七人目
第二十話 七つ目の城
城の強化が終わった朝、窓から見える屋根が増えていた。
最初は、見る角度が変わったのかと思った。
寝台から立ち上がり、窓際へ寄る。
倉庫の向こうに、低い建物が並んでいる。工事のために囲われていた場所だった。昨日まで積まれていた資材が片づき、建物の間を荷車が通っていた。
広間へ向かう途中で、完成の表示を開いた。
城のレベルが一つ上がっている。
耐久値の上限も増えていた。
数字を確かめてから外を見ると、門の脇の壁も前より厚く見えた。
「見た?」
カイが廊下の先から歩いてきた。
「屋根が増えてる」
「そっちじゃなくて、門。上に歩けるところができてる」
「行ったのか?」
「下から見た」
俺たちは朝食の前に、少しだけ外へ出た。
道の端には、以前なかった石が敷かれていた。荷車の車輪が通るところだけ、もう土で汚れている。
槌を打つ音が聞こえた。
別の建物では、大きな桶が運び込まれている。
人が何人増えたのかは分からない。ただ、立ち止まっていると誰かの進路を塞いでしまうくらい、物が動いていた。
「城っぽくなったな」
カイが言った。
「最初から城だろ」
「前より」
門を見上げる。
確かに、前より城らしかった。
*
広間へ戻ると、書簡が届いていた。
差出人は律。
少し前に、岳の近くから問い合わせをしてきた君主だった。
こちらの方針と、今進めている方向を伝えた後、返事が途切れていた。
『返事が遅くなりました。加入について、一度直接お話ししたいです』
続いて、短く書かれていた。
『砦の隣まで土地が伸びていますが、攻略する予定でしょうか』
俺は椅子へ座った。
地図を見れば、分かることだった。
それでも、こちらが砦を意識していると、向こうも気づいているらしい。
律の城の位置を開く。
岳の領地より、少し東にある。
砦へ向かう道から大きく外れてはいなかった。
『準備を相談しています。まだ攻撃する日は決めていません』
返事を書き、会える時刻を尋ねた。
律は今日の午後なら来られるという。
岳にも確認すると、何度か土地について話した相手だと返ってきた。
『こっちが返事を忘れていたときも、出兵せずに待ってくれました。説明が足りないところは、結構聞かれます』
最後の一文を読み、俺は自分が送った同盟の説明を開き直した。
聞かれそうなところはいくつもあった。
*
午後、律は武将を一人連れて来た。
長い髪を後ろで結んだ女だった。
門をくぐると、一度足を止めて壁を見上げた。
「強化したばかりですか」
「今朝、終わりました」
「道に資材の跡があったので」
律は道の脇へ視線を落とした。
そこには、木材を積んでいた跡が残っていた。
「律です。今日はお願いします」
俺も挨拶をして、広間へ案内した。
カイを紹介すると、律は短く頭を下げた。
岳は少し後から来ることになっていた。玄と葉には話をしてある。
律が座る。
俺は茶を出してもらい、机の上へ地図を広げた。
「加入の説明で、分かりにくかったところはありますか」
「一つだけ」
律はすぐに答えた。
「砦を取った後も、今の決まりで進めるつもりですか」
俺は顔を上げた。
まだ取れてもいない。
そこから聞かれるとは思わなかった。
「今のところは。その都度、参加できるか聞く形です」
「取ったら全員、次の砦へ出ることになるのかと思って」
「それは、まだ何も決めてません」
律は頷いた。
「なら、分かりました」
返事はあっさりしていた。
俺が何を考えているか試したというより、本当にそこを知りたかったらしい。
*
「どうして、西端へ?」
俺が聞くと、律は少し考えた。
「近いからです。それと、岳さんから進路の確認が来たので」
また、その話だった。
「土地を取る前に、ですか」
「はい。私が使いたい方を聞いて、別の方へ進んでくれました」
律は地図の二か所を指した。
岳が取った土地と、律が今も使っている進路だった。
「同盟の名前が付いたので、こっちまで来るかなと思っていたんですけど」
「来るって、攻める?」
「そこまでは。ただ、土地を囲まれると動きにくいので」
俺はその周辺を拡大した。
こちらにそのつもりがなくても、律から見れば、西端の土地が近づいてくる形だった。
「砦の隣まで取ったのに、周りを全部取ろうとはしていない。それなら話せるかなと」
律は茶を一口飲んだ。
「募集の文章も読みました。できることを相談する、とあったので」
書いたときには、頼りなく見えないか気になった一文だった。
それを理由に来たと言われると、少し落ち着かなかった。
*
岳が到着してから、律の城の状態を聞いた。
武将は何人かいる。
兵も一部隊分は出せる。
ただ、全員を戦いに向いた武将で揃えられているわけではなかった。
「槍の部隊なら出せます。強いかと言われると、普通です」
律は能力の情報を見せた。
目立つ等級の武将はいなかった。
俺は自分のところと見比べながら、準備に掛かる時間を聞く。
「すぐに何か出す必要はありません。まず、今の予定を」
「出せますよ。補充は終わってます」
「そうなんですか」
「ただ、遠くへ続けて出すなら、食料は見直します」
はっきりしていた。
できることと、まだ決められないことを、分けて答えてくれる。
岳が砦の位置を開いた。
「ここまでなら?」
律は行軍時間を確認した。
「このくらいなら。ただ、最初に入る役は、もう決まっていますか」
「候補はあります。まだ揃ってません」
俺が答えると、律は別の項目を開いた。
「なら、足りない方へ回れるか見てもらえますか」
*
会議の記録を見せると、律は最初から順に読んだ。
守備と戦う部隊。
耐久を削る部隊。
到着する時刻。
補充に残す資源。
朔から聞いた内政の工夫まで、紙の端に書き込まれていた。
「これ、どなたが?」
「葉さんがまとめて、数字のところはみんなで。内政は朔さんです」
律はその部分をもう一度見た。
「工事を始めてから報酬を受け取るんですね」
「倉庫からあふれそうなときは。俺もこの前、教えてもらいました」
「私は受け取ってから考えてました」
紙を少し寄せ、数字を確かめている。
俺は、律なら最初から知っているのかと思っていた。
その様子が意外だった。
「写してもいいですか」
「もちろん」
律は持ってきた紙へ、必要なところを書き留めた。
その横に、別の記録が見えた。
武将の名前と等級。
いくつもの数字。
同じ名前が、日付を変えて並んでいる。
「それは?」
俺が聞くと、律は手を止めた。
「取引の方です。武将の出品を見ています」
オークションの項目だった。
何度か開いたことはある。
ただ、どれが高いのか分からず、自分にはまだ使えないと思って閉じていた。
「買ってるんですか」
「まだ見ている方が多いです。高いときに決めたくないので」
律は紙の一か所を指した。
「同じ武将でも、値段が違うことがあります。出ている数も変わるし、見ている間に売れるものもあるので」
「こっちは安い?」
「そう思って書いたんですけど、その後もっと安く出ました」
律が少し口元を緩めた。
岳が笑った。
「難しいな」
「だから、まだ全部は分かりません」
俺は並んだ数字を見た。
朔は施設の数字を見ていた。
律は、別の場所の数字を見ている。
同じ画面を使っていても、気にするところは違うらしかった。
*
律は記録を畳み、砦の紙へ戻った。
「これ、参加できる日は揃えたんですね」
「はい。次は時刻を決めるつもりです」
「当日、返事が来なかった場合は?」
俺は口を開きかけて、止まった。
全員から出られると聞いて、決めた日に出発する。
そこまでは考えていた。
「出発前に、もう一度確認します」
「そのときに来なかったら、どのくらい待ちますか」
岳が俺を見る。
俺も岳を見た。
誰かが遅れることは、もう経験している。
そのときは、後ろの予定を一日延ばした。
砦へ向けて別々の城から出た後に、同じことができるのだろうか。
カイが地図を覗いた。
「先に出たやつ、歩いてるぞ」
「そうなんだよな」
俺は紙を引き寄せた。
律が続ける。
「全員に確認する時刻を、最初の出発より前に置けばいいと思います。足りなかったら、その時点で決める」
「延期するか?」
「はい。出てから聞くより、まだ変えやすいので」
特別な作戦ではなかった。
言われれば、その通りだった。
けれど、紙には書いていなかった。
俺は到着時刻の上へ、確認する時刻の欄を足した。
*
夕方、玄と葉と朔と杏にも、連絡欄で意見を聞いた。
律と話している内容を伝え、当日の確認を入れたいと書く。
葉から、記録に足すと返ってきた。
玄も賛成した。
朔は、確認する頃に補充が終わっているよう調整すると書いた。
律はそのやり取りを、俺の横で見ていた。
「今のうちに聞くのは、どうですか」
「何を?」
「最初の部隊が勝てなかった場合です。後ろの部隊は、そのまま入るんでしょうか」
俺は砦の耐久を削る役の候補を見た。
杏の武将。
岳の別の武将。
守備との戦闘を得意とするわけではない。
前が勝っているつもりで入れば、残っている守備と戦うことになる。
胸の辺りが、少し冷たくなった。
「……そこは、止めたい」
声に出してから、連絡欄へ書いた。
『先に戦う部隊の結果を確認してから、耐久を削る役が入る形にしたいです。負けていた場合の中止も決めておきたい』
葉から返事が来た。
『賛成です。誰が結果を確認して伝えるかも、決めましょう』
俺は律を見た。
「こういうの、慣れてるんですか」
「待ち合わせで置いていかれたことならあります」
予想していた答えと違って、少し笑った。
律は真面目な顔のまま続けた。
「相手は、私が分かっていると思ってたみたいです。こっちは、連絡が来ると思って待ってました」
俺は紙に線を引いた。
戦闘の腕とは別に、決めておくことがある。
六人分の兵を足したときには、見えていなかった部分だった。
*
「入ってもらえませんか」
話が一段落したところで、俺から言った。
律が顔を上げた。
「こちらから頼みに来たんですけど」
「そうでした」
岳が笑った。
俺は少し言い直した。
「一緒に相談してもらえると助かります。砦も、その先も」
律は机の紙を見た。
「何でも分かるわけではないですよ」
「それは、みんな同じです」
「それなら」
律が加入申請を開く。
通知が届いた。
内容を確認し、受け付ける。
所属人数が七になった。
連絡欄に、律の名前が加わる。
『律です。東側に城があります。よろしくお願いします』
少しずつ、返事が並んだ。
朔は次に確認したい生産の数字を聞き、杏は城の位置を開いたと書いた。
玄からは、砦への行軍時間を後で送ってほしいと来た。
歓迎の挨拶のすぐ後に、もう仕事の話になっていた。
律は画面を見て、俺に聞いた。
「ここへ書けばいいんですね」
「はい。みんなに見えます」
律は自分の部隊を開き、時刻を確かめ始めた。
*
岳と律が帰った後、広間には俺とカイだけが残った。
外では、夕方の荷車が倉庫へ戻っている。
朝より見慣れてきた新しい屋根の向こうから、煙が上がっていた。
俺は地図を広げた。
自分の城。
玄。
葉。
朔。
杏。
岳。
そして、律。
七つの城を一つの画面へ収めると、それぞれの間に、まだ空いている土地が見えた。
全部を埋める必要はない。
今、向かう場所は一つだった。
砦へ表示を寄せる。
「七人で行くんだな」
カイが言った。
「部隊を出す人も、城に残って確認する人もいるけどな」
「でも、七人で決めるんだろ」
「うん」
俺は会議の記録へ、律の名前を書き足した。
それから、新しい紙を出す。
人数が増えたので、今までの余白には収まらなかった。
七人分の欄を作り、出せる部隊と役割を書き写す。
まだ空いている欄はある。
そこを埋めてから、日を決める。
紙の下には、十人達成の報酬を書いたメモが残っていた。
あと三人。
今日は、その数字を見ただけで脇へ置いた。
先に、この七人で砦を取れるところまで準備を進めたかった。
連絡欄へ、書き込みが届いた。
律からだった。
『明日の昼までに、出せる部隊と行軍時間をまとめます』
俺も、自分の確認が終わる時刻を書いた。
少しして、ほかの五人の予定も並び始めた。
カイが机の上へ身を乗り出す。
「俺の名前、そこ?」
「そう。まずは守備と戦う方で考えてる」
「分かった。明日、陸と合わせる」
俺は頷いて、七人分の紙を地図の隣へ置いた。




