印のない城
第二十七話 地図にない城
次の宴には、律も葉も杏も出席した。
場所は西端側の城にして、食事の後は、その場で茶を飲んだ。
玄が途中で立ち上がると、杏が顔を上げた。
「二軒目ですか」
「水をもらいに行くだけです」
向こうの君主たちまで笑った。
俺も笑ったが、あまり大きな声は出せなかった。
それでも、食事が終わる頃には、以前より話しやすくなっていた。
葉と北西開拓会の女性君主が、内政武将の配置について話している。律は葛城と、近隣の同盟の名前を確かめていた。
男だけで集まったときには出なかった話もあった。
帰り際、葛城が言った。
「こちらにしか返事が来ていない相手もいるので、必要なら間に入ります」
律が礼を言った。
友好の名前が増えるより先に、話を通せる場所が増えていった。
*
その後、西端は二つの同盟と友好を結んだ。
北寄りの城が集まる北沢会。
川沿いに領地を伸ばしている河原連盟。
どちらも、北西開拓会と全く同じ約束ではなかった。
北沢会とは、取得する砦の候補を知らせ合う。
河原連盟とは、川へ近づく土地で行き違いが起きないよう、進路を確認する。
律が相手の話を聞き、近くの君主へ確かめ、最後に俺たちで決めた。
同盟の紹介欄に、友好先の名前が並んだ。
地図の中では別の色のままだったが、その向こうにいる人の顔を、少しずつ思い浮かべられるようになった。
城も育っていた。
工房の前には、朝から荷車が並ぶ。
倉庫を広げたときには大きすぎると思った棚が、今はかなり埋まっている。
登用した武将にも、仕事を割り振れるようになった。
蒼玄や朱里を出す日。
カイと陸の部隊で土地を取る日。
全員を休ませ、内政へ戻す日。
予定を一つ変えるたびに、全部を組み直す必要はなくなっていた。
俺は、しばらくこの調子で進んでいくのだと思っていた。
*
最初の知らせは、岳からだった。
『南西の丘の先に、城らしいものがあります』
朝の連絡欄に、土地の位置が付いていた。
俺はその場所を開いた。
地図には、丘と森がある。
城の印はなかった。
『場所、合っていますか』
返すと、岳はすぐ答えた。
『合っています。隣の土地を取った部隊が、石壁を確認しました』
報告を送ってもらう。
城壁らしい構造物。
門。
壁の上にいる守備兵。
ただの崩れた建物ではなさそうだった。
玄も地図を開いていた。
『俺の方にも、何も出ません』
葉からも同じ返事が来る。
俺は表示を拡大し、また縮小した。
その辺りは、次の資源地を探したときにも見ている。
砦があれば気づくはずだった。
「周さん。地図にない城って、あるんですか」
「地図上に、初めから全ての施設が表示されているわけではございません」
俺は顔を上げた。
「全部、載ってるものだと思ってました」
「現地で確認が必要なものもございます」
もう一度、何もない場所を見た。
そこへ自分で印を付けた。
城、未確認。
たったそれだけ書くと、空白だった場所が急に気になり始めた。
*
俺と律は、岳の城へ向かった。
葉も合流することになった。
そこから先は、岳の領地を通って確認できる。
カイを連れ、蒼玄にも同行を頼んだ。
城を攻めるためではない。
何があるのかを見るためだった。
岳の城で一晩休み、翌朝、丘へ向かった。
道の先は草が高かった。
木々の間を抜けると、風が強くなる。
岳が少し前で足を止めた。
「あそこです」
俺は顔を上げた。
谷の向こうに、石の壁が見えた。
最初は崖の一部かと思った。
けれど、壁には角があり、その上に等間隔で人影が並んでいる。
門もあった。
俺たちが取った砦より、ずっと大きい。
奥には屋根が重なり、その中心に高い建物が立っていた。
「……本当にある」
思わず言うと、カイが隣で頷いた。
「地図より、でかいな」
「地図には、ないんだよ」
「ああ、そうだった」
俺は表示を開いた。
手元では、まだ丘と森だった。
顔を上げれば、城壁がある。
その違いが、妙に落ち着かなかった。
*
安全に見通せる場所まで進み、城の情報を確認した。
誰かの君主の城ではなかった。
所有する同盟の名前もない。
【白嶺城】
名前の下に、守備と耐久の情報が並ぶ。
俺は先に、守備を見た。
今までの砦より多い。
蒼玄が一人で片づけられる相手ではなかった。
ただ、見ただけで諦めるほど遠い数字でもない。
同盟の部隊を揃え、役割を分ければどうか。
頭の中で、いつもの計算が始まりかけた。
そのとき、葉が言った。
「獲得後の効果、見てください」
項目を下へ送る。
資源生産への補正。
木材、石材、鉄、食料。
俺は数字を見てから、所有する砦の情報を開いた。
見比べる。
もう一度、白嶺城へ戻る。
「一つで、これだけ?」
葉が頷いた。
「対象も確認しました。施設一か所の話ではないです」
律は説明を最初から読み直していた。
岳は城を見たまま、ゆっくり息を吐いた。
俺は自分の倉庫を思い浮かべた。
毎日増える資源。
補充に回せる分。
次の建設を始められる時刻。
この城を取れば、その全部が変わる。
少し先の砦を一つ増やすのとは、意味が違った。
*
戻る前に、周辺も確認した。
城へ近づく道は一つではなかった。
こちらが来た北東側には、丘を抜ける道がある。
反対の南西側にも、木々の切れ目が見えた。
律がそちらを見ていた。
「向こうからも来られそうですね」
「誰か、いるんですか」
俺が聞くと、律は地図を開いた。
少し離れたところに、同盟の領地があった。
南嶺。
西端とは、まだ友好を結んでいない相手だった。
「近隣の進路を聞く書簡は出しています。返事は来ていません」
律は答えた。
地図で見る限り、南嶺の土地は城に接していない。
こちらも、まだだった。
俺は白嶺城の位置を見た。
地図に載っていないから、自分たちしか知らない。
ほんの少し、そう考えかけていた。
でも、城壁は向こう側からも見えるはずだった。
「ここを見つけたって、知ってるんでしょうか」
「分かりません」
律は地図を閉じた。
「誰も知らないつもりで進めない方がよさそうです」
俺は頷いた。
風の向こうで、城の旗が動いていた。
*
帰還してから、攻略の準備を始めた。
最初の七人に、近くの君主を加えて情報を共有する。
白嶺城の名前を出すと、誰も地図では確認できなかった。
岳が位置を送り、葉が守備と獲得効果を示した。
連絡欄に返事が続いた。
資源の補正を見た朔は、自分の城の生産量でどれくらい変わるか、すぐに試算を始めた。
『これを取れるなら、次の施設を一つ遅らせても、兵を揃える方へ回せます』
玄は守備の編成を見ていた。
蒼玄をどこへ入れるか。
朱里の部隊は、誰と組ませるか。
耐久を削る側に、どれだけ残すか。
いつもの砦より多くの部隊が必要だったが、話は進んだ。
以前なら、同じ説明を何度も確かめていた。
今は、足りないところへ名前が入っていく。
杏が攻城側の必要数をまとめた。
葉が全体の予定を揃える。
岳は接近するための土地を取り、道を確保した。
律は、南嶺への書簡をもう一度送った。
近隣で拠点攻略を予定していること。
進路が重なるなら、話をしたいこと。
返事は、まだ来なかった。
*
準備は、少しずつ揃った。
城に残す兵を除いても、必要な数を出せる。
補充も終わる。
道はつながった。
部隊ごとの行軍時間を確かめ、到着する時刻から出発を決めた。
俺は紙を見ながら、カイへ予定を伝えた。
「今回は、蒼玄と朱里が先に出る。カイには別の部隊で、後ろを頼みたい」
「分かった」
「陸も残す。城を全部空にはしない」
カイは地図を覗いた。
「向こう、でかかったからな」
「うん。でも、揃えればいけそうだ」
口に出すと、少し嬉しくなった。
初めて砦の情報を見たときには、何を用意すればいいのかも分からなかった。
今は、見つけた城を取るための段取りができている。
同盟の連絡欄にも、準備完了の知らせが増えていた。
俺は最後の確認の時刻を書いた。
そのとき、書簡の印が付いた。
*
差出人は、鷹野。
所属同盟、南嶺。
ようやく返事が来たのだと思った。
開く。
最初の一文で、手が止まった。
『白嶺城への進出を中止されたい』
俺は背筋を起こした。
続きがある。
『当同盟は、同城を今後の活動拠点として確保する方針である。西端による周辺領地の取得、および部隊集結を敵対行動と判断する』
部隊はまだ出していない。
道を取ったのは確かだった。
俺は残りを読んだ。
『本書をもって、西端に宣戦を布告する』
窓の外から、荷車の音がした。
工房の槌も、いつも通りに鳴っている。
俺は文章を、もう一度最初から読んだ。
読み間違いではなかった。
*
律へ書簡を送った。
返事を待つ間に、同盟の連絡欄を開く。
さっきまで、城を取るための予定が並んでいた。
兵の準備が終わった。
出発できる。
到着時刻を確認した。
そこへ、俺は書いた。
『南嶺から宣戦布告が届きました。白嶺城への出発は、いったん待ってください』
送信する。
すぐに玄から返事が来た。
『今から出る予定でした。止めます』
葉から、全員の出発状況を確認するという連絡。
岳は、南西側の土地を見直すと書いた。
朔は補充と生産をそのまま続ける。
杏からも、待機の返事が来た。
律は、書簡の文面を確認した後で答えた。
『中止の要求だけではなく、もう宣戦しています。こちらの返信を待たずに動く可能性があります』
俺は地図を開いた。
南嶺の領地。
白嶺城への道。
その近くにいる、西端の君主たちの城。
今まで、味方が使う道として見ていた土地だった。
反対から誰かが進んでくることを考えると、見え方が変わった。
*
カイが俺の顔を見ていた。
「どうした?」
俺は書簡を見せた。
カイは読み終え、地図へ目を移した。
「城の兵じゃなくて、この人たちと戦うのか」
「……そうなるかもしれない」
答えながら、宣戦という文字が頭に残った。
こちらがまだ、かもしれないと言っている間にも、向こうは決めている。
白嶺城の守備は、近づかなければ襲ってこなかった。
南嶺の君主たちは、こちらが出発しなくても部隊を動かせる。
どこへ向かうかも、自分たちで変えられる。
俺は攻略用の紙を脇へ寄せた。
その下から、城ごとの位置を書いた地図を引き出す。
律から、短い連絡が届いた。
『まず、南西側の各城へ知らせます。相手の目的と出兵状況は、別に確認します』
俺は了解と返した。
それから、蒼玄と朱里の出発を止めた。
カイにも、城にいてほしいと伝える。
「分かった」
カイは頷き、装備を取りに向かった。
机には、白嶺城を取った後の生産量を計算した紙が残っていた。
俺はそれを裏返し、南西側の仲間の名前を書き始めた。




