いじょうな人の常識非常識
第四十二話 七人の普通
――湊
北西中央同盟の話を聞いて、少し安心した。
そう思ったことを、すぐには口に出せなかった。
大きな同盟に入れば、少なくとも、そこから攻められる心配はなくなる。
西端の仲間も一緒に入れる。
今のやり方を全部捨てろと言われているわけでもない。
悪くない話ではないか。
盟主が持ち帰った条件を読みながら、俺はそう考えていた。
ただ、机の向こうにいる七人は、違うところを見ていた。
「北の三人は、出兵より先に守備を戻した方がいい」
岳が言った。
「合流して、すぐ動けと言われたら困るぞ」
「その三人だけ?」
葉が聞いた。
「今分かってるのは。東も確認した方がいい」
「帰還待ちが二人。そっちは明日には戻る」
玄が答える。
朔は、資源の記録を開いていた。
「徴兵を増やすとしても、今夜の建設を止める必要はありません。判断を待てます」
杏が、机の端へ出兵予定を寄せた。
「次の砦は延期できる。まだ誰も出してないから」
律はそれらを聞きながら、合流条件の紙へ書き足していた。
そして盟主が、俺たちの方を向いた。
「まず、どう思ったか聞かせてほしい」
声は、いつもと同じだった。
北西中央同盟とぶつかるかもしれない。
そういう話をしているはずなのに、この七人は、明日帰ってくる二部隊のことまで知っていた。
*
俺も、盟主だった。
沢道。
近所の五人で作った、小さな同盟だ。
五人だけだった、と今なら思う。
当時は、五人もいた。
冬馬から土地の相談が来る。
圭が施設の数字を送ってくる。
紬が困っている。
早苗が、まだ返事をしていない相手を教えてくれる。
それだけで、一日が終わった。
誰かを待っている間に別の返事が来て、最初に何を決めようとしていたか分からなくなった。
仲が悪かったわけではない。
手を抜いたつもりもなかった。
それでも、砦一つ取るところまで行かなかった。
だから、西端へ入るときは、強い人たちに助けてもらうのだと思っていた。
強い武将がいる。
兵が多い。
城が大きい。
そういう意味だった。
今は、少し違う。
*
最初に、変だと思ったのは朔だった。
生産量を見せると、施設を二つ指された。
『こちらを先に進めれば、次の建設までの待ち時間が減ります』
説明を聞いて、その通りにした。
実際に、早くなった。
それだけなら、詳しい人なのだと思った。
数日後、また書簡が来た。
『前に変えた施設、その後どうですか』
俺は表示を開いた。
順調だった。
そう返すと、今度は次に足りなくなる資源を教えてくれた。
俺一人に、それをしているわけではなかった。
五人にも、ほかの同盟員にも、同じように聞いていた。
しかも、全員へ同じ答えを返していない。
紬には建設を勧め、早苗には少し資源を残すように言った。
圭には、逆に質問していた。
『その並べ方なら、変化が見やすそうですね。使わせてもらってもいいですか』
朔は、何でも知っているようには振る舞わない。
分からなければ聞く。
間違っていれば直す。
だから、つい、簡単なことを教わっている気になる。
ある日、自分で同じように五人分を見ようとして、夜になった。
そこで、ようやく分かった。
あの人が短く答えられるところまで、俺はまだ辿り着いていなかった。
*
葉は、忘れない。
いや、本人は忘れると言う。
「だから書いているんです」
そう説明された。
俺も書いていた。
なのに、違った。
西側の土地を相談していたとき、葉が一枚の紙を出した。
「そこは、冬馬さんが雨の後に確認すると言っていたところですよね」
俺は覚えていなかった。
冬馬も、少し考えてからうなずいた。
葉は、取得してはいけないとは言わなかった。
確認が終わっているかを聞いただけだった。
終わっていなかった。
その土地の先には、荷車を通しにくい道があった。
俺たちは、取ってから気づかずに済んだ。
人の話を覚えている早苗が、後で言った。
「葉さん、話が終わったかどうかまで残してるんだね」
それを聞いて、妙に納得した。
俺の紙には、誰が何を言ったかが書いてあった。
葉の紙を見れば、次に誰が何を確かめればいいかが分かった。
似ているようで、全然違った。
*
玄は、一番分かりやすい人だと思っていた。
よく喋る。
ガチャを引けば報告する。
外れたときも、結局どこかで喋る。
酒を飲みすぎることもあるし、建設の順番を間違えて朔に聞き直すこともある。
俺たちが入ったとき、最初に冗談を言ってくれたのも玄だった。
話しかけやすかった。
その玄が、戦闘になると返事を変える。
『受ける』
『交代できる』
『それ以上は持たない』
短い。
どうしてできないのかを、先に長く説明しない。
必要なことを言ってから、理由を伝える。
一度、訓練で俺の部隊が遅れた。
急いで謝ると、玄は言った。
「謝るのは後でいい。あと、どのくらい?」
時刻を答えた。
「じゃあ、こっちを残す。着いたら知らせて」
それだけで、俺は次に何をすればいいか分かった。
終わってから注意された。
間に合わないと分かった時点で言ってほしかった、と。
俺は、怒られるのが嫌で遅れた報告を先延ばしにしていた。
玄は、俺を怒ることより、遅れる部隊の分をどうするかを先に考えていた。
普段の会話では、そんな違いは見えなかった。
*
杏は、戦闘報告の最後を見ていた。
俺は、敵の兵が零になると安心する。
勝ったと思う。
杏は、そこから残りの時間と城の耐久を確認する。
白嶺の記録を見せてもらったとき、俺は暁山の強さばかり見ていた。
杏は、攻城部隊の到着時刻を直した理由を説明した。
「守備を早く抜けても、こっちが遅れたら意味がないから」
当然のように言う。
でも、俺なら、SSRが来た時点で喜んで、その後を変えなかったと思う。
杏は目立つ部隊が増えた後も、自分の遅い部隊が何をしなければならないかを見ていた。
岳は、その部隊が帰る側を見ている。
「その時間だと、南に残るのは誰だ?」
出兵の相談で、何度か同じ質問を聞いた。
人数が揃った。
勝てそうだ。
俺がそこで安心したところへ、岳が聞く。
自分の城を攻撃された人だ。
誰より兵を近くへ置いておきたいはずなのに、必要なときは自分で出る。
出ない日は、残る者を確認する。
俺が、留守を守るだけですみませんと言ったとき、少し変な顔をされた。
「それがいないと、出られないだろ」
その場では、はいと答えた。
城へ帰ってからも、その言葉を覚えていた。
*
律については、今でも、後から気づくことが多い。
交渉の書簡は、読めば分かる。
言葉も難しくない。
ただ、なぜそこでその質問をしたのかは、返事が来るまで分からないことがある。
俺たちが合流するとき、律は近所との約束を聞いた。
俺は、どの土地を取っていいかを話すつもりで来ていた。
律は、俺たちが西端へ入った後、近所の人が何をされると思うかを気にしていた。
「五人の後ろに、急に大きな同盟が付くから」
そう言われて、初めて考えた。
助けてもらえると安心していたのは、俺たちの側だった。
隣に住んでいる人からすれば、昨日までの相談相手が、急に強くなる。
俺が偉そうにするつもりがなくても、向こうが言いにくくなることはある。
律は、そうなる前に挨拶を勧めた。
今も、俺たちの西側では、大きな揉め事がない。
何も起きなかったから、その話を忘れかける。
起きたことだけ数えていたら、律が何をしたかは、かなり抜けると思う。
*
この六人が、最初から一緒にいた。
そこへ、盟主がいる。
あの人について説明しようとすると、一番困る。
初めて会ったとき、強そうだとは思わなかった。
こちらの話を聞き、迷い、隣の律へ確認していた。
分からないことを、そのまま分からないと言った。
大きな声で約束もしなかった。
五人を守れるかと聞けば、距離があるからすぐには届かないと答えた。
頼りないと思う人もいるかもしれない。
俺は、その答えで入ろうと決めた。
ここなら、無理なことまでできると言わなくて済む気がした。
それから、久我たちの襲撃があった。
俺は、何もかも見ていたわけではない。
夜中に届いた連絡。
圭が走らせた使い。
冬馬からの道の報告。
少しずつ増える返事の間で、盟主の短い指示が流れていた。
翌朝、受け入れた責任は自分にあると書かれた。
俺は怖くなった。
裏切りが起きたからではない。
この後、俺たちまで、同じように見られるのではないかと思った。
合併して入ってきた者。
元は、別の同盟だった者。
だから、書いた。
俺たちも同じ形で入れてもらった、と。
返事は短かった。
『分かった。ありがとう』
その後も、俺たちへ仕事は来た。
圭の報告は使われた。
冬馬の道を通って、部隊が動いた。
何も変わらなかったのではない。
受け入れ方や、土地の確認は厳しくなった。
それでも、俺たちがしてきたことまで、久我たちと一緒にされなかった。
俺が同じ目に遭って、同じことができるか。
今でも、自信はない。
*
七人とも、失敗はする。
喧嘩もする。
盟主が先に決めすぎて、葉に聞き直されることもある。
朔の見込みが外れることもある。
玄は、何度目かのガチャを最後の一回だと言う。
それを知っていると、つい同じくらいの場所に立っている気になる。
けれど、問題が起きると違いが出る。
誰かが兵数を見ている間に、別の誰かは帰り道を見ている。
足りない資源を調べる者がいて、隣の同盟へ話を通す者がいる。
その話が、盟主のところへ集まる。
全部が揃うまで待つこともあれば、足りないまま決めることもある。
決めたら、六人が動く。
命令を待ち続けるのでも、勝手に全部やるのでもない。
自分で決めていいところと、戻して聞くところが、俺よりずっとはっきりしている。
それを、毎回やる。
七人で砦を取ったのは、運がよかったからだと思っていた。
今なら、少し分かる。
あの七人なら、七人しかいなくても、やるべきことが残らなかったのだ。
*
「湊は、どう思った?」
声を掛けられ、俺は顔を上げた。
盟主が、こちらを見ていた。
北西中央同盟の話へ戻る。
俺は、正直に答えた。
「合流するのも、悪くないと思いました」
誰も遮らなかった。
「大きなところと戦わずに済むなら、その方が安心です。俺たちだけなら、たぶん、そうしていたと思います」
言い終えると、口の中が乾いた。
盟主はうなずいた。
「分かった」
「でも」
俺は続けた。
「西端のやり方を残せるって、向こうは言ったんですよね」
「うん」
「それが、どこまでなのか分からなくて」
律が筆を止めた。
俺は、目の前の七人を見た。
「兵の出し方や、施設の育て方は残せると思います。でも、俺が今みたいなことを言ったときに、聞いてもらえるところまで残るのかは」
そこで言葉が止まった。
上手く説明できなかった。
それでも、盟主は先を急がせなかった。
「巌さんも、理由は聞くと言ってた」
「はい」
「ただ、最後は自分で決めるとも」
俺はうなずいた。
それが悪いと言いたいわけではなかった。
きっと、大きな同盟には必要なのだろう。
けれど、ここで俺が覚え始めたものは、人数と武将だけではなかった。
「もう少し、考えたいです」
「もちろん」
盟主は答えた。
葉が俺の名前の横へ、何かを書き足した。
返事待ち。
たぶん、そういう記録だ。
俺の迷いも、この場で終わったことにはされなかった。
*
会議が終わってから、真木と廊下で一緒になった。
真木は、俺より早く西端へ入っている。
最初の砦を取った直後。
八人目だったと聞いたことがある。
「俺、変なこと言いましたか」
聞くと、真木は首を振った。
「大きいところに入った方が安心なのは、そうでしょう」
「でも、あの七人は」
「ああ」
真木は、広間を振り返った。
中から玄の声が聞こえた。
夕食の話をしていた。
「ずっと一緒にいると、分からなくなりますよね」
「何がですか」
「あれが普通だと思ってしまう」
俺は、少し笑った。
同じことを考えていた。
真木も笑う。
「俺、騎馬を溜めてただけだったんです。いつ使うのがいいか、よく分からなくて」
「南嶺のとき、すごかったと聞きました」
「出す場所と、止まる場所が決まってたので」
真木は軽く肩をすくめた。
「最近は、その途中を自分でも見られるようになりましたけど」
俺は、そこで黙った。
最初の七人だけが、ずっと同じ仕事をしているわけではなかった。
真木が部隊を動かす。
冬馬が道を調べる。
圭が数字をまとめる。
俺も、西側の相談を受け持っている。
七人が全部やるから強いのだと思っていた。
今は、俺たちにも仕事が渡ってきている。
*
帰る前に、盟主へ西側の予定を渡した。
冬馬の見回り。
紬の建設。
早苗が返事を待っている土地の相談。
出兵できる者と、今は残した方がいい者。
盟主は紙を読んで、二か所だけ質問した。
答えると、うなずいた。
「ありがとう。こっちは湊に任せて大丈夫そうだな」
俺は、思わず言った。
「全部は、まだ分からないです」
「俺もだよ」
すぐに返ってきた。
「何かあったら聞いて。こっちも聞くから」
盟主は紙を、ほかの地域の記録へ重ねた。
東。
南。
北。
その隣に、俺の西側が置かれた。
俺は、しばらくその机を見ていた。
五人だけで、手いっぱいだった。
今でも、楽になったわけではない。
ただ、分からないことを抱えたまま、一人で返事を作らなくてよくなった。
帰り道、早苗へ書簡を送った。
会議で何を話したか。
まだ結論は出ていないこと。
五人だけでも、改めて話したいこと。
最後に、明日の予定を確かめた。
送ってから、自分の文章を読み返した。
少しだけ、七人の書簡に似ていた。




