朔
第十七話 隣の道を借りる
朝、最初に開いたのは砦の情報ではなく、倉庫だった。
昨夜のうちに、石材が必要な量まで貯まっていた。
紙に書いた予想より、少し多い。
計算を間違えたのかと思ったが、東の土地から増える分を、途中まで古い数字で計算していた。
書き直す。
それから、倉庫の拡張を選んだ。
必要資源を確認する。
決定を押すと、木材と石材の数字がまとめて減った。
「また、少なくなったな」
カイが向かいから覗き込んだ。
「使うために貯めたんだから、いいんだよ」
「昨日、増えたって喜んでたのに」
「それとこれは別」
言いながら、俺も少し惜しかった。
貯まるまでには時間が掛かるのに、使うときは一瞬だった。
ただ、今回は減った後に何をするかも決めている。
倉庫の完成を待つ間に、土地を一つ取る。
帰ってきたら兵を休ませ、その間に次の施設に回す資源を確認する。
昨日までは別々に開いていた画面が、ようやく一日の予定の中に収まり始めていた。
*
同盟の連絡欄には、葉の書き込みがあった。
『補充が終わりました。午前中に、昨日の候補地へ向かいます』
場所を開く。
葉の領地の先にある、等級一の平地だった。
その隣を、俺が取る予定にしている。
さらに先には、玄が候補に挙げた土地があった。
三つを順番に並べると、細い道のように見える。
まだ、誰の土地でもない。
画面上ではただ隣り合っているだけだが、葉が最初の場所を取れば、その先へ俺が進めるようになる。
俺が取れば、今度は玄が進める。
自分の城から一本ずつ道を伸ばすより、戦う回数を分担できるはずだった。
『こちらも準備します。取得の報告を待ってから出ます』
返すと、玄からも書き込みがあった。
『俺は午後に帰還予定なので、その後に確認します。今日はそちらの二人までで進めてもらって大丈夫です』
全員が同時に動けるわけではない。
それでも、誰かが戻るまで全員で待つ必要もなかった。
俺はカイの部隊を開いた。
陸は畑に置いたままにする。
兵数を確認し、カイに行き先を見せた。
「今日は、ここまで行ってほしい」
カイは地図を動かした。
目的地から、俺の城へ戻る。
「遠くなったな」
「うん。だから、今日は一回だけ」
「葉の城の近くを通る?」
「この道なら、その横を通るみたいだ」
カイは頷いた。
「じゃあ、分かる。前に迎えに行った道だ」
俺より、外の道を覚えるのが早かった。
*
葉の出兵を見送りながら、俺は城の中を回った。
倉庫の周りには、資材が積まれていた。
作業をする者が板を運び、壁際に並べている。建設の表示を開かなくても、何かが進んでいることが分かった。
道の端へ寄って、荷車を通す。
以前なら、歩いている途中で止まっても、それほど邪魔にはならなかった。
今日は倉庫まで来る間に、二度道を譲った。
畑へ向かうと、陸が畝の端に立っていた。
「問題ない?」
「ありません」
短い返事だった。
手元の記録を確認し、また作業へ目を向ける。
カイを置いていたときより、畑の生産量は少し低い。
けれど、今日はカイが外へ出ても、この数字のまま増え続ける。
それを確かめてから、兵舎へ向かった。
カイは兵の前に立っていた。
向きを変える号令を出し、列の端を見る。
最初に二十人を並べたときほど、慌てていなかった。
「陸、何か言ってた?」
俺が聞くと、カイは兵を停止させた。
「一度に指示を変えすぎるなって」
「そうなんだ」
「あと、こっちが動きながら言うと、後ろが見えなくなる」
カイは自分の立ち位置を指した。
「だから、少し横に出る」
俺には、見ただけで何が変わったのかまでは分からなかった。
ただ、カイが確認してから次の指示を出しているのは分かった。
陸が来たことで、仕事を分けるだけでなく、聞ける相手も増えたらしい。
そのとき、葉から通知が届いた。
『取得できました。今から戻ります』
地図を開く。
道の最初の一つに、葉の名前が付いていた。
*
俺の予定している土地を選んだ。
昨日までは、自分の領地からつながっていなかった場所。
今は、出兵して占領する対象として選べる。
隣接しているのは葉の土地だった。
「これで、行けるんですね」
周へ確認すると、頷きが返った。
「はい。同盟員の領地を足場として取得できます」
編成を決定する前に、行軍時間を見た。
昨日確かめた通り、城のすぐ隣より長い。
取れるようになったからといって、そこへ飛べるわけではなかった。
食料を確認し、カイに時間を伝える。
「戻るのは夕方になると思う」
「分かった」
出発を決定した。
カイが兵へ号令を出す。
列が動き始める。
俺は城門まで一緒に歩き、そこで止まった。
「道が違ってたら、戻って確認して」
「うん」
カイは一度頷いて、門を出た。
最初に見送ったときより、歩く後ろ姿が見慣れたものになっていた。
心配しなくなったわけではない。
ただ、姿が見えなくなった後、いつまでも門に立ってはいなかった。
俺は広間へ戻った。
倉庫が完成するまでに、次の建設の条件を確かめておきたかった。
*
昼過ぎ、倉庫の拡張が終わった。
上限の数字が増えている。
そのすぐ後に、催しの項目へ印が付いた。
【倉庫を指定段階まで拡張する】
【達成済み】
報酬に、登用札があった。
「これも、札なんだ」
受け取る前に、次の課題を見た。
生産施設を一定数整えるもの。
複数の施設を指定段階まで上げるもの。
城の発展に関する項目が、いくつか続いている。
全部同じ報酬ではないが、その中にも登用札があった。
俺は建設の予定を書いた紙へ、課題の条件を付け足した。
札をもらうために、今すぐ全部建てるわけにはいかない。
それでも、必要な建物を整えれば報酬も受け取れると分かると、次の完成が少し楽しみになった。
同盟の連絡欄へ書く。
『倉庫の拡張で札がもらえました。催しの内政の項目です』
葉から返事が来た。
『その先にもあります。施設の条件をまとめてから送ります』
玄も続いた。
『俺は倉庫がまだです。今夜、上げます』
俺は札を取り出した。
カイが帰るまで待とうかとも思ったが、新しく来た武将をどこへ配置するか、先に確認できた方がいい。
周に場所を空けてもらい、登用を開いた。
決定する。
現れたのは、簡素な服を着た細身の男だった。
【N 成】
等級を見て、少しだけ口を閉じた。
葉のSRを見たばかりだったので、期待していなかったと言えば嘘になる。
成は頭を下げた。
俺は能力を確認した。
戦う方の数字は低い。
内政も、突出しているわけではない。
ただ、今まで担当を置けていなかった施設へ入れれば、その分は増える。
「伐採所はどうかな」
配置した場合の数字を見る。
大きくは変わらない。
それでも、空欄のままよりはよかった。
俺は成へ仕事を伝え、周に案内を頼んだ。
連絡欄へ戻る。
『Nでした。伐採所を任せます』
玄から返事が来た。
『担当が埋まるだけでも助かりますよね』
俺は配置後の数字を見て、頷いた。
*
カイが土地を取ったのは、その少し後だった。
勝利の報告を開く。
兵は減っていたが、部隊は帰還を始めている。
地図では、葉の土地の隣に俺の土地ができていた。
自分の城とは、間が空いている。
初めて見る形だった。
俺は地図を広げ、自分の城から指で道をたどった。
途中までは葉の領地。
その先が、俺の領地。
同じ同盟の色で表示すると、一本につながる。
葉が最初の場所を取ってくれなければ、今日はここまで進めなかった。
『取得できました。予定の場所で合っています』
位置を付けて送る。
葉から、確認できたと返ってきた。
玄も、帰城後に次の候補を開いたらしかった。
『こちらからも選べるようになりました。明日、続きへ向かいます』
俺はその一文を読み、予定表へ明日の欄を作った。
玄が動くなら、俺はカイを休ませられる。
その間に、畑を一つ上げる。
成を置いた伐採所の数字も確かめる。
やることを書き足していくと、砦の位置を書いた紙が下へ隠れた。
今すぐ行けない場所だったが、そこへ近づく道は少し伸びていた。
*
カイは、日が傾いてから戻ってきた。
門をくぐると、兵を引き渡し、そのまま水を飲んだ。
「おかえり」
「ただいま。遠かった」
「やっぱり?」
「帰り、同じ角がもう一個あると思ってた。なかった」
俺には何の話か分からず、地図を開いてもらった。
カイが道を指す。
「ここまで来たら、次は城だと思ったんだよ」
「まだ半分くらいじゃないか」
「歩いてると、分からなくなる」
座って待っている俺には、残り時間が見える。
歩く方には、道が続いている。
同じ距離でも、感じ方は違うらしかった。
帰り道の話を聞いてから、成を登用したことを伝えた。
「伐採所に置いた」
「じゃあ、明日会う」
「今日はもう休んでいいよ」
「飯は?」
「それは食べて」
カイは頷いて、装備を外しに行った。
俺は今日の記録を閉じた。
倉庫が広がった。
武将が一人増えた。
土地も一つ取れた。
全部を一つずつ終えてから始めていたら、もっと日数が掛かっていたと思う。
成が働いている伐採所からは、まだ木を打つ音が聞こえていた。
*
翌日は、玄の番だった。
朝のうちに出兵の知らせがあり、俺は予定通り、カイを休ませて畑の工事を始めた。
葉は陶真を置く施設と、工事をする施設を分けていた。
その方がよいかと聞くと、完成までの時間を含めて比べている最中だという。
俺も同じように、自分の数字を送った。
施設の大きさが違うので、同じ答えにはならない。
それでも、何を比べればいいのかは分かる。
昼には玄から、土地を取れたと報告が来た。
兵を休ませるため、次は明後日以降にしたいという。
俺たちは、その先の候補を二つ選んだ。
一つは葉。
もう一つは俺。
近くに別の城があったので、まず進路の相談を送ることにした。
玄との最初の書簡を思い出しながら、言葉を選ぶ。
『西端という同盟で、この辺りの土地を取得しています。次はこちらへ進みたいと考えていますが、そちらの予定と重なっていないでしょうか』
場所を付ける。
取るから避けてほしいとは書かなかった。
まだ決定もしていない。
送信して、返事を待つ間に畑を見に行った。
*
それから数日、朝に確認するものが決まってきた。
建設の完了。
資源の残り。
武将と兵の状態。
同盟の連絡。
完成した施設を確認すると、次の課題が進んでいる。
札がもらえれば使い、来た武将の仕事を探す。
玄はRを一人引いた。
葉はNだった。
俺も、次の札ではNだった。
連絡欄に並ぶ結果は、相変わらず地味だった。
それでも、誰も置けなかった場所の空欄は、少しずつ埋まっていった。
出兵している間に内政が進み、内政をしている間に誰かの土地が増える。
全部が予定通りとはいかない。
補充が遅れて、出兵を一日延ばしたこともあった。
俺が石材を使いすぎて、次の建設を待った日もあった。
そのたびに連絡欄へ書く。
玄か葉が、ではこちらを先に進めると返す。
地図には、三人の土地が入り交じっていた。
最初は少し分かりにくいと思ったその形が、今は予定を決める目印になっていた。
*
進路を相談した城から、返事が来たのは、畑の工事が終わった日の夕方だった。
差出人は朔。
『そちらの予定地は、今のところ取るつもりはありません。自分は北側へ進みたいので、その道だけ空けてもらえると助かります』
地図を開く。
こちらの予定とは重なっていない。
了承を返そうとすると、もう一通届いた。
『前から見ていましたが、三人で順番に土地を取っているんですか』
俺は文面を読み直した。
前から。
地図は、自分たちだけが見ているわけではない。
誰の土地が増えたかは、近くの城からも分かる。
『はい。予定を相談して、動ける人から進めています』
そう返す。
返事は、今度は早かった。
『一人だと、兵を戻している間は何も進まなくて。募集は、まだしていますか』
俺は椅子へ座り直した。
玄と葉にも、書簡が来たことを伝える。
地図上の三つの城から、少し北へ目を動かす。
そこに、朔の城があった。
昨日までは、進路が重ならないか気にしていた相手だった。
俺は返信欄を開いた。
『まだ募集しています。まず、今の状況を聞かせてもらえますか』
送信する。
それから同盟の画面を開くと、人数の項目に続きがあった。
【所属君主数 十人】
【報酬:R以上確定登用札】
現在の人数は、三。
俺は報酬を一度だけ見て、画面を閉じた。
先に、朔の話を聞きたかった。




