↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
167/200

愛

第百六十八話 愛のためだよ


 天統連盟の盟主城が見えた時、俺たちの旗は、また猫になっていた。


 北西の猫。


 そこに残ったのは、八十人ほどだった。


 かつて八百人を超えていた仲間は、今、違う旗の下にもいる。


 後ろを守る者。


 補給を繋ぐ者。


 別の道から、敵の増援を止める者。


 人数の表示だけを見れば、小さくなった。


 けれど、城を囲む旗の中に、知らないものはほとんどなかった。


「よく、ここまで来たな」


 玄が言った。


 誰に向けた言葉かは、分からなかった。


 俺にも、仲間にも。


 たぶん、自分にも。


 俺は、目の前の城を見上げた。


 高い城壁。


 何重にも配置された守備兵。


 その上で、天統の旗が動いていた。


「まだ、終わってない」


「分かってる」


 玄が笑った。


「だから、最後も働こうぜ」


     *


 城へ辿り着くまでに、何度も止まった。


 デュアル武将を、力で押し切ることはできなかった。


 敵の組み合わせを調べた。


 技能の切り替わる間を探した。


 新しい守備隊が現れれば、予定を変えた。


 取った道を失い、別の道から取り直した。


 そのたび、違う同盟が前へ出た。


 暁の輪が、敵の交代を遅らせた。


 黒鉄が、守備の一角を崩した。


 三つの友好同盟が、そこを広げた。


 第一、第二世界の古参たちが、こちらの帰る道を守った。


 後方では、木陰をはじめとする守備の同盟が、大城から出る兵を止め続けた。


 その全部が、今日の場所へ繋がっていた。


     *


「西門、切り替わる」


 葉から知らせが来た。


 敵の主将が交代する。


 関羽の技能が終わり、張飛が前へ出るまでの短い間。


 玄が部隊を進めた。


 正面から、全部を押し潰すつもりはない。


 敵が応じなければ、門へ届く。


 応じれば、兵の向きが変わる。


 その動きを、岳が見ていた。


「右、通る」


 低い声。


 待っていた部隊が動いた。


 朔が揃えた兵が、決められた数で前へ出る。


 詰め込みすぎない。


 後ろの部隊が、前の帰還を邪魔しない。


 杏が、隣の同盟へ合図を渡した。


 白嶺の旗が動く。


 律が、後続を進めた。


「第一隊は門まで。第二隊、止まって。帰る兵を先に通して」


 俺は、最後の予備隊を見た。


 以前なら、足りないと思った瞬間に出していた兵だ。


 今は、待てた。


 前で誰が何をしているか、分かっている。


 背後から沈烈の声がした。


「今です」


 俺は頷いた。


「出兵」


 七人の間を、判断が渡った。


 誰か一人で決めていたら、間に合わなかった。


     *


 城門が崩れた。


 歓声を上げる暇はなかった。


 内側にいた兵が、押し返してくる。


 敵将が前へ出る。


 レンが、その進路へ入った。


 カイが隣へ並ぶ。


 澪の矢が、敵の指揮役を狙った。


 二人を援護する盾兵が進み、その後ろから味方の武将が続いた。


 門の奥へ、道ができる。


 その先に、盟主がいた。


 天統連盟の盟主。


 何度も俺たちの城へ兵を送り、配下にし、道を奪った相手。


 追い詰めたはずだった。


 けれど、その顔には、まだ余裕が残っていた。


「ここまで、維持したか」


 周囲の戦闘を見ながら、そう言った。


「損失は十分に与えた。配分の差も、負担の偏りも生じていたはずだ」


 俺は足を止めた。


 その言葉は、敵対する盟主のものではなかった。


「なぜ、離反が広がらない」


 問いは、俺へ向けられていた。


 答えようとした時、横から別の声がした。


「愛のためだよ」


 巌だった。


     *


 たまたま、近くにいた。


 真砂が手配した後続の部隊を通し、盟主城の制圧を見届けるために来ていた。


 大きな宣言をするつもりなど、なかったらしい。


 いつもの調子で、俺と律を見た。


「こいつら、嫁と旦那を助けるために、ここまで人を巻き込んだんだぞ」


「巌さん、今――」


 律が言いかけた。


「まあ、夫婦だけの話でもないがな」


 巌は、崩れた門の向こうへ目をやった。


「友達でも、隣人でもいい。世話になった奴でも、飯を一緒に食った奴でも。あいつが困っとるなら、ってやつだ」


 盟主の表情が、止まった。


 ほんの一瞬だった。


 瞬きが途中で止まったように見えた。


「……愛」


 口だけが動いた。


「所属集団への愛着は、調整対象に含まれている」


「そんな難しいことは知らんよ」


 巌が肩をすくめた。


「お前の都合どおりに好きになったり、嫌いになったりはせんだろう」


 盟主の瞳に、細かな光が走った。


 何かを読み直しているようだった。


 その顔が、もう一度止まる。


 同時に、足元が震えた。


 攻撃の衝撃とは違った。


 地面の感触そのものが、一拍だけ消えた。


     *


「来た!」


 澪が叫んだ。


 視線は、盟主へ向いていなかった。


 何もない空間を見ている。


「外が入った。管理側の接続が、今、一つ切れた!」


 レンが動いた。


 俺の横を抜け、盟主の背後へ走る。


 まだ敵兵がいた。


 沈烈が槍を振り、道を塞ごうとした部隊を止めた。


「進め!」


 カイが走った。


 澪が弓を下ろし、片手を伸ばす。


 前へ出ていた味方の武将と、カイの位置が入れ替わった。


 一瞬で、カイが盟主の背後へ入る。


 そこには、扉があった。


 さっきまで壁だった場所に、薄い継ぎ目が浮かんでいる。


「見つけた!」


 澪の声が響いた。


「除外された人の保管先。こっちに繋がってる!」


 盟主が顔を上げた。


 表情が戻る。


 同時に、周囲の敵兵が一斉に向きを変えた。


 俺たちではない。


 カイを見ていた。


「守れ!」


 俺は叫んだ。


     *


 関羽が来た。


 その横から、張飛が踏み込む。


 レンが、二人の前へ立った。


 一人で倒すためではなかった。


 踏み込む先を、一本に絞る。


 そこへ、玄の兵が横から入った。


 盾が鳴った。


 槍が折れた。


 律の指示で、弓兵が後続を止める。


 晴の蒼波が、離れていた騎馬を呼び戻した。


 城内の狭い道へ、味方が集まる。


 敵将の足が止まった、その間に。


 カイが、継ぎ目へ両手を当てた。


「力任せにやるなよ!」


 レンが叫ぶ。


「分かってる!」


 カイの指が動いた。


 壁を掴んでいるように見えた。


 けれど、見ているうちに、違うと分かった。


 固くなった場所を探す。


 引っ張られている方向を確かめる。


 一か所を緩め、別の場所を支える。


 俺の肩に触れていた時と、同じ順番だった。


 見えない何かが、細くほどけていく。


「ここ、外すよ」


 澪が頷く。


「その奥。まだ一つ残ってる」


「分かる」


 カイの手が、沈んだ。


 壁の中へ、指が入った。


 そこから、ゆっくりと左右へ開く。


 扉ではなかった。


 世界に、裂け目ができた。


     *


 向こう側は、暗かった。


 何もない暗闇ではない。


 小さな光が、無数に沈んでいた。


 その一つに、名前が浮かぶ。


 見覚えがあった。


 杏が息を呑んだ。


「……この人」


 書簡が来なくなった人だった。


 城は残っていた。


 代行が動かしていた。


 本人は、ここにいた。


 澪が両手を動かす。


 記録が開く。


 名前が増える。


 第一世界。


 第二世界。


 第三世界。


 第四世界。


 不適格とされた人たちが、区別されたまま保管されていた。


「反応、ある」


 澪の声が震えた。


 すぐに、言い直した。


「この保管領域、全員分ある。外の名簿とも合う!」


 カイは裂け目を押さえたまま、顔をしかめた。


「見つけただけじゃ、出られない」


「出口を繋ぐ」


 レンが後ろへ下がった。


 床へ武器の先を当てる。


 狙いを定めた先には、目に見える敵はいない。


 澪が言った。


「そこ。外から開けてる場所と、重なる」


 レンが踏み込んだ。


 鋭い音がした。


 武器が、空間の奥へ貫いた。


 遠くで、誰かの声がした。


『接続確認。こちらから受ける!』


 外の仲間だった。


     *


 カイの手から、光が伸びた。


 ほどいたものを、そのまま放さなかった。


 一本ずつ拾い、隣の光へ繋ぐ。


 引き抜けば、傷つく。


 ばらばらにすれば、行き先を失う。


 だから、支えながら動かす。


「こんな人数、聞いてないんだけどな」


 カイが呟いた。


 額から汗が落ちた。


 それでも、手は止まらなかった。


 糸を扱うように。


 髪の絡まりを、少しずつ解くように。


 光が、出口へ向かって流れ始めた。


 一つ。


 二つ。


 やがて、数えられなくなる。


 杏が名前を読んだ。


 葉が記録を照合した。


 澪が、取り残された反応がないか確かめる。


 朔が、味方の交代を促した。


 玄と岳が、敵を裂け目へ近づけなかった。


 律の声が、城内を走った。


「右、下がって! 次の盾、前へ!」


 俺も、声を出し続けた。


 あと少しなどとは、言えなかった。


 どれだけ残っているか、俺には分からない。


 ただ、カイの手が動いている間、ここを守る。


     *


 天統の盟主が、立ち上がった。


 もう、先ほどの余裕はなかった。


 その顔には、表情そのものがなかった。


「接続を停止する」


 声が重なった。


 一人の喉から出ているとは思えない音だった。


 周囲のデュアル武将が、同時に動いた。


 レンが前へ出ようとする。


 だが、出口を貫いた場所から離れられない。


 カイも、手を放せない。


 沈烈が槍を構えた。


 その隣へ、巨嶽が立つ。


 黒鉄の武将が続いた。


 別の同盟の盾兵が、前へ出た。


 俺たちだけでは、なかった。


 城門の外から、まだ味方が来ていた。


「ここまで来て、通すかよ!」


 玄の声。


 敵の最後の突撃が、味方の列へぶつかった。


 その向こうで、天統の盟主を守っていた兵が崩れた。


 沈烈の槍が届く。


 盟主の姿が、揺れた。


 城の制圧を告げる通知が浮かんだ。


 誰も、それを読んでいる余裕はなかった。


     *


「最後!」


 澪が叫んだ。


 暗闇の奥から、小さな光が一つ浮いた。


 カイが手を伸ばす。


 引っかかっていた糸を緩める。


 光が、出口へ動いた。


 外から声が返った。


『除外対象、全員受け入れ確認!』


 カイが膝をついた。


 レンが肩を支える。


 杏が、口元を押さえていた。


 誰かが笑った。


 誰かが泣いていた。


 戻ってきたのだと思った。


 少なくとも、もう、あの暗闇にはいない。


     *


 次の瞬間、世界中へ文字が浮かんだ。


『外部保護領域への移送を開始します』


 運営のものとは違う表示だった。


 短い説明が続く。


 その場を離れる必要はない。


 城へ戻らなくてもいい。


 現在地から、順に保護する。


 外の犯罪管理局の名が記されていた。


 澪が、各地の接続を確かめる。


 王城で全員が揃った時の記録。


 その後、杏と葉が集め続けた所在。


 律が繋いだ同盟の連絡先。


 それらが、抜けを探すために使われていた。


「後方から、始まってる」


 澪が言った。


「城を守ってる人も。移動中の人も」


 味方の一人が、光に包まれた。


 消えた。


 すぐに、外から受け入れの確認が返る。


 次の一人。


 また一人。


 ようやく、玄が武器を下ろした。


「……飯、あるかな。向こう」


 朔が、笑いながら頭を振った。


「お前、本当にそれだな」


     *


 晴が消える前に、俺を見た。


「また、集まろうな」


「うん」


「今度は、兵とか抜きで」


「釣りなら、負けないぞ」


「お前、俺より釣れてなかっただろ」


 笑ったまま、晴が光に包まれた。


 千景は、最後まで人数を確認しようとしていた。


 正臣が、その手元を覗き込む。


 巌は真砂へ何か言い、肩を叩いた。


 真砂は呆れた顔で、それでも頷いた。


 皆が、順に消えていった。


 岳が、俺を見る。


「帰る道、あるな」


「ああ」


「なら、いい」


 葉は何か言いかけて、やめた。


「向こうで話す」


 杏が大きく頷いた。


「絶対ね」


 玄が俺の肩を叩く。


 朔が、律へ目を向けた。


「こいつ、ちゃんと連れてこいよ」


「任せて」


 律が答えた。


 光が、五人を連れていった。


     *


 城内が、静かになった。


 敵の兵も、もう動いていない。


 カイが裂け目の端を押さえ、レンが出口を保っている。


 澪が俺と律を見た。


「次。二人とも、そのままで」


 律の手が、俺の手を探した。


 握った。


 ようやく、終わる。


 そう思った。


 光が足元へ集まった。


 視界が白くなる。


 その中で、律が笑った。


「向こうでも、ちゃんと見つけてね」


「そっちこそ」


 指を握り直した。


 その瞬間、光が消えた。


     *


 足元が、黒かった。


 城の床ではない。


 空も、壁も、何もない。


 俺と律だけが立っていた。


 握った手は、そのままだった。


「……律」


「いる」


 声が近かった。


 それだけで、少し息ができた。


 遠くから、澪の声が聞こえた。


『二人が消えた。外じゃない!』


 レンが何か叫んだ。


 カイの声もした。


 すぐに、途切れた。


 目の前へ文字が浮かんだ。


『移送対象、再指定』


『中核関与対象二名、隔離』


 俺は、その文字を睨んだ。


 自分たちで残ったわけではなかった。


 選ばされる時間すら、なかった。


 最後に、掴まれた。


 律の手に、力が入る。


 暗闇の向こうで、声がした。


「もう少しだけ、確認させてもらおう」


 聞き覚えがあった。


 天統の盟主の声に、重なっていたものだ。


「君たちの関係が、この結果に、どこまで影響したのか」


 俺は律を自分の方へ引いた。


 律は、俺の背後には回らなかった。


 隣に立った。


「断ります」


 はっきりと言った。


 声が、暗闇へ響いた。


「もう、帰る約束をしているので」


 返事はなかった。


 ただ、遠くに小さな光が見えた。


 一度、消えかけた。


 それでも、細い線になって残った。


 カイが最後まで、手放さなかった糸のように。


 俺は、その光を見失わないように立っていた。


 律の手を、握ったまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。