番外16
番外編 招待状が多すぎる
最初の一通を受け取ったときは、ただ嬉しかった。
北西の猫にいた仲間からだった。
現実で式を挙げることになりました。
短い報告の下に、見覚えのある二人の名前が並んでいた。
「……この二人、そうだったんだ」
思わず声が出た。
隣で自分の書簡を開いていた律が、こちらを見る。
「気づいてなかったの?」
「いつも一緒にいるとは思ってた」
「うん」
「仲がいいんだなって」
「そうね。仲がよかったのよ」
何か含みのある言い方だった。
もう一度、招待状を見る。
片方が前線に残ると、もう片方も帰らなかった。救援の集合に遅れた日は、決まって二人とも遅れていた。
当時の僕は、同じ方面を守っているからだと思っていた。
「……そういうことか」
「今、いくつか思い出したでしょう」
「かなり」
律は小さく笑った。
あの世界で一緒に生き延びた人たちが、帰ってからも一緒にいる。
そのことが、妙に嬉しかった。
僕は出席の返事を書いた。
その三日後、二通目が来た。
翌週には三通目が届いた。
◇
「多くない?」
机に招待状を並べると、律が一枚ずつ日付を確かめた。
「重なってなくてよかったわね」
「そういう問題かな」
「重なっていたら、あなた、どちらにも行こうとするでしょう」
否定はできなかった。
現実の結婚式だけではない。
先に籍を入れた人。家族だけで式を挙げる人。まだ一緒には暮らせないけれど、婚約をした人。
宴会場で再会したときには聞かなかった話が、少しずつ届くようになった。
そこへ、運営からのお知らせが来た。
【新機能「婚姻」の実装について】
僕はその文字を二度読んだ。
「……商売が早い」
「需要はあるでしょうね」
律はもう、詳細を開いていた。
双方の申請と承諾によって、ゲーム内で婚姻関係を結べる。
専用の式場を予約できるほか、参列者への招待状、記念撮影、二人で使える屋敷の内装も用意されているらしい。
そして、説明のいちばん大きな部分を占めていたのが、衣装だった。
赤と金の婚礼衣装。
白いタキシードとウェディングドレス。
白無垢と紋付袴。
見本のアバターが、ゆっくりと回る。
袖が揺れるたび、刺繍の陰影まで変わった。
「……凝ってるなあ」
律から返事がなかった。
横を見ると、彼女は白いドレスの裾を拡大していた。
何層にも重なった薄い生地。その縁に、小さな花が縫い込まれている。
しばらく見てから、律は次の衣装へ切り替えた。
今度は落ち着いた赤だった。
「そっち、似合いそう」
思ったまま言うと、彼女の指が止まった。
「……どっち?」
「今のも。その前の白いのも」
律は僕を見た。
「悠」
「うん」
「そういう感想、軽く言ってる?」
「軽くはないけど」
何が正解なのか考えているうちに、律はまた画面へ向き直った。
耳の先が、少し赤かった。
◇
婚姻機能の実装初日。
最初に届いたのは、晴からの招待状だった。
僕は椅子から立ち上がりかけた。
「晴が結婚!?」
「落ち着いて。主催者」
律に言われて読み直す。
確かに、そこには式場の予約代表者として晴の名前があった。
結婚するのは、同盟の二人だった。
その下に、晴の手書き風の文字が躍っていた。
『せっかくだから、みんなでお祝いしよう! 料理は一番多いのにした!』
「晴らしいね」
「ええ」
式場へ入ると、まず料理が見えた。
その向こうに料理があり、さらに奥にも料理があった。
肝心の新郎新婦は、その中央で笑っていた。
赤い婚礼衣装を着た二人だった。
見覚えのある顔なのに、いつもの鎧姿とはずいぶん違う。新郎の方は袖の扱いに困っていて、新婦が何度もその手を直していた。
「悠さん!」
呼ばれて近づくと、新郎が照れたように頭を下げた。
「来てくれて、ありがとうございます」
「おめでとう。現実の式は、これから?」
「来年です。向こうだと、こんなに大勢は呼べないので」
新婦が、会場を振り返る。
「ここで知り合った人たちには、こっちでも見てもらいたくて」
聞いてから、改めて周りを見た。
遠くに住んでいる人がいた。
退院して間もない人もいた。
仕事の都合で、現実ではなかなか会えない人たちも、今日は同じ卓を囲んでいた。
「……うん。いいね、これ」
僕が言うと、二人は顔を見合わせた。
新郎の手が、おそるおそる隣へ伸びる。
新婦は、その手を待っていたように握った。
◇
式が終わっても、誰もすぐには帰らなかった。
晴が追加の料理を頼み、岳が空いた椅子を運び、あちこちで記念撮影が始まった。
新婦の衣装を眺めていた女性の一人が、自分の連れの袖を引く。
「これ、着てみたい」
「試着できるらしいよ」
「そういうことじゃなくて」
男の人が黙った。
隣の卓から笑い声が上がった。
しばらくして、別の場所で歓声が上がった。
どうやら、その場で婚姻の申請をした人がいるらしい。
「……今日、何組増えるんだろう」
「さあ」
律は涼しい顔でお茶を飲んでいた。
その視線が、時々、新婦の袖に向かう。
僕はそれに気づいていたけれど、何と切り出せばいいのか分からなかった。
衣装を着たいのかと聞くのも、何か違う。
機能を試してみる、という言い方は、もっと違う気がした。
考えていると、晴が僕たちを見つけた。
「二人も写真撮ってきたら?」
「僕たちは普段着だよ」
「試着室あるよ! 記念写真だけでもいいんだって!」
律の湯飲みが、静かに卓へ戻された。
僕はそちらを見た。
律も僕を見ていた。
「……行ってみる?」
彼女はすぐには答えなかった。
「あなたが、着てほしいなら」
さっきまでいくら考えても出てこなかった言葉が、そのときは簡単に出た。
「見たい」
律は目を伏せて、それから立ち上がった。
「じゃあ、あなたのも選ぶわ」
◇
試着室の前で、僕は三度、袖を直した。
慣れない白い礼服だった。
鏡を見るたび、服に着られている気がする。
隣の扉が開く音がした。
「悠」
振り向いて、言葉が止まった。
律は、あの白いドレスを着ていた。
見本で見たときより、ずっと柔らかく見えた。裾の小さな花が、彼女の歩みに合わせて揺れる。
髪もいつもと違っていた。
顔の横に残した一房に触れながら、律がこちらをうかがう。
「……何か言って」
「きれいだ」
律の手が止まった。
僕は、もう一度言った。
「すごく」
彼女は少し困ったように笑った。
「二回も言わなくていいわよ」
それでも、僕の隣に来るまで、その笑みは消えなかった。
撮影の案内が表示される。
律と肩を並べると、画面の端に、小さな項目が見えた。
【婚姻申請へ進む】
僕がそこを見たことに、律も気づいたらしい。
どちらも、すぐには触れなかった。
「……悠」
「うん」
「衣装につられて決めたって、あとから言わないでね」
その声は穏やかだった。
でも、僕の袖をつまむ指には、少し力が入っていた。
僕はその手に触れた。
「つられてないよ」
律が顔を上げる。
続けようとしたところで、書簡の通知が鳴った。
母からだった。
『衣装の試着をしていると聞きました』
早い。
続けて、もう一通。
『お父さんと参列する準備はできています』
隣から、律が書簡をのぞき込んだ。
少しの沈黙のあと、彼女の肩が震え始めた。
「……準備、できてるんだって」
「まだ何も言ってないのに」
律がとうとう声を出して笑った。
僕も笑ってしまった。
返事は後にした。
書簡を閉じ、撮影の開始もいったん止める。
律が、不思議そうに僕を見た。
衣装も、写真も、届いた招待状も。
きっかけにはなったのだと思う。
それでも、ここから先は、自分で言いたかった。
「律。さっきの続き、聞いてくれる?」
彼女は僕の袖から手を離した。
その手が、今度はまっすぐに僕の手を握った。
「うん」




