白嶺
第三十四話 白嶺へ戻る
白嶺城の攻略予定を書いた紙には、取り消しの線が二本引かれていた。
一度目は、南嶺から宣戦布告が届いた日。
二度目は、戦いが終わって、思っていたより兵の補充に時間が掛かると分かった日だった。
三度目の日付を、その下へ書く。
今度は、全員の返事がそろっていた。
「やっと行けるな」
カイが横からのぞいた。
昨日の手合わせで打たれたところは、もう痛まないらしい。朝から畑へ行き、戻ってから陸と訓練もしていた。
「今のところは」
「また何か来る?」
「来ないでほしい」
書簡の印は付いていない。
南側の地図にも、こちらへ向かう敵の線はなかった。
それでも、出兵する部隊を全部選ぶ気にはなれなかった。
蒼玄と朱里を出す。
陸は城へ残す。
カイには、前進拠点の守りを頼んだ。
「俺、城まで行かないの?」
「今回は、途中に兵を置いておきたい」
白嶺までは遠い。
行き帰りに使う土地が取られれば、戻る部隊にも、後から送る部隊にも影響が出る。戦争が終わったからといって、そこまで空にする気にはなれなかった。
カイは地図を見た。
「ここ?」
「うん。先に帰ってくる部隊がいたら、合流させたい」
「分かった。飯も置いとく?」
「それも頼む」
カイはうなずいて、机から離れた。
腰の剣が椅子の背に当たり、こつ、と鳴った。
「あ」
「気をつけろよ」
「椅子は大丈夫」
「お前の剣もだよ」
*
前日の夕方、最後の確認をした。
今回は、最初の七人だけではない。
最初の砦を取った後に入った者も、戦争の途中から土地をつないでくれた者もいる。
出られる人数が増えた分、全員で同じ話を最初からする必要はなくなっていた。
杏が攻城部隊をまとめ、玄が先に守備兵へ当てる部隊を確認する。葉は、送られてくる兵数と到着時刻を記録していた。
俺のところへ届くのは、決めなければ進まない話が中心だった。
『伊織さんの部隊は、第一陣に入れますか』
玄からだった。
伊織本人の返事も続いている。
『出せます。ただ、兵は申告した数で全部です』
暁山がいる。
それだけで、以前の予定より頼もしく見えた。
けれど、伊織の城に兵が増えたわけではない。
俺は編成を見直した。
『暁山の部隊は、蒼玄のすぐ後ろでお願いします。最初から一部隊で受けてもらう形にはしません』
『分かりました』
『城に残す兵は、減らさなくて大丈夫です』
そこまで送ると、返事が来るまで少し間があった。
『助かります』
玄から、修正された順番が届く。
杏もそれを確認して、後続の出兵時刻をずらした。
暁山の強さは、昨日、目の前で見た。
カイが負けた相手だ。
強いのは分かる。
ただ、白嶺の城門を相手にしたとき、どれだけ働けるかは別の話だった。
『守備を抜けても、攻城の順番は変えないでください』
杏から念を押された。
『早く勝てたら、早く殴っていいわけじゃないので』
俺は了承を返した。
最初の砦の頃なら、その説明から聞いていたと思う。
*
朔は、出兵表とは別のものを配っていた。
帰還後に必要になる資源の見込みだった。
『兵の補充を始めてから、施設を上げる分がないと気づく人が出そうなので』
『俺のこと?』
玄が返した。
『名前は書いてません』
『前は書いてあったみたいに言うなよ』
葉が、自分の数字を書き足した。
それを見て、別の同盟員が倉庫の空きを確認しに行った。
砦の資源ボーナスが増えてから、俺たちの城は、同じ時間でも前より多くの資源を生むようになっている。
ただ、多く入ってくるからといって、好きに使っていいわけではなかった。
建設。
徴兵。
出兵中の食糧。
同じ時刻に重なると、足りていたはずのものが消える。
朔はそれを、少しずつずらしていた。
『長い建設は出兵前に入れておけば、帰ってから見るところが減ります。徴兵分は残して』
『もう入れた』
『私も』
返事が並んだ。
俺も、夕方に終わる施設の次を確認した。
いつの間にか、皆が似たようなことをしている。
『これ、ほかでもやってるのかな』
誰かが書いた。
朔の返事は短かった。
『やってる人はいると思います』
『案外、知らない人も多かったりして』
『僕も全部知ってるわけじゃないので』
その後は、石材を残し忘れた玄の話になった。
俺は倉庫を開き、他人のことを笑える量が残っているか確かめた。
*
攻略当日の朝、律から周辺の返答が届いた。
北西開拓会は、境界付近の出兵予定を共有してくれた。
北沢会は、こちらの移動に重なる土地の取得を一日ずらしてくれた。
河原連盟からは、南の道に異常なしという知らせが来ている。
南西中央同盟にも、北西でまとまった出兵をすることは伝えてあった。
『こちらから北へ動く予定はありません。攻略の成功を祈ります』
瀬名からの返事だった。
律は、それらをまとめた後で一言付けた。
『これで、こちらの部隊を見て慌てて守備を集めるところは減ると思う』
俺は地図を開いた。
味方の出兵線が、少しずつ増えていた。
知らずに見れば、戦争が始まったようにも見える。
『ありがとう。帰還が終わったら、それも知らせます』
『うん。それで十分』
友好同盟が増えると、助けてもらう機会が増える。
同時に、こちらの動きを見ている相手も増えるのだと、最近ようやく分かってきた。
*
俺は前進拠点まで移動した。
自分の城で報告を待つこともできたが、帰ってくる部隊を直接見たかった。
カイが用意した食糧は、建物の壁際にまとめてあった。
水の入った桶も並んでいる。
「こっちに置くと、馬が通るから」
カイが、入口の反対側を指した。
「怪我したやつは、奥」
「分かった」
窓の外を、杏の攻城部隊が通っていく。
歩く速さは遅い。
車輪が土を踏み、兵たちが間隔を空けて続いていた。
その脇を、馬に乗った武将が一騎、先へ向かった。
真木の部隊との連絡役だった。
戦争のときに走り回っていた騎馬兵は、今回は城の周辺を見る役に回っている。
城門を壊すために、足の速い兵まで同じところへ詰め込む必要はない。
必要な場所へ動けるよう、残しておく。
それができるくらいには、俺たちにも兵が増えていた。
表示を開く。
白嶺城は、まだ通常の地図には載っていない。
俺たちが置いた印だけが、山際にあった。
現地から届いた報告には、白い石壁と、奥に重なる建物の屋根が写っている。
砦よりも、ずっと大きい。
以前見たときより、城門までの距離が近く感じられた。
*
『第一陣、到着まで三分』
玄から届いた。
葉の記録欄が更新される。
蒼玄。
玄の守備突破部隊。
暁山。
続いて、朱里たちの弓兵。
到着予定には、数秒ずつの差があった。
全員を同じ瞬間に着けることはできない。
けれど、守備兵が立て直すほどの間を空けずに、次を当てることはできる。
俺は、部隊の位置を一つずつ確認した。
前は、ここで何か追加の指示をしたくなった。
忘れていることがある気がして、もう一度言えば安心できると思っていた。
今は、決めた通り動いているところへ、余計な言葉を入れないようにした。
『接触』
短い報告が来た。
白嶺城の守備兵が動いた。
城門前へ出てきた槍兵を、蒼玄の部隊が受ける。
表示の兵数が減る。
味方の数字も減った。
俺は指を止めたまま、次の報告を待った。
『第二隊、接触』
玄の部隊が加わる。
敵の槍兵の減り方が変わった。
そこへ、暁山が入った。
*
後から届いた戦闘の記録では、暁山の姿はすぐに見つかった。
長い槍を持った、黒い鎧。
昨日、訓練場に立っていたときと同じだった。
ただ、後ろには兵がいた。
暁山が進むと、その兵たちも進む。
槍先がそろい、前列が崩れずに敵へ当たった。
蒼玄の部隊と押し合っていた守備兵の横へ、まとまった穂先が入る。
一人で何人も吹き飛ばしたわけではない。
それでも、敵の列が押し戻された。
暁山自身が前に出て、守備の武将と打ち合う。
長い槍が下から跳ね上がり、相手の武器を外へ払った。
間を置かずに踏み込む。
記録の端では、朱里の弓兵が射撃を始めていた。
敵の後ろへ矢が落ちる。
槍兵が前へ出て、後ろが下がる。
城門の前にあった一つの塊が、二つに分かれた。
『守備、残り少数』
玄の報告が来る。
俺は、暁山の残兵数を見た。
減っている。
けれど、想定よりずっと少なかった。
「強いな」
思わず言った。
カイが横から表示を見た。
「あの槍、横からも来るんだよ」
「昨日、食らってたな」
「最後のは柄」
「どっちにしても、食らってた」
「うん」
カイは胸の辺りをさすった。
その間に、守備兵の数字が零になった。
*
『突破確認。攻城、予定通り』
杏の言葉に続いて、城の耐久値が減り始めた。
こちらは、守備兵のようには消えなかった。
大きな数字が、少しずつ削れていく。
一回。
二回。
報告が届くたびに、葉が残り時間を書き直した。
守備の回復までには、まだ余裕がある。
俺は画面の端に置いた予備隊を見た。
使わずに済むなら、それでいい。
『主力、退避開始』
玄の部隊が下がる。
蒼玄も帰還へ移った。
暁山の部隊が最後まで城門前を押さえ、攻城部隊と入れ替わる。
伊織から、短い報告が来た。
『予定位置まで下がれました』
『確認しました。そこで休ませてください』
俺は返した。
暁山が強いから、もう一度使う。
そう考えかけて、やめた。
今のところ、追加で戦わせる理由がなかった。
杏の部隊が城門を打つ。
続いて、後続の攻城部隊。
砦より時間は掛かった。
けれど、待っている間に予定を組み直すことはなかった。
『次で落ちると思います』
杏が書いた。
俺は、白嶺の印を見つめた。
数秒後、表示が切り替わった。
『白嶺城を占領しました』
所有同盟、西端。
山際の印に、俺たちの色が付いた。
*
しばらく、誰も長いことを書かなかった。
『取れた』
『お疲れさまです』
『やっとだな』
短い言葉が並ぶ。
岳からも、報告が来た。
『こっちは異常なし。おめでとう』
今回は、自分の城の周辺を守る役を引き受けてくれていた。
俺は返事を書いた。
『ありがとう。そっちも含めて、全員帰るまでお願いします』
『任せて』
その返事を見てから、取得した城の詳細を開いた。
資源生産への補正。
占領報酬のトレードポイント。
砦を取ったときと似た項目が並んでいる。
ただ、数字が違った。
木材、石材、鉄、食糧。
どれも、通常の砦一つで得られる補正を大きく上回っていた。
「これ、ずっと?」
カイが聞いた。
「持っている間は」
「じゃあ、帰ったら倉庫見るやつだ」
「そうだな」
同盟の連絡欄にも、同じ話が流れていた。
『生産量、もう変わってます』
『石材がかなり増えた』
『徴兵、今日のうちに追加できそう』
朔が、すぐに書き込んだ。
『先に上限を見てください。明日の朝までにあふれる人がいます』
玄から返事が来た。
『俺だ』
『まだ何も聞いてません』
俺は笑って、自分の城の倉庫を開いた。
笑っていられるほど、余裕はなかった。
*
昼を過ぎる頃、帰還する部隊が前進拠点へ入り始めた。
車輪の音。
鎧の触れ合う音。
疲れた兵たちが、水の前へ列を作る。
数字では少ない損害だった。
それでも、肩を借りて歩く兵がいた。
腕に布を巻いたままの兵もいる。
俺は入口から少し下がり、道を空けた。
蒼玄が前を通る。
鎧に土が付いていた。剣は鞘に収まっている。
「お疲れ」
声を掛けると、短く頭を下げた。
朱里の部隊は、その後だった。
矢の補充が必要だという報告を受けて、記録へ書き足す。
暁山が戻ってきたときには、伊織も合流していた。
自分の武将と兵を確かめてから、こちらへ来る。
「思ってたより、早く終わりました」
「俺も」
「城だから、もっと何度も出すのかと」
「出さずに済んでよかった」
伊織はうなずいた。
その顔を見て、俺は聞いた。
「家の方は?」
「何もありません。残した兵も、そのままです」
「よかった」
伊織は少し笑った。
「はい」
カイが水を持ってきた。
伊織へ渡し、それから暁山を見る。
「また今度、頼んでいい?」
暁山は一度だけうなずいた。
「今日はやめとけよ」
俺が言うと、カイは振り返った。
「今日はやらないって。みんな帰ってきてるし」
入口では、また次の部隊が足を止めていた。
カイは桶を持ち直して、そちらへ向かった。
*
夕方、最後の帰還確認が付いた。
予備隊は使わなかった。
周辺を見ていた真木の騎馬兵も、敵を見つけることなく帰った。
友好同盟へ終了を知らせると、律から了承が届いた。
その下へ、玄の書き込みが流れてきた。
『ポイント、入ってるな』
俺は自分の残高を見た。
確かに増えている。
普通の募集なら、何度か回せる量だった。
『もう回した人いる?』
玄が聞く。
『兵の補充が先』
葉が返した。
『ポイントでは徴兵できないだろ』
『今、結果の報告が流れると帰還確認が見づらいです』
『帰還、全部付いたぞ』
少し間が空いた。
『じゃあ、どうぞ』
俺は笑いながら、募集の画面を開いた。
上の方に、SSRまでの表示がある。
暁山の槍と、そろって進む兵の姿を思い出した。
あれが自分の城にも来たら、と考える。
指を動かしかけたところで、周から建設完了の知らせが来た。
次の施設を選ぶ。
補充する兵数を入れる。
負傷した部隊の回復予定を確認する。
そこまで終えると、外はもう暗かった。
「飯、冷めるぞ」
カイが入口から言った。
「今行く」
募集の画面を閉じる。
机の上には、取り消し線の付いた攻略予定が残っていた。
三つ目の日付の横に、完了と書いた。
紙を重ねる前に、もう一度見た。
白嶺城。
ようやく取れた。
「何してるんだ?」
「終わったって書いてた」
「さっき終わっただろ」
「うん」
椅子を引いて立ち上がる。
今夜は、食べている途中で表示を開かずに済みそうだった。




