番外6
番外編 第6話 真木の見ていた北西
同じ道について、二人から苦情が来た。
一人は、荷車を止められたと言った。
もう一人は、勝手に荷車を通されたと言った。
真木は二通の書簡を並べ、窓の外を見た。
朝だった。
今日は倉庫の数を確かめて、昼には終わるつもりだった。
机の隅には、数える前から気の重くなる一覧が置いてある。
そこへ、三通目が届いた。
『先ほどの件、相手から返事がない』
「こっちには来てるよ」
誰もいない部屋で答え、真木は上着を取った。
*
北西の猫が大きくなるにつれ、顔を知っている仲間より、名前だけ知っている仲間の方が増えていた。
同じ旗の下にいる。
だから、ある程度は話が通じる。
皆、最初はそう思っていた。
実際には、同じ旗の下に入った翌日も、道の幅は変わらなかった。
坂は急なままだったし、橋を渡れる荷車の数も増えなかった。
真木が現場へ着くと、坂の途中に荷車が一台止まっていた。
前には、横倒しにした木材がある。
その向こうに、この辺りの土地を持つ君主が立っていた。
「通してくれって言ってるだけだろ」
荷車の脇にいた男が言った。
「だから、今日は駄目だと言ってる」
「昨日は通れたぞ」
「昨日通ったから、駄目になったんだよ」
二人とも真木に気づいた。
同時に口を開く。
真木は片手を上げた。
「一人ずつ、頼む」
*
道の端が崩れていた。
大きく崩れたわけではない。
人なら避けて通れる。
空の荷車も通れそうだった。
ただ、穀物を積んだ荷車の車輪をそこへ寄せるのは、少し怖い。
真木はしゃがみ、土の割れ目を見た。
「これ、いつから?」
「昨日の夕方には、こうなってた」
土地を持つ男が答えた。
「それで、木を置いた?」
「ああ。朝、誰かが落ちたら困るだろ」
荷車の男が口を挟んだ。
「なら、そう書いてくれればいい」
「通行を止めるって送った」
「『今後、無断で通らないでほしい』だったぞ」
真木は顔を上げた。
土地の男が、少し目を逸らした。
「前から気になってたんだ」
「何が」
「通った後、道が荒れたままだ。こっちで直しても、また来る。昨日なんか三台だぞ」
「荷を運んでるんだから、通るだろ」
「お前の城へ行く荷だろうが」
また声が大きくなりかけた。
真木は立ち上がった。
「今日の荷、いつまでに届けばいい?」
「昼過ぎ」
「もう一つの道は?」
「遠い」
「間に合わないくらい?」
男は黙った。
真木はもう一人へ向いた。
「道を直すのに、人が要る?」
「要る。俺一人で土を運んでたら、ほかが止まる」
「どのくらい?」
男は崩れたところを見た。
先ほどまでの怒った顔から、少しずつ、何かを数える顔になった。
*
話がつくまでに、それなりに時間がかかった。
今日の荷車は、遠い道を通る。
戻った後、荷車を使って補修用の土を運ぶ。
ただし、これから通るたびに何かを払えという話にはしない。
修理の量と手間を見て、使う者同士で相談する。
どちらも、すぐには頷かなかった。
「俺だけ悪いみたいじゃないか」
荷車の男が言った。
「そんなことは言ってない」
真木は答えた。
「でも、道を直さないと明日も遠回りになる」
男は坂の先を見て、長く息を吐いた。
「……荷車は出す」
土地の男も、少しして頷いた。
「人が来るなら、今日のうちに埋められると思う」
真木は紙を取り出した。
「じゃあ、忘れないうちに書く」
「わざわざ?」
「俺が忘れるから」
これは本当だった。
午後には倉庫の数を数えなければならない。
朝に聞いた三台と、昼に数える三袋は、疲れてくると頭の中で妙な具合に混ざる。
真木は書き終えた紙を二人に見せた。
「これでいい?」
二人が、それぞれ頷いた。
荷車がゆっくり向きを変えた。
土地の男が、その後ろへ回る。
「そっちは寄せすぎるな。左、もう少し空いてる」
荷車の男は返事をしなかったが、言われた方へ動かした。
真木は道の脇へ退いた。
*
帰る途中、盟主に会った。
カイも一緒だった。
「真木、どこ行ってた?」
「坂道の喧嘩」
「喧嘩?」
「荷車を通す、通さないで」
盟主の顔が少し曇った。
「俺も聞いた方がいい?」
「もう済んだ。今日の荷は迂回。戻ってから道を直す」
「そっか」
盟主はほっとしたように頷いた。
「ありがとう。助かった」
真木は、礼を言われるほどのことだろうかと思った。
誰かを守るために戦ったわけでもない。
厳しい条件を持ち帰ったわけでもない。
ただ、坂道で二人の話を順番に聞いただけだった。
「大したことじゃないよ」
そう答えると、カイが坂の方を見た。
「しかし、主が呼ばれる前に終わったのでしょう」
「まあ、そうだけど」
「では、主はこれから昼飯を食えます」
盟主がカイを見た。
「それ、俺じゃなくて自分が食べたいんだろ」
「両方なら、なおよいことです」
真木は笑った。
笑ってから、自分もまだ何も食べていないことを思い出した。
*
翌朝、道の補修は終わっていた。
真木が見に行くと、土の色が違う部分に、薄く砂が撒かれていた。
道の脇には、昨日の木材が立ててある。
そこに、小さな板が打ちつけられていた。
『端、まだ柔らかい。中央を通れ』
真木は板を見上げた。
分かりやすかった。
誰に腹を立てているかは、書いていない。
どこを通ればいいかだけ、書いてある。
奥から、土地の男が出てきた。
「来たのか」
「直ったかと思って」
「ああ。あいつ、ほかにも声をかけてきた。四人でやったから早かった」
「よかった」
「土を運ぶ車が、もう少し大きければ楽なんだがな」
男は言ってから、少し笑った。
「今度あいつに聞いてみる」
真木は頷いた。
帰り際、坂の下から荷車が来た。
昨日の男だった。
真木を見ると、手を上げた。
そのまま、道の中央をゆっくり上がっていく。
すれ違うとき、荷台から一つ、果物を放ってよこした。
真木は慌てて受け取った。
「何だ、これ」
「余った」
「まだ届けてないだろ」
「一個くらい余る」
荷車は止まらず進んだ。
坂の上から、声がした。
「右、まだ柔らかいぞ」
「見えてる」
真木は果物を上着で拭いた。
かじると、少し酸っぱかった。
今日は倉庫の数を数える。
昨日終わるはずだった仕事だ。
机へ戻れば、また書簡が届いているかもしれない。
真木はもうひと口かじり、坂を下った。




