↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/200

駆け引き

第二十五話 友好の向こう側


 葛城から届いた案には、地図が添えられていた。


 西端と北西開拓会の間に、一本の線が引かれている。


 線より西は、こちら。


 東は、向こう。


 互いの城や領地を攻撃せず、取得予定が近づいたときは連絡する。


 最初に読んだときは、分かりやすい話だと思った。


「悪くなさそうですね」


 俺が言うと、律は返事をせず、地図を拡大した。


 線の北側を見て、南へ動かす。


 そのまま、少し手が止まった。


「ここまで、見ました?」


 示されたのは、線から離れた場所だった。


 未攻略の砦が一つある。


「そこも、そのうち行けるかなとは」


「どうやって?」


 俺は道をたどった。


 今ある領地から南へ伸ばす。


 丘の手前を抜け、その先へ向かう。


 途中で指が止まった。


 葛城の引いた線が、そこを横切っていた。


「……この道、向こうになるのか」


 律が頷いた。


「西の土地は広く残ります。ただ、この砦へ近づくときに使いやすい場所は、向こう側です」


 俺はもう一度、地図を引いた。


 面積だけなら、こちらが狭いわけではない。


 むしろ、領主のいない地域が広く残っている。


 それで納得しかけていた。


     *


 玄と岳にも、地図を見てもらった。


 岳は南側の道を知っていた。


『そこを使わないなら、回り込む必要があります。土地も余計に取ります』


 玄からも返事が来る。


『北はかなり空いてますけど、次の砦まで遠いです』


 俺は葛城の案を読み直した。


 どこにも、こちらを困らせるとは書かれていない。


 領地を譲れとも、兵を出せとも書かれていなかった。


 ただ、この線で決めれば、後で困るのはこちらかもしれない。


「分かってて、引いたんですかね」


 律へ聞いた。


「向こうも、地図を見て決めていると思います」


「じゃあ、最初から――」


 言いかけて、止めた。


 葛城には、今まで何度も説明してもらっていた。


 その相手がこちらを騙そうとしている、と決めるのは早い気がした。


 律は机の端に置かれた書簡を見た。


「友好を結びたいのは、本当なんじゃないですか。その上で、使いやすい場所も押さえたい」


 俺は椅子へ座り直した。


 両方、同時に考えている。


 そう言われると、不思議ではなかった。


     *


 会う前に、律とこちらの希望を整理した。


 南へ進む道は残したい。


 北西開拓会と土地を取り合うために、兵を使いたくはない。


 ただ、友好という名前で、今後の行き先を全部決められるのも困る。


 そこまで書いて、俺は紙を止めた。


「全部は、通らないですよね」


「向こうが何を一番欲しいかによります」


「土地じゃないんですか」


「まだ、そこまでは分かりません」


 律は地図の東側へ目を向けた。


 北西開拓会の領地が、ほかの同盟の色に近づいている。


「話を聞いてから、変えられるところを探しましょう」


 玄には城に残ってもらい、必要な確認へ答えてもらうことにした。


 俺と律が行く。


 カイも同行するが、話す人数を増やすためではない。外の道を歩くときには、いてくれると安心だった。


 出発前、律が俺へ聞いた。


「こちらが出せる兵の数は、今日は聞かれても、すぐ答えなくていいですか」


「どうして?」


「友好の範囲を決めるだけなら、全部は要らないので。共同で何かする話になったら、そのときの分を確認したいです」


 俺は頷いた。


 持っている数字を見せれば、話が早いと思っていた。


 けれど、その数字を何に使うかは、相手にも考えがある。


     *


 待ち合わせは、北西開拓会が持つ砦だった。


 こちらから向かうには距離があったが、相手の城まで行くよりは近い。


 招かれた門をくぐると、広場の脇で兵が整列していた。


 武器を運ぶ者もいる。


 砦を取った後、俺たちも部隊の出入りを確認していたが、こうして別の同盟の拠点へ入るのは初めてだった。


 葛城は建物の前で待っていた。


「遠いところ、ありがとうございます」


 思っていたより穏やかな声だった。


 挨拶をすると、部屋へ案内される。


 向こうからは、もう一人同席していた。


 境界付近の城を持つ君主だという。


 律は二人へ頭を下げ、俺の隣に座った。


 カイは少し離れた椅子へ腰を下ろす。


 机に地図が広げられた。


「西端も、随分大きくなりましたね」


 葛城が言った。


「砦の後に、加入してくれる人が増えました」


「七人であれだけ動けた同盟なら、入りたい人はいるでしょう」


 俺はどう返せばいいか迷った。


 律が隣で、地図の端を押さえた。


「ありがとうございます。人数が増えた分、近くの土地を使いたい人も増えました。今日は、その話をできればと思っています」


 葛城が頷いた。


 挨拶から、自然に地図の話へ移った。


     *


 最初に話したのは、互いに攻撃しないことだった。


 城も領地も対象にする。


 もし行き違いが起きたら、すぐに全体の争いへ広げず、連絡を取り合う。


 この部分は、ほとんど迷わなかった。


 次に、地図の線へ話が移る。


 葛城は、西側にはまだ十分な土地があると説明した。


 未攻略の砦も残っている。


 東側は北西開拓会が以前から進んでいた場所なので、この辺りで分けられないかという。


 俺は南の道を指そうとした。


 その前に、律が尋ねた。


「この線は、今後もずっと同じでしょうか」


「大きく変える予定はありませんが、状況によって相談はできます」


「相談で変わるなら、最初は近い場所だけ決めませんか。北の端まで一度に分けるには、まだお互い、分かっていないことが多いと思います」


 葛城は地図へ目を落とした。


 俺なら、南の道が欲しいと、そのまま言っていた。


 律は先に、線全体を決める必要があるか聞いていた。


「広く決めておいた方が、行き違いは減ります」


 同席していた君主が言った。


「それは、そうですね」


 律は頷いた。


「ただ、今の線だと、私たちが次の砦へ行く道が東側へ入ります。いずれ相談し直す場所が分かっているので、そこは今、確かめたいです」


 ようやく、南の道を指した。


 葛城はそこを見た。


 驚いた顔はしなかった。


     *


「その砦も、取得を考えていますか」


 葛城が聞いた。


 俺は頷いた。


「すぐではないですけど、候補にはしています」


「こちらもです」


 短い答えだった。


 部屋が少し静かになる。


 葛城は続けた。


「その道があれば、うちの南側の城も動きやすくなる。なので、案に入れています」


 初めて、線を引いた理由がはっきりした。


 こちらだけが気づいた話ではなかった。


 向こうも、欲しいものがあって提案している。


「では、道と砦の両方を、この友好の話で決めたいということですか」


 律が聞いた。


「できれば」


「こちらには、何を残す形になりますか」


 俺は思わず律を見た。


 言い方は穏やかだった。


 けれど、質問は真っすぐだった。


 葛城は北側を指した。


「こちらの地域への拡張は控えるつもりです」


 律は地図を少し引いた。


 広い土地が見える。


 砦もある。


 ただ、どれも今の北西開拓会の領地からは離れていた。


「そこは、現在も取得の予定がありますか」


 葛城はすぐには答えなかった。


 横の君主が、手元の紙を確かめる。


「優先はしていません」


「分かりました」


 律はそれ以上、追わなかった。


 俺は地図を見た。


 向こうが今すぐ欲しい場所と、当分行く予定のない場所。


 同じように色を塗れば、同じ広さに見えた。


     *


 葛城が茶を飲んだ。


 律も自分の椀を手に取る。


 俺だけが、何か言わなければいけない気になっていた。


 友好を結びたい。


 ここで揉めたくはない。


 少しくらい譲ってもいいのではないか。


 そう考えてから、誰の土地を譲るつもりなのか分からなくなった。


 南側には岳がいる。


 最近加わった君主たちもいる。


 俺が今、気まずさをなくすために頷けば、その人たちの予定が変わる。


 律は黙ったままだった。


 先に口を開いたのは葛城だった。


「こちらとしては、西側で争わずに済むことにも意味があります」


 俺は顔を上げた。


「東側が近づいているからですか」


 葛城は地図の東へ目を向けた。


「いくつか、話をしています。まだ争うと決まったわけではありません」


 否定はしなかった。


 律が椀を置いた。


「なら、まずお互いを攻撃しない関係だけでも、進める価値はありますね」


「それは、あります」


「南側の開拓先を全部譲ることと、一緒に決めなくてもよさそうです」


 葛城は少しだけ笑った。


「そこは、分けますか」


「分けて考えたいです」


     *


 話し合いは、そこで終わらなかった。


 北西開拓会にとって、南の道も意味がある。


 こちらにとっても、砦へ近づく道だった。


 互いに攻撃しないだけでは、どちらが先に土地を取るかという問題が残る。


 律が、別の平地を指した。


「こちらの列は、私たちの現在の進路から外れています。北西開拓会が南へ伸びるなら、ここを使えませんか」


 葛城が拡大する。


 迂回にはなる。


 ただ、途中の守備は比較的軽かった。


「土地が二つ、余分に必要になります」


 横の君主が言った。


「こちらも、この列へは伸ばさない形にできます。代わりに、今話している道は西端が使う。その先の砦は、別に相談する」


 律はそう言って、俺を見た。


 俺は岳から届いていた予定を確かめた。


 譲る候補の列は、岳の欲しい資源地とは重ならない。


 ただ、俺だけでは決められない。


「近くの者へ確認してもいいですか」


 葛城は頷いた。


 書簡を送り、返事を待つ。


 その間に、向こうも自分たちの予定を確かめていた。


 律は俺の耳元へ、小さく言った。


「砦の帰属までは、今日決めなくて大丈夫です」


 俺は頷いた。


 ここで全部まとめなければ、話が失敗するわけではなかった。


     *


 岳からは、示した列なら今の予定に影響しないと返ってきた。


 玄も、北側まで線を固定するよりよいという。


 俺は二人の返事を確認し、葛城へ伝えた。


 向こうからは、砦への接近を始めるときに、先に知らせてほしいという希望が出た。


 こちらも同じことを頼んだ。


 報告は、許可を求めるためではない。


 双方の部隊が同じ場所へ向かいかけたとき、話せるようにするためだった。


 葛城が、その一文を直した。


「これなら、こちらでも持ち帰って話せます」


 同席の君主も頷いた。


 俺は地図を見た。


 最初の長い一本線はなくなっていた。


 代わりに、今使う道と、互いに伸びない列だけが記されている。


 未攻略の砦には、どちらの色も付いていなかった。


 決まらなかった場所もある。


 それでも、来たときより、どこまで進めてよいか分かるようになっていた。


     *


 帰る前に、友好関係を公にしてよいかと聞かれた。


 双方の同盟で確認が済んでから、同じ内容を載せる。


 俺はそれでよいと答えた。


 別れ際、葛城が律へ言った。


「土地の話、よく見ていますね」


「近くに城があるので」


 律はそれだけ答えた。


 葛城は俺へ向き直る。


「また、直接話せてよかったです。うちも、西端と争いたいわけではありません」


「こちらもです」


 それは、素直に答えられた。


 欲しい土地が同じでも、そのことまで嘘になるわけではなかった。


 門の外へ出ると、カイが長く息を吐いた。


「座ってる方が疲れた」


「ごめん」


「話、決まった?」


「決まったところと、これからのところがある」


 カイは少し考えて、頷いた。


「じゃあ、帰れるな」


 その言い方に、俺も律も笑った。


     *


 帰り道、俺は律へ聞いた。


「途中で、何も言わなかったのは?」


「いつですか」


「向こうが茶を飲んでたとき」


「ああ」


 律は足元の石を避けた。


「こちらの希望は伝えたので、次に何を言うか聞きたかったんです」


「俺、何か譲った方がいいのかと思いました」


「向こうも考えていたと思います。少し待っても、話は終わらないので」


 俺は砦を振り返った。


 もう、建物の形は小さくなっていた。


「葛城さん、悪い人じゃないですよね」


「そう思います」


 律はすぐ答えた。


「でも、自分の同盟の人にも説明しないといけないんでしょう。友好を結んで、道も使いやすくなったと言えれば、その方がいい」


「俺たちも同じか」


「はい」


 その返事で、少し気が楽になった。


 相手の言葉を全部疑う必要はない。


 ただ、相手が何を持って帰りたいのかは、見ておく必要があるらしい。


     *


 城へ戻ると、玄と葉が返事を待っていた。


 同盟の連絡欄へ、話した内容と変更した地図を送る。


 南側にいる人へ、取得予定と重ならないかもう一度確かめてもらった。


 大きな異論はなかった。


 こちらから北西開拓会へ返事を送り、翌朝、向こうからも了承が届いた。


 西端と北西開拓会。


 互いの城と領地を攻撃せず、近接する取得予定を相談する。


 援軍や共同攻略は、その都度話す。


 双方の紹介文に、友好同盟として名前が載った。


 俺は二つの画面を並べた。


 同じ同盟になったわけではない。


 地図の色も違うままだった。


 それでも、境界の向こうへ書簡を送る相手が、はっきりした。


 律へ、外交の窓口を頼めないかと聞いた。


「条件を決めるときは、また相談させてください」


「もちろん」


「なら、私が先に話を聞きます」


 俺は礼を言った。


 その日の午後、葛城から友好成立後の最初の書簡が届いた。


 挨拶に続いて、東側の同盟について、確認できた情報を交換したいとあった。


 律が文面を読み、地図を開く。


 俺も隣へ椅子を寄せた。


 昨日までは、自分たちの進路を守る話だった。


 今日は、その先にいる相手の名前を確かめるところから始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。