一歩手前
第十九話 砦の手前まで
城の強化を始めた翌朝、玄から土地の位置が送られてきた。
『ここを取れば、砦に隣接できます』
まだ朝食の途中だった。
匙を置き、地図を開く。
少し前まで、砦へ向かう道は長かった。誰の領地にもなっていない区画が間にあり、自分の城からどう進めばいいか、拡大と縮小を繰り返して確かめた覚えがある。
今は、同盟の土地が途中まで続いていた。
葉が取った平地。
その先へ俺と玄がつないだ場所。
岳が加わってから、南側にも道ができた。
玄の示した土地は、その道の先にあった。
砦の、すぐ隣だった。
「近くなったな」
カイが椀を持ったまま覗いた。
「あと一つだって」
「取る?」
俺は守備情報を開いた。
隣接する土地そのものは、最近取得している場所と大きく変わらない。
ただ、その向こうには砦がある。
「隣を取っただけで、砦との戦いになることはないですよね」
周へ聞いた。
「砦への攻撃は、別にご指示いただく必要がございます」
それを聞いてから、玄へ返した。
『先に隣接しておきたいです。今日は誰が出せますか』
送って、少し考える。
昨日なら、そのまま自分の部隊を開いていたかもしれない。
今日は、ほかの返事を待った。
*
岳が出られると答えた。
近くの土地を取っていた部隊が戻り、休養も終わっているという。
俺の城から出すより、行軍時間も短かった。
場所と守備を確認してもらい、その土地を頼んだ。
それから、同盟の連絡欄へ書いた。
『隣接した後、砦を取るには何が必要か、一度みんなで相談したいです』
玄は夕方なら空いている。
葉と杏も同じだった。
朔からは、少し遅れて返事が来た。
『行けます。必要な兵を考えるなら、補充と生産の予定も持っていった方がいいですか』
俺はその一文を読んだ。
砦の守備を見て、何人なら勝てるか話すつもりだった。
勝った後、どのくらい戻せるのかまでは、まだ考えていなかった。
『お願いします。こちらも用意します』
場所は、葉の城にした。
砦へ向かう土地に近く、六人の城から極端に離れていない。
俺の城では強化の工事が始まっていて、広間の外でも資材を運ぶ音が続いていた。
葉から了承が来る。
『椅子、足りるか確認します』
俺はカイへ画面を見せた。
「六人になったら、やっぱり椅子が要るらしい」
「だから言っただろ」
カイは少し得意そうに答えた。
*
出かける前に、城の数字をまとめた。
兵数。
武将の状態。
食料の残り。
補充に必要な資源と時間。
城の強化へ使った分を引くと、思っていたより余裕が少なかった。
俺は建設の残り時間を見た。
完成すれば城の耐久値は上がる。
それ自体は必要なことだった。
ただ、同じ資源を兵にも使うことはできない。
何でも同時に進められるほど、まだ生産量は多くなかった。
「これ、持っていくのか?」
カイが紙の束を指した。
「うん。見れば分かるように」
「俺も?」
「来てほしい。外の道の話も聞かれるかもしれない」
陸は城に残す。
周に留守を頼み、葉の城へ向かった。
門を出るとき、壁際に積まれた新しい石材が見えた。
城が変わるのを、最後まで見ていたい気もした。
けれど、今日は城の外で決めることがあった。
*
葉の広間には、机が二つ並べられていた。
高さが少し違う。
真ん中の境目には板が渡してあり、その上に地図が置かれていた。
玄と杏は、もう来ていた。
朔は窓際で、自分の紙を広げている。
最後に岳が到着した。
「隣の土地、取れました」
挨拶の後、最初にそう言った。
地図を開く。
砦の脇に、岳の名前が付いている。
同盟の表示へ切り替えると、そこまで同じ色が続いた。
俺は砦を選んだ。
前に見たときと、守備の数字は同じだった。
違うのは、こちらから攻撃を指示できる状態になっていることだった。
「これで、誰の部隊でも向かえるんだな」
玄が言った。
岳が頷く。
「土地は俺のですけど、足場には使えます」
葉が紙の上に砦の位置を書いた。
「じゃあ、ここから先ですね」
俺はその隣へ、自分の兵数を書いた紙を置いた。
ほかの五人も、それぞれ用意してきたものを出す。
机が、すぐに狭くなった。
*
最初は、兵を足した。
俺の分。
玄の分。
葉、朔、杏、岳。
合計すると、一人で見ていたときより、ずっと大きな数字になる。
俺はその数と砦の守備を見比べた。
「これなら、いけそうじゃないですか」
言ってから、少しだけ気持ちが軽くなった。
六人になった意味が、数字になっていた。
けれど、岳が自分の紙を引き寄せた。
「うちは、それ全部は出せません」
「あ、そうか」
「城に残す分と、今日の補充がまだあるので」
杏も、自分が書いた数を指す。
「私も、これは持ってる兵です。出せるのは、こっち」
横に小さく書かれた数字があった。
足し直す。
さっきより減った。
さらに、武将の状態を確認した。
兵がいても、すぐに出られる指揮官がいないところもある。
「同じ日に出せる数で揃えた方がいいですね」
葉が言った。
紙を一枚取り、新しく欄を作る。
持っている数ではなく、出す予定の数。
その隣に、準備が終わる日。
俺は自分の数字を写し直した。
*
次は、到着する時刻だった。
地図の上では、全員が同じ砦を選べる。
でも、城からの距離は違う。
俺が行軍時間を開くと、岳のところよりかなり長かった。
「同じ時間に出たら、同じ時間には着かないな」
玄が言った。
「近い人が、先に始める?」
杏が尋ねる。
岳は少し考えた。
「一人分ずつ戦うなら、集まった意味が薄くならないですか」
俺は砦の情報を見直した。
六人分を足した数字だけで、勝てそうだと思っていた。
実際に戦うとき、六人分がそこにいるとは限らない。
「先頭だけで始めないように、到着を合わせたいです」
そう言うと、玄が頷いた。
「なら、着く時間を先に決めて、そこから戻して出発を決める」
葉が紙に書き足す。
カイが地図を覗き込んだ。
「この道、途中で狭くなるぞ」
全員が顔を向けた。
カイは俺と岳が取った土地の間を指した。
「前に通った。荷車が来たら、脇に寄らないとすれ違えないところがある」
「部隊が何個も通ると詰まる?」
岳が聞いた。
「そこまでは分からない。でも、広くはなかった」
俺はその場所に印を付けた。
地図の距離だけでは分からないことが、また一つ増えた。
*
砦の情報には、守備の部隊とは別に、耐久値があった。
城を強化するときに見たものと、同じ名前だった。
「兵に勝つだけじゃ終わらないんですね」
俺が言うと、玄は頷いた。
「ここを落とし切るまでが攻略みたいです」
六人で、それぞれ説明を開いて確認した。
守備兵との戦闘。
その後、砦の耐久を削る必要があること。
得意な仕事によって、向いている武将や部隊が違うこと。
今まで土地を取るときには、考えなかった項目だった。
杏が自分の武将を開いた。
「城とか建物に向いた技能の人、一人います。戦う方が低かったので、ずっと内政に置いてました」
技能の説明を見せてもらう。
葉が紙へ名前を書いた。
岳にも、似た補正を持つ武将がいた。
「最初に守備と戦う部隊と、その後に出す部隊を分けられるか、確認した方がいいですね」
俺は言った。
玄が頷く。
「全部を最初から突っ込ませるより、その方がよさそうです」
ただ、何人いれば足りるかは、まだ分からない。
俺たちは役割の候補だけ決め、足りない情報を別の紙へ書いた。
誰も、今日のうちに攻撃しようとは言わなかった。
*
兵の補充の話になったところで、朔が俺の紙を見た。
「この食料の数字、今のままですか」
「そうです。城の強化で使った分は引いてあります」
「じゃあ、この報酬は?」
朔が催しの画面を示す。
達成済みの内政課題が並んでいた。
俺は登用札のあるものばかり見ていた。
資源の報酬も受け取っていたが、足りないときに開くことが多く、残っているものまでまとめてはいなかった。
「ああ、それを入れれば、もう少しあります」
「今、受け取ると倉庫に収まります?」
倉庫を開く。
食料は入る。
木材は、そのまま全部受け取ると上限に近かった。
朔は紙の空いた場所を指した。
「報酬も、使う順番へ入れた方がいいです。次の工事で木を使ってから受け取れば、その後も生産を止めずに済むので」
俺は二つの画面を並べた。
倉庫の空き。
受け取れる量。
次に使う量。
今までは別々に見ていた数字だった。
「札だけ先にもらいたくなりますよね」
葉が言うと、朔は頷いた。
「それは分かります。だから、同じ報酬に入ってるなら、先に少し使えるか見てます」
*
朔は、ほかにもいくつか見せてくれた。
短い工事は、画面を確認できる時間に終わるように始める。
長い工事は、寝る前や城を離れる前へ回す。
武将の配置は、足りない資源の施設を並べて、実際にどれだけ増えるか比べる。
「増える割合が大きくても、元が小さいと、増加量は少ないことがあります」
朔が葉の記録を指した。
陶真を置いた畑と、ほかの施設の数字が並んでいる。
「葉さんは、もう見てますね」
「一番増えるところへ置こうとはしてます。でも、足りなくなる時刻までは、合わせてなかったです」
「俺も全部は合いません。ただ、次に何を建てるか決めておくと、置き直す場所は絞れます」
杏が、自分の紙へ書き足していた。
玄も建設の予定を開き直す。
俺は朔を見た。
「詳しいですね」
「こういうの、前にやってたので。数字を見るのは好きなんです」
「でも、木材が足りなくなってましたよね」
言った後で、少し悪かったかと思った。
朔は笑った。
「兵を増やしすぎました。分かってても、増やしたくなるんですよ」
玄が吹き出した。
「それは分かる」
俺も笑った。
朔が何でも間違えずに進めているわけではないと分かると、教えてもらったことを試しやすくなった。
*
攻略の予定へ戻ると、補充に必要な時間が、少し変わっていた。
受け取っていない資源を使える者。
工事の順番を変えれば、兵の準備を先に済ませられる者。
配置を見直して、翌日までの生産を増やせる者。
誰も、急に大勢の兵を持てるようになったわけではない。
けれど、準備の終わる日を揃えやすくなった。
「これ、みんなやってるんですかね」
岳が言った。
朔は首を傾げた。
「どうでしょう。普通にやってる人もいると思いますけど」
「俺は知らなかった」
玄が答えた。
杏も手を少し上げる。
「私も、長い工事を朝に始めてました。夜に終わって、そのまま朝まで空いてた」
俺も似たようなものだった。
完成する時刻は見ていても、その次に何を始めるかまでは揃えていなかった。
朔は机の上の紙を見た。
「ワンチャン、知らない人も結構いるかもしれませんね」
「じゃあ、とりあえず六人は覚えたってことで」
玄が言った。
葉が笑い、会議の記録の端へ短く書き留めた。
それ以上、その話は続かなかった。
俺たちはまた、砦へ出せる部隊と到着時刻を見比べた。
*
その日に決まったのは、攻撃の日付ではなかった。
まず、各自が準備できる部隊を確定する。
守備と戦う役と、耐久を削る役を分けて考える。
到着する時刻を揃えられるか、行軍時間を確かめる。
戦闘後に補充できる分も、残しておく。
足りない情報が揃ってから、日を決める。
葉がまとめた紙を、全員で読み直した。
「今日は、隣まで来られたところですね」
葉が言った。
俺は地図を見た。
岳の土地が、砦に接している。
昨日までの遠い印とは違った。
手を伸ばせば届く場所になったからこそ、足りないものがよく見えた。
「次に集まるまでに、うちも準備を出します」
俺が言うと、ほかの五人も頷いた。
*
帰り道、カイが少し先を歩いていた。
「砦、行けそう?」
「まだ分からない。でも、何を確かめるかは分かった」
「俺は、どっち?」
「守備と戦う方を考えてる。陸と、どっちを出すかも含めて」
「分かった」
カイは歩きながら、肩の位置を直した。
「道は、もう一回見たいな」
「出る前に確認しよう」
城門が見えてきた。
工事はまだ続いていた。
朝より高い位置に足場が組まれ、壁の一部が覆われている。
俺は広間へ戻ると、砦の紙を机へ置いた。
その隣に、朔から教わったことを書いた紙を並べる。
今夜は、寝る前に始められる工事を先に選んだ。
達成済みの報酬も、受け取る前に倉庫の空きを確かめた。
少し順番を変えただけだった。
その夜、同盟の連絡欄には、同じような報告が並んだ。
『配置を変えました』
『報酬が残っていたので、補充を早められます』
『長い工事を始めてから寝ます』
俺も、自分の予定を書いた。
それから地図を開き、砦の隣に付いた岳の名前を、もう一度確かめた。




