二次会
第二十六話 二軒目の話
葛城からの招待は、地図の付いていない書簡だった。
『友好成立の区切りに、一度、食事でもいかがでしょうか。堅い話を離れて、顔を合わせる機会を作れればと思っています』
日時と場所が書いてある。
北西開拓会に所属する君主の城だった。
その下に、参加者の名前が並んでいた。
こちらからは、俺、玄、朔、岳。
向こうも男の君主ばかりだった。
「男だけ?」
玄から、すぐに書簡が来た。
『今回は、そういう集まりみたいです』
俺が返すと、少しして次が来た。
『まあ、一回くらいはいいですね。いつも地図を見て終わりなので』
それは、その通りだった。
友好関係はできた。
けれど、向こうの人間について知っているのは、どの城を持ち、どちらへ土地を広げたいかということが多い。
何を食べるのか。
どんな話で笑うのか。
そういうことは、ほとんど知らなかった。
俺は同盟の連絡欄へ、招待を受けたことを書いた。
律から返事が来る。
『新しい約束をする場合は、持ち帰ってくださいね』
『分かってます』
すぐに返した。
そのときは、本当に分かっているつもりだった。
*
会場となる城は、商業の区画が大きかった。
門をくぐってから、広間までの道に店が並んでいる。
布を売る店。
器を並べた店。
料理の匂いがする建物。
俺の城にも物の出入りは増えていたが、こちらは人が足を止める場所が多かった。
カイが隣で見回していた。
「ここ、飯屋が多いな」
「そうだな」
「あれも?」
「たぶん」
カイを連れてきたのは、帰りの道もあるからだった。
葛城へ確認すると、同行の武将も食事を取れるようにすると答えてくれた。
ほかの武将は、案内された場所へ静かに向かっていく。
カイは俺の袖を引いた。
「あそこ、焼いてる」
串に刺した肉が、火の上に並んでいた。
「今から宴なんだから」
「見るだけ」
俺も少し見た。
いい匂いだった。
*
宴の席は、思っていたより普通だった。
長い机に料理が並び、酒が運ばれてくる。
葛城が挨拶をして、互いの城が無事に育っていることと、友好がまとまったことに杯を上げた。
俺たちも続いた。
最初は、やはり城の話になった。
北西開拓会の一人が、最初に倉庫を大きくしすぎたと言った。
別の一人は、兵を増やしすぎて食料が減り続けたらしい。
朔が頷く。
「それ、俺もやりました」
「内政に詳しいと聞いてましたけど」
「詳しくても、押すときは押します」
笑いが起きた。
俺は料理を取りながら、その様子を見ていた。
地図を挟んでいるときには、みんな自分より分かっているように見える。
酒を飲みながら失敗を話していると、そうでもなかった。
玄は弓のSRが欲しいと言っていた。
向こうにも、同じ武将を狙っている人がいた。
引いた回数の話になり、二人とも途中から数えなくなったと分かって、また笑った。
カイは少し離れた席で食べていた。
俺と目が合うと、皿の上の肉を指した。
うまいらしい。
*
腹が落ち着いた頃、城の主である榊が、少し声を落とした。
「この後、もう一軒どうですか」
玄が杯を置いた。
「飲み直し?」
「まあ、それもできます」
返事が曖昧だった。
榊は俺たちの顔を順に見て、口元を緩めた。
「うち、珍しい店ができたんですよ」
「珍しい?」
「城が育つと、商業区画の店も増えるでしょう。どこの街にもできるわけじゃないらしいんですが」
そこで一度、言葉を切った。
「大人の遊ぶ店が」
俺は杯を持ったまま止まった。
岳が、ゆっくり榊を見た。
朔は料理を噛んでいたが、動きが少し遅くなった。
玄が聞いた。
「……それって」
榊が頷く。
いわゆる、風俗の店だった。
俺は入口の方を見た。
誰かが聞いていないか確かめたような動きになって、自分でも余計に怪しかった。
「そういうのまであるんですか」
「私も最初は驚きました。成人向けの区画に、いつの間にか店が増えていて」
榊は平然と答えた。
「無理にとは言いません。せっかく来ていただいたので、お誘いだけ」
*
誰も、すぐには返事をしなかった。
断る声も出なかった。
俺は玄を見た。
玄は岳を見ていた。
岳は杯の中を見ている。
朔が口を開いた。
「見るだけでも?」
その一言で、全員が少し動きやすくなった。
榊が笑った。
「まずは店で一杯。それだけでも構いません」
「じゃあ、少しだけ」
玄が言った。
俺も、そこで頷いてしまった。
何を確かめるための「少し」なのか、自分でもよく分かっていなかった。
葛城が額に手を当てた。
「明日の話に響かない程度でお願いしますよ」
止めるわけではなかった。
その葛城も、席を立った。
俺は後から、ここで帰ると言えばよかったと思うことになる。
このときは、全員立ったから自分も立った。
そういう顔をしていた。
実際には、ちょっと気になっていた。
*
店は、にぎやかな通りから一本入ったところにあった。
入口に灯りが下がり、窓には布が掛かっている。
周りの店とは、造りが少し違った。
カイが建物を見上げた。
「ここも飯屋?」
「飲むところ」
「さっきも飲んでたろ」
「別の店だから」
説明になっていなかった。
入口で、成人の女性の店員が案内をした。
落ち着いた服装だったが、内側へ通されると、どういう店なのかはすぐ分かった。
部屋の区切り。
料金の説明。
席につく女性たち。
俺は渡された飲み物を、必要以上にゆっくり持ち上げた。
さっきの宴で、普通に話せるようになったはずだった。
今はまた、何を言えばいいか分からない。
隣の玄も、妙に背筋が伸びていた。
カイだけは運ばれた小皿を見ていた。
「これ、食っていい?」
「いいよ」
「こっちの肉も、うまいな」
俺は頷いた。
この場で、味の違いを考えられるのが少し羨ましかった。
*
帰る頃には、すっかり夜だった。
店で何を話したかは、あまり覚えていない。
玄の笑い声が、宴のときより大きかったこと。
朔が料金の仕組みを聞きかけ、途中でやめたこと。
岳が、ずっと落ち着いた顔をしようとしていたこと。
それは覚えていた。
帰り道、誰からともなく歩く速度が揃った。
「今日の報告は、宴で親睦が深まりました、でいいですよね」
玄が言った。
「まあ、そうだな」
岳が答えた。
朔も頷く。
俺は、少し遅れて頷いた。
嘘ではない。
確かに、親睦は深まった。
ただ、その一文へ何を入れずに済ませようとしているかは、全員分かっていたと思う。
カイは少し前を歩いていた。
「次も来るのか?」
「まだ決まってない」
俺は答えた。
カイは、ふうんと言って道へ向き直った。
俺たちは、その話をそれ以上しなかった。
*
翌日の昼、俺の城に七人が集まった。
元から決めていた、近隣の進路を確認するための集まりだった。
律は、北西開拓会との情報交換の記録を持ってきていた。
葉は施設の数字。
杏は、近くで取得した土地の報告。
俺たち四人は、少し眠かった。
「昨日は、どうでした?」
葉が聞いた。
「普通に、食事をして」
俺が答える。
「向こうの人とも、話せました」
玄が続けた。
「何か、新しい約束は?」
律が聞いた。
「してないです」
そこは、はっきり答えられた。
律は頷き、紙を置いた。
「なら、よかったです」
俺は内心で息を吐いた。
そのとき、カイが入口から入ってきた。
手に、昼食の小皿を持っている。
「昨日の肉、こっちでも作れないかな」
俺は振り向いた。
「宴の?」
声が少し強くなった。
カイは首を横に振った。
「二軒目。女の人が隣に座る店のやつ」
部屋が静かになった。
*
玄が目を閉じた。
朔は紙へ視線を落とした。
岳は、なぜか窓を見た。
俺はカイを見たまま、動けなかった。
杏がゆっくり顔を上げる。
「二軒目?」
カイが頷く。
「そう。最初のところより、肉が甘かった」
「女の人が隣に座る店?」
葉が聞いた。
「うん。榊って人の街に、珍しくできたって」
俺は口を開いた。
「カイ」
「何?」
何、と返されると困った。
今ここで黙れと言えば、余計に何かある。
もう、十分に何かあった。
律が俺を見た。
「どういう店ですか」
「その……」
俺が答えを探していると、玄が小さく言った。
「大人向けの」
「聞こえませんでした」
杏が言った。
玄はもう一度、今度は少し大きな声で説明した。
最後まで言い終える前に、葉が椅子の背へ体を預けた。
「ああ。だから男性だけ」
*
「最初から、そういう店へ行く予定だったんですか」
律の声は静かだった。
「俺たちは、その場で誘われました」
俺が答えた。
「それで行ったんですね」
「……はい」
「帰ってからは、宴の話だけ」
俺は頷いた。
玄が横から言った。
「店では、飲んだだけで」
杏が顔を向けた。
「今、その説明から入るんだ」
玄が黙った。
岳が、組んでいた腕をほどく。
「別に、隠すつもりでは」
律が四人を見た。
俺たちは誰も、目を合わせられなかった。
岳も途中でやめた。
カイだけが、まだ小皿を持って立っていた。
「言っちゃ駄目だったのか?」
俺は額を押さえた。
「お前は、悪くない」
「じゃあ、誰が悪いんだ?」
答えなくても、部屋の中では分かっていた。
*
葉が、持ってきた記録を揃えた。
「友好のための食事なら、私たちも普通に行きたかったです」
その言葉で、俺は顔を上げた。
「条件の相談は一緒にして、まとまった後の宴は男性だけなんだなとは思いました。でも、そういう集まりもあるかと思ってたんです」
葉は俺たちを見た。
「二軒目まであったんですね」
俺は何も言えなかった。
杏が続ける。
「好きに遊びに行くなら、そう言えばいいのに。友好だ、親睦だって言われると、こっちも仕事の一部だと思うじゃない」
「……ごめん」
俺は頭を下げた。
玄も続いた。
朔が小さく息を吐いた。
「誘われたときに、普通に断るか、帰ってからちゃんと話せばよかったです」
「そうですね」
律が答えた。
その短い返事が、一番痛かった。
*
その日の話し合いは、驚くほど事務的に進んだ。
律が地図を開く。
葉が予定を読み上げる。
杏が必要な確認をする。
俺たち四人が何か言えば、返事はある。
ただ、昨日までなら続いた雑談が、そこで終わった。
「南の土地は、その順番でお願いします」
「はい」
「取得したら、位置を送ってください」
「分かりました」
玄が一度、場を和ませようとして口を開いた。
「向こうの酒、結構――」
俺は机の下で、玄の足を蹴った。
玄は咳払いをして、地図へ戻った。
昼食も出た。
料理は、いつも通りだった。
ただ、女性三人は片側へ並んで座った。
男四人が、反対側へ固まった。
カイは迷った末に、端の空いた椅子へ座る。
肉を一口食べ、何か言いかけた。
俺が見ると、口を閉じた。
少しして、小声で聞いてきた。
「味の話も駄目?」
「今日は、やめとこう」
*
午後、北西開拓会へ礼の書簡を書いた。
宴を開いてくれたことへの礼。
交流する機会になったこと。
その後に、次回は女性の君主も含めて招いてもらいたいと付け加えた。
送る前に、律へ見てもらう。
律は読み終え、俺へ返した。
「この書き方だと、こちらの女性が怒ったから変えてください、と受け取られませんか」
俺は文章を見た。
確かに、そう読めた。
書き直す。
今回、こちらから同行しなかった君主にも、直接話す機会を作りたい。
次は西端から、食事の席を提案したい。
その内容に変えた。
「これなら」
律が頷いた。
俺は送信した。
少し間を置いてから、もう一度謝った。
「昨日のこと、悪かったです」
「はい」
「カイが言わなかったら、たぶん俺からは言いませんでした」
律は俺を見た。
「そこまで分かっているなら、次はお願いします」
それ以上、慰めてもらえるはずもなかった。
*
みんなが帰ると、広間が静かになった。
俺と玄と朔と岳だけが、少しの間残った。
誰も、立ち上がるきっかけを掴めなかった。
やがて玄が言った。
「総スカンでしたね」
「そうだな」
岳が答えた。
朔は両手で顔を覆っていた。
「砦のときより、緊張しました」
俺は笑いそうになって、やめた。
今笑うと、反省していないみたいだった。
けれど玄が先に小さく吹き出し、岳も顔を伏せた。
情けなかった。
砦を取って、人数が増えて、友好同盟までできた。
少しは君主らしくなったと思っていたところへ、これだった。
カイが入口から顔を出す。
「みんな、まだ帰らないのか?」
俺たちはようやく立ち上がった。
*
夜、葛城から返事が来た。
『次回は、皆さんで席を設けましょう。こちらからも、全員へ声を掛けます』
その下に、一文あった。
『二軒目の話は、そちらでも出ましたか』
俺は画面を見つめた。
しばらくしてから、短く返す。
『出ました』
返事は早かった。
『こちらもです』
俺は椅子の背にもたれた。
向こうでも、同じようなことになったらしい。
カイが隣で、明日の予定を覗いた。
「次の宴、俺も行く?」
「行っていいよ」
「今度は、みんな?」
「みんな」
カイは頷いた。
「じゃあ、店の話もしていいな」
俺は少し考えた。
「最初から、話せる店にする」
そう答えると、カイは不思議そうに俺を見た。
「その方が楽だろ」
その通りだった。




