褒めよう
第三十三話 抜いたことのない剣
登用の一覧を、いちばん上まで送った。
SSR。
今、選べる登用に含まれている等級は、そこまでだった。
その先には、開いていない項目がある。
押してみたが、詳しい説明は出なかった。
「今は、SSRが一番上なんですね」
周へ聞く。
「はい。現在、登用可能な武将の中では最高等級となります」
「今後、増える?」
「登用の内容は、段階に応じて解放されます」
いつなのか。
何が条件なのか。
そこまでは、今の表示では分からなかった。
俺は一覧を閉じた。
まだ自分では一人も引いていない等級だった。
その上の心配をするより、今いる武将の仕事を考えた方が早い。
机の上には、伊織から届いた暁山の戦闘報告があった。
予定していた土地を取り、帰還したという。
報告にある損失は少なかった。
白嶺城の攻略へ入るなら、どの役割を頼むか。
玄と話すために、今日は伊織にも来てもらうことになっていた。
*
伊織が来たとき、俺は兵舎の前にいた。
カイと陸が、兵の向きを変える練習をしていた。
最初の頃は、号令を出してから列の端が動くまで、少し間があった。
今は、カイが先に位置を変えている。
兵が動く。
止まる。
次の指示が出る。
俺にも、以前より揃っているのは分かった。
「随分、慣れてますね」
伊織が隣で言った。
「最初から、ずっと任せてるので」
「カイさんですよね」
「うん」
名前を呼ぶと、カイが振り向いた。
伊織に気づいて手を上げる。
その後ろには、暁山が立っていた。
長い槍を持ち、俺たちが話し終えるのを待っている。
玄も少し遅れて来た。
広間へ行こうとしたところで、伊織が兵舎の脇を指した。
「ここ、武将同士で稽古もするんですか」
「カイと陸は、よくやってます」
「暁山も、相手がいた方がいいのかなと思って。うちだと、ほかの武将には内政を任せていて」
カイが近づいてきた。
「やる?」
伊織が顔を向ける。
「カイさんと?」
「少しなら。ちょうど終わったし」
俺は暁山を見た。
先日見た、能力の数字を思い出す。
「大丈夫か?」
カイは頷いた。
「手合わせだろ」
それは、そうだった。
*
兵を下がらせ、場所を空けた。
土の広場だった。
片側には武具を置く台があり、反対側には水桶が並んでいる。
玄が椅子を一つ運んできたが、結局誰も座らなかった。
「怪我をするまで続けないでください」
伊織が暁山へ伝えた。
「承知」
暁山は短く答え、広場の中央へ出る。
カイは持っていた槍を台へ立て掛けた。
俺はその動きを見た。
「それ、使わないのか?」
「今日は、こっち」
カイが腰へ手をやった。
剣があった。
鞘に入ったまま、普段は上着の裾に半分隠れているものだった。
俺は、一度も抜いたところを見たことがなかった。
「それ、使えるの?」
カイは俺を見た。
「使えるよ」
「ずっと槍だったから」
「兵と合わせるときは、その方が分かりやすかったし」
そう言って、鞘の位置を少し直す。
柄へ手を掛けた。
金属が擦れる、小さな音がした。
刃が出る。
飾りの少ない、真っすぐな剣だった。
光り方も、特別なものには見えなかった。
カイは腕を伸ばし、一度だけ向きを変えた。
それから、剣先を下げたまま暁山の前へ進んだ。
*
近くに立つと、武器の長さの違いがよく分かった。
暁山の槍は長い。
カイが剣を届かせるには、その先を越えなければならない。
俺でも、それくらいは分かった。
「始めていい?」
カイが聞いた。
暁山が頷く。
槍の穂先が上がった。
カイは、すぐには近づかなかった。
半歩、横へ動く。
暁山の体が、それに合わせて向きを変える。
剣を構えたカイを見るのは、初めてだった。
槍を持って兵の前に立っているときより、両腕が体に近い。
肩の力も、抜けているように見えた。
俺は何か言おうとして、やめた。
その前に、暁山が動いた。
槍が伸びる。
カイは横へ踏み出し、剣を当てた。
高い音がした。
穂先が、それまでカイの体があった場所を通り過ぎる。
カイが一歩入った。
だが、暁山はそのまま下がらなかった。
槍を引き、柄を横へ動かす。
カイは足を止め、体を引いた。
二人の間が、また開いた。
「速いな」
隣で玄が言った。
俺は頷いた。
最初の一度で、目が離せなくなっていた。
*
二度目は、カイから動いた。
まっすぐではなかった。
少し右へ寄り、暁山の槍がそちらへ向いたところで足を戻す。
暁山の腕が動く。
今度は、低いところから槍が来た。
カイが剣を下げる。
金属の音がして、土が跳ねた。
俺には、どちらがどれくらい力を入れているのか分からなかった。
ただ、受け止めて押し合っているようには見えない。
当たる。
離れる。
そのたびに、カイの足が少しずつ位置を変えていた。
暁山は、広く動かなかった。
足を置き直し、長い槍を短く持ち替える。
カイが近づけば、それに合わせて持つ場所が変わる。
遠くなれば、また穂先が伸びてくる。
俺は知らないうちに、両手を組んでいた。
玄も黙って見ていた。
伊織は、暁山の動きを目で追っている。
誰も、もう白嶺城の話をしていなかった。
*
カイの剣が、暁山の槍を外へ流した。
今度は、その後も足が止まらなかった。
間が詰まる。
剣が下から上へ動いた。
暁山が一歩引く。
刃は届かなかった。
けれど、カイは続けて踏み込んだ。
俺は息を止めた。
暁山の槍が、間に戻る。
刃と柄がぶつかり、鈍い音がした。
カイの腕が少し上へ持ち上がる。
その下を、槍の石突きが通った。
カイは体をひねってかわした。
足元の土が削れた。
離れる。
カイが口から息を吐く。
暁山は、槍を構え直した。
「今、近かったな」
俺が言うと、伊織が頷いた。
「一度、中に入りましたね」
言われて、そういう見方をするのかと思った。
長い槍の内側へ入る。
カイはそれをしようとしているらしかった。
俺が見ている間に、暁山は立つ向きを少し変えていた。
次も同じところへ入れるようには見えなかった。
*
カイが笑った。
「そこ、駄目か」
独り言のような声だった。
返事はなかった。
暁山が槍を動かす。
さっきより、カイの足元に近い。
カイは下がった。
もう一歩下がる。
槍の間合いから出る前に、次が来た。
カイが剣を斜めに立てた。
鋭い音がして、腕が揺れる。
それでも、剣は手から離れなかった。
カイは体をずらしながら、暁山の横へ回ろうとした。
暁山も向きを変える。
二人の足が、同じところへ続けて入った。
俺は目で追うのが少し遅れた。
気づくと、カイの剣は暁山の肩の方へ向かっていた。
暁山が槍を立てる。
刃が弾かれた。
カイが腕を引き戻すより早く、槍の柄が胸の前へ入った。
押される。
カイの足が、二歩分下がった。
片膝が土に触れる。
その喉元から少し離れたところで、槍の穂先が止まった。
広場が静かになった。
*
「……参った」
カイが言った。
暁山はすぐに槍を引いた。
カイは剣を下げ、そのまま地面へ座った。
大きく息を吐く。
俺は近づいた。
「大丈夫か」
「大丈夫。胸、ちょっと痛い」
自分で装具の上を押して、顔をしかめる。
伊織も来て、怪我を確認した。
切られた場所はなかった。
膝と手に、土が付いている。
カイは呼吸を整えながら暁山を見上げた。
「最後、入れたと思ったんだけどな」
暁山が短く答えた。
「足が止まった」
「そっか」
カイは自分の足元を見た。
それから頷いた。
「次、そこ気をつける」
俺は笑って、手を差し出した。
「やるじゃん、カイ」
カイが俺の手を掴む。
引き起こすと、思っていたより体が重かった。
「負けたぞ」
「でも、結構続いたろ」
「もうちょっと、いけると思った」
立ち上がって、膝の土を払う。
いつものカイだった。
*
玄が水を持ってきた。
カイが受け取り、続けて飲む。
俺は暁山へ礼を言った。
暁山は一礼した。
伊織が槍を受け取ろうとしたが、暁山はそのまま持って下がった。
「カイさん、剣が得意だったんですね」
伊織が言った。
「俺も、ちゃんと見たのは初めてです」
そう答えると、玄が意外そうにこちらを見た。
「いつも一緒にいるのに?」
「兵を動かしてるところは見るけど、剣を使うところは」
考えてみれば、俺が見てきた戦闘の多くは報告だった。
出発する。
帰ってくる。
何があったか聞く。
カイ自身がどう剣を振るうのか、知らなくても仕事は進んでいた。
「最初からずっと出てるんですよね」
伊織が聞いた。
「はい。最初の土地も、カイでした」
「経験があるんだな」
玄が頷いた。
俺も、そう思った。
最初の出兵では、指示が遅れたと話していた。
陸が来てからは、立つ場所や号令を確かめていた。
何度も外へ出て、戻ってからまた兵を動かす。
その続きを、今見たような気がしていた。
*
カイは剣を布で拭いていた。
俺は隣へしゃがんだ。
刃の端に、細かな擦れがある。
「それ、最初から持ってたやつだよな」
「うん」
「もっと早く、使ってもよかったんじゃないか」
カイは少し考えた。
「槍も、使えるようになりたかったし」
「剣の方が好き?」
「こっちの方が、動きやすい」
柄を持ち直し、軽く位置を確かめる。
さっきまでの動きを思い返しているらしかった。
「でも、長いのはやりにくいな。届かないところから来る」
「暁山の槍、特に長いもんな」
「うん」
カイは刃を確かめてから、鞘へ戻した。
小さく音がした。
抜く前と同じように、剣は腰へ収まった。
俺は立ち上がり、広間へ行こうと声を掛けた。
カイは水をもう一口飲んでから、ついてきた。
*
白嶺城の話は、昼食を挟んで続いた。
暁山を、守備と戦う側へ入れる。
蒼玄や朱里の部隊との組み合わせも確認する。
伊織は自分の城の予定を見ながら、出せる日を答えた。
カイの役割も、前に決めたものを基本にした。
単独で好きに動かすのと、兵を率いて動くのは違う。
手合わせを一度見たからといって、全部を変える理由にはならなかった。
玄が紙を見ながら言った。
「カイ、剣も使えるなら、近いところの対応は頼みやすそうですね」
「狭い道は、槍よりいいかも」
カイが答えた。
「でも、兵に合わせる方は、陸とも見たい」
俺はその横へ、小さく書き足した。
近接時の動き、確認。
カイは紙を覗いて、頷いた。
昼食が来ると、すぐに匙を取った。
「腹減った」
「さっき、結構動いたからな」
「うん。暁山、速かった」
向かいで伊織が少し嬉しそうに笑った。
俺も、あの長い槍が戻ってくる速さを思い出した。
*
伊織たちを見送った後、俺は兵舎の前を通った。
広場には、足跡がいくつも残っていた。
カイが膝をついた場所も分かる。
少し横へ削れた土を見て、あそこで回ろうとしたのだと思い出した。
カイは陸と話していた。
剣は抜かず、空いた手で動きを示している。
「ここで、足を戻すのが遅かった」
陸はカイの足元を見て、短く答えた。
俺には聞き取れなかった。
カイが一度やってみる。
首を傾げ、もう一度足を動かした。
「今日は、休んでもいいぞ」
俺が声を掛けると、カイは顔を上げた。
「これだけ」
俺は頷いた。
何度も聞いた返事だった。
*
夕方、同盟の連絡欄に、伊織から書き込みがあった。
『今日はありがとうございました。暁山の参加予定も確認できました』
その下に、玄が手合わせの話を書いた。
カイがしばらく打ち合って、最後は負けたこと。
剣を使うところを初めて見たこと。
岳から返事が来た。
『カイ、やるな』
葉も、怪我がなくてよかったと書いていた。
俺は広間に戻ってきたカイへ、画面を見せた。
「褒められてるぞ」
カイは少しだけ顔を寄せた。
「負けたんだけどな」
「いいところまで行ったって」
カイは自分の胸の辺りを押した。
「最後は、普通に押された」
「次は、もう少し粘れるといいな」
「うん」
それからカイは、食卓の方を見た。
「今日、肉ある?」
俺は笑った。
「周さんに聞いて」
カイが入口へ向かう。
腰の剣が、歩くたびに小さく揺れていた。
俺は予定表へ目を戻した。
明日も、カイに頼む仕事があった。




