合併
第三十五話 席を増やす
机を二つ並べても、椅子が足りなかった。
周に頼んで別の部屋から運んでもらう。
それでも足りず、最後は庭で使っていた長椅子を入れた。
「これ、何人座れる?」
カイが端を持ちながら聞いた。
「三人くらいじゃないか」
「玄なら四人いける」
「本人に言うなよ」
「もう言った」
入口で、玄がこちらを見ていた。
「俺を隙間に詰めるな」
カイは笑って、長椅子を下ろした。
白嶺城を取ってから、三日が過ぎていた。
兵の補充が始まり、負傷した武将も少しずつ仕事へ戻っている。南側からの異常報告はなく、城の資源は以前より目に見えて早く増えていた。
今日は、その祝いだった。
出兵した者だけでなく、城を守っていた者にも声を掛けた。遠くて来られない者はいるが、それでも広間をいつも通りに使うわけにはいかない人数になった。
俺は並べた椅子を数え直した。
同盟の一覧では、二十人を超えてからも名前が増えていた。
今は二十六人。
全員と同じ部屋で会ったことは、まだなかった。
*
最初に届いたのは、人ではなく酒だった。
北西開拓会からの祝いだという。
続いて北沢会から干した果物、河原連盟から魚を塩漬けにしたものが届いた。
礼の書簡を書いている間に、葉と杏が来た。
杏は入口で広間を見回し、それから俺を見た。
「今日は、この部屋で終わるんだよね」
「終わります」
「そう」
後ろにいた玄が、急に荷物を運び始めた。
葉は持ってきた包みを机へ置いた。
「焼いたものなので、早めに食べてください」
穀物の粉を練った生地の中に、刻んだ肉と野菜が入っていた。
温め直す場所を周に聞いていると、カイが横へ来る。
「一個いい?」
「並べてからです」
「端の崩れたやつでも」
「それも並べます」
カイは包みの中をもう一度見てから、おとなしく離れた。
その後ろを、岳が入ってきた。
俺を見るなり、片手を上げる。
「城、直った」
「全部?」
「外壁は。中で後回しにしてた施設は、まだだけど」
「そうか」
言ってから、もう一度うなずいた。
地図では、とっくに元の色へ戻っている。
耐久値も確認していた。
けれど、本人から聞くと違った。
岳は俺の横を通り、並べてある料理を見た。
「今日は食えるな」
「この前も食べてただろ」
「落ち着いて、ってこと」
そう言って、空いている席へ荷物を置いた。
*
乾杯の前に、何か話してほしいと言われた。
誰から言われたかというと、玄だった。
「盟主なんだから」
「お前が言えばいいだろ」
「俺が言ったら、お前、何するんだよ」
俺は杯を持って立った。
広間の話し声が、少しずつ小さくなる。
最初の七人がいる。
真木も、千歳も、透もいた。
伊織は端の方に座っていて、隣の同盟員と何か話していた手を止めた。
顔を見ていると、用意していた長い言葉が、少し大げさに思えた。
「白嶺、取れてよかったです」
何人かが笑った。
「取るまでに戦争もあったし、予定を何度も変えて、迷惑も掛けました。出兵した人も、残ってくれた人も、ありがとうございました」
岳が杯を少し上げる。
俺も持ち上げた。
「今日は、ゆっくり食べてください。お疲れさまでした」
杯が上がった。
机の向こうで誰かが大きく返事をして、その声に重なるように話し声が戻ってきた。
座ろうとしたところで、カイが袖を引いた。
「もう食っていい?」
「いいよ」
「よかった」
俺より、料理を待っていたらしい。
*
宴が始まると、白嶺の話は思ったより早く終わった。
暁山が強かった。
攻城の順番がずれなかった。
あれだけ大きな城なのに、予備隊を出さずに済んだ。
そんな話を一通りすると、次はガチャになった。
「俺、あの後三回引いた」
玄が言った。
「知ってる」
葉が答える。
「全部、書いてましたから」
「最後の一回は書いてない」
「何が出たんですか」
「N」
「じゃあ四回では?」
玄が黙った。
隣で真木が吹き出した。
伊織は、杯を両手で持ちながら笑っている。
「僕は、今回は残してます」
「暁山がいるもんな」
「兵を増やす前に、内政の武将が欲しくて。トレードの方も見ようと思って」
その言葉に、律が顔を上げた。
「どの技能?」
「木材か、食糧です」
「食糧なら、昨日出てた。あとで場所を送る」
「ありがとうございます」
朔が、その横から口を挟んだ。
「施設の生産量、先に見せてもらってもいいですか。武将を買うより、建設を一段進めた方が安いかもしれないので」
伊織が表示を開きかける。
杏が、二人の間へ皿を置いた。
「冷めてからでも、数字は変わらないよ」
朔は表示を閉じた。
「そうですね」
「まず食べて」
俺も自分の杯を置き、料理へ箸を伸ばした。
温かいうちに食べるためにも、誰かが止める必要があるらしかった。
*
皆の腹が落ち着いた頃、今後の話になった。
「次の城も探すのか?」
真木が聞いた。
白嶺が見つかった以上、ほかにも地図に載らない城があるかもしれない。
俺も、それは考えていた。
「探すのは続けたい。ただ、次が見つかったからすぐ全員出す、とはしないつもり」
「兵を戻してから?」
「それもある。白嶺の周りも、まだ全部分かってないし」
俺は、机の端へ小さく地図を出した。
皿に重ならない位置へずらす。
山際に白嶺。
そこへ続く、細い土地のつながり。
「取った城を守れるようにしたい。途中の道も、今は何人かに負担が寄ってる」
透がうなずいた。
「道の土地、収入はあんまりないんですよね」
「ずっと持っててもらうなら、その分、資源地を取る順番は相談したい」
葉が、空いた紙を引き寄せた。
俺は続けた。
「それから、出兵の確認は、近い人同士で先にまとめてもらえると助かる。全員が俺の返事を待ってたら、遅くなるから」
「地区ごと?」
岳が聞いた。
「うん。南なら岳と真木。東なら玄たち、みたいに。誰か一人がいないと止まる形にはしたくない」
「それはできる」
真木が答えた。
玄は肉を飲み込んでから、こちらを見た。
「土地の相談も?」
「近所で済むなら。進路が大きく変わる話は、皆に知らせてほしい」
最初に同盟を作ったときも、似た話をしていた。
違うのは、地図の広さだった。
あの頃は、玄の城と俺の城の間を見ていればよかった。
今は、同じ表示に収めると、一つ一つの城が小さくなる。
「人数が増えたから、前より暇になると思ってた」
俺が言うと、律が笑った。
「一人で見ようとしたら、増えるよ」
「そうみたいだ」
「全部見なくても、分かるようにしよう」
葉が、紙に近隣ごとの名前を書き始めた。
*
その紙をのぞき込んでいた律が、ふと思い出したように言った。
「人数の話なら、相談が二つ来てる」
「加入?」
「合併」
俺は杯を置いた。
玄も、食べかけのものを皿へ戻す。
「どこから?」
「西の沢沿いにいる『沢道』。五人。それと、北の『小枝会』が四人」
どちらも、名前は見たことがあった。
個別の土地相談をしたことはあるが、友好同盟として取り決めを交わすほど、進路が近くはなかった。
「九人、こっちへ来たいってこと?」
「一つ目は五人全員で相談したそう。二つ目は、まだ盟主からの打診だけ」
律は二通を分けて表示した。
沢道の盟主は、湊という人だった。
『五人で城を育ててきましたが、共同出兵に時間を合わせられる者が二、三人になり、砦の取得まで進めずにいます』
その下に、城の位置があった。
固まってはいる。
ただ、西端から離れすぎてはいなかった。
『可能であれば、五人一緒に受け入れていただけないでしょうか』
俺は、最後まで読んだ。
白嶺を取った。
だから、強いところへ入りたい。
そういう話かと思ったが、続きには別のことも書いてあった。
『二人は、長い時間を取れません。合流後すぐに、ほかの方と同じ兵数を求められると難しいです』
岳が、横から読んだ。
「言ってくれるのは、助かるな」
「うん」
強いところへ入れば、急に同じだけ出せるようになるわけではない。
伊織が入ったときも、そうだった。
俺は律を見た。
「会って話せるかな」
「頼めるよ。どういう方向で?」
受け入れたい、とすぐ言いそうになった。
その前に、机を囲んでいる皆を見た。
「俺は、場所も近いし、一緒にやれるなら受けたい。皆はどう思う?」
*
「土地は、先に見たいです」
最初に言ったのは葉だった。
「こっちの予定地と重なっていて、入ったら取れると思われていると困るので」
「五人なら、出兵の連絡をまとめる人がいると助かる」
杏が続ける。
「最初から五人分、全部こっちで組むのは大変」
「内政は、今配ってるものでよければ渡せます」
朔はそう言ってから、少し考えた。
「ただ、一度に全部変えなくていいとは伝えたいです。資源の残り方が違うので」
玄は地図を拡大した。
「こっちから兵が届くまで、そこそこ掛かるぞ」
沢道の一番西の城を指す。
「入ったらすぐ守ってもらえる、だとまずい」
「そこは話す」
俺は答えた。
誰も、人数が増えるだけで喜んではいなかった。
けれど、誰も、少ない兵しか出せないから断ろうとは言わなかった。
律が話をまとめた。
「合流するなら、向こうの取り決めも確認するね。近隣と土地の約束をしているかもしれないし、こちらに入った途端になしにはできない」
「合併すると、それも引き受けるのか」
「少なくとも、知らずに壊さないようにはしたい」
俺はうなずいた。
人が五人増える。
城が五つ増える。
その城の周りで交わした約束も、一緒に近くなるのだった。
*
沢道との面談は、三日後になった。
宴の翌日にしなかったのは、こちらの都合だった。
玄が飲みすぎたからではない。
皆の土地の予定を、先にまとめる必要があった。
玄は飲みすぎてもいた。
湊は、もう一人を連れて俺の城へ来た。
三十代くらいに見える男で、何度か周囲を見回しながら広間へ入ってきた。
「大きいですね」
「建物が増えたのは、最近です」
俺は答えて、席を勧めた。
律と葉にも同席してもらった。
湊は座ると、早めに本題へ入った。
「うちは、最初に近所の五人で集まっただけで。誰かが攻略に詳しかったわけではないんです」
「俺たちも、最初はそうでした」
「でも、七人で砦を取ったと聞きました」
俺は少し困った。
あれがどれだけ珍しいことなのか、取ったときには分かっていなかった。
「時間を合わせて、かなり相談しました」
「そこが、うちは難しくて」
湊は持ってきた紙を開いた。
五人の出られる時間が書いてある。
それぞれなら、決して短すぎるわけではない。
ただ、全部を重ねると、ほとんど残らなかった。
律がその紙を見た。
「五人だけで毎回そろえる必要がなくなれば、参加できる方は増えそうですね」
「はい。それと……正直、資源の補正も欲しいです」
湊は少し声を落とした。
「同じくらいに始めたのに、施設の差が広がっていて」
俺は白嶺の補正を思い出した。
毎時の小さな差が、寝ている間にも積み上がる。
その差は、努力の量だけでは埋められない。
「入ったら、その補正は皆と同じように付きます」
「何か、納めるものは?」
「ありません」
湊が顔を上げた。
「攻略に参加していなくても?」
「これから、一緒にできることをお願いしたいです。兵を出す以外にも、土地をつないだり、周りを見たり、必要な仕事はあるので」
葉が、地図を二人の方へ向けた。
「その話で、先に確認したい場所があります」
湊は椅子を少し寄せた。
そこからの話は、思っていたより普通だった。
誰がどちらへ広げるつもりか。
近所と取り決めはあるか。
兵が来るまで、どのくらい掛かるか。
初めて玄と話した頃と、似たことを聞いていた。
*
五人全員の返事がそろうまで、さらに二日掛かった。
その間に、こちらの同盟にも合流の条件を知らせた。
沢道の土地は、それぞれの君主のまま。
今までの仲間同士で連絡を取り合うのも、そのままでいい。
ただし、出兵と土地の予定は西端の連絡欄にも載せてもらう。
湊には西側の取りまとめを頼んだが、五人分を勝手に決める役ではないことも確認した。
最後の一人の申請が届いたのは、夕食の前だった。
受け入れる。
所属人数が、三十一になった。
俺はしばらく、その数字を見ていた。
二人になったときは、玄の名前しか増えなかった。
今は、一覧を下へ送らないと全員が見えない。
連絡欄に、挨拶が並ぶ。
湊たちが名乗り、玄が返す。
朔が内政の記録の場所を案内すると、葉がまず城の状態を見てからでいいと付け足した。
伊織も、よろしくお願いしますと書いていた。
少し前まで迎えられる側だった人が、新しく来た人へ声を掛けている。
俺は、その下へ書いた。
『五人とも、よろしくお願いします。困っていることは、遠慮なく教えてください』
送ってから、椅子にもたれた。
小枝会との話も残っている。
あちらは、まだ全員の意見がそろっていない。急がず相談してもらうことになっていた。
「また増えた?」
カイが聞いた。
「五人。三十一人になった」
「じゃあ、あの部屋じゃ足りないな」
「毎回全員が来るわけじゃないよ」
「来たら?」
俺は、宴で並べた机を思い出した。
通り道を残すのにも苦労した。
「……庭も使うか」
「晴れたらな」
「雨なら?」
「机、もう一個いる」
カイは簡単に言った。
俺は紙を一枚取り、次に城で用意するものを書いた。
机。
椅子。
その下に、西側の城までの道の確認、と付け足した。




