他人と比べないと凄さがわからないよね
第百六十五話 戦わなかった人たち
天統連盟は、攻められたままではなかった。
暁の輪が抜いた道へ、別の部隊を差し向けた。
黒鉄がこじ開けた穴を正面から塞がず、その両脇へ兵を集めた。
三同盟の連撃には、騎馬を不用意にぶつけず、弓の射程の外で部隊を広げた。
敵も、こちらを見ていた。
押せば、押した分だけ対応が変わる。
それでも、こちらには交代する味方がいた。
一つの同盟だけで答えを出さなくていい。
そのことが、戦いを変え始めていた。
だから、最初の報告を読んだ時も、敵がまた別の部隊を動かしたのだと思った。
『南の大城より、部隊が出陣』
俺は地図を見た。
天統の道とは、繋がっていない。
「その城、誰が持ってる?」
杏が書簡を裏返し、添えられた確認事項を読む。
「まだ、攻略されてない」
卓の周りが静かになった。
*
次の報告は、別の地域から来た。
未攻略の城から、兵が出た。
その次も。
その次は、すでに占領されていた大城だった。
城外に駐屯させていた守備隊が、門の内側に現れた別の軍勢に襲われたという。
「董卓の時と、同じなのか」
玄が言った。
俺は首を振った。
「まだ分からない」
死んだ兵が戻ったという報告はなかった。
倒した武将が、再び現れたとも聞いていない。
ただ、今まで城の中で待っていたはずの敵が、外へ出てきている。
占領した城の内部に、新しい敵まで現れている。
城の攻略と、同盟同士の戦争。
別々だと思っていた二つが、同じ地図の上で重なり始めていた。
葉から、全体への連絡が届いた。
『城から出た部隊と、天統連盟の部隊は分けて記録してください。出現数、出陣時刻、進路。現時点で同一の指揮系統とは断定できません』
続いて、短い追記。
『ただし、こちらが攻勢へ移った直後に、各地で始まっています』
俺は、その一文を読んだ。
偶然だと言い切れる時期ではなかった。
だからといって、腹を立てるだけでは兵は止まらない。
「まず、どこへ向かってる」
杏が地図へ印を置いた。
補給の道。
後方の生産地。
前線へ兵を送った同盟の、薄くなった留守。
守る場所が、一度に増えた。
*
――桃園大連盟、共同連絡所。
「出兵した部隊を戻してください!」
律の前へ、書簡が積まれた。
要請は一つではない。
城が近い同盟ほど、切迫していた。
前線へ兵を送った。
その兵が敵と向き合ったところで、自分たちの背後に別の敵が現れた。
何のために協力したのか。
そんな言葉もあった。
律は、反論しなかった。
「戻せる部隊を確認します。ただ、全部を同時に帰還させると、前線で隣を守っている部隊が取り残されます」
「こちらの城は、どうするんですか!」
「今、そこを決めます」
答えながら、葉へ情報を送る。
どの城から出たか。
どの道なら届くか。
どれくらい持たせられるか。
朔には、補充用に残していた兵を、守備へ回せるか尋ねた。
真砂には、輸送先の変更を頼んだ。
戦争は、前へ出す部隊だけでは続かない。
分かっていたことだった。
分かっていたから、後ろにも残していた。
それでも、想定した場所の全部へ敵が来るわけではない。
備えの外側に、次の敵が現れた。
*
俺たちのところにも、帰還の相談が来た。
交代してくれた同盟の、後方が危ない。
全部隊ではない。
一部だけでも戻したい。
「分かった」
そう答えてから、俺は残っている兵を見た。
休ませたばかりだった。
武将の装備も、まだ修繕の途中だ。
もう一度、前へ出す。
言いかけたところで、岳が止めた。
「今の線を、そのまま守る必要はない」
「下げるか」
「少し。前に決めた場所なら、少ない兵でも交代できる」
玄が頷いた。
「取り返したから、絶対渡さねえってやると、また同じだ」
俺は地図の印を動かした。
勝ち始めると、後退が損に見える。
ようやく取った土地だ。
せっかく味方が来てくれた。
そう考えるほど、そこへ兵を縛りつけたくなる。
息を吐いた。
「下げよう。帰る部隊の道は、最後まで空ける」
杏が連絡を書き始めた時、別の書簡が届いた。
差出人に、見覚えがあった。
ただ、戦争の相談をしたことはない。
『留守の城を守るだけなら、参加できます』
*
――南西、木陰同盟。
「出すって、何をですか」
副盟主が聞いた。
盟主の栄一は、城の外を指した。
「兵」
「それは分かりますけど」
「あるだろ」
「ありますけど」
二人とも、しばらく黙った。
木陰同盟は、小さかった。
土地を広く取ることにも、ランキングを上げることにも、あまり興味がなかった。
畑を増やす。
倉庫を揃える。
同じ大きさの建物を、きれいに並べる。
そういうことが好きな人が集まっていた。
栄一は、兵を作るのが好きだった。
正確には、兵が順番に揃っていくのを見るのが好きだった。
資源が無駄なく減る。
兵舎が止まらない。
補助する武将を置き換えると、完成までの時間が縮まる。
その工夫を、ずっと続けていた。
戦争はしなかった。
兵は減らなかった。
統合前には、持っていけるだけ持っていこうと、さらに作った。
結果として、城の中にいた。
大量に。
「維持の分が大変だって、言ってたじゃないですか」
「だから畑を増やした」
「そういう話でしたね」
副盟主は、兵数の一覧をもう一度見た。
実感が湧かなかった。
前線で何度も戦っている同盟の、今出せる兵より多い。
ただし、それを動かした経験は、ほとんどない。
「遠征は無理だよ」
栄一が言った。
「急に、上手く戦えって言われても困る」
「では?」
「隣の城。あそこなら道も分かる。守る武将もいる」
その城の主は、木陰へ何度も物資を運んでいた。
戦争には来なくていい。
余った食料があれば買わせてほしい。
そう言っていた人だった。
今、その人の城へ、敵が向かっている。
栄一は立ち上がった。
「兵を作って満足してたんだよな、俺」
責めるような声ではなかった。
自分で初めて、使い道を見つけたような声だった。
「今日は、使う」
*
非戦派と呼ばれていた人たちから、少しずつ返事が来た。
人の城を攻めるつもりはない。
それでも、帰る場所を守るなら兵を出す。
隣が襲われているのを、見ているだけではいられない。
自分たちの土地まで来る前に、道を止めたい。
理由は、揃っていなかった。
考え方が変わった人もいる。
考え方を変えずに、今できる戦いを選んだ人もいた。
律は、参加条件を一つにしなかった。
守備だけ。
輸送だけ。
城から出た部隊だけを相手にする。
それぞれの希望を、役割の横へ書いた。
誰かが言った。
「今まで戦わなかった人を、急に頼りにして大丈夫ですか」
律は答えた。
「慣れていない仕事は、頼みません」
そして、次の書簡を開いた。
「慣れていることを聞きます」
*
城を守る武将を、ずっと育てていた人がいた。
攻める気がなかったからこそ、守備の技能を重ねていた。
弓兵だけ、妙に多く持っている人がいた。
好きな武将が弓兵を強化するので、そればかり作っていた。
騎馬を大量に抱えながら、長距離の出兵をしたことのない人もいた。
「馬が並んでるの、好きなんです」
聞いた担当者が、しばらく黙ったという。
俺も、その報告を読んで黙った。
真砂は違った。
『必要な食料と、出せる範囲を確認してください』
返事はそれだけだった。
理由が何であれ、兵はいる。
ただし、数だけで勝てるわけではない。
慣れていない部隊を遠くへ送り、敵の前で迷わせれば、大量に失う。
そこで、経験のある側が役割を狭くした。
ここへ着いたら止まる。
この土地から先へは追わない。
交代の合図はこれ。
危なくなった時は、誰へ連絡するか。
勝ち方より先に、失い方を小さくするための約束を渡した。
*
――南西、共同守備線。
栄一は、自分の兵が城門を出るところを見ていた。
いつまでも、列が終わらなかった。
数は知っている。
何度も確かめていた。
それでも、実際に動くと違った。
足音で、地面が鳴る。
隣へ立った指揮役が、思わず尋ねた。
「まだ、出ます?」
「あと二隊」
「……分かりました」
第一世界出身のその男は、笑わなかった。
驚きはした。
けれど、すぐに配置を変えた。
「全部、前へは並べません。一隊は後ろに残しましょう」
「多い方が、止められませんか」
「交代できる方が、長く止められます」
栄一は頷いた。
知らないことは、多かった。
それでも、兵を勝手に奪われるのではなかった。
説明がある。
確認がある。
自分の返事を待ってくれる。
だから、次も聞けた。
「弓は、今ですか」
「まだです」
大城から出た部隊が、道を埋めて近づいてくる。
先頭が守備の盾へぶつかった。
音に、栄一の肩が跳ねた。
敵の勢いで、前列がわずかに押される。
「今です」
栄一が、武将へ指示を出した。
弓が鳴った。
一本や二本ではない。
溜め続けていた兵の数が、そのまま空へ現れた。
黒い帯のような矢が、道へ降る。
敵の前進が鈍った。
後ろが詰まる。
二射目。
隣の指揮役が、低く息を吐いた。
「これは、止まりますね」
栄一は答えられなかった。
目の前で、自分の兵が戦っていた。
*
その日、各地の守り方が変わった。
攻めに出ていた精鋭を、すべて呼び戻す必要がなくなった。
後方へ戻った一部の経験者が、残っていた兵をまとめる。
地元の盟主が、よく知っている道へ配置する。
戦争の経験はなくても、自分の城の周りなら知っている。
雨でぬかるむ場所。
荷車が詰まる曲がり角。
丘の上から、どこまで見えるか。
それを聞いて、戦える形に変えていく。
もちろん、失敗も起きた。
早く技能を使いすぎた武将がいた。
追わない約束だったのに、退く敵を追った部隊もあった。
前線を見て怖くなり、兵を戻した人もいた。
律は、その人を全体の前で責めなかった。
空いた場所へ交代を回し、後で何があったか聞いた。
次に出るかどうかは、本人と話して決めた。
一度の戦いで、誰もが戦士になるわけではなかった。
それでも、翌日にもう一度、守備へ来る人がいた。
*
夕方、葉から情報がまとまって届いた。
『城から出た部隊は、撃破後、直ちに同数が補充されているわけではありません』
俺は背もたれから身を起こした。
続きには、出現を確認した城と、再出現が確認できていない城が分けられている。
無限に出ると決まったわけではない。
まだ分からない場所も多い。
だが、目の前の兵を止めれば、時間を作れる可能性がある。
それは、大きかった。
別の書簡には、南西の守備成功が書かれていた。
木陰同盟。
聞き覚えはある。
戦果の報告で見るのは、初めてだった。
「兵数、これ合ってるのか」
俺が言うと、杏が笑った。
「私も聞いた」
「それで?」
「少し減った後の数字だって」
玄が覗き込んだ。
眉が上がる。
「俺たち、ここの畑をもっと褒めておくべきだったな」
「兵を出してほしくて褒めるのは駄目だろ」
「いや、普通にすげえよ」
それには、俺も頷いた。
*
夜、木陰の栄一から、短い書簡が届いた。
『今日は止められました。明日も同じようにできるかは、分かりません』
少し間を空けて、もう一文。
『兵が減るところを見るのは、思っていたより怖かったです』
俺は、その文を長く見た。
勝ったという報告の後ろに、そう書いてくれたことがありがたかった。
怖かったのに、もう平気なふりをしてしまう人を、何人も見てきた。
俺自身も、何度もそうした。
返事を書いた。
『止めてくれた分、こちらの部隊が前に残れました。ありがとうございます』
その下に続ける。
『明日は交代の相談をしてください。今日できたから、明日も同じだけ、とは考えなくて大丈夫です』
書き終えて、杏へ渡した。
窓の外では、帰還した部隊が門をくぐっていた。
全員が前へ進む必要はない。
前へ進む人がいる。
戻る場所を守る人がいる。
その間を、荷車が走る。
地図の上で、味方の印は敵へ向かって伸びていた。
その後ろにも、新しい印が増えていた。
俺は、木陰同盟の名前をそこへ書き込んだ。




