↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/200

いじょうな人の常識非常識

第四十二話 七人の普通

――湊


 北西中央同盟の話を聞いて、少し安心した。


 そう思ったことを、すぐには口に出せなかった。


 大きな同盟に入れば、少なくとも、そこから攻められる心配はなくなる。


 西端の仲間も一緒に入れる。


 今のやり方を全部捨てろと言われているわけでもない。


 悪くない話ではないか。


 盟主が持ち帰った条件を読みながら、俺はそう考えていた。


 ただ、机の向こうにいる七人は、違うところを見ていた。


「北の三人は、出兵より先に守備を戻した方がいい」


 岳が言った。


「合流して、すぐ動けと言われたら困るぞ」


「その三人だけ?」


 葉が聞いた。


「今分かってるのは。東も確認した方がいい」


「帰還待ちが二人。そっちは明日には戻る」


 玄が答える。


 朔は、資源の記録を開いていた。


「徴兵を増やすとしても、今夜の建設を止める必要はありません。判断を待てます」


 杏が、机の端へ出兵予定を寄せた。


「次の砦は延期できる。まだ誰も出してないから」


 律はそれらを聞きながら、合流条件の紙へ書き足していた。


 そして盟主が、俺たちの方を向いた。


「まず、どう思ったか聞かせてほしい」


 声は、いつもと同じだった。


 北西中央同盟とぶつかるかもしれない。


 そういう話をしているはずなのに、この七人は、明日帰ってくる二部隊のことまで知っていた。


     *


 俺も、盟主だった。


 沢道。


 近所の五人で作った、小さな同盟だ。


 五人だけだった、と今なら思う。


 当時は、五人もいた。


 冬馬から土地の相談が来る。


 圭が施設の数字を送ってくる。


 紬が困っている。


 早苗が、まだ返事をしていない相手を教えてくれる。


 それだけで、一日が終わった。


 誰かを待っている間に別の返事が来て、最初に何を決めようとしていたか分からなくなった。


 仲が悪かったわけではない。


 手を抜いたつもりもなかった。


 それでも、砦一つ取るところまで行かなかった。


 だから、西端へ入るときは、強い人たちに助けてもらうのだと思っていた。


 強い武将がいる。


 兵が多い。


 城が大きい。


 そういう意味だった。


 今は、少し違う。


     *


 最初に、変だと思ったのは朔だった。


 生産量を見せると、施設を二つ指された。


『こちらを先に進めれば、次の建設までの待ち時間が減ります』


 説明を聞いて、その通りにした。


 実際に、早くなった。


 それだけなら、詳しい人なのだと思った。


 数日後、また書簡が来た。


『前に変えた施設、その後どうですか』


 俺は表示を開いた。


 順調だった。


 そう返すと、今度は次に足りなくなる資源を教えてくれた。


 俺一人に、それをしているわけではなかった。


 五人にも、ほかの同盟員にも、同じように聞いていた。


 しかも、全員へ同じ答えを返していない。


 紬には建設を勧め、早苗には少し資源を残すように言った。


 圭には、逆に質問していた。


『その並べ方なら、変化が見やすそうですね。使わせてもらってもいいですか』


 朔は、何でも知っているようには振る舞わない。


 分からなければ聞く。


 間違っていれば直す。


 だから、つい、簡単なことを教わっている気になる。


 ある日、自分で同じように五人分を見ようとして、夜になった。


 そこで、ようやく分かった。


 あの人が短く答えられるところまで、俺はまだ辿り着いていなかった。


     *


 葉は、忘れない。


 いや、本人は忘れると言う。


「だから書いているんです」


 そう説明された。


 俺も書いていた。


 なのに、違った。


 西側の土地を相談していたとき、葉が一枚の紙を出した。


「そこは、冬馬さんが雨の後に確認すると言っていたところですよね」


 俺は覚えていなかった。


 冬馬も、少し考えてからうなずいた。


 葉は、取得してはいけないとは言わなかった。


 確認が終わっているかを聞いただけだった。


 終わっていなかった。


 その土地の先には、荷車を通しにくい道があった。


 俺たちは、取ってから気づかずに済んだ。


 人の話を覚えている早苗が、後で言った。


「葉さん、話が終わったかどうかまで残してるんだね」


 それを聞いて、妙に納得した。


 俺の紙には、誰が何を言ったかが書いてあった。


 葉の紙を見れば、次に誰が何を確かめればいいかが分かった。


 似ているようで、全然違った。


     *


 玄は、一番分かりやすい人だと思っていた。


 よく喋る。


 ガチャを引けば報告する。


 外れたときも、結局どこかで喋る。


 酒を飲みすぎることもあるし、建設の順番を間違えて朔に聞き直すこともある。


 俺たちが入ったとき、最初に冗談を言ってくれたのも玄だった。


 話しかけやすかった。


 その玄が、戦闘になると返事を変える。


『受ける』


『交代できる』


『それ以上は持たない』


 短い。


 どうしてできないのかを、先に長く説明しない。


 必要なことを言ってから、理由を伝える。


 一度、訓練で俺の部隊が遅れた。


 急いで謝ると、玄は言った。


「謝るのは後でいい。あと、どのくらい?」


 時刻を答えた。


「じゃあ、こっちを残す。着いたら知らせて」


 それだけで、俺は次に何をすればいいか分かった。


 終わってから注意された。


 間に合わないと分かった時点で言ってほしかった、と。


 俺は、怒られるのが嫌で遅れた報告を先延ばしにしていた。


 玄は、俺を怒ることより、遅れる部隊の分をどうするかを先に考えていた。


 普段の会話では、そんな違いは見えなかった。


     *


 杏は、戦闘報告の最後を見ていた。


 俺は、敵の兵が零になると安心する。


 勝ったと思う。


 杏は、そこから残りの時間と城の耐久を確認する。


 白嶺の記録を見せてもらったとき、俺は暁山の強さばかり見ていた。


 杏は、攻城部隊の到着時刻を直した理由を説明した。


「守備を早く抜けても、こっちが遅れたら意味がないから」


 当然のように言う。


 でも、俺なら、SSRが来た時点で喜んで、その後を変えなかったと思う。


 杏は目立つ部隊が増えた後も、自分の遅い部隊が何をしなければならないかを見ていた。


 岳は、その部隊が帰る側を見ている。


「その時間だと、南に残るのは誰だ?」


 出兵の相談で、何度か同じ質問を聞いた。


 人数が揃った。


 勝てそうだ。


 俺がそこで安心したところへ、岳が聞く。


 自分の城を攻撃された人だ。


 誰より兵を近くへ置いておきたいはずなのに、必要なときは自分で出る。


 出ない日は、残る者を確認する。


 俺が、留守を守るだけですみませんと言ったとき、少し変な顔をされた。


「それがいないと、出られないだろ」


 その場では、はいと答えた。


 城へ帰ってからも、その言葉を覚えていた。


     *


 律については、今でも、後から気づくことが多い。


 交渉の書簡は、読めば分かる。


 言葉も難しくない。


 ただ、なぜそこでその質問をしたのかは、返事が来るまで分からないことがある。


 俺たちが合流するとき、律は近所との約束を聞いた。


 俺は、どの土地を取っていいかを話すつもりで来ていた。


 律は、俺たちが西端へ入った後、近所の人が何をされると思うかを気にしていた。


「五人の後ろに、急に大きな同盟が付くから」


 そう言われて、初めて考えた。


 助けてもらえると安心していたのは、俺たちの側だった。


 隣に住んでいる人からすれば、昨日までの相談相手が、急に強くなる。


 俺が偉そうにするつもりがなくても、向こうが言いにくくなることはある。


 律は、そうなる前に挨拶を勧めた。


 今も、俺たちの西側では、大きな揉め事がない。


 何も起きなかったから、その話を忘れかける。


 起きたことだけ数えていたら、律が何をしたかは、かなり抜けると思う。


     *


 この六人が、最初から一緒にいた。


 そこへ、盟主がいる。


 あの人について説明しようとすると、一番困る。


 初めて会ったとき、強そうだとは思わなかった。


 こちらの話を聞き、迷い、隣の律へ確認していた。


 分からないことを、そのまま分からないと言った。


 大きな声で約束もしなかった。


 五人を守れるかと聞けば、距離があるからすぐには届かないと答えた。


 頼りないと思う人もいるかもしれない。


 俺は、その答えで入ろうと決めた。


 ここなら、無理なことまでできると言わなくて済む気がした。


 それから、久我たちの襲撃があった。


 俺は、何もかも見ていたわけではない。


 夜中に届いた連絡。


 圭が走らせた使い。


 冬馬からの道の報告。


 少しずつ増える返事の間で、盟主の短い指示が流れていた。


 翌朝、受け入れた責任は自分にあると書かれた。


 俺は怖くなった。


 裏切りが起きたからではない。


 この後、俺たちまで、同じように見られるのではないかと思った。


 合併して入ってきた者。


 元は、別の同盟だった者。


 だから、書いた。


 俺たちも同じ形で入れてもらった、と。


 返事は短かった。


『分かった。ありがとう』


 その後も、俺たちへ仕事は来た。


 圭の報告は使われた。


 冬馬の道を通って、部隊が動いた。


 何も変わらなかったのではない。


 受け入れ方や、土地の確認は厳しくなった。


 それでも、俺たちがしてきたことまで、久我たちと一緒にされなかった。


 俺が同じ目に遭って、同じことができるか。


 今でも、自信はない。


     *


 七人とも、失敗はする。


 喧嘩もする。


 盟主が先に決めすぎて、葉に聞き直されることもある。


 朔の見込みが外れることもある。


 玄は、何度目かのガチャを最後の一回だと言う。


 それを知っていると、つい同じくらいの場所に立っている気になる。


 けれど、問題が起きると違いが出る。


 誰かが兵数を見ている間に、別の誰かは帰り道を見ている。


 足りない資源を調べる者がいて、隣の同盟へ話を通す者がいる。


 その話が、盟主のところへ集まる。


 全部が揃うまで待つこともあれば、足りないまま決めることもある。


 決めたら、六人が動く。


 命令を待ち続けるのでも、勝手に全部やるのでもない。


 自分で決めていいところと、戻して聞くところが、俺よりずっとはっきりしている。


 それを、毎回やる。


 七人で砦を取ったのは、運がよかったからだと思っていた。


 今なら、少し分かる。


 あの七人なら、七人しかいなくても、やるべきことが残らなかったのだ。


     *


「湊は、どう思った?」


 声を掛けられ、俺は顔を上げた。


 盟主が、こちらを見ていた。


 北西中央同盟の話へ戻る。


 俺は、正直に答えた。


「合流するのも、悪くないと思いました」


 誰も遮らなかった。


「大きなところと戦わずに済むなら、その方が安心です。俺たちだけなら、たぶん、そうしていたと思います」


 言い終えると、口の中が乾いた。


 盟主はうなずいた。


「分かった」


「でも」


 俺は続けた。


「西端のやり方を残せるって、向こうは言ったんですよね」


「うん」


「それが、どこまでなのか分からなくて」


 律が筆を止めた。


 俺は、目の前の七人を見た。


「兵の出し方や、施設の育て方は残せると思います。でも、俺が今みたいなことを言ったときに、聞いてもらえるところまで残るのかは」


 そこで言葉が止まった。


 上手く説明できなかった。


 それでも、盟主は先を急がせなかった。


「巌さんも、理由は聞くと言ってた」


「はい」


「ただ、最後は自分で決めるとも」


 俺はうなずいた。


 それが悪いと言いたいわけではなかった。


 きっと、大きな同盟には必要なのだろう。


 けれど、ここで俺が覚え始めたものは、人数と武将だけではなかった。


「もう少し、考えたいです」


「もちろん」


 盟主は答えた。


 葉が俺の名前の横へ、何かを書き足した。


 返事待ち。


 たぶん、そういう記録だ。


 俺の迷いも、この場で終わったことにはされなかった。


     *


 会議が終わってから、真木と廊下で一緒になった。


 真木は、俺より早く西端へ入っている。


 最初の砦を取った直後。


 八人目だったと聞いたことがある。


「俺、変なこと言いましたか」


 聞くと、真木は首を振った。


「大きいところに入った方が安心なのは、そうでしょう」


「でも、あの七人は」


「ああ」


 真木は、広間を振り返った。


 中から玄の声が聞こえた。


 夕食の話をしていた。


「ずっと一緒にいると、分からなくなりますよね」


「何がですか」


「あれが普通だと思ってしまう」


 俺は、少し笑った。


 同じことを考えていた。


 真木も笑う。


「俺、騎馬を溜めてただけだったんです。いつ使うのがいいか、よく分からなくて」


「南嶺のとき、すごかったと聞きました」


「出す場所と、止まる場所が決まってたので」


 真木は軽く肩をすくめた。


「最近は、その途中を自分でも見られるようになりましたけど」


 俺は、そこで黙った。


 最初の七人だけが、ずっと同じ仕事をしているわけではなかった。


 真木が部隊を動かす。


 冬馬が道を調べる。


 圭が数字をまとめる。


 俺も、西側の相談を受け持っている。


 七人が全部やるから強いのだと思っていた。


 今は、俺たちにも仕事が渡ってきている。


     *


 帰る前に、盟主へ西側の予定を渡した。


 冬馬の見回り。


 紬の建設。


 早苗が返事を待っている土地の相談。


 出兵できる者と、今は残した方がいい者。


 盟主は紙を読んで、二か所だけ質問した。


 答えると、うなずいた。


「ありがとう。こっちは湊に任せて大丈夫そうだな」


 俺は、思わず言った。


「全部は、まだ分からないです」


「俺もだよ」


 すぐに返ってきた。


「何かあったら聞いて。こっちも聞くから」


 盟主は紙を、ほかの地域の記録へ重ねた。


 東。


 南。


 北。


 その隣に、俺の西側が置かれた。


 俺は、しばらくその机を見ていた。


 五人だけで、手いっぱいだった。


 今でも、楽になったわけではない。


 ただ、分からないことを抱えたまま、一人で返事を作らなくてよくなった。


 帰り道、早苗へ書簡を送った。


 会議で何を話したか。


 まだ結論は出ていないこと。


 五人だけでも、改めて話したいこと。


 最後に、明日の予定を確かめた。


 送ってから、自分の文章を読み返した。


 少しだけ、七人の書簡に似ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。