調停
第四十五話 終わらせる席
降伏の申し出は、天衡から直接届いた。
組織的な抵抗をやめ、条件の協議に応じる。
巌から転送された書簡には、そう書かれていた。
湊班が北東の集結地を崩し、巌の主力が東から押し込んだ。
西へ送る兵を戻せば、戻した先で城を守らなければならない。
その間に、北西開拓会と河原連盟が道を取り返した。
天衡はまだ大きかった。
城も、砦も、兵も残っていた。
ただ、別々の場所で減り続ける戦力を、立て直せなくなっていた。
『追撃を止める。守備は解くな』
巌からの指示に、俺も了承を返した。
交代を待っていた部隊を下げる。
休ませる予定だった者を、今度こそ休ませる。
その手配をしている間に、律が新しい書簡を持ってきた。
「会議に、仲裁が入る」
「どこから?」
「天冠」
俺は手を止めた。
順位表の、一番上にあった名前だった。
*
第三世界で、人数も砦保持数も一位。
天冠の代表は、降伏条件を話し合う場を用意すると申し出ていた。
会場は、前線から離れた城。
停戦中の移動経路と、護衛の人数まで書かれていた。
招かれているのは、戦った同盟だけではなかった。
北東の有力同盟。
南東の大きな同盟。
そして、南西中央同盟。
「瀬名さんも来るのか」
「さっき返事があった。私たちが出るなら、顔を出すって」
少し、肩の力が抜けた。
律は参加者の一覧を机へ置いた。
「ただ、お祝いに来るわけじゃないね」
「分かってる」
そう答えたものの、なぜこれほど多くの相手が来るのかは、まだ分かり切っていなかった。
天衡との戦争は、俺たちが始めたものではない。
押し返して、相手が降伏した。
それで、終わり方を決めればいい。
俺は、まだそのくらいに考えていた。
*
会場では、巌が先に待っていた。
俺たちを見ると、片手を上げる。
「来たか」
「遅れました?」
「いや。俺が早かった」
机の前には、席札が並んでいた。
巌の隣に、俺の名前がある。
その横が律だった。
「ここでいいんですか」
「西の話を俺にされても困る」
巌は椅子を引いた。
「お前が答えろ」
向かい側には、天衡の席があった。
その少し奥へ、天冠の代表が座ることになっている。
各方面の同盟名を見ながら歩いていると、入口から声を掛けられた。
「お久しぶりです」
瀬名だった。
俺が頭を下げると、瀬名も軽く会釈した。
「北西は、ずいぶん変わりましたね」
「そうですね。俺も、少し前には想像してませんでした」
「でしょうね」
瀬名は俺の席札を見て、小さく笑った。
「西端の頃の約束は、こちらではそのまま扱っています」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。窓口も、引き続きあなた方でよろしいですか」
俺は律と目を合わせてから、うなずいた。
巌も、それを聞いていた。
何も挟まず、席を勧めた。
*
天冠の代表は、白瀬と名乗った。
声の静かな男だった。
参加者が揃ったことを確かめると、まず天衡へ確認した。
「降伏と、停戦の申し出に変更はありませんね」
天衡の盟主、鷲尾が答えた。
「ありません」
それで、戦争が終わる方向へ進むのだと、ようやく実感した。
巌が口を開いた。
「では、取られた城と土地を戻してもらう。西へ作った足場もだ」
律が記録を出す。
こちらからは、各同盟の被害と取得地をまとめていた。
北西中央同盟だけの土地ではない。
北沢会。
北西開拓会。
河原連盟。
北東の東稜会。
誰の土地が、いつ攻撃され、今は誰が持っているか。
葉と律が揃えた記録だった。
白瀬は、それを受け取って読んだ。
「現状の確認には、双方の記録を使いましょう。その上で、天衡の存続は認める形を提案します」
巌の指が、机の上で止まった。
「まだ、解散させろとは言っていないぞ」
「はい。ただ、領地の処理次第では、実質的に維持できなくなります」
白瀬は地図を開いた。
天衡の中央側にある城と砦を囲む。
「この範囲は残す。それを前提に、返還と補償を詰めたい」
*
地図を見ているうちに、気づいた。
天衡を残す場所は、北西中央同盟の東側だった。
巌たちが今後、中央へ進もうとすれば、必ず近くなる。
兵を置き、城を守り、相手の動きを見続けなければならない場所だ。
北東側の代表が言った。
「どの地域も、そろそろ内側をまとめなければならないでしょう。いつまでも小さな土地争いを続ける余裕はない」
南東側の代表もうなずいた。
「こちらでも似た衝突は起きています。まとまる過程での戦争は避けにくい」
俺は二人の顔を見た。
誰も、今回の戦争を珍しい出来事として話していなかった。
城が育つ。
近くの砦がなくなる。
大きな同盟が、小さな同盟へ合流を求める。
断れば、土地や進路でぶつかる。
それを、自分たちの地域でも起こることとして見ていた。
白瀬が巌を見る。
「北西は、今回で随分まとまりましたね」
「まだ別の同盟も多い」
「同じ戦場で動けた。それは、十分に大きなことです」
その視線が、俺へ移った。
「特に、西側は」
俺は、背筋を伸ばした。
この人たちには、もう一つのまとまった勢力に見えている。
俺たちが、まだ個別に書簡を送り、予定を合わせている最中でも。
*
休憩に入ると、律が小声で言った。
「天衡を残して、こちらが東へ動きにくくしたいんだね」
俺はうなずいた。
「勝った分を、全部取らせる気はないのか」
「北西がまとまること自体は、悪くないと思っている。でも、まとまった直後に中央まで広がるのは困る」
巌は水を飲んでいた。
聞こえていたらしく、杯を置く。
「分かりやすい話だ」
「受けるんですか」
「条件による」
巌は地図の西側を指した。
「俺は、天衡を残すために、取り返した仲間の城を返す気はない」
「俺もです」
「だろうな」
巌が笑った。
そこへ瀬名が来た。
「南西も、天衡の存続自体には反対しません」
率直な言葉だった。
俺が顔を上げると、瀬名は続けた。
「ただ、攻め込んだ先に足場を残すのは別です。それでは停戦のたびに、次の出兵場所が増えることになる」
南嶺との戦争の後、南西中央同盟は北西から撤退した。
瀬名は、今回も同じ線を引こうとしていた。
「そこは、会議でも言います」
俺は礼を言った。
何もかも味方してもらえるわけではない。
それでも、こちらが譲れない部分を、一緒に押さえてくれる相手がいた。
*
会議が再開すると、鷲尾がこちらを見た。
「そもそも、西端が合流しなければ、ここまで大きな戦いにはならなかった」
俺は、一瞬、聞き間違えたかと思った。
「こちらを攻撃した後に、合流したはずです」
「その前から話を進めていただろう」
「話をしていました。それが、攻める理由になるんですか」
鷲尾は、俺の問いには答えなかった。
「人数二十位が、砦は十位だ。そこへ北西中央同盟の兵が加わる。こちらが何もせず待つと思ったのか」
怖かったのだろうか。
追いつけなくなることが。
その気持ちは、分からなくもなかった。
ただ、それを俺に責められても、引き受けられなかった。
「待てないから攻めた。それで負けたんでしょう」
巌が言った。
声は大きくなかった。
その方が、よく聞こえた。
「合流を決めた責任なら、俺にもある。西端だけに言うな」
鷲尾の口元が動いた。
「後から群がった同盟も同じだ。小判鮫のように、勝てそうになってから――」
「北沢会が出た時刻を読み上げますか」
律が遮った。
紙が、一枚前へ出る。
「その時点では、こちらの交代部隊は足りていませんでした。河原連盟が攻撃された土地についても記録があります」
部屋が静かになった。
葛城は、腕を組んだまま鷲尾を見ていた。
律は続けた。
「参戦が別々の日だったことと、勝敗が決まってから来たことは違います」
白瀬が口を開いた。
「参戦の経緯は記録に残しましょう。ここでは、停戦後の責任を明確にします」
その言葉で、ようやく話が条件へ戻った。
*
手打ちが決まるまで、二日掛かった。
天衡は存続する。
中央側の城と砦の一部は残す。
一方で、北西へ侵攻するために作った足場は放棄する。
この戦争で奪った城と土地を返還し、補償として定めた砦を引き渡す。
北東でこちらが得た拠点も、合意した範囲で確保する。
再侵攻があった場合は、仲裁に入った同盟にも同じ記録を届ける。
白瀬は最後の項目を、自分で読み上げた。
天衡を残したいのなら、残した相手が何をするかについて、天冠も無関係ではいられない。
律が、そこを何度も確認していた。
巌が了承した。
俺たちも、協力した各同盟の返事を確かめてから、同意した。
勝ったからといって、欲しいものが全部手に入るわけではなかった。
それでも、兵を休ませられる。
壊れた施設を直せる。
次の攻撃を待ちながら、同じ場所へ立ち続けなくて済む。
そのための手打ちだった。
*
帰る前、葛城に呼び止められた。
北沢会と河原連盟の代表も、一緒にいた。
律が俺の隣へ来る。
「今後のことを、少し話せますか」
葛城が言った。
俺たちは、小さな部屋を借りた。
最初に口を開いたのは、北沢会の代表だった。
「停戦はしましたが、向こうは、こちらの名前を覚えましたね」
俺はうなずいた。
小判鮫。
あの言葉を、皆が聞いていた。
戦いの後になって、天衡が小さな相手だけを狙う可能性がある。
今すぐ再戦すれば仲裁の約束を破る。
けれど、時間が経てばどうなるか。
別の土地争いを理由にされれば。
「今回みたいに、その都度、皆で相談することはできます」
俺が言うと、葛城がうなずいた。
「できます。ただ、兵を動かすまでに、毎回同じ確認が要ります」
その不便さは、戦っている間に何度も感じた。
所属が違えば、使える足場も違う。
守備の引き継ぎも、相手の窓口が返すまで進まないことがある。
「うちでも、一つになる話をしたいと思っています」
葛城が言った。
「今回の働きを、なかったことにされるつもりもありませんので」
*
合流は、その場では決めなかった。
各同盟へ持ち帰り、条件を見せ、返事を集めた。
巌が決めること。
地域ごとに任せること。
出兵の約束。
元からある土地の取り決め。
西端が合流するときに詰めた内容が、今度は別の仲間にも見られた。
反対する者もいた。
城の近くで静かに暮らしたいという者もいた。
それぞれに話をして、残る者の土地や関係も整理した。
数日で終わる作業ではなかった。
その間、俺たちは一緒に、天衡の撤退を確認した。
放棄される土地を受け取る。
帰ってくる部隊を通す。
被害のあった城へ人と物を回す。
合流の話だけをしていたわけではない。
既に、次の仕事を一緒にしていた。
北西開拓会が決めた。
北沢会が続いた。
河原連盟も、相談を終えて加わった。
東稜会は北東での立場を保ち、友好同盟として協力を続けることになった。
皆を、同じ形にする必要はなかった。
*
「副盟主をやれ」
巌に言われたのは、最後の合流手続きが進んでいる日だった。
俺は持っていた紙を置いた。
「急ですね」
「急じゃない。前から考えてた」
「何をするんですか」
「今やってることだ」
巌が俺の机を見る。
葛城からの土地の確認。
北沢会からの守備の相談。
瀬名から届いた、停戦後の境界についての書簡。
俺宛てのものが並んでいた。
「外の連中も、お前に聞いてる。中の連中も、お前に持ってくる。なのに、最後の承認だけ俺を通す」
「盟主ですから」
「だから、俺が任せると言ってる」
律が横で笑った。
「肩書きがあった方が、相手も話を進めやすいね」
俺は巌を見た。
「勝手に約束はしませんよ」
「していい範囲を決める。そのための役職だろ」
戦後の土地の調整。
友好同盟との連絡。
北西各地の守備と出兵の取りまとめ。
大きな戦争を始める判断は、巌と協議する。
話しているうちに、俺は気づいた。
西端の五十人を見ていた頃と、仕事の種類は大きく変わらない。
ただ、返事を待っている相手が、北西のあちこちに増えていた。
「……分かりました」
答えると、巌が大きくうなずいた。
「よし。頼むぞ」
*
役職が付いても、翌朝の食事は同じだった。
カイは先に座っていた。
俺を見ると、少し考えてから言った。
「副盟主って呼ぶ?」
「呼ばなくていい」
「じゃあ、今まで通りで」
すぐに匙を取った。
その日の昼、巌が城へ来た。
副盟主の就任祝いだと言って、酒を持っていた。
まだ昼だと言うと、夜に飲めばいいだろうと笑った。
庭で、増設中の建物を見る。
巌が柱の間へ立ち、両手を広げた。
「ここは、もっと広くした方がいい」
「予算があります」
「人は増えたぞ」
「だから、予算を確認してるんです」
巌が笑った。
俺も、つられて笑った。
少し前まで、この人がこちらへ伸ばす道を、どう止めるか考えていた。
今は、同じ建物の広さで言い合っている。
「お前、前より遠慮がなくなったな」
「任せるって言ったでしょう」
「言った」
「じゃあ、ここは俺が決めます」
「分かった。ただ、宴のときに俺の席を外へ出すなよ」
横で聞いていたカイが、庭を指した。
「晴れたら、外の方が広いぞ」
「ほら、こいつは話が分かる」
「雨の日も来るでしょう」
俺が言うと、巌はまた笑った。
広間から律が顔を出した。
「二人とも。返還する土地の確認が来ています」
巌が俺を見る。
俺も巌を見る。
「副盟主」
「盟主」
「一緒に行くか」
「そうしましょう」
俺たちは並んで、広間へ戻った。




