番外15
番外短編 第15話 同じ地図に立つまで
――第一世界から来た者
第三と第四。
その二つの世界が先に一つになったと聞いて、俺が最初に考えたのは、あちらがどれほどの兵を失ったかだった。
土地が変わる。
隣人が変わる。
それまで有利だった場所が、次の世界でも有利とは限らない。
境界を巡る争いは起きるだろう。統合前の約束など、見知らぬ相手には通じない。砦を先に押さえた者と、出遅れた者の間には、埋めにくい差ができる。
その間にも、俺たちには蓄積があった。
育てた武将。
揃えた兵。
何度も失敗して組み直した内政。
あちらが新しい隣人を探っている間、こちらは、その先を考えられる。
いずれ同じ世界へ移る。
そのとき、後から来た者たちがどれほどまとまっていようと、簡単に差は埋まらない。
俺はそう考えていた。
間違ってはいなかったと思う。
兵数も、武将の強さも、実際に差があった。
ただ、俺が調べていたのは、そこまでだった。
*
統合の知らせが来るまで、第三と第四は書簡の中にある名前だった。
どこに大きな同盟がある。
誰が砦を持っている。
どことどこが争い、どこが吸収された。
報告を読み、地図に印を置く。
俺たち第一と第二の側にも、それまでの経緯があった。相手の癖を知り、警戒すべき名も知っていた。
そこへ、第三と第四が入ってくる。
新しい地図を広げたとき、知っている名前と知らない名前が、同じ紙の上に並んだ。
奇妙な感じがした。
昨日まで遠方の情勢として読んでいた城が、今日は行軍先になり得る。
相手が黙って領地を伸ばしただけで、こちらはその意図を考えなければならない。
向こうも同じだったはずだ。
俺たちがどれほど警戒されていたかは、最初の返書を読めば分かった。
丁寧だった。
丁寧すぎるほどだった。
曖昧な言葉を避け、境界と目的を確かめようとしていた。
その慎重さを、俺は当初、弱さだと思った。
こちらを怒らせたくないのだろう、と。
あとから思えば、あれは余計な戦争を増やさないための手間だった。
俺は、相手にその手間を掛けさせていた。
*
第三と第四を、同じものとして扱えないことも分かってきた。
第三の者たちには、所属が変わっても連絡を取り続ける相手がいた。
同盟の境界だけでは、誰が誰を助けるのか読めない。
第四の者たちは、また違った。
大きな旗の下に収まれば話が早いという、こちらの感覚が通じない者がいる。
条件を細かく確かめる。
自分たちの城について、自分たちで返事をする。
一人の了承を取って終わり、とはならなかった。
面倒だった。
正直に言えば、苛立ったこともある。
だが、話を聞かずにまとめようとすると、誰もこちらを信用しなかった。
兵を動かせば従わせられる相手にも、書簡の返事までは思いどおりに書かせられない。
当たり前のことを、俺は新しい地図の上で覚え直していた。
*
律が連盟を組織したとき、俺はまず、その規模を調べた。
次に、動かせる兵を。
それから、誰がどこまで協力するのかを。
いつもどおりだった。
参加する意味があるのか。
こちらの損失に見合うものがあるのか。
途中で瓦解した場合、どこまで巻き込まれるのか。
問いを並べれば並べるほど、すぐに頷くべき話ではなくなった。
その中心にあるのが、一人を助けたいという願いだったからだ。
俺たちの仲間からすれば、当然の疑問が出る。
なぜ、その一人のために。
俺自身、そう思った。
名前も顔も知っている。
話したこともある。
だが、同盟の者たち全員にとって、同じ重さの相手ではない。
好意だけで参加を決めることはできなかった。
それなのに、加入する者は増えていった。
第三だけではない。
第四からも。
そして、こちら側からも。
俺はその理由を、もう一度調べた。
今度は兵数ではなく、加わると答えた者たちに聞いた。
昔、助けられたと言う者がいた。
争っていたときにも、話を聞いてもらえたと言う者がいた。
自分は会ったことがないが、仲間が行くので支えると答えた者もいた。
同じ理由は、ほとんどなかった。
律はその違いを消そうとせず、集めていた。
*
俺が長く考えたのは、加入しない場合のことだった。
損失は避けられるかもしれない。
戦況を見てから動くこともできる。
その方が、説明はしやすい。
だが、その先で俺たちは誰に助けを求めるのだろう。
こちらに十分な兵がある間だけ届く返事。
こちらに価値がある間だけ守られる約束。
俺はそれを、確かな関係だと思ってきた。
律のところには、損をすると分かっていながら集まる者がいた。
その事実を、甘さという一言で片づけることはできなかった。
俺は仲間に、勝てると言い切らなかった。
損をしないとも言わなかった。
参加するなら、失うものがある。
それでも、今後を共にする相手として、この連盟に加わりたいと話した。
反対もあった。
すぐには決まらなかった。
俺は一つずつ答えた。
第三と第四から、何度もそうされたように。
ようやく返事をまとめたとき、机の上の地図は以前と何も変わっていなかった。
城の位置も、道も、距離も。
ただ、俺が見ているものは少し変わっていた。
あの城が落ちたら、誰が困るのか。
あの道が閉じたら、誰の援軍が届かなくなるのか。
知っている顔が、地図の上に増えていた。
律へ送る返書の最後に、俺は一行を足した。
こちらが引き受ける場所を、相談させてほしい。
加入の返事だけでは、足りない気がした。
*
――第二世界から来た者
私は、返事を遅らせた。
律からの呼びかけを読んで、机の端へ置いた。
もう一度読み、また置いた。
迷っていることを、誰にも見られたくなかった。
第二世界では、決めるのが遅い者から取り残されることがあった。
守る城を選ぶ。
救援を諦める。
明日まで待ってほしいと言われても、今日のうちに兵を引く。
そうしなければ残せないものがあることを、私は知っていた。
だから、決めた。
何度も。
間違えたこともあった。
正しかったと言われたこともあった。
どちらの場合も、戻ってこない者は戻ってこなかった。
*
第三と第四との統合が近づいたとき、私は仲間に言った。
向こうの争いへ、軽々しく手を出すな。
同じ世界になったからといって、同じ事情で動いているとは限らない。
先に約束をしすぎるな。
助けると言うなら、どこまで助けるのか決めておけ。
もっともらしい注意だった。
必要なことでもあった。
ただ、その言葉の底には、もう背負いたくないという気持ちもあった。
知らなければ、判断できる。
地図にある城を一つ諦めるのと、昨夜話した相手の城を諦めるのとでは、違う。
私は、その違いを増やしたくなかった。
*
同じ世界へ移ってからも、初めは距離を置いた。
挨拶には返事をする。
境界は確認する。
必要なら取引もする。
だが、相手の内側にまで入ろうとはしなかった。
第三の者たちが、離れた元の仲間を気にしているのを見て、いつまで続くのだろうと思った。
第四の者たちが、それぞれの考えを簡単には曲げないのを見て、いざというとき間に合うのだろうかと思った。
こちらなら、もう決めている。
こちらなら、その兵は別の場所へ回す。
そんなふうに見ていた。
それでも、同じ道を使い、同じ相手を警戒し、何度も書簡を交わしていれば、名前はただの記号ではなくなる。
返事の早い者。
必要なことを最後に書く者。
断るときだけ、妙に長い文章になる者。
こちらが何も頼んでいないのに、近くの変化を知らせてくる者。
気がつけば私は、届いた書簡の差出人を見て、少し安心するようになっていた。
距離を置くつもりだった。
けれど、向こうの城に誰かがいることを、もう知ってしまっていた。
*
律が連盟を組織したとき、私は腹が立った。
一人を助けるために、どれだけの者を動かすつもりなのか。
その先で、何人が苦しむのか。
私たちが何度も飲み込んできた願いを、そんなふうに口にしていいのか。
そこまで考えて、自分でも嫌になった。
最後の一つは、律に向けるべき言葉ではなかった。
私は昔、助けに戻りたかった。
戻れないと判断した。
周りにも、そう言った。
今でも、あのとき兵を返せば全てがうまくいったとは思わない。
もう一度同じ状況に置かれたら、同じ判断をするかもしれない。
それでも、戻りたかった。
律の呼びかけを読んだとき、最初に胸へ上がってきたのは、その気持ちだった。
*
私は書簡を読み直した。
今度は、自分の過去を重ねないように。
それでも完全にはできなかったが、少なくとも、腹を立てるためには読まなかった。
参加しないという答えも、まだ選べた。
誰かが代わりに動くのを待つこともできた。
私は仲間の名簿を開いた。
この者たちを、危険に近づけることになる。
その責任は、律に渡せない。
彼女が呼びかけたから。
周りが加わったから。
そんな理由で決めたことにはしたくなかった。
翌日、私は仲間を集めた。
連盟へ加わりたいと伝えた。
どうしてだと聞かれた。
しばらく、答えられなかった。
もっと整った理由なら、いくつも言えた。
今後の関係。
戦力の集中。
孤立する危険。
どれも無関係ではない。
けれど、私は先に言った。
今回は、助ける方に兵を出したい。
誰もすぐには頷かなかった。
私は続けた。
そのために、何を守り、どこまで動けるのか。一緒に考えてほしい。
話し合いは長くなった。
厳しいことも言われた。
私は席を立たずに聞いた。
急いで決めることに慣れていた私には、その時間が必要だった。
*
加入を伝えたあと、気持ちが軽くなったわけではない。
兵を失うのは怖かった。
判断を誤ったと責められるのも怖かった。
助けようとして、結局届かないことは、もっと怖かった。
ただ、返事を出した以上、やることがあった。
動かせる兵を数え直した。
留守を守る者を決めた。
連絡が途切れた場合の動き方を、何度も確かめた。
私は第二世界で覚えたことを、一つずつ使った。
諦めるためにしか使えない知識ではなかった。
そのことを、作業の途中でふと思った。
*
第一、第二、第三、第四。
統合されたあとも、私たちは長く、互いをその呼び方で分けていた。
出身を知れば、分かった気になれた。
だが、連盟の中で届く書簡を読んでいると、それだけでは足りなくなった。
慎重な第三の者もいる。
迷う第一の者もいる。
大きな作戦に自ら手を挙げる第四の者もいる。
そして、散々迷った末に加入した第二の私がいる。
律へ返した書簡に、その迷いは書かなかった。
代わりに、動かせる兵と、出発できる時刻を書いた。
最後の行だけ、少し考えた。
必ず助かるとは、書けなかった。
全て任せろとも。
私は短く書いた。
こちらの準備は、こちらで整える。
そちらの状況を知らせてほしい。
封をしてから、使者を呼んだ。
今度は、机の端へ戻さなかった。




