北東あんぎゃ
第四十四話 別々の道から
北沢会からの返事は、合流の手続きが終わる前に届いた。
『北側はこちらで受け持ちます。西端への援護として、天衡との戦いに参加します』
俺は、律へ書簡を見せた。
「頼んでたのか?」
「状況は伝えていた。でも、参戦の返事は今、初めて見た」
律は続きを読んだ。
出せる部隊。
守れる範囲。
動き始められる日。
何でも任せてくれとは書いていなかった。
北沢会の城に近い道を押さえ、天衡が北から回り込むのを防ぐ。
そこまでだった。
俺は地図を開いた。
その道を見るために残していた部隊が、二つある。
北沢会と交代できれば、東へ回せる。
『ありがとうございます。こちらの配置を送ります。引き継いでから動かします』
返事を書いている間に、別の通知が付いた。
葛城からだった。
*
北西開拓会は、その翌日に参戦を決めた。
さらに二日後、河原連盟からも連絡が来た。
同じ日に、同じ理由で動いたわけではなかった。
北沢会は、天衡が西端を越えた後、自分たちの南側へ出てくることを気にしていた。
北西開拓会は、既に東の土地へ圧力を受けていた。
河原連盟は、川沿いの道を天衡の遠征部隊に使わせるつもりがなかった。
それぞれに事情がある。
それでも、三つの返事には、西端へ協力するという言葉があった。
「巌さんのところに入ったから、向こうの戦争を全部引き受ける、という話ではないんだね」
律が言った。
「そこは、はっきりさせたいそう」
「分かった。俺からも巌さんへ伝える」
俺たちは、以前の約束でつながっていた。
合流したからといって、その相手まで自動で巌の指揮下に入るわけではない。
攻める場所。
守る場所。
いつまで部隊を置けるか。
律が、同盟ごとに確認していった。
地図の上に、違う色の印が増えた。
*
正式な合流が終わったのは、その間だった。
城の所属表示が、北西中央同盟へ変わった。
西端という名前は、西側を受け持つ五十人の呼び名として残った。
同盟の一覧を開くと、知らない名前が一度に増えていた。
俺たちも、向こうから見れば同じだったと思う。
引き継ぎを終えた砦の補正が反映されたとき、連絡欄がざわついた。
『生産量、今変わりました?』
『増えてる』
『西端の砦分だそうです』
こちらにも、北西中央同盟が持つ拠点の補正が加わっていた。
朔が新しい数字を確認し、圭が記録を直していた。
巌からは、短い書簡が来た。
『兵を付けると言ったが、先に食わせてもらったな』
俺は少し笑った。
ただ、資源が増えた瞬間に兵が揃うわけではない。
今、前で戦っている者を交代させるには、既にいる部隊が必要だった。
その部隊が、ようやく到着し始めていた。
*
巌の援軍は、二本の道に分けて入れた。
カイが一方を案内し、もう一方は岳が受け持った。
全部を俺の城へ集めることはしなかった。
休ませる場所も、食糧を置く場所も、分けた。
来た部隊を、そのまま最前列へ出すのも避けた。
道を知らない。
引き返す位置も知らない。
まず玄の部隊の後ろへ置き、交代する場所を見てもらった。
最初は、向こうの君主から質問が来た。
『もう少し前へ出られませんか』
俺は、現地の図の必要な部分を送った。
『そこから先は横に広がれません。敵が寄ったら、前の部隊をこちらまで下げます』
少しして、返事が来た。
『確認しました。ここで受けます』
その日の夕方、天衡の攻撃を止めた後、玄の部隊を下げられた。
今までなら、もう一度だけ頼むと言っていた時間だった。
玄から届いた報告には、余計な言葉が一つあった。
『飯、温かいうちに食える』
俺はそれを読んで、椅子へ深く座った。
*
北側を北沢会が押さえた。
南の川沿いでは、河原連盟が天衡の進路へ部隊を向けた。
北西開拓会は、こちらへ来る敵の増援を横から牽制した。
天衡の攻撃が、少しずつ途切れ始めた。
こちらで一度押し返した部隊が、次も同じ場所へ戻ってくるとは限らなくなった。
別の道を守るために、引き返すものが出た。
巌から、東側でも動けるようになったと連絡があった。
『西はどうだ』
『交代ができています。今なら、こちらからも一隊回せます』
『どこへ出したい』
俺は地図を北東へ送った。
久我たちとの戦いで押さえた、二つの城。
その周辺の土地。
合流のとき、そこも含めて引き継いでいた。
遠くにできた、小さな足場だった。
それを持っているからといって、今まで大きく進むつもりはなかった。
ただ、天衡の部隊が西へ寄ったことで、その足場の南側が薄くなっていた。
『北東から、向こうの増援が通る場所を狙いたいです』
送ると、巌の返事が来た。
『地元の話は取れているか』
俺は律を見た。
律が、一通の書簡をこちらへ寄せた。
東稜会からだった。
*
『西端が動くなら、こちらも参加します』
久我たちを攻めたときと、同じ窓口だった。
天衡は東稜会の南にも土地を広げていた。
今までは、こちらから戦いを始める理由がなかった。
けれど、北西で既に戦争になり、その相手が西端の城まで攻めているなら、別だという。
律はすぐに条件を聞いた。
東稜会が押さえる場所。
こちらが進む道。
取った土地の扱い。
同じ旗でなくても、隣り合って動くことはできる。
ただ、東稜会の土地を、こちらの取得の足場として使うことはできなかった。
俺たちは、自分たちが持つ北東の土地から伸ばす。
向こうは、その脇を守る。
決まった内容を巌へ送ると、了承が返った。
続けて、誰を出すかと聞かれた。
俺は湊へ書簡を送った。
*
湊は、すぐに返事をしなかった。
半刻ほどして、五人分の状況が届いた。
出せる騎馬兵。
残す守備。
補充に使える食糧。
北東へ着くまでに必要な時間。
俺が聞こうと思っていたことが、ほとんど書かれていた。
『冬馬は現地で道を見ます。圭と俺で騎馬を二隊。紬は帰還先の守備、早苗は報告と補充の確認を受け持ちます』
最後に、湊の質問があった。
『城を落とす部隊も必要ですか』
俺は返した。
『最初は、増援と待機部隊を崩してほしい。城へは、こちらの攻城が届いてから』
『分かりました。真木さんに、出る前に編成を見てもらえますか』
真木へ連絡すると、すぐに了承が来た。
湊たちは、以前から騎馬兵を育てていた。
真木の動きを見て、同じように動ける部隊を持ちたいと言っていた。
内政を進め、食糧に余裕ができてから、少しずつ増やした兵だった。
今までの共同出兵では、一隊ずつ使っていた。
今回は、それを湊がまとめる。
*
出発の前日、湊が城へ来た。
真木と編成を確認した後、俺の机の前へ座る。
「五人で、まとめて動くのは久しぶりです」
「全員で前へ出るわけじゃないけどな」
「はい。その方が、今はやりやすいです」
湊は、自分で作った予定を出した。
紬の守備が着いてから、騎馬を進める。
前へ出た二隊は、同時に休ませない。
冬馬から先の道が分からないと返事が来たら、そこで止まる。
早苗が、帰還の遅れと次の交代を確認する。
俺は読み終えて、紙を返した。
「現地の目標変更は、湊が決めていい。ただ、城を攻めるときと、東稜会との取り決めを越えるときは、先に知らせて」
「分かりました」
「迷ったら聞いて」
湊はうなずいた。
それから、少し笑った。
「前は、五人の返事を集めるだけで精いっぱいだったんですけど」
「今は?」
「まだ忙しいです」
俺も笑った。
忙しくなくなったわけではない。
その中で、決められることが増えていた。
*
北東へ着くまでに、数日掛かった。
その間も、西の戦いは続いた。
北沢会が一度押され、こちらから一隊回した。
河原連盟の出兵予定が遅れたため、岳が南側へ残った。
参戦する同盟が増えても、全部が予定通りになるわけではなかった。
律の机には、違う同盟の書簡が重なっていた。
その上へ、東稜会から新しい報告が届いた。
天衡の部隊が、北東の道を使って西へ向かっている。
まとまった大軍ではない。
数隊ずつ、時間を空けて通っているらしい。
俺は湊へ転送した。
返事は、冬馬が道を見て戻ってから来た。
『最初の二隊には触りません。後ろの弓兵を狙います』
理由もあった。
前の二隊は槍兵が多い。
後ろの弓兵は、進む速さが違い、距離が開いている。
合流する前なら、騎馬で当てられる。
俺は、添えられた図を見た。
自分の知らない道だった。
だから、机の上から細かく直すことはしなかった。
『了解。退く場所を確保してから』
『紬の部隊が、もう入っています』
*
最初の勝利報告は、短かった。
『敵弓兵、撃退。追撃せず帰還します』
兵数を見た。
こちらの損害は少ない。
ただ、一戦で片が付くわけではない。
槍兵が引き返せば、次は同じ形で待てない。
湊は、翌朝には別の場所へ動いていた。
前日の道から、少し北。
天衡の小さな待機部隊がいる土地だった。
圭の騎馬が先に動き、湊の部隊は後ろへ回る。
相手が前日の場所へ兵を寄せた間に、待機部隊を退かせた。
そこを取得し、冬馬が次の道を確かめる。
城の耐久を削ることには手を出さなかった。
兵の集まる場所を使わせない。
来る部隊を、揃う前に当てる。
そのために、馬を走らせていた。
三日目には、天衡の西行きの部隊が、別の道へ曲がった。
その先を、東稜会が押さえていた。
*
『東稜会、接触しました』
律が読んだ。
俺は地図を開いた。
湊の騎馬兵を避けた部隊が、東稜会の守備とぶつかっていた。
向こうが正面を受ける。
湊たちは、戻ろうとする部隊を狙う。
ただ、退いてくる相手を見れば、何でも追ったわけではなかった。
一度、敵が大きく下がったとき、冬馬から停止の報告が来た。
道の先に、槍兵の姿があった。
湊は引いた。
代わりに、敵が空けた北側の土地を取った。
夕方、早苗から全体の報告が届いた。
『二隊とも帰還。明朝は圭さんの部隊を休ませます』
戦果の後に、休む部隊の名前がある。
俺は、その順番を見て安心した。
速く動くことと、休まず動き続けることは違う。
湊たちは、そこを分けていた。
*
天衡の城が一つ孤立しかけたのは、その二日後だった。
周囲の土地が、すべて使えなくなったわけではない。
ただ、援軍を送りやすい道を押さえられ、近くの待機部隊も退かされていた。
城主は、西へ出していた主力を呼び戻した。
湊は、それを追わなかった。
戻る部隊の到着まで、時間がある。
『攻城部隊をお願いできますか』
書簡が来た。
杏が、待機させていた部隊の予定を出す。
東稜会からも、同じ城を攻められるという返事が来た。
攻める時刻を合わせる。
守備を崩す部隊と、耐久を削る部隊を分ける。
湊たちは城へ突っ込まず、外から戻る援軍を見る。
俺は、その役割分担を巌へ送った。
『やれ。こっちも、その間に前へ出る』
返事は早かった。
*
城が落ちた。
西へ向かっていた敵の主力は、帰還の途中で進路を変えた。
新しくこちらの足場になった土地へ、そのまま入ることを避けたのだろう。
真木が、湊たちの報告を見ていた。
「速いな」
「馬が?」
「決める方も」
俺はうなずいた。
城が落ちた直後、湊は次の城を指さなかった。
東稜会との境界を確認し、追う部隊と守る部隊を分けていた。
その上で、敵の薄くなった土地へ圭の騎馬を出した。
翌日には、二つ先の待機場所を取った。
さらにその翌日、天衡の援軍が集まりかけたところを崩した。
報告が来るたび、俺は地図を北東へ送った。
久我たちとの戦いの後、遠くて扱いに困っていた二つの城。
そこから伸びた道が、天衡の横腹へ入っていた。
*
西の攻撃が、半日止まった。
初めてだった。
敵の斥候はいた。
守備も残っている。
けれど、次から次へと来ていた攻撃部隊が来なかった。
北東へ戻したのか。
巌の攻勢に回したのか。
全部は分からない。
俺は、その時間で負傷した武将を下げ、兵を入れ替えた。
カイが城へ戻ってきた。
水を飲みながら、机の地図をのぞく。
「湊、そこまで行ったの?」
「うん」
「遠いな」
「遠い」
最初に五人で来たとき、湊は砦へ時間を合わせられないと言っていた。
今、その五人が、敵に部隊を合わせる時間を与えていない。
俺は湊へ書いた。
『こちらは半日、攻撃が止まった。交代できた。ありがとう』
返事は、夕方になって来た。
『よかったです。こちらも明日は一度止まります。馬と兵を休ませます』
その下へ、もう一文。
『次に動く場所は、冬馬が確認中です』
*
巌から届いた書簡には、地図が添えられていた。
東の主力戦線。
北沢会の守る道。
北西開拓会が押している場所。
河原連盟の川沿い。
そして北東に、湊班と東稜会の印があった。
『西端の知り合いが、あちこちから出てくるな』
俺は、それを読んで笑った。
同じ日に集めたわけではない。
最初から一緒に戦うと決めていたわけでもない。
土地の相談をした。
道を譲った。
困ったときに書簡を返した。
それぞれの相手が、それぞれに決めて、今ここへ兵を出していた。
『皆、守りたい場所が近かったので』
そう返すと、巌からすぐに来た。
『それを近いままにしておいたんだろう。助かる』
俺はしばらく、その文章を見ていた。
律へ見せると、少しだけ笑った。
「次は、戦いが終わった後の土地の話だね」
「もう?」
「勝ってから始めると、間に合わないから」
律は、同盟ごとの取り決めを開いた。
俺は北東の地図を手前へ寄せた。
湊たちが明日休めるように、後ろを守る部隊を決めなければならなかった。




