たたかい
第三十七話 門の内側
最初に、怪しいと思わなかったわけではない。
北東の同盟から、十人まとめて入りたいという書簡が届いた。
同盟名は、遠灯。
代表の名は、久我。
大きな同盟から離れた者たちで作ったという。
『出兵の負担と、土地の配分で折り合いがつきませんでした。そちらの方針を読み、一度お話しできればと思っています』
律に見せると、すぐには返事を書かなかった。
「遠いね」
「うん」
「どうして、近くの同盟じゃないんだろう」
俺も、そこを聞いた。
久我の返事には、時間が掛かった。
『以前の同盟と関わりのあるところが多く、また同じ関係に戻るのは避けたいのです』
それは、分かる気がした。
南嶺との戦争の後、近くにいる相手を選べることが、どれだけ大事かは知っていた。
律は、相手が以前所属していたという同盟にも問い合わせた。
ただ、北東にはまだ知り合いが少なかった。
何人かを経由して戻ってきたのは、遠灯の十人が実際に離脱していることと、内輪で揉めたらしいという話だけだった。
どちらが悪かったのかまでは、分からない。
その間も、久我は質問に答えた。
十人の城の位置。
出せる部隊。
周辺との取り決め。
こちらへ来ても、すぐに元の城を守れるわけではないと伝えると、了承した。
『自分の城は、自分で守るつもりです。西側で活動するための場所を、少しずつ作らせていただければ』
俺たちは、合流を決めた。
*
十人が入ってきてから、最初の数日は何もなかった。
挨拶があり、土地の相談があった。
こちらの道を利用して、遠灯の者たちが西へ伸びてくる。
同盟の仲間が持つ土地に隣接していれば、そこから新しい土地を取れる。
遠くの城から出発しなければならないことは変わらないが、道を一から作る必要はない。
それは、俺たちが三人で連携し始めた頃から使っていた仕組みだった。
『共同出兵に備えて、盟主殿の城に近い場所にも、一つ置いてよろしいでしょうか』
久我から相談が来た。
俺は玄と土地を確認した。
資源の少ない、レベル一の空き地だった。
建設予定もない。
『そこなら大丈夫です』
返す。
その後、ほかの者からも似た相談が来た。
一つずつ見れば、問題はなかった。
取り合っていた土地でもない。
こちらの城へ近づくための道も、堂々と連絡欄へ載せていた。
ある者は、俺の城へ顔を出した。
ある者は、兵の補充でしばらく動けないと言った。
十人をまとめて見たとき、自分の城を囲むように小さな土地が増えていることに気づいたのは、すべて終わった後だった。
*
鐘の音で目が覚めた。
夜は、まだ深かった。
戸が開く。
「君主様。敵襲でございます」
周の声を聞きながら、表示を開いた。
脱退の通知が並んでいた。
一人。
二人。
十人分。
所属人数が、元へ戻っている。
次に開いた地図で、俺は息を止めた。
城の周辺に、赤い土地があった。
昨日まで仲間のものだった土地だった。
所有者は変わっていない。
所属同盟だけが、変わっていた。
遠灯。
十人は脱退し、同じ名で同盟を作り直していた。
その土地から、いくつもの出兵線が伸びていた。
終点は、俺の城だった。
「……もう、来てるのか」
遠い北東から、今夜出たのではない。
何日も掛けて運んだ部隊が、城の近くに待機していた。
共同出兵のために。
そう説明されていた部隊だった。
*
全員へ緊急の書簡を送った。
玄。
岳。
真木。
返事は来ない。
皆、寝ている時間だった。
俺だって、ついさっきまで寝ていた。
最初に返事をくれたのは圭だった。
『起きています。何をすればいいですか』
建設の完了を待っていたらしい。
『玄と真木へ、使いを出してほしい。城が攻撃されてる』
『すぐ出します』
俺も近隣へ使いを走らせた。
防衛の編成を開く。
陸は城にいる。
蒼玄もいるが、昨日の土地取得で兵を減らしていた。朱里の弓兵は、補充が終わっていない。
カイが戸口へ来た。
上着の紐を結びながら、外を見ている。
「どっち?」
「東と、北」
「両方か」
俺はうなずいた。
そのとき、久我から書簡が届いた。
『抵抗をやめれば、施設への損害は抑えられます。配下になっていただくだけです』
下には、続きがあった。
『あなたの土地からであれば、北西のどこへでも手が届く』
俺の城を落とす。
その土地を使い、仲間の城へ進む。
初めから、それが目的だった。
*
東側の守備が接触した。
戦闘報告に、敵の武将名が出る。
SSR。
攻撃向けの技能が並んでいた。
別の部隊にも、SSRがいる。
さらに北から、三つ目の部隊が迫っていた。
俺は、報告を読み直した。
同じ武将を見間違えているのではない。
三人だった。
久我たちが事前に出した編成には、誰も載っていなかった。
蒼玄の部隊が押されていた。
門前へ出した兵が減り、朱里の矢でも前進を止めきれない。
外で、重い音がした。
城門へ何かが当たった音だった。
『起きた。今から出す』
玄の返事が来た。
到着予定を確かめる。
間に合うか分からない。
伊織からも返事があった。
『暁山を出します』
もっと遠い。
強い武将がいることと、その武将が今ここにいることは違った。
*
登用の画面を開いた。
残っていた札がある。
白嶺の報酬で得たポイントも、まだ多く残していた。
守備の強い武将が欲しい。
SSRなら。
せめて、防御向けのSRでもいい。
札を使う。
現れたのは、Nの武将だった。
次はR。
技能を開く。
採石。
もう一枚。
光の色が変わった。
俺は立ち上がりかけた。
SR。
名前の下に、木材生産の技能があった。
広間に現れた男が頭を下げる。
俺は返事をしないまま、次を引こうとした。
周が、静かに新しい武将を脇へ案内した。
札がなくなった。
ポイントを使う。
R。
N。
SR。
今度は食糧だった。
普段なら、喜んでいた。
朔へ知らせ、どこへ配置すればいいかを相談したと思う。
今は、武将の名前さえ、頭へ入らなかった。
外で、もう一度音がした。
耐久値が減っていた。
指が滑り、取消を押した。
開き直す。
もう一回。
もう一回だけ、と思ったが、最初から全部使うつもりだった。
最後に現れたのは、Rの内政武将だった。
残高は、一回分にも満たなくなった。
画面の下の決定が、押せなくなった。
*
「終わった?」
カイの声がした。
俺は顔を上げた。
戸口に立つカイの袖には、土が付いていた。
「……強いのは、来なかった」
「そうか」
責められなかった。
その方が、つらかった。
何人も、新しい武将が立っている。
皆、俺の指示を待っていた。
俺は、その人たちを見ずに、外れだと思っていた。
周へ配置の確認を頼もうとして、言葉が詰まる。
また、城門へ衝撃が来た。
カイが外を振り返った。
「東、抜かれる。兵を内側へ下げていい?」
俺は地図を開いた。
援軍の線は近づいている。
ただ、門前の兵数の方が、早く減っていた。
「カイ」
「うん」
「俺が、入れたんだ」
十人を。
この城の周りへ。
「うん」
「皆のところまで、行かれる」
カイが、こちらへ歩いてきた。
「まだ門、開いてないぞ」
机の向こうで止まる。
「下げていい?」
俺は、ようやくうなずいた。
「下げて。陸の部隊と合流して、内側で受ける」
「分かった」
カイは腰へ手を掛けた。
剣を抜いた。
訓練場で見たときと、同じ音がした。
「お前は?」
「門のところ。少し、止める」
*
東門の留め具が外れた。
片側が傾き、外の明かりが細く差した。
兵が下がる。
折れた槍が、石畳を滑っていた。
その隙間へ、敵の武将が入ってきた。
黒い柄の大刀。
報告で見た、SSRの一人だった。
カイは門の脇に立っていた。
敵が踏み込む。
大刀が振られた。
カイは正面で受けなかった。
半歩、門柱の陰へ下がる。
刃が柱を削り、その下へカイの剣が入った。
金属の音が鳴った。
敵の腕が上がる。
カイはすぐ離れた。
後ろから槍兵が出ようとするのを、片手で制した。
「まだ」
敵の武将が、大刀を引き戻す。
今度は小さく振った。
カイの肩から、布が裂けた。
血が出た。
俺は、内側の階段からそれを見ていた。
声を上げかけたとき、カイが踏み込んだ。
敵の懐へ、体ごと入る。
剣が鎧の脇をかすめた。
敵が向きを変えようとする。
門の隙間は、二人が並べるほど広くなかった。
大刀の柄が門扉に当たった。
その一瞬に、カイは相手の足を払った。
崩れた膝へ、陸の槍が伸びた。
敵が後ろへ跳ぶ。
朱里の矢が、門の外から続こうとしていた兵を止めた。
「今、閉めろ!」
カイが叫んだ。
兵が、傾いた門を押した。
完全には閉まらない。
その間にも、カイは剣を振っていた。
門の向こうで、別の武将の槍先が動いた。
一人を倒せば終わる戦いではなかった。
*
俺は階段を下りた。
逃げ道を確かめるためではなかった。
陸の後ろに残っていた兵を、北側へ回した。
東へ集まりすぎていた。
周に、門を支える木材を運ばせる。
新しく登用した武将にも、資材を運ぶ者の取りまとめを頼んだ。
今、働ける者がいた。
俺はさっきまで、その人たちを見ていなかった。
『東門で止めている。北側へ援軍を』
玄へ送る。
『分かった。もう近い』
カイの剣が、また鳴った。
敵の大刀を外へ払い、柱を使って身を隠す。
踏み込まれたら、内側へ下がる。
カイが下がった分だけ、陸の槍が前へ出た。
蒼玄も加わった。
門前の狭い場所で、敵の兵は数を使い切れなかった。
それでも、カイの足は少しずつ遅くなっていた。
頬に血が付いている。
剣を握る手が、一度滑った。
敵が、それを見て踏み込んだ。
カイは下がらなかった。
短く息を吐いて、相手の腕の内側へ刃を入れる。
大刀が石畳へ落ちた。
続いて、蒼玄の剣が敵を押し戻した。
門の外で、兵が崩れた。
カイは追わず、片膝をついた。
そのとき、北側から角笛が鳴った。
玄の援軍だった。
*
夜が明ける前に、敵は退いた。
真木の騎馬兵が、城の外で後続の攻城部隊を捕まえた。
暁山が着く頃には、敵のSSR部隊も兵を大きく減らしていた。
久我から、もう書簡は来なかった。
赤い出兵線が、近くの足場へ戻っていく。
俺は追撃を出そうとして、止めた。
カイが運ばれてきた。
歩けると言っていたが、片側の肩を陸に支えられていた。
「座って」
「うん」
椅子へ下ろす。
袖を切り、傷を確かめてもらう。
肩と脇腹に傷があった。
剣を持っていた手のひらも、血で濡れていた。
「止まった?」
カイが聞いた。
「止まった」
「よかった」
俺は、うなずくことしかできなかった。
玄が門の方から戻ってきた。
「……あれを、カイが受けてたのか」
声が、いつもより低かった。
俺は答えた。
「ずっとじゃない。陸と蒼玄と、朱里も」
「それでもだろ」
玄は、それ以上言わなかった。
伊織が、壊れた門とカイを交互に見ていた。
暁山との手合わせのときには、皆で笑っていた。
今回は、誰も「やるじゃん」とは言わなかった。
*
朝になってから、俺は同盟へ経緯を説明した。
遠灯が使った土地は、俺たちが取得を認めた場所だった。
編成の申告には嘘があった。
ただ、その嘘を見抜けなかったことと、城の近くへ戦力を集めさせたことは、こちらの問題でもあった。
『受け入れを決めたのは俺です。すみません』
送った後、しばらく返事が途切れた。
最初に書いたのは、湊だった。
『俺たちも同じ形で入れてもらいました』
続きが来る。
『だから、合併を全部間違いだったことにはしないでほしいです』
俺は画面を見つめた。
圭が使いを出さなければ、玄たちはもっと遅れていた。
冬馬は夜明け前に道を確認し、真木の部隊を誘導してくれた。
紬と早苗からは、負傷者を受け入れられるという知らせが来ていた。
同じ入り方をした仲間が、今、この城を支えていた。
『分かった。ありがとう』
俺は返してから、次を書いた。
『まず、近くに作られた足場を全部取り除きます。その後、向こうの城をどうするか決めたい』
*
律の調べが進んだのは、襲撃の後だった。
戦闘記録に、SSR武将の名前が出たからだった。
その組み合わせを知っている者が、北東にいた。
『その十人は、以前も盟内の取り決めを破っています』
返事をくれたのは、北東の同盟「東稜会」だった。
遠灯が離れた大同盟と、境界を接しているという。
久我たちは、以前の同盟で小規模な味方の土地を奪い、注意された後に離脱していた。
向こうでは、別の同盟名と代表を使っていた。
律は報告を見せてくれた。
「離反したのは本当だった。ただ、理由は向こうの説明だけだった」
俺は、うなずいた。
「それで、協力してくれるのか」
「条件を話したいって」
東稜会も、久我たちに困っていた。
国境沿いに城が散らばり、隣接する小さな同盟を脅して土地を譲らせている。
ただ、SSRが複数いるため、正面から兵を減らしてまで動くことは避けていた。
今、その主力は北西にいた。
しかも、俺たちの城で消耗している。
東稜会にとっても、動く理由ができていた。
*
反撃には、十日以上掛かった。
怒ったまま、その夜のうちに北東へ攻め込める距離ではなかった。
城の周囲に残った遠灯の足場を取り返す。
兵を戻す。
守備を置く。
その間に、律が東稜会と話を進めた。
友好同盟になっただけでは、相手の土地を足場にはできない。
俺たちは北東寄りに残っていた自分たちの土地から、少しずつ道を伸ばした。
東稜会は、競合する取得予定をずらし、遠灯の増援が来る側を受け持ってくれた。
冬馬が進路を調べる。
湊が途中の土地をつなぐ。
真木が先へ出る。
相手も、こちらが来ることには気づいた。
何度か、細い道を切ろうとしてきた。
そのたび、東稜会から連絡が来た。
どの城から兵が出たか。
どちらへ向かったか。
遠い場所で戦うには、地図に映るものだけでは足りなかった。
俺たちは、北東の仲間の目を借りて進んだ。
*
最初に落としたのは、久我の城ではなかった。
十人のうち、一番西にある城だった。
北西への襲撃で攻城部隊を失い、守備の薄くなっていた場所だった。
単独の武将による短い接触で兵種を確かめ、記録を東稜会と合わせる。
SSRの一人が戻っていることは分かった。
そこへ、暁山と蒼玄の部隊を合わせた。
今度は、こちらが準備する側だった。
守備を崩し、杏の攻城部隊を入れる。
城を配下にしたという通知が出るまで、俺は座らなかった。
そこから、隣の城への足場ができた。
こちらが使えるようになったのは、落とした城の土地だった。
その仕組みを使って俺たちを襲うつもりだった十人に、同じ形で進路を伸ばした。
東稜会が東から動いた。
真木の騎馬兵が、守備を移そうとした部隊を途中で捕まえた。
一つの城へ集まれば、別の城が空く。
北西で失った兵を補い切れていない遠灯は、両側へ回す余裕がなかった。
久我から、停戦の書簡が届いた。
『これ以上続けても、互いに損をするだけです』
俺は、最初に届いた合併の書簡と並べて読んだ。
同じ人間が書いた文章だった。
律に見せ、返事を決めた。
武装したまま引き下がって、もう一度同じことをされる形にはできなかった。
*
久我の城が落ちた日、カイはまだ包帯を巻いていた。
ただ、食事はいつも通り食べていた。
俺が報告を見せると、椀を置いた。
「終わった?」
「遠灯としては。残りも、条件を受け入れた」
十人の城のうち、西側の二つを西端が押さえた。
残りは東稜会側で処理することになった。
北西に持っていた土地は、すべて放棄させた。
北東の二つの城をどう扱うかは、まだ相談が必要だった。遠い場所に領地ができたからといって、それだけで喜べるわけではない。
守るための兵と、連絡する相手が必要になる。
それでも、久我たちが同じ足場から襲ってくることはなくなった。
俺はカイの向かいへ座った。
「ありがとう」
「何回目?」
「何回でも言う」
「じゃあ、分かった」
カイは少し笑って、椀を持ち直した。
俺は、包帯の下の手を見た。
「あのとき、俺、もう駄目だと思った」
「うん」
「ガチャで、何とかなるって思って」
「強いやつ、来なかったな」
「……うん」
「でも、今いるやつもいるだろ」
俺は顔を上げた。
カイは汁を飲んでいた。
陸。
蒼玄。
朱里。
城へ駆けつけた仲間たち。
そして、目の前にいるカイ。
俺は最後の登用結果を見たとき、自分にはもう何も残っていないような気がしていた。
「そうだな」
今度は、はっきり答えた。
*
夜、古い紙を開いた。
帰る方法。
ここへ来た経緯。
途中で止まっている記録だった。
その横へ、久我からの最初の書簡を置く。
この世界に慣れすぎているのではないか。
悪意を持つ者は、どこにいるのか。
カイと、そんな話をしたばかりだった。
悪意は、あった。
丁寧な言葉を使い、困っている事情を説明し、こちらと同じように挨拶をしていた。
けれど、それで疑問がすべて解けたわけでもなかった。
久我たちも、この世界を捨てようとはしていない。
誰より熱心に仕組みを使い、ほかの城を欲しがっていた。
俺は、新しい記録へそれを書いた。
それから、明日の予定を開いた。
城門の修復。
北東との連絡。
新しく来た内政武将の配置確認。
最後の項目で、手が止まった。
俺はまだ、全員の名前を覚えていなかった。
明日の朝、一人ずつ会おうと思った。




