あっさりからの忙殺
第二十一話 もう終わったのか
決めた朝が来ると、準備の確認はあっけなく終わった。
玄から、出せるという返事。
葉、朔、杏、岳、律からも、順に連絡が入る。
俺は七人分の紙へ印を付けた。
全員揃った。
誰かが遅れた場合の欄も、そのときの連絡先も、使わずに済んだ。
「行ける?」
入口でカイが聞いた。
装備はもう着けていた。
俺は最後に部隊の状態を開く。
兵数も、食料も、昨日確認した通りだった。
「うん。予定通りで」
「分かった」
カイはそれだけ答え、兵舎へ向かった。
机の上には、何枚もの紙があった。
行軍時間。
役割。
戦闘が長引いた場合。
帰還と補充。
書いている間は、全部必要に思えた。
出発を決定すると、部隊の表示はいつもと同じように行軍中へ変わった。
*
俺は城に残った。
玄も葉も、それぞれの城から部隊を動かしている。
全員が砦のそばへ集まる案も一度は出たが、君主が歩いて行く時間と、城で確認する仕事が増えるのでやめた。
砦へ向かうのは武将と兵。
俺たちは、各地から同じ連絡欄を見ていた。
地図の上を、いくつもの印が進んでいく。
俺の部隊だけではない。
玄の部隊が、少し東の道から来る。
葉の部隊は、南側から向かっている。
岳が取った隣接地へ、少しずつ近づいていた。
律から書き込みがある。
『予定の範囲です。まだ大きな遅れはありません』
俺も確認した。
確かに、紙に書いた時刻からは外れていない。
返事をしようとして、やめた。
同じことを七人で書くと、必要な連絡が流れてしまう。
それも、昨日決めたことだった。
俺は茶を一口飲んだ。
まだ、誰も戦っていなかった。
*
最初の部隊が砦へ着く頃には、俺は椅子から立っていた。
座っていても、できることは同じだった。
それでも、立っている方が何かに間に合う気がした。
カイの部隊が接近する。
玄と葉の部隊も、予定した間隔に入っている。
岳から、後ろの部隊も到着を合わせられるという連絡があった。
砦の情報を開く。
守備兵の数字は、以前と変わらない。
何度も見た数だった。
部隊が届く。
表示が切り替わった。
【戦闘中】
俺は連絡欄を見た。
まだ何もない。
砦を見る。
守備の状態が動き始めた。
机の紙を引き寄せる。
長引いた場合、どこで中止するか。
そこへ目を落としかけたとき、報告が届いた。
【勝利】
「……え?」
声が出た。
俺は続きを開いた。
最初の守備との戦闘が終わっている。
後続の部隊も入っていた。
次の報告が来る。
こちらも勝利だった。
損失の数字を確かめているうちに、玄から連絡が入った。
『こっちも終わりました』
その直後、葉からも届く。
『守備、残っていません』
俺は砦の情報を開き直した。
まだ耐久は残っている。
でも、守備の欄は、さっきまで見ていた数字ではなくなっていた。
*
『耐久を削る部隊、お願いします』
書いて送る。
杏から、進めると返事が来た。
岳の別部隊も続く。
律が、先に戦った部隊の状態を確認していた。
俺はカイの報告を開いた。
兵は減っている。
無傷ではなかった。
ただ、見込んでいた補充の範囲より、ずっと少ない。
何かを読み間違えたのかと思い、最初からもう一度読んだ。
勝利。
残っている兵。
武将の状態。
間違っていなかった。
砦の耐久が下がり始めた。
一定の間隔で、数字が減る。
俺はその下がり方を見ながら、予定していた時間と比べた。
まだ余裕がある。
というより、予定していた時間の大半が残っていた。
『これ、このまま終わりますよね』
杏から書き込みが来た。
俺は返事を打ちかけた。
その間にも耐久が減る。
岳の報告が入り、最後の数字が消えた。
【砦攻略成功】
表示が広がった。
砦の所有者に、西端の名前が入る。
俺は手を止めたまま、それを見た。
机の上では、まだ中止条件の紙が開いていた。
*
しばらく、誰も何も書かなかった。
俺はもう一度、砦を選んだ。
西端。
間違いなく、自分たちの同盟名だった。
『終わりました?』
最初に書いたのは朔だった。
玄が返した。
『終わってる』
葉から、報告をまとめるという連絡。
律から、各部隊の帰還を確認したいという連絡。
それを見て、俺もカイへ帰還の指示を出した。
砦に勝った後も、帰り道はある。
いつもの行軍の表示に戻る。
そこでようやく、息を吐いた。
「周さん」
「はい」
「取れました」
「攻略を確認しております」
周は落ち着いた声で答えた。
俺は椅子へ座った。
背もたれに体を預け、天井を見る。
もっと何か起きると思っていた。
一度は押し返されるとか。
後ろの部隊を急がせるとか。
誰かの兵が足りなくなり、予定を変えるとか。
そういうことが、何も起きなかった。
茶は、まだ温かかった。
*
少しして、玄から書簡が来た。
『ちょっと話せますか』
同盟の連絡欄へ移ると、ほかのみんなも残っていた。
玄が書いた。
『俺たち、準備しすぎたんじゃないですか』
俺は画面を見たまま、少し笑った。
自分だけが思っていたわけではなかった。
『それは思いました』
返すと、杏も続いた。
『待っている方が長かったです』
『歩いている時間の方が、ずっと長いですね』
葉の書き込みに、岳が同意した。
砦を取った喜びより先に、拍子抜けした感想が並んでいた。
俺は紙の束を持ち上げた。
延期の場合。
補充が間に合わない場合。
途中で部隊が欠けた場合。
どれも使わなかった。
『ほかの同盟も、ここまで決めてるんでしょうか』
俺が聞くと、律から返事が来た。
『分かりません。人数と時刻くらいで出しているところもありそうです』
朔が続けた。
『この砦なら、そこまで細かく合わせなくても勝てたかもしれませんね』
誰も、準備したから勝てたのだと言い切らなかった。
俺も、そこまで自信はなかった。
七人で来るには、相手が小さかった可能性もある。
内政を進める間に、自分たちの兵が増えていたのも確かだった。
何日も前に初めて守備の数字を見たときと、こちらの状態は違っていた。
*
昼を過ぎる頃、帰還の報告が入り始めた。
城の近い者から、順に部隊が戻っている。
俺のところは、まだだった。
待つ間に、葉がまとめた結果を見た。
全員が部隊を戻せている。
兵の損失はあるが、予定していた補充用の資源を大きく使うほどではない。
内政へ戻せる武将もいた。
俺は朔へ聞いた。
『補充を先にして、残りは建設へ回していいでしょうか』
『いいと思います。全部兵にする必要はなさそうです』
返事を読み、建設の予定を開く。
戦いが終わって、することがいつもの画面へ戻っていた。
少し不思議だった。
砦を取るというのは、もっと長く生活が変わるものだと思っていた。
実際には、昼食の前に終わって、午後には次の施設を考えている。
窓の外では荷車が通っていた。
城の中は、朝と同じように動いている。
俺は砦を開いた。
地図の名前だけは、確かに変わっていた。
*
カイが帰ってきたのは、夕方になる少し前だった。
門へ迎えに行くと、こちらに気づいて片手を上げた。
「ただいま」
「おかえり。怪我は?」
「大丈夫」
兵を引き渡してから、カイは首の横へ手を当てた。
装備が擦れたらしかった。
俺は歩きながら聞いた。
「どうだった?」
「砦?」
「うん」
カイは少し考えた。
「思ったより、すぐ終わった」
俺は笑ってしまった。
「こっちでも、みんな同じこと言ってた」
「敵はいたぞ」
「それは分かってる」
「玄のところの部隊も来たし、葉のところも来た。俺が向きを変えようとしたら、もうそっちにも味方がいた」
広間へ入り、カイが椅子に座る。
水を渡すと、半分ほど一度に飲んだ。
「戦いにくくはなかった?」
「なかった。ほかがいると、全部見なくていいんだな」
俺はその言葉を書き留めた。
カイは紙の束を見た。
「それ、全部砦の?」
「そう」
「そんなにあったのか」
「ほとんど使わなかった」
カイが笑った。
俺も、紙を重ねながら笑った。
*
夕方、七人で簡単に結果を振り返った。
新しく会議を開いたわけではない。
連絡欄に、使ったものと困ったことを書いていった。
大きな困り事はなかった。
だから、次に同じくらいの砦へ行くなら、準備はもう少し短くできそうだった。
玄が書いた。
『毎回、全部の数字を写すのはやめたいです』
葉も同意した。
『変わったところだけでよさそうです』
律からは、当日の出発確認は残したいという意見が出た。
杏も、それはある方が安心だと答えた。
朔は補充の予定だけ、各自で先に見ておこうと書いた。
俺は、使わなかった紙を捨てずに下へ重ねた。
次に必要かは分からない。
ただ、全部を毎回開く必要はなさそうだった。
『このくらいの砦なら、人数と役割、出発の確認を中心にしましょう』
送ると、六人から返事が来た。
最初の攻略会議より、ずっと早く話が終わった。
*
食事の支度が整う頃、書簡が届いた。
知らない名前だった。
『砦の攻略を見ました。西端では、まだ加入を受け付けていますか』
俺は手を止めた。
地図に名前が付いたのだから、近くの城からも見える。
そう思い、返信欄を開く。
その途中で、もう一通来た。
『七人で落としたんですか』
続いて、別の城からも届いた。
『北西で活動する同盟を探しています。話を聞きたいです』
俺は三つの書簡を順に開いた。
まだ返事をしていない一つ目へ戻る。
位置を確認しようと地図を出すと、通知の数がまた増えた。
「どうした?」
カイが聞いた。
「入りたいって」
「誰が?」
「何人か」
数え直す。
何人か、では済まなくなっていた。
俺は同盟の連絡欄へ書いた。
『加入の問い合わせが、続けて来ています』
岳からすぐ返事が来る。
『こっちにも来てます』
律にも届いていた。
朔は、近くの城から攻略方法を聞かれたという。
俺は机の上の紙を少しずらし、空いた場所へ新しい紙を置いた。
名前と、城の位置。
何を希望しているか。
一人ずつ確かめる必要があった。
*
最初の書簡へ返事をした。
まだ受け付けていること。
すぐに加入を決めず、場所と予定を確認したいこと。
砦の攻略は終わったが、次の出兵は決まっていないこと。
送信すると、また別の通知が付いた。
俺は地図を開いた。
砦には、西端の名前がある。
その周りには、いくつもの城があった。
俺たちは、思ったより簡単に終わったと話していた。
その結果を見て、こちらへ連絡してくる人がいる。
律から、短い書き込みが届いた。
『問い合わせを受けた人で、城の位置だけでも先にまとめませんか。同じ人へ別々に返事をしそうです』
俺は頷いて、了解と返した。
夕食の椀が置かれる。
カイが向かいへ座った。
「飯、冷めるぞ」
「一人、返したら食べる」
そう答えてから、少し迷った。
書簡を閉じ、匙を取る。
砦を取ったのに、まだ何も祝っていなかった。
「今日は、ありがとう」
カイが顔を上げた。
「うん」
「取れてよかった」
「よかったな」
俺は温かい汁を飲んだ。
表示の隅には、未読の印が残っている。
帰ってくる部隊を待つ時間は、もう終わっていた。




