ssr所持者
第三十一話 南へ帰る旗
南西中央同盟の部隊が、北へ向いていた。
地図を見た俺は、最初、そう思った。
南嶺の城を落とした部隊が、別の土地へ動いている。その先には、白嶺城へ近づく道があった。
俺は律へ位置を送った。
返事を待つ間に、岳の城の守備を確認する。
補充は進んでいる。
けれど、ようやく戻り始めた兵を、また別の戦いへ出せるほどの余裕はなかった。
少しして、律から連絡が来た。
『移動先は、北側に出ていた部隊との合流地点です。撤収の予定だそうです』
俺は地図へ目を戻した。
撤収。
その言葉を、頭の中でもう一度読んだ。
『どこまで戻るんですか』
『南西側まで。正式な連絡が来ています』
続いて、書簡が送られてきた。
南嶺への対応に伴う北西側での行動を終了する。
進軍のために取得した土地は整理し、駐留している部隊を戻す。
今後、北西側への領土拡張は行わない。
俺は最後の一文を読み直した。
白嶺城は、まだ誰のものでもなかった。
*
「取らないんですかね」
俺が言うと、律は地図を開いた。
南西中央同盟の領地が広がっている。
その北の端に、今回落とした南嶺の城があった。
「確認します。ただ、前から活動範囲を南西としていたようです」
「でも、道はできたんですよね」
「はい」
攻め落とした城の領地を使えば、先へ出られる。
その仕組みは、目の前で見たばかりだった。
俺たちなら、次に取れる場所を探したと思う。
律は書簡をもう一度見た。
「ここから先まで持つつもりがないのかもしれません」
俺は窓の外へ目を向けた。
自分の城には、毎朝確認しなければならないものがある。
同盟には、返事を待っている仲間がいる。
城と土地を増やせば、それだけ増えるものもある。
それでも、あの規模の同盟なら、全部できるように思えていた。
*
翌日、北西側に残っていた部隊が、南へ動いた。
律が伝えられた予定と、実際の位置を見比べていた。
河原連盟からも、近くの部隊が引き上げたという報告が届く。
北西開拓会も同じだった。
進軍のために取られていた土地の一部が、未所有へ戻った。
俺たちは、そこへ急いで出兵しなかった。
元の持ち主がいる場所は、それぞれの確認を待つ。
誰も使っていなかった場所も、今すぐ取り合う必要はない。
岳から書簡が来た。
『南側、見える範囲では部隊がいなくなりました』
俺は、その文章を長く見た。
敵が一度下がったという報告とは違った。
大きな同盟が来て、別の敵になるかもしれないと思っていた。
その部隊まで、今は帰ろうとしていた。
『城の守備は、予定通り交代しながら減らしましょう』
返してから、少し迷って一文を足した。
『落ち着いたら、そちらへ行きます』
岳からは、待っていますと返事が来た。
*
南西中央同盟から、直接書簡が届いたのは、その日の午後だった。
差出人は瀬名。
対外窓口を担当していると書かれていた。
撤収の進み具合と、北西へ領地を広げない方針が改めて記されている。
その後に、別の話が続いた。
『今後の境界付近の安定を図るため、西端との友好関係の締結を希望します』
俺は、そこで読むのを止めた。
少しして、最初から読み直す。
見間違いではない。
西端と書いてある。
俺たちの同盟だった。
律へ送ると、すぐに返事が来た。
『同じ内容がこちらにも届きました。条件を確認します』
玄からも書き込みがある。
『友好って、あっちとですか』
俺は返した。
『そうみたいです』
その返事しか、まだできなかった。
*
南西中央同盟の情報を開いた。
人数。
所有する拠点。
領地の広さ。
どれを見ても、西端とは規模が違った。
今回、南嶺を攻めたのも、同盟の全員ではない。
こちらが守備の交代に苦労している間に、複数の城へ部隊を動かしていた。
俺は友好の書簡と、その数字を交互に見た。
「何か、条件があるんですかね」
律に聞くと、返事は少ししてから来た。
『あると思います。ただ、今書かれているのは相互の不攻撃と、境界付近の連絡です』
『兵を出せとか?』
『そこは、まだ書かれていません。決めつけずに聞きます』
俺は頷いた。
大きい相手だから、何か重いものを求められる。
そう考える方が自然に感じた。
何も取らずに帰り、その上で友好を求めてくる。
その方が、俺には理解しづらかった。
*
話し合いは、境界に近い拠点で行うことになった。
部隊の移動と負傷者の手当てが残っているため、会える時刻は限られているという。
こちらからは俺と律が出た。
カイも同行した。
建物へ案内される途中、帰還する部隊とすれ違った。
兵の列が長い。
傷んだ装備を荷車へ積んでいる者もいた。
整然としているから、無傷なのだと感じていた。
近くで見ると、そうではなかった。
瀬名は、広間の机で待っていた。
俺たちより少し年上に見える男だった。
挨拶を終えると、まず地図を広げた。
「北西側の撤収は、残りの部隊が戻れば完了です。こちらの予定では明日までになります」
指された場所を見る。
律が、受け取っている報告と合っていることを確かめた。
「白嶺城についても、取得の予定はないということでよろしいでしょうか」
律が聞いた。
瀬名は頷いた。
「ありません」
俺は思わず顔を上げた。
答えが、あまりにも早かった。
*
「城のことは、ご存じなんですね」
俺が聞くと、瀬名は地図の一点を指した。
「南嶺への対応中に、報告が上がっています。獲得効果も確認しました」
「それでも、取らないんですか」
聞いてから、こちらから勧めているような言い方になったと気づいた。
瀬名は気にした様子もなく答えた。
「北西まで活動を広げる方針ではないので」
同じ言葉だった。
けれど、俺が納得していないのは伝わったらしい。
瀬名は地図を少し広げた。
南西中央同盟の領地が見える。
「ここにも、まだ調整する相手がいます。今ある拠点へ人を配置し、入ってきた君主の領地も整理しなければなりません」
今回落とした城にも、印が付いていた。
「城が一つ取れることと、そこまで範囲を広げることは、別に考えています」
俺は地図を見た。
遠くから見ると、一つの大きな色だった。
近づけば、その中にも城があり、人の名前がある。
俺たちがしている確認を、向こうはずっと広い範囲でしているのかもしれなかった。
*
瀬名は続けた。
「南嶺の行動については、以前からこちらにも相談が来ていました。今回の対応は、こちらの判断です」
俺は頷いた。
「だから、西端に出兵の費用を求める話ではありません」
その言葉で、少し肩の力が抜けた。
律は表情を変えず、次を聞いた。
「友好関係では、何を求めていますか」
「境界を越えて問題が広がる前に、連絡を取れる相手が欲しい。北西側のことを、こちらだけで調べ続けるのは難しいので」
「北西全体の取りまとめを、西端に求めるということですか」
「そこまでは考えていません」
瀬名は首を横に振った。
「西端が把握している範囲で構いません。こちらも、北西に関係する動きがあれば伝えます」
俺は律を見た。
律は少しだけ頷き、話を続けた。
友好を結ぶこと。
相手の下へ入ること。
その二つが混ざらないよう、一つずつ確かめていた。
*
「どうして、うちなんでしょうか」
俺は、ずっと気になっていたことを聞いた。
「北西開拓会もありますし、ほかにも大きいところは」
「もちろん、それぞれと話しています」
瀬名は答えた。
西端だけを特別に選んだわけではない。
そう聞くと、少し安心した。
瀬名は机の上の書類へ目を落とした。
「ただ、今回の連絡は分かりやすかった。攻撃された場所、取り戻したい範囲、部隊を動かす予定が揃っていました」
律が送ったものだった。
「こちらが近づいたときも、南嶺の城を先に取ろうとはしなかったでしょう」
「仲間の城を戻す方が先だったので」
「その方針が分かる相手とは、境界の話をしやすいです」
俺は返事に詰まった。
相手を驚かせるために、何かをしたつもりはなかった。
岳の城を守り、取られた土地を戻す。
それを先にすると決めただけだった。
向こうは、その動きも見ていた。
*
条件は、律と確認してきたものから、大きくは外れなかった。
互いの城と領地を攻撃しない。
境界へ近づく取得や部隊移動は、必要な範囲で知らせる。
援軍や共同の攻略については、その都度相談する。
友好を結んでも、相手の領地を同盟員と同じように使えるわけではない。
律が最後に聞いた。
「南西中央同盟が今後、活動範囲を変える場合も、先に話していただけますか」
瀬名は頷いた。
「こちらからも、同じことをお願いします」
律は俺を見た。
俺は地図へ目を落とした。
西端の南側。
仲間の城があり、その先に相手の領地がある。
ここで、勝手に誰かの進路を決めるつもりはない。
でも、話し合える相手を作ることはできる。
「その内容で、こちらへ持ち帰ります」
俺が答えると、瀬名は書面を揃えた。
誰かの命令を受ける話にはならなかった。
*
帰り道、カイが聞いた。
「仲良くなるのか」
「そういう話になってる」
「強そうだったな」
すれ違った部隊のことだろう。
俺は頷いた。
「強いと思う」
「じゃあ、よかったじゃん」
その通りだった。
ただ、強い相手と友好になるから、全部安心というわけでもない。
相手には相手の予定がある。
俺たちを助けるために、何でもしてくれるわけではない。
それでも、昨日はその部隊がこちらへ来るかもしれないと思っていた。
今日は、帰る時刻を教えてもらえた。
律が少し先で足を止めた。
「向こうの申し出、同盟へ送りました。返事を待ちましょう」
俺は自分の画面を開いた。
もう、いくつか返事が届いていた。
*
玄は、規模の違いを何度も確かめていた。
『本当に、その条件だけですか』
葉は、情報交換の範囲について質問した。
朔は、定期的に資源を出すような約束がないことを確認した。
杏は、近くの君主が誤って相手の予定地へ進まないよう、地図をまとめたいと書いた。
岳からは、短い返事が来た。
『賛成です。南側を見て、眠れそうな気がします』
俺はその文章で、しばらく手が止まった。
城の数字は戻ってきている。
けれど、それだけで元通りになったわけではなかった。
ほかの君主からの質問も、律と一緒に確認した。
分からないところは瀬名へ送り、返事を待つ。
翌日には、こちらの同意をまとめられた。
*
友好関係が正式に成立したと知らせを受けたとき、俺は岳の城にいた。
門の近くには、新しい石が入っていた。
色が違うので、修復した場所が分かる。
壁の内側には、まだ片づけ終えていない資材があった。
岳は俺を広間へ案内し、椅子を引いた。
「こっちは、普通に使えるようになりました」
「奥に移ってたんだよな」
「ええ。あのときは、ここで音を聞いてるのが嫌になって」
岳は窓の方を見た。
俺も同じ方を見る。
今日は、何も聞こえなかった。
そこで通知が付いた。
西端と南西中央同盟の友好成立。
俺は画面を岳へ見せた。
岳は読んで、ゆっくり息を吐いた。
「……ずいぶん大きいところと、つながりましたね」
「俺も、まだ変な感じがする」
二人で、並んだ同盟名を見た。
数日前、この城が落ちるかもしれないと思っていた。
今は、その城の中で、南側の大きな同盟と友好になった知らせを読んでいる。
*
帰城する頃には、いくつもの書簡が届いていた。
葛城からは、正式な成立を確認したという連絡。
河原連盟からは、今後も境界の情報を共有したいという返事。
ほかの同盟からも、どういう関係なのかという問い合わせが来ていた。
俺は律と、答える内容を揃えた。
西端は西端のまま。
南西中央同盟の傘下に入ったわけではない。
互いに攻撃せず、必要な情報を交換する。
それ以上に大きく見せる説明はしなかった。
それでも、相手の反応は以前と違った。
こちらから送ったまま止まっていた話に、返事が来る。
今後の取得予定を、先に知らせてくれる同盟もあった。
地図の色は変わっていない。
けれど、その向こうから来る言葉が、少し変わっていた。
*
夜、最初の七人で連絡を取り合った。
宴ではなく、いつもの連絡欄だった。
岳の修復。
援軍の帰還。
南西中央同盟の撤収完了。
最後に、友好関係が成立したことを、もう一度確認した。
玄が書いた。
『宣戦されたときに、こんな終わり方になるとは思いませんでした』
杏も同意した。
葉は、止めていた建設を再開できると書いた。
朔からは、補充を優先したままの配置を見直そうと届く。
いつもの城の話が、戻ってきていた。
俺は白嶺城の記録を取り出した。
守備の情報。
攻略の予定。
生産の補正。
紙には、途中で止めたときの印が残っていた。
今すぐ出るつもりはなかった。
岳の城を戻し、傷んだ部隊を休ませる。
それから、もう一度予定を組む。
『白嶺城は、まだ残っています。落ち着いたら、改めて相談しましょう』
送ると、七人から順に返事が来た。
*
律から、個別の連絡があった。
『南西側の撤収は、確認できました』
俺は地図を開いた。
白嶺城の南にいた大きな部隊の印は、もうない。
南西中央同盟の領地は、その先に残っている。
消えたわけでも、弱くなったわけでもない。
その力を持ったまま、南へ帰っていった。
『ありがとう。少し休んでください』
返すと、律からも同じ言葉が届いた。
俺は画面を閉じた。
カイが入口から顔を出す。
「今日は、もう終わり?」
「うん」
「本当に?」
俺は机を見た。
書簡は残っている。
確認したい数字もある。
けれど、今夜中に返さなければ誰かが困るものは、もうなかった。
「今日は終わり」
そう言って立ち上がる。
窓の外には、自分たちの城の灯りが並んでいた。
南側を確かめるために、もう一度地図を開くことはしなかった。




