よこやり
第二十八話 そこにいる仲間
最初に色が変わったのは、岳の領地だった。
白嶺城へ向かう道から少し外れた、南西側の平地。
さっきまで西端の色だった場所に、別の名前が付いた。
南嶺。
俺は表示を開き直した。
見間違いではなかった。
続いて、岳から連絡が来た。
『南側の土地、取られました。敵の部隊が来ています』
俺はその場所を拡大した。
南嶺の領地から、細く道が伸びている。
昨日見たときには、そこまで近づいていなかったはずだった。
宣戦の書簡を読んでいる間にも、相手は動いていた。
『何部隊ですか』
俺が聞くと、岳は少しして返した。
『見えるのは三つ。後ろにもいるかもしれません』
三つ。
俺は自分の部隊を開いた。
蒼玄も、朱里も、出せる。
白嶺城へ向けて準備していた兵が、そのまま残っていた。
行き先を岳の城へ変える。
移動に必要な時間が出た。
遠かった。
*
律からも報告が入った。
『南側の取得を続けています。白嶺城へ向かう道ではありません』
地図を見る。
確かに、敵は城の方へ曲がっていた。
岳の城だった。
俺は喉の奥が詰まるような感じがした。
相手は、白嶺城が欲しいと言っていた。
だったら、そこへ向かうものだと思っていた。
こちらの進出を止めるために、道の途中で戦うのかもしれないとは考えた。
仲間の城へ、先に来る。
地図の上では、それもできる。
考えていなかったわけではないのに、実際にその線が伸びてくるまで、分かっていなかった。
『岳、城の兵は戻っていますか』
『戻っています。門の方へ回しています』
返事を読んでから、俺は南嶺への返信欄を開いた。
話し合えないか。
白嶺城の攻略は、まだ始めていない。
それを伝えれば、止まるかもしれない。
書きかけたところで、岳から次の報告が来た。
『もう一つ取られました。城に隣接されます』
俺は文字を打つ手を止めた。
*
玄が、動ける部隊を知らせてきた。
葉も準備ができている。
杏からは、城に残す分を除けば出せると返事があった。
連絡欄に、次々と名前が並んだ。
みんな、指示を待っていた。
いつもなら、候補を出して相談する。
誰が近いか。
どこなら無理がないか。
返事が揃ってから決める。
今も同じようにしようとして、俺は一つずつ画面を開いていた。
その間に、敵はまた進む。
カイが机の向こうへ来た。
「どこへ行く?」
俺は顔を上げた。
「まだ、距離を」
「誰のところ?」
「岳」
カイは地図へ目を落とした。
岳の城を見つける。
「前に行ったところか」
「うん」
「じゃあ、行く準備するぞ」
カイは入口へ向かいかけた。
俺は呼び止めた。
「待って。今、決める」
その一言を、ようやく言えた。
*
岳の城に、攻撃の表示が付いた。
俺は椅子から立ち上がった。
城の耐久値が見える。
最初の数字は、まだ大きくは減っていない。
守備の戦闘が始まっていた。
『攻撃されています』
岳の書き込みは短かった。
すぐにもう一つ届く。
『先頭、SRがいます。兵も多いです』
俺は蒼玄の情報を開いた。
等級三の土地なら、一人で取って帰ってきた。
だから、先に一人だけ送れば早いのではないか。
そう考えて、編成を外しかける。
手が止まった。
相手は土地の守備ではない。
SRの武将が兵を率い、その後ろにも部隊がいる。
一人を早く着かせた結果、その一人から失うことになったら。
「周さん。今の編成で、援軍として入れますか」
「はい。受け入れ先を指定していただけます」
岳の城を選ぶ。
必要な時間を確かめる。
早くはならなかった。
それでも、決定しなければ一歩も進まない。
俺は出兵を押した。
*
『蒼玄の部隊を岳の城へ送ります。到着予定を添えます』
書いて送る。
それから、玄と葉の距離を見た。
葉の部隊の方が早い。
『葉さん、出せる部隊を岳の城へお願いします。玄は、その次に入れるか確認してください』
すぐに返事が来た。
『出します』
『確認しました。続けます』
律へ、相手の位置と連絡を任せる。
朔には補充できる分をまとめてもらう。
杏には、南西側でまだ返事のない君主の確認を頼んだ。
書いた後、全体へ送る。
『白嶺城の攻略は中止します。今は岳の城を守ります。出兵できる人は、城に残す戦力を確認した上で、到着時刻を知らせてください』
最後の一文まで打って、送った。
全部の予定を捨てるのは怖かった。
取るはずだった城も、準備した時間も、頭に浮かぶ。
けれど、岳の城の表示を見れば、迷う余地はなかった。
*
岳から報告が来た。
『守備、一部戻しました。負傷が多いです』
続いて、耐久値が減り始めた。
俺は数字を見ていた。
自分の城の耐久が上がったときは、頼もしいと思った。
今は減る数字だった。
門の前に工事の資材が置いてあったことを思い出した。
岳が、近くの道はまだ狭いと話していたことも。
あそこに今、敵の部隊がいる。
『城の中は大丈夫ですか』
送ってから、返事を待った。
来ない。
耐久が、また減る。
俺はもう一度書こうとして、止めた。
同じ質問を増やしても、岳が答えやすくなるわけではない。
やがて、短い返事が届いた。
『広間から奥へ移りました。門の近くは危ないので』
その一文で、ようやく城の中にいる岳が見えた気がした。
俺と宴へ行き、帰りに何を報告するか相談していた男。
砦の隣を取れたと、広間へ入ってきた男。
その岳が、自分の城の中を移動している。
敵から離れるために。
*
『白嶺城から手を引けば、止まるんですかね』
岳から、書き込みがあった。
俺は画面を見つめた。
その下に、もう一つ届く。
『すみません。こっち、あまり持たないかもしれません』
胸の奥が熱くなった。
敵に対してなのか、自分に対してなのか、すぐには分からなかった。
岳が謝る理由はなかった。
白嶺城を見つけたのは岳の部隊だった。
攻略しようと決めたのは、俺たちだった。
そのために道を取り、部隊を揃えた。
今、城を攻められているのが岳だからといって、岳一人の問題になるはずがない。
俺は返信を書いた。
『謝らなくていいです。援軍は向かっています。城の中で安全な場所へ移って、出せる情報だけ送ってください』
送信する。
それから、同盟全体へ書いた。
『白嶺城への進出は、西端で決めたことです。岳に退く条件を背負わせません。南嶺との話は、こちらと律で受けます』
文字を読み返した。
誰かが同意してくれるまで待つつもりはなかった。
*
律から、個別に連絡が来た。
『停戦を求める書簡を送りました。返事はまだありません』
俺は頷いた。
『話は続けてください。ただ、岳の城を差し出すような条件は受けません』
少しして、律が返した。
『分かりました。こちらも、そのつもりです』
続いて、敵の動きが届く。
南嶺の部隊は、岳の城の周りへ集まりつつある。
白嶺城への道を取ろうとしている部隊も見える。
攻撃が一か所だけで終わるかは、まだ分からなかった。
俺は自分の編成を見た。
朱里の部隊も送る。
カイは、その後に動かせる兵と準備を確認する。
陸を城に残す。
自分の城が手薄になる怖さが、そこで初めてはっきり出た。
窓の外は静かだった。
敵はいない。
けれど、絶対に来ないとは言えない。
俺は城の守備を確認してから、朱里の出兵を決定した。
岳だけに、その怖さを引き受けさせるつもりにはなれなかった。
*
最初に着いたのは、葉の部隊だった。
連絡欄に到着の報告が出る。
その直後、岳から知らせが来た。
『援軍、入りました』
俺は長く息を吐いた。
耐久の減り方が変わる。
外で戦闘が始まっていた。
葉は自分の部隊の状態を確認し、相手の情報を送ってくる。
敵の武将。
兵種。
こちらの損失。
砦の守備報告とは違った。
減らした敵の後ろへ、別の部隊が来る。
戦っていた部隊が下がり、次が入る。
向こうも、順番を考えていた。
『長くは受けられません。次の到着まで、城の守備と合わせます』
葉の書き込みを読む。
玄が、残り時間を返した。
俺も蒼玄の位置を確かめた。
まだ道の途中だった。
画面を見ていても速くならない。
それを知っているのに、目を離せなかった。
*
カイが戻ってきた。
「兵の準備、できた。残す方も、陸に確認した」
「ありがとう」
俺は椅子へ座ろうとして、やめた。
座れば少し楽になるはずなのに、体が落ち着かなかった。
「岳は?」
「援軍が一つ入った。まだ攻撃されてる」
カイが画面を見る。
俺は手元の紙を押さえた。
「もっと早く出してれば」
言ってから、口を閉じた。
宣戦を読んだとき。
最初の土地が取られたとき。
もっと早く、できたことはあったのかもしれない。
カイは地図を見たまま言った。
「次、何する?」
俺は顔を上げた。
「俺、どこへ行けばいい?」
責める言い方ではなかった。
待っているだけでもなかった。
自分の仕事を聞いていた。
俺は南西側の城を見た。
岳の後ろにも、仲間の城がある。
「カイは、この城へ。次に援軍を出す場所にしたい。現地に着いたら、道と部隊を確認して」
「分かった」
カイは頷き、広間を出た。
俺はその背中を見送ってから、次の連絡を書いた。
*
玄の部隊が着き、その後に蒼玄が入った。
報告が続いた。
敵の先頭が下がる。
追わないよう、玄が連絡した。
こちらの部隊も傷んでいた。
さらに遅れて、朱里の部隊が向かっている。
俺は岳の城の耐久を見た。
半分を切っていた。
けれど、減るのが止まっている。
しばらくして、岳から書き込みが来た。
『今、門の外から下がってます』
俺は文字を読んだ。
一度では意味が入らず、もう一度読んだ。
敵が下がっている。
勝ったとは、どこにも出ていなかった。
攻略成功の大きな表示もない。
ただ、城の数字が減らなくなった。
それだけで、膝から力が抜けた。
*
俺は椅子へ座った。
すぐに立ち上がりたくなったが、今度は座ったまま連絡を続けた。
『追撃はしません。岳の城を維持してください。傷んだ部隊から状態を知らせてください』
律は、敵が周辺の領地に残っていると報告した。
撤退したわけではない。
次の攻撃は来るかもしれない。
朔が補充の手配を始めていた。
杏は、南西側の君主全員から返事が取れたと知らせてきた。
新しく入った仲間からも、援軍を出せるという書き込みがあった。
俺は位置と時間を確かめ、岳の城へ入る組と、その後ろに控える組を分けた。
一度に全員を送れば、それで終わりではなかった。
帰す部隊があれば、代わりが要る。
守るというのは、今日一度勝つことだけではないらしかった。
*
岳から、個別の書簡が来た。
『助かりました。ありがとうございます』
俺はしばらく、その文章を見ていた。
返事を書く。
『まだ敵が近くにいるので、援軍は残します。城の修復と、岳自身のことを優先してください』
送ってから、もう一通書いた。
『一人で守らせて、すみませんでした』
岳の返事は、少しして届いた。
『来てくれたので、大丈夫です』
俺は目元を押さえた。
大丈夫なはずはなかった。
兵は減った。
城は傷んだ。
自分の部屋から逃げなければならなかった。
それでも岳は、来てくれたと書いていた。
俺は手を下ろし、同盟の地図を開いた。
並んでいるのは、資源を取るための足場だけではなかった。
そこに人がいる。
俺へ返事を送り、予定を合わせ、同じ名前を付けている人たちだった。
*
夜になっても、俺は広間にいた。
周が灯りを足す。
机の上には、もう白嶺城の生産ボーナスの紙はなかった。
南西側の城。
援軍の位置。
戻す部隊。
次に動かせる兵。
それを見ながら、同盟全体へ書いた。
『南嶺の最初の攻撃は、いったん止まりました。援軍を出してくれた人、確認を続けてくれた人、ありがとうございます』
一度、手を止める。
続きを書いた。
『当面は開拓より、仲間の城を守ることを優先します。全員に無理な出兵を求めるつもりはありません。出せる兵、補充に使える資源、連絡を見られる時間を教えてください。こちらで合わせます』
送信する。
少しずつ、返事が来た。
兵は出せないが、連絡は見られる。
明日の朝なら出発できる。
今の部隊を戻せば、次を用意できる。
俺は一つずつ読んだ。
全部分かってから決めることは、もうできなかった。
分からないところがあっても、その時点で決めなければならない。
間違えたら直す。
誰かができないところは、別の誰かと合わせる。
その順番を、俺が決める。
律から連絡が来た。
『南嶺との交渉は続けます。防衛の方は、お願いします』
俺は返した。
『任せてください』
書いてから、少し怖くなった。
消さずに送った。
地図の南西で、岳の城はまだ、西端の色をしていた。




