戦略ゲームとはなにか
終話 戦略ゲームで最強とは何か
庭へ卓を出すだけで、ずいぶん意見が出た。
「こっちだと、日が当たりすぎる」
岳が言った。
「飲み物は近い方がいい。取りに行くたび、誰かの後ろを通ることになる」
朔が続く。
葉が人数を確かめ、杏が椅子を動かす。
玄は、届いた肉を見ていた。
「これ、もう焼いていいか」
「まだ皆、座ってない」
律に止められ、残念そうに蓋を戻した。
俺はそのやり取りを眺めていた。
「悠も、見てないで手伝って」
「ああ」
律から皿を渡される。
人数分、並べる。
一枚足りなかった。
家へ取りに戻ると、母が台所から顔を出した。
「足りない物があった?」
「皿、一枚」
「そこの棚。皆さん、楽しそうね」
「うん」
皿を取り、庭へ戻る。
七人で囲むには、少し大きな卓だった。
これから来る人の席も、用意してあった。
*
戦略ゲームで、最強とは何か。
そんなことを、よく考えていた。
誰よりも強い武将を持つこと。
誰よりも多く、兵を揃えること。
資源を増やし、領地を広げ、相手より早く動くこと。
どれも大事だった。
強い武将がいなければ、越えられなかった場所がある。
兵がいなければ、守れなかった城がある。
物資を届けてくれた人がいなければ、次の一隊を出せなかった。
そういうものを、気持ちだけでどうにかできるとは、今も思わない。
俺たちは何度も負けた。
考えた作戦が通らず、頼りにしていた道を失い、守ると言った城を守れなかった。
七人で始めて、大きな同盟になった。
大きくなれば、できることが増えた。
同時に、見えなくなる顔も増えた。
全部に返事をしようとして、何も決められなくなった夜があった。
誰かを助けるために、別の誰かへ無理を頼んだ。
正しいつもりの決定で、傷つけた人もいた。
だから、俺が最強だったとは思えない。
*
俺より、戦いのうまい人がいた。
玄は、俺が迷う間に前へ出た。
岳は、その玄が帰ってこられる道を作った。
朔は、足りないと言う前から、次に必要になる物を考えていた。
葉は、俺が見たいものばかり見ている時に、違う場所の話を持ってきた。
杏は、名簿の一行になりかけた人を、もう一度、俺たちの前へ連れてきた。
律は、俺が届かない場所で、人と話し続けていた。
晴が笑うと、顔を上げる人がいた。
千景が確認してくれるから、安心して任せられる仕事があった。
真砂は、俺が知らなかった戦い方で、明日の兵を用意した。
巌は、難しくなりすぎた話の真ん中へ、平気で普通の言葉を置いた。
正臣が食事を運んでくるまで、自分が空腹だったことに気づかない日もあった。
書き始めれば、終わらない。
名前を挙げきれないほどの人に、助けられた。
俺たちと戦った人にも。
最後まで、同じ考えにはならなかった人にも。
それでも、一緒に守れるものはあった。
*
相手を全員、従わせれば強い。
そういう考え方も、あるのだと思う。
命令が一つなら、迷わず動ける。
何を作り、どこへ送り、誰を攻めるか。
全部を同じ目的へ向けられる。
実際、あの敵は強かった。
俺たちより早く、こちらの困る場所へ来た。
兵の交代を狙い、道を断ち、城を落とした。
勝てないと思ったことは、一度ではない。
俺たちの方は、よく揉めた。
行きたい人と、行きたくない人がいた。
今すぐ助けてほしい人と、まだ準備が必要だと言う人がいた。
同じ報告を読んでも、違うことを考えた。
話し合いが長くなって、嫌になった夜もある。
でも、俺が考えつかなかった答えは、その中から出てきた。
誰かを従わせるだけでは、聞けなかった答えだった。
*
一番、強くなれた時。
そう聞かれたら、たぶん、あの場面を思い出す。
城が落ちた時ではない。
敵の盟主を倒した時でもない。
疲れた兵を並べて、もう一度出なければと思っていた時。
別の同盟の旗が、横を通った。
ここからは、こちらが受け持つ。
そう言われた。
俺たちは、道を空けた。
帰ってよかった。
眠ってよかった。
自分たちが下がっても、戦いは続いた。
あれほど心強いことは、なかった。
俺が立っていなければ終わる。
そう思っていた頃より、ずっと強かった。
*
戦略ゲームで最強とは何か。
今なら、俺はこう答えると思う。
負けた後にも、誰かと次の手を考えられること。
自分が動けなくなった時、任せられる人がいること。
その人が困った時には、今度はこちらが動けること。
そんなものは、武将の能力欄には書いていなかった。
同盟の人数にも、ランキングにも、そのままでは出てこない。
何人いれば足りるのか。
何をすれば必ず手に入るのか。
俺には、計算できない。
ただ、作っていくことはできた。
返事をする。
約束を覚えておく。
できないことは、できないと言う。
助けてもらったら、ありがとうと伝える。
間違えたら、話し直す。
そういう、ゲームの攻略とは呼ばれそうにないことを、俺たちは何度もやった。
その先で、大勢の旗が並んだ。
*
もちろん、俺の理論にも弱点はある。
人を見る目を、間違えるかもしれない。
頼んだ相手が、失敗することもある。
こちらが信じたからといって、同じだけ信じてもらえるとは限らない。
何より、時間がかかる。
今日会ったばかりの人へ、明日命を預けてくれとは言えない。
だから、最短の攻略法ではないのだろう。
効率だけを比べれば、負ける場面も多い。
それでも、俺はもう一度、同じように人へ頼むと思う。
うまく頼めない時は、頼み方から教えてもらう。
今の仕事でも、そうしている。
知らないことを聞く。
自分で決めていい範囲を確かめる。
帰る時間になったら、続きは明日へ渡す。
まだ見習いだ。
あの世界で盟主だったことが、何でもできる証明になるわけではない。
ただ、できないことがあっても、一人で抱えなくていい。
それは、覚えて帰ってこられた。
*
庭から、笑い声がした。
玄が何かを言い、朔に呆れられている。
葉も笑っていた。
杏が入口の方へ手を振る。
新しく誰かが来たらしい。
岳が椅子を足していた。
空いていた席が、埋まっていく。
俺は皿を持ったまま、しばらくその景色を見ていた。
城もない。
兵もいない。
世界の順位を示す表示もない。
風が吹いて、卓の端の紙が一枚落ちた。
近くにいた律が拾い、皿の下へ挟んだ。
それから、俺を見つけた。
「悠」
「うん?」
「何してるの。ご飯、冷めるよ」
俺は、手元の皿を見た。
一枚取りに来ただけだった。
考えすぎる癖は、あまり直っていない。
「今、行く」
歩き出すと、律が俺の席を空けてくれた。
隣へ座る。
玄が、焼けた肉を皿へ置いた。
「遅いから、もう食ってたぞ」
「知ってる」
「次は自分で焼けよ」
「分かった」
そんな話をしながら、箸を取った。
律が、俺の方へ飲み物を寄せる。
「さっき、何を考えてたの?」
俺は少し迷った。
最強について。
勝つことについて。
ここへ帰ってくるまでの、長い時間について。
話し始めたら、また食事が冷めそうだった。
「いい同盟だったなって」
そう言うと、律は庭を見渡した。
それから、笑った。
「今も、そうじゃない?」
俺も、皆を見た。
杯を持って話している人。
料理を運ぶ人。
席を詰めて、新しく来た人を迎える人。
誰も、俺の指示を待ってはいなかった。
「うん」
頷いて、俺は食事を始めた。
隣で律が笑っていた。
今日は、勝たなくてもいい日だった。
了




