでも、目的によって扱いが変わる。
杏が、取得する順番を書いた。
「先にこっち。取れた報告が来たら、次の人が出る」
「同じ時間に出せばいいんじゃないですか」
「まだ隣接していない場所には、出せません。遠い人から先に出すのも、全部はできないので」
説明を聞いていた者が、自分の城からの移動時間を開いた。
隣の者と比べる。
出発する時刻は違う。
同じ班でも、帰ってくる時刻も違う。
その場で、誰がどこを取るかが少し変わった。
俺は口を挟まず、しばらく見ていた。
図の上の猫は、まだ何も変わっていない。
皆の方が、少しずつ変わっていた。
*
内政の相談は、出兵を待つ間に始まった。
「この人数を出すなら、先に徴兵した方がいいでしょうか」
そう聞かれ、朔が編成を見た。
「今回の土地なら、今の武将で十分だと思います。確認してからになりますけど、兵を増やす必要はなさそうです」
「余った資源は?」
「次に建てる施設は決まっていますか」
そこから、城の話になった。
取得に使わない資源を、何へ回すか。
留守の間に終わる建設の後、どのくらい資源が残るか。
食糧を増やす武将を、出兵のついでに外してしまっていないか。
朔は、本人の画面を見ながら聞いていた。
隣で圭が、自分の記録の付け方を説明する。
紬も話に入っていた。
「私は、最初に全部上げようとして止まりました。足りないものからにした方が、分かりやすかったです」
教わっていた頃の話を、自分の言葉で伝えていた。
相手がうなずく。
朔が、少し離れたところからそれを見ていた。
俺も、同じように見ていた。
*
現地は、絵には見えなかった。
草。
低い木。
小さな起伏。
土地を一つ取っても、目の前の風景が四角く塗り替わるわけではない。
表示の色だけが変わる。
カイは周囲を見回した。
「本当に、ここが顔になるの?」
「地図だと」
「歩いてたら分からないな」
「そりゃ、そうだろ」
冬馬は道を確かめていた。
今回は防衛の記録ではなく、参加する部隊が通りやすい場所を探している。
「北側は荷車を通せます。南は少し遠回りです」
早苗がそれを聞いて、食事を置く場所を北側へ変えた。
参加者が、ぽつぽつと到着する。
初めて会う者同士が、名前を確かめていた。
「右耳の班ですか」
「いえ、顎です」
「ああ。自分、左ひげです」
俺はその会話を聞いて、思わず顔を伏せた。
数日前まで、前線と増援の話をしていた。
今は、猫の顔のどこを担当するかで、相手を探している。
*
一日目は、輪郭の半分まで進んだ。
地図を引くと、少し曲がった線が見える。
猫には、まだ見えない。
玄から書簡が来た。
『これ、完成しても分からないんじゃないか』
圭がすぐ返す。
『まだ右側がありません』
『俺のせいみたいに言うなよ』
『右ひげなので』
別の班から、笑ったという返事が来た。
同じ連絡欄へ、取得報告も流れていた。
ただ、雑談に埋もれないよう、葉が報告をまとめる場所を分けた。
参加できなくなった者が一人出た。
城で先に済ませたいことがあるという。
湊が、その人の担当を別の者へ回した。
「すみません」
「大丈夫です。次に来たとき、空いているところをお願いします」
それで話が済んだ。
誰かが抜けても、全部を最初から決め直す必要はなかった。
同じ班の者たちが、自分たちで次の順番を確認していた。
*
二日目、間違いが起きた。
目にするはずの土地が、一つ埋まった。
取得した本人から、すぐに報告が来た。
『座標を一つ見間違えました』
地図を開く。
猫が、片目を細めたような顔になっていた。
カイが笑った。
「眠そう」
俺も笑いかけたが、相手の次の書簡を見てやめた。
『皆さんの分を台無しにしてしまって、申し訳ありません』
俺は返した。
『一マスなので直せます。まず、その土地から先へ出さないでください』
放棄できる時刻を確認する。
その場所を使わずに進める順番へ変える。
杏が図を直し、葉が該当する班へ知らせた。
その後、俺はもう一通送った。
『早く知らせてもらえて助かりました』
返事は、少ししてから来た。
『次は、出す前に班の人と確認します』
カイはまだ地図を見ていた。
「この顔も、悪くないけどな」
「完成したのを見てから言えよ」
「両方残しとけば?」
俺は少し考えて、途中の地図も記録へ残した。
*
巌が来たのは、四日目だった。
自分の担当を取りに来たという。
連れてきた部隊を見て、俺は振り返った。
「多くないですか」
「途中で訓練もしてきた」
「ここ、一マスですよ」
「分かってる」
巌は地図を開いた。
「どこだ」
圭が指した。
「鼻です」
巌が黙る。
それから、大きく笑った。
「いい場所を残したな」
その一マスを取ると、顔の真ん中に色が付いた。
目と口の位置が、急にはっきりした。
周囲から声が上がった。
地図を見ていた者が、隣の者へ見せる。
まだ完成していないのに、もう猫だと分かる。
巌が、俺の肩を叩いた。
「ほらな。俺が来たら、締まっただろ」
「鼻だけですけど」
「顔には大事だ」
カイがうなずいた。
「ないと、ちょっと変だった」
「分かるやつがいる」
俺は、何も言わずに笑った。
*
最後の一マスは、最初に予定していた者とは別の君主が取った。
遅れて参加した、中央側の人だった。
城から遠く、到着が間に合わないと思っていたらしい。
帰る予定だった班が、自分たちの最後の担当を一つ残していた。
「ここなら、もう隣接しています。お願いできますか」
湊が聞くと、その人は何度も地図を確かめた。
出兵する。
皆で、到着を待つ。
戦闘報告が付いた。
取得完了。
俺は地図を引いた。
北西の端。
世界の外へは進めない、その少し手前に、角ばった猫の顔があった。
二つの耳。
空けて残した目。
左右に三本ずつのひげ。
地形の細かな表示を閉じ、領地の色を中心に見ると、さらに分かりやすくなった。
「できた」
誰かが言った。
それから、あちこちで同じ声がした。
目の前には、ただ草地が広がっている。
遠くで、戻ってくる部隊の旗が揺れていた。
それでも、皆が同じものを見て笑っていた。
*
完成した地図を、同盟の連絡欄へ載せた。
参加していなかった者からも返事が来た。
『本当に猫だ』
『ここまで来るの、大変じゃないですか』
『次は何を描きます?』
俺は最後の一文を見て、少し身構えた。
巌が先に返していた。
『次はもっと大きくてもいいな』
『土地の上限と、場所を確認してからです』
俺が送ると、玄から返事が来た。
『副盟主、仕事に戻るの早い』
食事の場所では、別の地域の者同士が座っていた。
自分の城なら何が足りないか。
今回、誰の返事が早くて助かったか。
次に部隊を組むなら、何時頃が都合いいか。
話は、もう猫だけではなくなっていた。
戦闘で勝った報告は、一つもない。
取った土地の収入も、多くはない。
ただ、俺のところへ来なくても続く会話が、以前より増えていた。
*
帰る前に、カイと少し離れたところを歩いた。
地面には、部隊が通った跡が残っていた。
「ここ、どこ?」
カイが聞いた。
俺は地図を開いた。
「左の頬」
「顔の上を歩いてるのか」
「そうなるな」
カイは足元を見てから、もう一度地図をのぞいた。
「これ、しばらく残すんだろ」
「うん。持っていてもらえる人には頼んだ。手放したい人が出たら、そのとき相談する」
「また目が変わるかもな」
「眠そうになるやつ?」
「うん」
俺は笑った。
表示を少し引く。
自分の城が見える。
玄の城。
葉の城。
さらに東へ、今は同じ同盟になった城が続く。
その端に、猫がいた。
敵の位置を探すためでも、取る砦を選ぶためでもなく、地図を眺めた。
カイが、帰り道を指した。
「飯、まだ残ってるかな」
「さっき食べたろ」
「帰る前に、もう一個」
俺は表示を閉じた。
今日は、少しくらい寄り道してもよかった。




