駆け引き
第二十五話 友好の向こう側
葛城から届いた案には、地図が添えられていた。
西端と北西開拓会の間に、一本の線が引かれている。
線より西は、こちら。
東は、向こう。
互いの城や領地を攻撃せず、取得予定が近づいたときは連絡する。
最初に読んだときは、分かりやすい話だと思った。
「悪くなさそうですね」
俺が言うと、律は返事をせず、地図を拡大した。
線の北側を見て、南へ動かす。
そのまま、少し手が止まった。
「ここまで、見ました?」
示されたのは、線から離れた場所だった。
未攻略の砦が一つある。
「そこも、そのうち行けるかなとは」
「どうやって?」
俺は道をたどった。
今ある領地から南へ伸ばす。
丘の手前を抜け、その先へ向かう。
途中で指が止まった。
葛城の引いた線が、そこを横切っていた。
「……この道、向こうになるのか」
律が頷いた。
「西の土地は広く残ります。ただ、この砦へ近づくときに使いやすい場所は、向こう側です」
俺はもう一度、地図を引いた。
面積だけなら、こちらが狭いわけではない。
むしろ、領主のいない地域が広く残っている。
それで納得しかけていた。
*
玄と岳にも、地図を見てもらった。
岳は南側の道を知っていた。
『そこを使わないなら、回り込む必要があります。土地も余計に取ります』
玄からも返事が来る。
『北はかなり空いてますけど、次の砦まで遠いです』
俺は葛城の案を読み直した。
どこにも、こちらを困らせるとは書かれていない。
領地を譲れとも、兵を出せとも書かれていなかった。
ただ、この線で決めれば、後で困るのはこちらかもしれない。
「分かってて、引いたんですかね」
律へ聞いた。
「向こうも、地図を見て決めていると思います」
「じゃあ、最初から――」
言いかけて、止めた。
葛城には、今まで何度も説明してもらっていた。
その相手がこちらを騙そうとしている、と決めるのは早い気がした。
律は机の端に置かれた書簡を見た。
「友好を結びたいのは、本当なんじゃないですか。その上で、使いやすい場所も押さえたい」
俺は椅子へ座り直した。
両方、同時に考えている。
そう言われると、不思議ではなかった。
*
会う前に、律とこちらの希望を整理した。
南へ進む道は残したい。
北西開拓会と土地を取り合うために、兵を使いたくはない。
ただ、友好という名前で、今後の行き先を全部決められるのも困る。
そこまで書いて、俺は紙を止めた。
「全部は、通らないですよね」
「向こうが何を一番欲しいかによります」
「土地じゃないんですか」
「まだ、そこまでは分かりません」
律は地図の東側へ目を向けた。
北西開拓会の領地が、ほかの同盟の色に近づいている。
「話を聞いてから、変えられるところを探しましょう」
玄には城に残ってもらい、必要な確認へ答えてもらうことにした。
俺と律が行く。
カイも同行するが、話す人数を増やすためではない。外の道を歩くときには、いてくれると安心だった。
出発前、律が俺へ聞いた。
「こちらが出せる兵の数は、今日は聞かれても、すぐ答えなくていいですか」
「どうして?」
「友好の範囲を決めるだけなら、全部は要らないので。共同で何かする話になったら、そのときの分を確認したいです」
俺は頷いた。
持っている数字を見せれば、話が早いと思っていた。
けれど、その数字を何に使うかは、相手にも考えがある。
*
待ち合わせは、北西開拓会が持つ砦だった。
こちらから向かうには距離があったが、相手の城まで行くよりは近い。
招かれた門をくぐると、広場の脇で兵が整列していた。
武器を運ぶ者もいる。
砦を取った後、俺たちも部隊の出入りを確認していたが、こうして別の同盟の拠点へ入るのは初めてだった。
葛城は建物の前で待っていた。
「遠いところ、ありがとうございます」
思っていたより穏やかな声だった。
挨拶をすると、部屋へ案内される。
向こうからは、もう一人同席していた。
境界付近の城を持つ君主だという。
律は二人へ頭を下げ、俺の隣に座った。
カイは少し離れた椅子へ腰を下ろす。
机に地図が広げられた。
「西端も、随分大きくなりましたね」
葛城が言った。
「砦の後に、加入してくれる人が増えました」
「七人であれだけ動けた同盟なら、入りたい人はいるでしょう」
俺はどう返せばいいか迷った。
律が隣で、地図の端を押さえた。
「ありがとうございます。人数が増えた分、近くの土地を使いたい人も増えました。今日は、その話をできればと思っています」
葛城が頷いた。
挨拶から、自然に地図の話へ移った。
*
最初に話したのは、互いに攻撃しないことだった。
城も領地も対象にする。
もし行き違いが起きたら、すぐに全体の争いへ広げず、連絡を取り合う。
この部分は、ほとんど迷わなかった。
次に、地図の線へ話が移る。
葛城は、西側にはまだ十分な土地があると説明した。
未攻略の砦も残っている。
東側は北西開拓会が以前から進んでいた場所なので、この辺りで分けられないかという。
俺は南の道を指そうとした。
その前に、律が尋ねた。
「この線は、今後もずっと同じでしょうか」
「大きく変える予定はありませんが、状況によって相談はできます」
「相談で変わるなら、最初は近い場所だけ決めませんか。北の端まで一度に分けるには、まだお互い、分かっていないことが多いと思います」
葛城は地図へ目を落とした。
俺なら、南の道が欲しいと、そのまま言っていた。
律は先に、線全体を決める必要があるか聞いていた。
「広く決めておいた方が、行き違いは減ります」
同席していた君主が言った。
「それは、そうですね」
律は頷いた。
「ただ、今の線だと、私たちが次の砦へ行く道が東側へ入ります。いずれ相談し直す場所が分かっているので、そこは今、確かめたいです」
ようやく、南の道を指した。
葛城はそこを見た。
驚いた顔はしなかった。
*
「その砦も、取得を考えていますか」
葛城が聞いた。
俺は頷いた。
「すぐではないですけど、候補にはしています」
「こちらもです」
短い答えだった。
部屋が少し静かになる。
葛城は続けた。
「その道があれば、うちの南側の城も動きやすくなる。なので、案に入れています」
初めて、線を引いた理由がはっきりした。
こちらだけが気づいた話ではなかった。
向こうも、欲しいものがあって提案している。
「では、道と砦の両方を、この友好の話で決めたいということですか」
律が聞いた。
「できれば」
「こちらには、何を残す形になりますか」
俺は思わず律を見た。
言い方は穏やかだった。
けれど、質問は真っすぐだった。
葛城は北側を指した。
「こちらの地域への拡張は控えるつもりです」
律は地図を少し引いた。
広い土地が見える。
砦もある。
ただ、どれも今の北西開拓会の領地からは離れていた。
「そこは、現在も取得の予定がありますか」
葛城はすぐには答えなかった。
横の君主が、手元の紙を確かめる。
「優先はしていません」
「分かりました」
律はそれ以上、追わなかった。
俺は地図を見た。
向こうが今すぐ欲しい場所と、当分行く予定のない場所。
同じように色を塗れば、同じ広さに見えた。
*
葛城が茶を飲んだ。
律も自分の椀を手に取る。
俺だけが、何か言わなければいけない気になっていた。
友好を結びたい。
ここで揉めたくはない。
少しくらい譲ってもいいのではないか。
そう考えてから、誰の土地を譲るつもりなのか分からなくなった。
南側には岳がいる。
最近加わった君主たちもいる。
俺が今、気まずさをなくすために頷けば、その人たちの予定が変わる。
律は黙ったままだった。
先に口を開いたのは葛城だった。
「こちらとしては、西側で争わずに済むことにも意味があります」
俺は顔を上げた。
「東側が近づいているからですか」
葛城は地図の東へ目を向けた。
「いくつか、話をしています。まだ争うと決まったわけではありません」
否定はしなかった。
律が椀を置いた。
「なら、まずお互いを攻撃しない関係だけでも、進める価値はありますね」
「それは、あります」
「南側の開拓先を全部譲ることと、一緒に決めなくてもよさそうです」
葛城は少しだけ笑った。
「そこは、分けますか」
「分けて考えたいです」
*
話し合いは、そこで終わらなかった。
北西開拓会にとって、南の道も意味がある。
こちらにとっても、砦へ近づく道だった。
互いに攻撃しないだけでは、どちらが先に土地を取るかという問題が残る。
律が、別の平地を指した。
「こちらの列は、私たちの現在の進路から外れています。北西開拓会が南へ伸びるなら、ここを使えませんか」
葛城が拡大する。
迂回にはなる。
ただ、途中の守備は比較的軽かった。
「土地が二つ、余分に必要になります」
横の君主が言った。
「こちらも、この列へは伸ばさない形にできます。代わりに、今話している道は西端が使う。その先の砦は、別に相談する」
律はそう言って、俺を見た。
俺は岳から届いていた予定を確かめた。
譲る候補の列は、岳の欲しい資源地とは重ならない。
ただ、俺だけでは決められない。
「近くの者へ確認してもいいですか」
葛城は頷いた。
書簡を送り、返事を待つ。
その間に、向こうも自分たちの予定を確かめていた。
律は俺の耳元へ、小さく言った。
「砦の帰属までは、今日決めなくて大丈夫です」
俺は頷いた。
ここで全部まとめなければ、話が失敗するわけではなかった。
*
岳からは、示した列なら今の予定に影響しないと返ってきた。
玄も、北側まで線を固定するよりよいという。
俺は二人の返事を確認し、葛城へ伝えた。
向こうからは、砦への接近を始めるときに、先に知らせてほしいという希望が出た。
こちらも同じことを頼んだ。
報告は、許可を求めるためではない。
双方の部隊が同じ場所へ向かいかけたとき、話せるようにするためだった。
葛城が、その一文を直した。
「これなら、こちらでも持ち帰って話せます」
同席の君主も頷いた。
俺は地図を見た。
最初の長い一本線はなくなっていた。
代わりに、今使う道と、互いに伸びない列だけが記されている。
未攻略の砦には、どちらの色も付いていなかった。
決まらなかった場所もある。
それでも、来たときより、どこまで進めてよいか分かるようになっていた。
*
帰る前に、友好関係を公にしてよいかと聞かれた。
双方の同盟で確認が済んでから、同じ内容を載せる。
俺はそれでよいと答えた。
別れ際、葛城が律へ言った。
「土地の話、よく見ていますね」
「近くに城があるので」
律はそれだけ答えた。
葛城は俺へ向き直る。
「また、直接話せてよかったです。うちも、西端と争いたいわけではありません」
「こちらもです」
それは、素直に答えられた。
欲しい土地が同じでも、そのことまで嘘になるわけではなかった。
門の外へ出ると、カイが長く息を吐いた。
「座ってる方が疲れた」
「ごめん」
「話、決まった?」
「決まったところと、これからのところがある」
カイは少し考えて、頷いた。
「じゃあ、帰れるな」
その言い方に、俺も律も笑った。
*
帰り道、俺は律へ聞いた。
「途中で、何も言わなかったのは?」
「いつですか」
「向こうが茶を飲んでたとき」
「ああ」
律は足元の石を避けた。
「こちらの希望は伝えたので、次に何を言うか聞きたかったんです」
「俺、何か譲った方がいいのかと思いました」
「向こうも考えていたと思います。少し待っても、話は終わらないので」
俺は砦を振り返った。
もう、建物の形は小さくなっていた。
「葛城さん、悪い人じゃないですよね」
「そう思います」
律はすぐ答えた。
「でも、自分の同盟の人にも説明しないといけないんでしょう。友好を結んで、道も使いやすくなったと言えれば、その方がいい」
「俺たちも同じか」
「はい」
その返事で、少し気が楽になった。
相手の言葉を全部疑う必要はない。
ただ、相手が何を持って帰りたいのかは、見ておく必要があるらしい。
*
城へ戻ると、玄と葉が返事を待っていた。
同盟の連絡欄へ、話した内容と変更した地図を送る。
南側にいる人へ、取得予定と重ならないかもう一度確かめてもらった。
大きな異論はなかった。
こちらから北西開拓会へ返事を送り、翌朝、向こうからも了承が届いた。
西端と北西開拓会。
互いの城と領地を攻撃せず、近接する取得予定を相談する。
援軍や共同攻略は、その都度話す。
双方の紹介文に、友好同盟として名前が載った。
俺は二つの画面を並べた。
同じ同盟になったわけではない。
地図の色も違うままだった。
それでも、境界の向こうへ書簡を送る相手が、はっきりした。
律へ、外交の窓口を頼めないかと聞いた。
「条件を決めるときは、また相談させてください」
「もちろん」
「なら、私が先に話を聞きます」
俺は礼を言った。
その日の午後、葛城から友好成立後の最初の書簡が届いた。
挨拶に続いて、東側の同盟について、確認できた情報を交換したいとあった。
律が文面を読み、地図を開く。
俺も隣へ椅子を寄せた。
昨日までは、自分たちの進路を守る話だった。
今日は、その先にいる相手の名前を確かめるところから始まった。




