五十人
第三十八話 先に育てるもの
久我の城を落としても、砦の色は変わらなかった。
遠灯が持っていた砦は四つ。
そのうち二つが、西端の押さえた城から比較的近い場所にあった。
残りは東稜会側に近い。
律が向こうと相談して、二つずつ取得することになった。
「城を落としたから、まとめてもらえるわけじゃないんだな」
俺が言うと、律は地図を広げた。
「持ち主の君主と、同盟の持ち物は違うからね。こっちは、改めて取る必要がある」
久我たちの部隊は、もう守りに来なかった。
それでも、耐久を削る部隊と、道を確保する者は必要だった。
杏が日程を組み、北東へ残っていた者たちで役割を分けた。
今度は俺の城から、大きな部隊を送り直さずに済んだ。
一つ目の取得報告が来たのは、昼過ぎ。
二つ目は、その翌日だった。
所有砦の数が増える。
城の生産量も変わった。
俺は、その数字を二度見た。
*
戦争の後は、資源がなくなると思っていた。
実際、兵の補充には使った。
門の修復にも、施設の再建にも使った。
ただ、なくなる速さと同じくらい、入ってくる速さも変わっていた。
白嶺城の補正がある。
以前から持っていた砦がある。
そこへ、遠灯から取った二つが加わった。
さらに、あの夜に登用した武将を、ようやく配置し終えていた。
SRの木材担当、杜衡。
SRの食糧担当、穂乃。
二人とも、戦闘向けの技能は持っていなかった。
杜衡は伐採所で働く者の配置を変え、穂乃は農地の担当に就いた。
彼らが大きな声で命令することはなかった。
指示を受けると短くうなずき、仕事へ向かった。
それだけだった。
けれど、数字ははっきり変わった。
俺は、生産量の記録を持って朔に会った。
「これ、合ってる?」
朔は紙を受け取った。
少し見てから、俺の表示を開いてもらっていいかと聞いた。
施設。
配置武将。
技能。
砦と城の補正。
一つずつ確かめて、うなずく。
「合ってます」
「こんなに増えるのか」
「元の施設も、前より育っていますから」
朔は、古い記録を隣へ置いた。
「前の伐採所に杜衡を置いても、ここまでは増えなかったと思います」
同じ技能でも、働かせる場所が違う。
施設が育ち、そこへ武将が付き、同盟の補正も加わる。
俺は増えた分を指で追った。
戦争の夜には、いくらいても城を守れないと思った二人だった。
今、その二人が、失った兵を戻す資源を作っていた。
*
「順番、逆でもよかったのかな」
俺が言うと、朔が顔を上げた。
「何のですか」
「武将。ずっと、先に戦えるやつが欲しかっただろ」
「はい」
「内政を強くして、城を早く育てて、その後で戦える武将を集める方がよかったのかって」
口に出すと、簡単な話に聞こえた。
資源を増やす。
施設を育てる。
兵を揃える。
その上で、強い武将を迎える。
強い武将だけ来ても、兵が付けられない城はある。
伊織が入った頃も、暁山一人にできることが偏っていた。
朔はすぐに賛成しなかった。
「最初から、全員でそれをやったら、砦を取れなかったと思います」
「そうか」
「守る兵も必要ですし。ただ、今なら、内政へ回せる人は多いです」
朔は、同盟の出兵記録を開いた。
白嶺の攻略。
北東の砦。
最近取った土地。
そこには、毎回違う名前が並んでいた。
「一回の攻略に、全員の主力を使っていませんよね」
「うん」
「それなら、出ない人まで同じように徴兵を急ぐ必要はないです」
俺は椅子を寄せた。
朔の指が、帰還予定の欄で止まる。
「攻略に出る人は、補充と休養。次に出る人は、準備。その間、ほかの人は施設と内政武将を育てる」
「順番に?」
「それなら、砦を取りながらできると思います」
*
夕方、皆へ相談した。
玄は、最初に自分の編成を開いた。
「でも、強いのは欲しいぞ」
「俺も欲しい」
「だったら、ガチャ回すだろ」
「全部をそこに使わなくてもいいんじゃないかって話」
玄は少し黙ってから、うなずいた。
律が、トレードの一覧を見せた。
戦闘向けのSRは、値段が高い。
同じSRでも、生産施設へ配置する武将には、手の届く出品がいくつかあった。
「みんな、戦える武将を欲しがるから」
律が言った。
「同じ等級でも、かなり違う。技能を選べば、ガチャで狙うより予定は立てやすいよ」
葉は、自分の陶真の記録を出した。
最初に迎えたSRだった。
ずっと内政へ配置してきた武将だ。
「この人も、来た頃より効果が上がっています」
俺は、その数字を見た。
最初に葉が見せてくれたときの値を、もう覚えていなかった。
葉は古い紙も持っていた。
並べると、違いが分かった。
「戦闘の報告みたいに、毎回は知らせていませんでしたけど」
「こんなに変わってたのか」
「少しずつです」
朔がうなずいた。
「内政武将も、育てる相手を決めた方がいいですね。何人も入れ替えると、どのくらい伸びたか分かりにくいので」
圭が、横から紙を差し出した。
「施設と武将を分けて記録しますか。どっちを変えた日に増えたか、見えるように」
「それ、欲しい」
俺が答えると、何人かも同じことを言った。
*
その場で、全員に同じ育て方をさせることにはしなかった。
真木は、騎馬兵を維持するために食糧を優先した。
杏は攻城部隊を整えながら、木材と鉄を増やす。
城の施設が遅れていた者は、まず不足する資源を作る武将を探した。
戦争で兵を減らした者には、先に守備を戻してもらった。
俺も、その一人だった。
城門は直った。
けれど、門が直ったからといって、あの夜のことまで済んだわけではない。
城の近くへ置く土地。
待機させる部隊。
出兵が重なって守りの薄くなる時間。
近隣の仲間と、改めて確かめていた。
内政へ回せる資源は、その分を残してからだった。
「俺は?」
話を聞いていたカイが言った。
「怪我が治ってから」
「もう、ほとんど治ってる」
「じゃあ、少しずつ」
「畑?」
「畑と、訓練」
カイはうなずいた。
剣の柄に巻いた布が、新しくなっていた。
あの夜に巻いていたものは、血が染みて取れなかった。
俺はそれを見てから、表示へ目を戻した。
強い武将が来るまで待つだけではなく、今いる者を育てる。
カイだけでなく、杜衡も、穂乃も。
NやRの武将にも、任せている仕事があった。
*
変化は、一日では分からなかった。
三日経つと、建設のために待つ資源が一つ減った。
一週間経つと、補充を終えた後でも、次の施設を選べる者が増えた。
紬から、最初の報告が来た。
『採石の武将を変えてから、主城の必要量まで届きました』
続いて早苗。
『食糧が減り続けなくなりました。兵を増やすのは、もう少し待ちます』
朔は、それぞれの数字を見て返事をした。
自分一人では追いつかなくなると、葉と圭が手伝い始めた。
湊は西側の相談を集めた。
玄も、いつの間にか内政武将を一人買っていた。
「ガチャじゃないのか」
俺が聞くと、玄は少し嫌そうな顔をした。
「欲しい技能、引けなかったんだよ」
「何回?」
「それはいいだろ」
来たのはRの武将だった。
等級だけ見れば、珍しくない。
けれど、玄の城で一番足りなかった鉄を増やす技能を持っていた。
数日後、玄から書簡が来た。
『買ってよかった』
その一文は、ガチャでSRが出た報告より短かった。
ただ、それから玄は、その武将を一度も外さなかった。
*
砦の攻略は続けた。
以前より、回数を増やしたわけではない。
出る者を変えながら、無理のない間隔で取っていった。
七人の日もあった。
八人の日もあった。
守備を崩す役。
耐久を削る役。
次に動くための土地を取る役。
それぞれが何をするか分かっていれば、人数を増やさなくても済む砦は多かった。
取得の通知が来ると、出兵していない者の城にも補正が加わった。
育てた施設の生産量が、また少し増える。
その資源で施設を進め、武将を育て、次の出兵に備える。
俺が一日ずっと表示を開いていなくても、進む日が出てきた。
そんな頃、葛城から書簡が来た。
『最近、そちらの城の発展が早くありませんか』
律と相談して、内政へ多めに回していることを伝えた。
返事には、少し間があった。
『こちらもやりたいのですが、砦へ出す人数を減らせません』
俺は、その一文を朔へ見せた。
「うちは、減らしてるつもりもないけどな」
「最初から少ないですから」
朔は答えた。
「ほかだと、出られない人が出る分まで集めておくそうです。到着がずれたり、攻城が足りなかったりするので」
最初の砦の話を思い出した。
七人で取れたことを、外から驚かれた。
俺たちは、準備しすぎたのではないかと笑っていた。
その準備を、今も続けている。
「内政だけ真似しても、同じにはならないのか」
「兵を減らして砦を逃したら、補正も増えないですし」
朔は、次の出兵表を見た。
「僕たちは、こっちが回っているからできます」
紙には、七人の名前があった。
そのほかの仲間は、その日、自分の城を育てられる。
*
それから、ひと月ほどが過ぎた。
城へ入る門が、以前より高くなった。
外壁の内側に建物が増え、倉庫へ続く道には石が敷かれた。
朝になると、荷車が列を作った。
最初は領民が数人歩いているだけだった広場に、店が並ぶようになった。
カイの肩の包帯は取れた。
蒼玄と陸の部隊も、元の兵数へ戻った。
杜衡と穂乃は、それぞれの仕事を続けている。
たまに声を掛けると、短い報告が返ってきた。
その名前を、今はすぐ思い出せた。
同盟にも、人が増えた。
保留になっていた小枝会の四人が、相談を終えて合流した。
近隣の君主が一人ずつ入ってきた。
北東では、東稜会との連絡を続けながら、こちらへ加わりたいという者とも話をした。
遠灯の件があってから、全員の話を聞く時間は長くなった。
城の周りへ足場を作る話も、一つずつの土地だけではなく、集まる場所と部隊を合わせて確認するようになった。
それでも、受け入れること自体はやめなかった。
冬馬や紬たちが、今度は新しく来た者へ、土地の相談先を教えていた。
*
五十人になった日は、特別な祝いをしなかった。
加入の通知を見て、玄が書き込んだ。
『五十だぞ』
すぐに、誰かが返した。
『本当だ』
俺は一覧を開いた。
五十。
自分の名前だけだった頃の画面を、うまく思い出せなかった。
最初の七人は、まだ全員いる。
ただ、今はその七人だけで動いていない。
近隣ごとの出兵の相談があり、内政の記録があり、トレードで見つけた武将の情報が流れている。
皆が、俺に聞く前に誰かへ聞いていた。
昼過ぎ、伊織から報告が届いた。
新しくSRの武将を迎えたという。
守備向けだった。
『これで、暁山を出している間も、少し安心できます』
添えられた兵数を見た。
入ってきた頃より、ずっと多い。
暁山だけが強い城ではなくなっていた。
ほかの者も、戦闘向けの武将を少しずつ揃えていた。
内政に使っていたポイントを、今度は欲しい兵種の武将へ残す。
施設が育っているから、迎えた武将に兵を付ける準備も早い。
玄が、その日の夕方に言った。
「最近、強いのが出た後の方が楽しい」
「前から喜んでただろ」
「前は、来たところまでだったんだよ」
玄は編成を開いた。
育てている武将の下に、揃えた兵が並ぶ。
「今は、次の砦で使ってみようって思える」
俺は、その表示をしばらく見ていた。
*
夕食の後、カイと城を歩いた。
店はほとんど閉まっていたが、倉庫の前にはまだ明かりがある。
道の脇を空の荷車が通る。
カイは避けながら、広くなった道を見た。
「ここ、前は泥だったな」
「雨の日、靴が抜けたところ?」
「抜けてない。抜けそうになっただけ」
「同じようなもんだろ」
「違う」
俺は笑った。
少し先で立ち止まり、門を見上げた。
修復の跡は、もう目立たない。
その内側には、陸の兵がいた。
俺は人数を数えずに歩き出した。
配置は、夕方に確認してある。
「今日は、もう何もないの?」
カイが聞いた。
「建設は明日の朝。出兵は明後日」
「じゃあ、寝る?」
「その前に、少し書く」
「帰る方の話?」
「うん」
ひと月の間に、皆から集めた記録も増えていた。
分かったことは、まだ少ない。
けれど、今度は机の下へしまわず、決まった日に読み直している。
城が育ち、人が増えたから、できる時間もあった。
部屋へ戻ると、朔から新しい表が届いていた。
同盟員の生産量の推移だった。
五十人全員ではない。
記録を出してくれた者の分だけ、それぞれ違う速さで数字が伸びていた。
俺は自分の欄を探した。
あの夜、城を守れる武将が一人も出なかった。
そのとき迎えた二人の名前が、今は生産の欄に並んでいる。
横には、次に揃えたい守備部隊の予定を書いてあった。
必要な資源が貯まる日付は、もう出ていた。




