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番外 母が主人公

番外第二十二話 母の大号令


 再設計されたあの世界は、ずいぶん賑やかになっていた。


 安全に帰れる。

 負けても、命までは取られない。

 城を落とされて悔しければ、次の戦いで取り返せばいい。


 そうなれば、戦争を楽しむ者が増えるのも当然だった。


 畑を育てるのが好きな人。

 武将を集めたい人。

 城を飾りたい人。


 そういう遊び方も残っていたが、同盟の募集を見ると、最近は似た言葉がよく並ぶ。


『戦争好き歓迎』

『毎週どこかと戦っています』

『負けても笑える方』

『内政は戦争の準備です』


 最後のものを見たとき、朔は少し考えてから言った。


「間違ってはいない」


「お前が言うと、妙に重いな」


 玄が笑った。


 晴は楽しそうだった。


 誰かと戦い、負ければ作戦を考え直し、勝てば相手と話している。


 昨日攻めてきた同盟と、今日は一緒に大城を攻略していることさえあった。


 俺も、そのくらいなら嫌いではなかった。


 終わったあとに「またやろう」と言える戦争は、以前の俺たちには、なかなかできなかったものだったから。


 ただ。


 人数が増えれば、いろいろな者が来る。


 そして、この世界には、母がいた。


     *


 騒ぎの中心になったのは、七つの大同盟だった。


 一つ、およそ三百人。


 合わせれば二千人を超える。


 それぞれが別の同盟を名乗っていたが、戦争の際には足並みを揃える。


 強かった。


 人数だけではなく、武将も揃っていたし、戦い慣れた指揮役もいた。


 最初は、勢いのある戦争好きの集まりとして知られていた。


 変わったのは、彼らが周辺の小同盟を配下にしてからだった。


 降伏を受け入れたあとで条件を増やす。


 約束していた解除の日になっても、もう一戦だけ付き合えと言う。


 戦えないと断れば、全体掲示板へ城の位置を貼る。


 交渉に来た相手の書簡を、面白半分に公開する。


 勝ったことより、負けた相手を並べて見せることが好きな連中が、上に立っていた。


「困るんだよねえ」


 晴が、珍しく難しい顔をした。


「戦いたいなら、こっち来てくれればいいのに」


 実際、晴は申し込んでいた。


 返事は来なかった。


 その代わり、別の小同盟の城が落ちた。


     *


 母の同盟には、始めたばかりの人も多かった。


 母が強いという噂を聞いて来た人もいれば、城の飾り方を教えてもらって、そのまま居ついた人もいる。


 中でも母がよく話していたのが、小さな菓子屋のような城を作っている人だった。


 戦いは得意ではない。


 その代わり、訪ねるたびに庭の配置が変わる。


 広場に卓を並べ、季節の花を植え、通りから門までの色を揃える。


 母はそこで人を集めて、お茶会をしていた。


 襲撃されたのは、その人が母の同盟へ移る前、元の仲間たちと最後の催しを開いていた日だった。


 攻撃そのものは、この世界で起こり得ることだった。


 相手もそこは分かっていた。


 だからこそ、事前に一日だけ休戦を頼み、向こうも了承していた。


 その書簡まで、掲示板に貼られた。


『お茶会らしいぞ』

『戦争ゲームで何やってんだ』

『守ってほしかったら、すみれ様を呼べよ』


 母がその画面を見たとき、俺はたまたま実家にいた。


 夕食の前だった。


 父が飲み物を取りに立ち、母は卓の向こうで端末を操作していた。


「あら」


 それだけだった。


 声が荒くなることも、顔が赤くなることもなかった。


 むしろ、少し笑った。


 俺は箸を置いた。


 父も、戻ってくる途中で足を止めた。


「何かあったのか」


「ええ。呼ばれたみたい」


 母は画面を閉じた。


「今日は、少しだけ遊んでもいい?」


 父が俺を見た。


 俺は首を横に振った。


 俺に聞かれても困る。


「……食事は、先にしよう」


「もちろん。冷めてしまうもの」


 母はいつもどおり夕食を食べた。


 俺の仕事の話を聞き、律は元気かと尋ね、父の皿から一口だけ料理をもらった。


 その間にも、端末の通知だけが増えていった。


     *


 その夜、母から同盟全体へ書簡が届いた。


 短かった。


『今夜から、七同盟を相手にします。


 参加は自由です。戦う方は兵を、支えてくださる方はできる範囲の準備をお願いします。


 指揮はこちらで取ります。


 約束を守って遊んでいる方が、泣いて帰る必要はありません。迎えに行きましょう。


 すみれ』


 続いて、宣戦布告。


 七通。


 相手の同盟名を見て、俺は読み直した。


 どれも三百人規模の同盟だった。


「母さん」


 通話を繋ぐと、すぐに返事が来た。


『どうしたの?』


「七つ、同時?」


『ええ』


「順番にやる気は」


『順番にしたら、待っている間にまた誰かのところへ行くでしょう』


 隣で画面を覗いていた律が、口元を押さえた。


 笑っている。


「笑い事じゃないぞ。二千人以上いる」


「そうね」


 律は自分の端末を開いた。


「だから、こっちも声を掛けましょう」


     *


 最初に返事をしたのは、晴だった。


『行く! どこ?』


 そのあと、玄。


『正面に出る。兵数を送る』


 朔。


『補給の見込みを出した。長引いても維持できる』


 葉。


『参加者の準備状況をまとめます』


 杏。


『到着時刻はこちらで揃える』


 岳。


『帰還後の守備を受け持つ』


 そこから先は、俺にも追いきれなかった。


 休戦の約束を破られた同盟。

 配下の解除を引き延ばされていた同盟。

 いつか戦おうと思っていたが、七つまとめて相手にするには手が足りなかった同盟。


 そして、単純に大きな戦争が好きな連中。


『面白そうだから混ぜて』

『うち、北側から行けます』

『すみれさん、今夜は本気?』

『あの人の本気、見る側に回りたい』

『俺たち、前に焼かれた側なんだけど参加していい?』


 母は最後の書簡にも返事をした。


『もちろん。前は楽しい戦争をありがとう。今夜は味方でお願いします』


 戦った相手まで集まってきた。


 俺はしばらく画面を見ていた。


 母は、この世界で随分楽しんでいたらしい。


 俺が知っているより、ずっと。


     *


 七同盟の反応は、最初は強気だった。


『課金だけで勝てると思ってるのか』

『一人で来るなら相手するぞ』

『息子とその仲間まで呼ぶのかよ』


 母は、それには返事をしなかった。


 代わりに、全員へ配置図を送った。


 俺は見た瞬間、椅子に座り直した。


 集まった部隊の能力と到着時刻が、きれいに組み合わされている。


 速い部隊が先に道を押さえる。

 重い部隊は、そこを抜ける。

 帰還に時間が掛かる者には、次の攻撃まで無理をさせない。


 相手が援軍を集めそうな城には、すでに印がついていた。


 そして、その間を縫うように、母の部隊が何本も走っている。


 蒼波と、同じ系統の能力を持った武将たち。


 即時帰還と再出撃。


 高い段階まで重ねられた内政武将が、後ろで資源を供給していた。


「……これ、一人分の動きか?」


 俺が呟くと、律が頷いた。


「あなたのお母様、一人分ね」


 以前なら、同盟全体で分担していた動きだった。


 母はそれを、自分の手元だけで成立させている。


 そのうえ、今夜は周りにも人がいた。


     *


 最初の一撃が届いた。


 敵の前線城に、援軍が集まる。


 そこへ母の部隊がぶつかった。


 戦闘報告が開く。


 守備側の兵数が、大きく削れた。


 全体連絡に、短い歓声が流れる。


 母はもう、その報告を見ていなかった。


『二番目、予定どおりお願いします』


 即時帰還。


 編成を替え、別の城へ。


 そこに晴の部隊が重なった。


「間に合った!」


 晴の声が弾んだ。


 敵が慌てて援軍を振り分ける。


 手薄になった場所を、玄たちが抜いた。


 七同盟は、互いに助けようとした。


 だが、七つ全部が攻められている。


 どこへ送るかを話し合っている間にも、母の部隊だけは次の城へ着いていた。


『南、抜けました』

『北の援軍、止めた』

『予定より早い。次、待つ?』


 母が答える。


『予定の時刻まで待って。皆で入りましょう』


 勝っているときほど、走りすぎない。


 俺が何度も失敗して覚えたことを、母は楽しそうにやっていた。


     *


 七同盟の掲示板から、煽りが消えた。


 代わりに、俺へ書簡が来た。


『お母様を止めてもらえませんか』


 俺はそれを見て、深く息を吐いた。


「何て返す?」


 律が聞く。


「正直に返す」


 俺は筆を取った。


『俺にも止められません。交渉は本人へお願いします』


 送ったあとで、母へも連絡した。


「降伏の相談が来てる」


『条件は、もう送ったわ』


 母の要求は三つだった。


 拘束していた配下同盟の解放。

 約束を破って取り上げたものの返還。

 休戦を破り、書簡を晒したことへの説明。


 戦争をするな、とは書いていなかった。


『戦いたいなら、次は約束を守れる相手として来てください』


 最後に、それだけあった。


 だが、七同盟の上層部が返事を揃える前に、もう一つ城が落ちた。


 続けて、別の本拠地。


 残った城へ守備を集めたところへ、母が最後の号令を掛けた。


『皆さん、お願いします』


 到着の表示が、同じ時刻へ並んだ。


 俺の部隊も、その中にいた。


 戦闘報告が一斉に届いた。


 画面の向こうで、晴が叫んだ。


 玄が笑った。


 杏の読み上げる城の名前が、次々と攻略済みに変わっていく。


 七つの三百人規模同盟。


 その前線も、守備の拠点も、盟主の城も。


 最後には、全部まとめて落ちた。


     *


 終わったあとの全体チャットは、戦争中より騒がしかった。


『すみれえええええ!』

『七個まとめて!?』

『お茶会に手を出した結果がこれ』

『参加したけど何が起きたかまだ分からん』

『解放された! ありがとう!』

『母上、次の戦争も呼んでください』

『お母さんって呼んでいいですか』


 俺は最後の一文を見て、少し嫌な予感がした。


 母が返す。


『息子は一人で手いっぱいです』


 晴が笑いすぎて、しばらく話せなくなった。


 俺は何も言えなかった。


 解放された小同盟の人たちが、母の城へ集まり始めた。


 戦争好きの連中も来た。

 途中から補給を手伝った人も来た。

 最初は観戦だけのつもりだった人まで、城門の外に並んだ。


 そこへ、あの菓子屋のような城を作っていた人から、書簡が届いた。


『庭を直しました。また来ていただけますか』


 母はすぐに返事をした。


『もちろん。今度は、お客様が少し増えそうです』


     *


 翌日の夜。


 俺たちは、広場に並べられた卓をさらに外へ運び出していた。


 人が多すぎた。


 城の飾りを眺める人。

 昨夜の戦闘報告を見せ合う人。

 今度はこちらと戦おうと、早速約束をする人。


 同じ旗の下にいなくても、今日は皆ここにいた。


 母が到着すると、城門のほうから拍手が起こった。


 それが広場まで届き、周りの人も立ち上がる。


 歓声に気づいた人が、さらに奥から出てくる。


 母は少し驚いた顔をして、それから笑って手を振った。


 隣には父がいた。


「今日は、戦争しないよな?」


 父の問いは、近くにいた俺にだけ聞こえた。


「しないと思う」


「思う、か」


 父は母の姿を見て、諦めたように笑った。


 城の主が、母へ深く頭を下げる。


 母はその人の手を取り、卓のほうへ誘った。


「今日は、お菓子の説明を聞かせて。前は途中だったでしょう?」


 その一言に、相手が泣きながら笑った。


 誰かが杯を持ち上げた。


「すみれさんに!」


 別の誰かが続いた。


「七同盟、討伐に!」


「お茶会、再開に!」


 晴は全部に杯を上げていた。


 俺も杯を持った。


 母はこちらを見ると、いたずらが成功したときのように笑った。


 広場いっぱいの拍手の中で、俺は律へ顔を寄せた。


「戦争ゲームって、怖いな」


 律は笑いながら、母に向かって杯を上げた。


「次のお茶会も、空けておきましょう」


 俺は何度も頷いた。

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