sがおおい
第三十二話 Sが一つ多い
岳の城から、最後の交代部隊が戻ってきた。
全員を引き上げたわけではない。
近くの仲間がしばらく見守り、補充が終わったところから、少しずつ元の配置へ戻していた。
俺の城でも、止めていた工事を再開した。
資源を使う前に、兵の補充分を確かめる。
その手順は、戦う前より一つ増えた。
カイと陸は、兵舎の前にいた。
蒼玄は休養を終えていたが、今日は出さない。
白嶺城の攻略も、まだ全員の状態が揃うのを待っていた。
急いで取ろうとしていた城は、今も同じ場所にある。
少し遅らせても消えないのだと分かると、ようやく落ち着いて待てるようになった。
昼前、律から書簡が転送されてきた。
『加入について相談したいという君主です。北寄りに城があります』
名前は伊織。
その下に、短い紹介が書かれていた。
『現在、同盟には所属していません。SSR武将を一人所持しています』
俺は指を止めた。
SRではない。
もう一つ、Sがあった。
*
登用の画面を開いた。
等級ごとの割合を上から見る。
N。
R。
SR。
その上に、SSRがある。
何度も見ていた文字だった。
けれど、自分の武将の一覧にはない。
同盟の連絡欄でも、持っているという話は出ていなかった。
『SSRで合っていますか』
律へ送ってから、少し失礼な聞き方だったかと思った。
律の返事は早かった。
『本人にも確認しました。能力の情報を見せられると言っています』
続いて、伊織の城の位置が届く。
北沢会の領地に近い。
西端から遠すぎる場所ではなかった。
俺は玄にも知らせた。
少しして返事が来る。
『Sが二つの方?』
同じことを聞いていた。
『その方です』
返すと、今度は葉からも連絡が来た。
律が、最初の七人へ話を共有したらしい。
岳は会ってみたいと書き、杏はどんな武将か尋ねた。
朔は、伊織の城の育ち方を気にしていた。
俺はもう一度、紹介文へ戻った。
SSRを持っている。
それ以外には、ほとんど何も分からなかった。
*
翌日、伊織が城へ来ることになった。
律が同席する。
玄も、近くの用事を済ませてから寄るという。
俺は門まで迎えに出た。
カイもついてきた。
「昨日の、上の武将?」
「持ってる人が来る」
「武将も?」
「連れてくるって」
カイは道の先を見た。
しばらくして、二人の人影が現れた。
前を歩いていたのは、俺とそう年の変わらない男だった。
背負った袋を一度持ち直し、城門を見上げる。
後ろには、槍を持つ武将がいた。
鎧は黒に近い色だった。
飾りが多いわけではない。
ただ、近づくにつれ、槍の長さが分かった。
カイが使っているものより、ずっと長い。
穂先も厚く、持つだけで重そうだった。
前の男が足を止めた。
「伊織です」
少し息が上がっていた。
後ろの武将は、呼吸も姿勢も変わっていないように見えた。
「お待ちしてました」
俺はそう答えてから、武将へ目を向けた。
つい、そちらを長く見てしまった。
伊織が気づき、少し横へ寄る。
「暁山です。さっき書いた、SSRの」
武将が一礼した。
それだけだった。
*
広間へ案内すると、律は先に来ていた。
挨拶をして、席につく。
伊織は袋を床へ置き、暁山へ壁際で待つように指示した。
長い槍が、入口の横に立てられる。
俺はそこを見てから、伊織へ向き直った。
「来てもらって、ありがとうございます」
「こちらこそ。急に書いて、すみません」
思っていたより普通の話し方だった。
SSRを持っていると聞いて、もっと自信のある人を想像していた。
伊織は茶を受け取り、両手で持った。
「最初に、確認してもらった方がいいですか」
武将の情報を開く。
俺は頷いた。
律も、隣から表示を見た。
【SSR 暁山】
名前の横に、確かにそう書かれていた。
俺は能力へ目を移した。
武力が高い。
防御に関する数字も高い。
蒼玄を初めて見たときに驚いた範囲から、さらに上へ出ていた。
技能は、自分の戦闘力を上げるものだけではなかった。
率いる槍兵へ働く効果もある。
発動する条件を読み、もう一度数字を見る。
「……強いですね」
口から出たのは、それだけだった。
伊織が少し笑った。
「はい。そこは、助かってます」
*
「いつ、引いたんですか」
俺が聞くと、伊織は少し考えた。
「十日くらい前です。内政の報酬でもらった札で」
「普通の札?」
「普通のです」
俺は自分の登用履歴を思い出した。
同じように札を受け取り、NやRを並べていた頃かもしれない。
その中から、これが出た。
「最初、表示が違うのかと思いました」
伊織は言った。
「SRも持っていなかったので」
律が、部隊での使い方を尋ねた。
伊織は戦闘報告を開いた。
最近取得した土地。
指揮官は暁山。
兵を付けているものも、単独で出しているものもあった。
等級四の土地の報告で、俺は手を止めた。
少ない兵で勝っている。
相手の守備を見て、こちらの損失を確かめた。
その条件なら、俺はもう少し多く揃えたと思う。
律は日付を確認していた。
「毎日、何回も出しているわけではないんですね」
「戻って休ませてます。遠いと、それだけで時間が掛かるので」
伊織は答えた。
SSRでも、道を歩く時間はある。
そのことが、少し意外に感じられるくらい、数字に目を奪われていた。
*
玄が来たのは、能力の確認が終わる頃だった。
挨拶を済ませると、やはり暁山の方を見た。
伊織がもう一度、情報を開く。
玄はしばらく黙って読んだ。
「一人で、かなり仕事ができますね」
「はい」
「それなら、同盟に入らなくても進めそうですけど」
俺も聞きたかったことだった。
伊織は茶を机へ置いた。
「土地は取れます」
そこで、一度言葉が止まった。
俺たちは待った。
「ただ、どちらへ取るかは、暁山が決めてくれるわけではないので」
伊織が地図を開いた。
城の周りに、土地が並んでいる。
一方向に深く伸びた場所もあれば、途中で止まっている場所もある。
「こっちは、別の同盟と近くなりました。聞いてから進もうと思ったんですけど、返事が来なくて」
次に、別の方向を示す。
「ここは、欲しい資源が遠いんです。間の土地を取っていると、その間は城に暁山がいなくなる」
「ほかの武将は?」
律が尋ねた。
伊織は一覧を見せた。
NとRが並んでいた。
俺はようやく、暁山だけではない伊織の城を見た気がした。
*
「持っていると言うと、すぐ前へ出せるか聞かれるんです」
伊織は武将の一覧を閉じた。
「ほかからも、誘いは来てました」
玄が少し体を起こす。
俺も、伊織の次の言葉を待った。
「最初は嬉しかったです。強い人を引いたから、役に立てるのかなと。でも、どこへ行くのか聞くと、城からかなり遠くて」
伊織は地図を指した。
暁山が出れば、そこまで行く。
その間、伊織の城にはほかの武将が残る。
強い一人を持っていることと、城の仕事が全部できることは、同じではなかった。
「西端は、攻撃された仲間の城へ戻ったと聞きました」
俺は顔を上げた。
律も、伊織を見る。
「白嶺城を攻める予定を止めたんですよね」
「はい」
「それで、話を聞いてみたかったんです」
俺は返事をしようとして、少し詰まった。
SSRを持つ人が来る。
白嶺城の守備を崩すのが楽になるかもしれない。
書簡を読んだときから、そのことは考えていた。
伊織が気にしていたのは、自分の城へ戻れるかどうかだった。
*
律が、同盟の方針を説明した。
加入したら、すぐに出兵させるわけではない。
近くの君主と進路を相談する。
共同の攻略では、出せる部隊と時刻を確かめる。
ただ、攻撃された仲間がいれば、予定を変えて守ることもある。
「参加できないことを、言ってもらう必要もあります」
律が言った。
「こちらから見える情報だけでは、全部は分からないので」
伊織は頷いた。
俺は白嶺城の攻略記録を、机の端へ寄せた。
「暁山を頼ることは、あると思います」
そう言うと、伊織がこちらを見た。
「強いので。そこを関係ないとは言えません」
俺は言葉を選んだ。
「でも、伊織さんの城を空けたまま、全部頼むつもりはないです。出るなら、残る方も一緒に考えたい」
伊織は少し黙ってから、頷いた。
「それなら、お願いします」
*
加入の申請が届いた。
俺は内容を確認し、受け付けた。
同盟の人数が一つ増える。
連絡欄へ、伊織の挨拶が載った。
その後、主に使っている武将として、暁山の名前と等級が書かれた。
少し間が空いた。
岳から返事が来る。
『SSRですか』
杏も同じことを聞いた。
真木は、どんな兵種に向いているか尋ねた。
葉は先に、城の位置を確認したと書いた。
『近隣の方にも伝えます。内政の記録があるので、必要なところを見てください』
朔からは、生産量を聞く書き込みが来た。
伊織は画面を見ながら、どこから返せばいいか少し迷っていた。
律が横から、急がなくていいと伝えた。
俺は暁山を見た。
壁際で、変わらず待っている。
部屋の中で一番強い武将だろう。
その持ち主は、連絡欄の返事を一つずつ書いていた。
*
昼食の後、兵舎の前を案内した。
カイと陸が、兵の確認をしていた。
カイは伊織を見つけると、手を上げた。
「入った?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく」
カイは暁山へ目を向けた。
「その槍、長いな」
暁山は短く頷いた。
伊織が、持ってみたいかと聞きかけたが、カイは首を横に振った。
「俺、今のでいい。あれだと、門のところでぶつけそうだ」
玄が少し笑った。
俺も笑ってから、暁山の槍を見た。
実際に振るうところは、まだ見ていない。
数値だけで分かったつもりになりたくはなかったが、ここで試合をさせるような理由もなかった。
「次の出兵は、近い土地で様子を見せてもらえますか」
俺が伊織へ聞くと、頷きが返った。
「予定の土地があります。報告を送ります」
それで十分だった。
強さを確かめるために、わざわざ誰かを傷つける必要はない。
*
広間へ戻ると、朔から内政の案が来ていた。
伊織の城は、木材が増える一方で、鉄が少なかった。
施設の段階と武将の配置を見直せば、次の建設までの待ち時間を減らせそうだった。
伊織は自分の表示と、朔の説明を並べた。
「あ、これでいいのか」
小さく声が出る。
さっきまでSSRの説明をしていたときより、表情が軽くなった。
「何か変わりました?」
俺が聞くと、伊織は数字を指した。
「工事を始められる時刻が、早くなりそうです」
俺は頷いた。
暁山がどれほど強くても、ここは別の話だった。
少しして、玄が白嶺城の情報を開いた。
「補充が揃ったら、もう一度これを見たいですね」
伊織も顔を寄せる。
俺は頷いて、紙を机の真ん中へ戻した。
守備は、以前のままだった。
こちらの名前は増えている。
ただ、暁山の欄を足しただけで、ほかを消すことはしなかった。
*
伊織が帰った後、俺は自分の武将の一覧を開いた。
蒼玄。
朱里。
陸。
カイ。
その下にも、内政を任せている名前が並んでいる。
誰の数字も、朝から変わっていなかった。
それなのに、SSRを見た後では、蒼玄の武力まで少し違って見えた。
等級三の土地を一人で取って帰ってきたとき、あれほど驚いたのに。
俺は画面を閉じた。
蒼玄に頼める仕事が減ったわけではない。
朱里の部隊も、カイや陸の仕事も、そのままある。
ただ、今まで知らなかった強さが、近くへ来た。
「どうした?」
カイが聞いた。
「SSR、すごかったなと思って」
「うん」
「ほかにも持ってる人、いるんだろうな」
カイは少し考えた。
「いるんじゃないか。札、みんな引くんだろ」
俺は頷いた。
今度の一人は、こちらへ来てくれた。
それが嬉しかった。
*
夜、伊織から帰城の報告が届いた。
続いて、暁山の次の出兵予定。
城の工事を変えたこと。
鉄の生産量が増えたこと。
同盟の連絡欄へ、少しずつ馴染んでいた。
律から個別に書簡が来た。
『暁山の詳しい数値は、外への紹介には載せない形で、本人と話しました』
『分かりました』
返してから、白嶺城の紙を取り出した。
攻撃を止めてから、何度も開いている。
傷んだ部隊は戻りつつある。
南側の部隊は撤収した。
友好関係もできた。
そして、SSRを持つ仲間が加わった。
俺は予定表へ、新しい名前を書いた。
暁山だけではない。
その上に、伊織と書く。
城の位置と、出せる日も添えた。
ようやく、その一人を同じ紙の上へ置けた気がした。




