配下でーす
第百六十三話 配下ですが、何か
最初に届いたのは、援軍ではなかった。
武将が売れたという通知だった。
出品していたのは、倉庫の生産を補助するSR武将。
強い武将ではある。
ただ、今の俺たちには、同じ役割を持つ武将を何人も置いておく余裕がなかった。
兵を作るためのポイントに変える。
そのつもりで出したものが、想定していた額を大きく超えて落札されていた。
「……桁、間違ってないか」
俺が呟くと、周が取引記録を確かめた。
「成立しています」
「いや、成立してるのは分かるんだけど」
落札者の名前を見た。
知っている名前だった。
以前、合併の相談をしたことがある、小同盟の盟主。
北西を離れ、今は別の同盟で兵を揃えている人だった。
ほどなく、書簡が届いた。
『そちらで眠らせるくらいなら、こちらで働いてもらいます。生産が回復したら、また取引しましょう』
その下に、小さな字で一文。
『値段については、真砂さんに相談済みです』
俺は顔を上げた。
「何を始めたんだ、あの人」
*
『商売です』
返事は、妙に簡潔だった。
続く説明は、簡潔ではなかった。
北西では、戦闘に出せる武将が足りない。
一方で、城を失い、生産拠点を減らしたため、役割を失った内政武将がいる。
外では、これから兵を増やすために、生産を補助する武将が必要だった。
欲しい物が、違う。
ならば、交換すればいい。
『ただし、都合よく同じ価値になるとは限りません。ですから、ポイントを間に入れます』
北西の武将を、準備中の同盟が買う。
北西は得たポイントで、今必要な武将を買う。
外から出品される武将の中には、こちらが重ねて育ててきたものと同じ武将も含まれていた。
希少なURを一体引けるかどうかに賭けるのではない。
あと一枚で技能が育つSSR。
不足していた兵種を支えられるSR。
すでに育っているR武将と組み合わせられる副将。
必要なものを、必要な数だけ探す。
戦争前、散々みんなで話していた理屈だった。
その理屈を、真砂は今、各地の在庫と繋いでいた。
『受け取り手の希望は、弥平さんにまとめてもらっています。本人が出品する分と購入する分を取り違えないよう、一覧を見てください』
書簡の最後には、注意もあった。
『公開取引です。欲しい武将を必ずこちらが買えるとは限りません。無理に競り上げないこと。代わりは探します』
俺は、もう一度落札額を見た。
相場より、高い。
こちらが助かるように、値をつけてくれていた。
ただ、届くのは施しではなかった。
向こうでも、あの武将が働く。
俺たちが使えなくなった力が、別の場所で兵を増やす。
その兵が、いずれこちらへ繋がってくる。
*
「俺のとこにも来た!」
玄が飛び込んできた。
後ろに、新しく登用した武将がいる。
見覚えのあるSSRだった。
「あと一枚だったんだよ、こいつ」
「重ねるポイントは?」
「残してある」
玄は得意そうに笑った。
「前みたいに、買ってから足りねえってやらかすと思ったか」
「少し」
「俺も少し不安だった」
正直だった。
弥平の確認を受け、武将を重ねる。
技能の表示が変わった。
部隊へ届く効果が、一段上がる。
それだけで、敵との半年の差が全部埋まるわけではない。
けれど、同じ兵を出しても、以前より持ちこたえられる。
同じ数の矢を射ても、与えられる損害が増える。
足りない兵を、少しでも長く使える。
今の俺たちには、その少しが大きかった。
「次、俺も確認してもらいたいんですが」
冬馬が顔を出した。
さらに後ろで、別の人が手を上げる。
気づけば、卓の周りに人が集まっていた。
負けた話ばかりだった場所で、久しぶりに、何を育てるかという話が始まった。
*
「この武将、手放したくなかったんですよね」
出品の確認をしながら、一人が言った。
俺は手を止めた。
「なら、やめてもいい」
「いえ。今、使えてないのも本当なので」
その人は、表示されている武将を見つめた。
「最初の頃からいたんです。あまり喋らないけど、ずっと畑に置いてて」
俺は頷いた。
「向こうで使ってくれるんですよね」
「必要だから買いたいって、話が来てる」
「だったら、お願いします」
取引の記録へ、名前が加わる。
何を売るかは、本人に決めてもらった。
効率が悪いからと、残したい武将まで集めるつもりはなかった。
城を失った後で、手元に残っているものまで他人に決められたら、何のために戦っているのか分からなくなる。
真砂から届いた一覧にも、同じことが書いてあった。
『売却不可の希望は、最初に記入してください。理由は不要です』
俺はその一文を、しばらく見ていた。
*
武将とポイントが動き始めた頃、岳が別の地図を持ってきた。
「ここ、取れる」
指が置かれたのは、敵の進軍路の脇だった。
俺たちが守っていた頃には、手を伸ばす余裕がなかった場所だ。
「敵の土地じゃないか?」
「道は敵の土地。その横は、まだ空いてる」
天統連盟は、速かった。
城を落とすために必要な道を伸ばし、その先へ兵を送る。
資源の少ない土地まで、一枚ずつ埋めてはいなかった。
道の脇に、空白が残っている。
「そこから先は?」
「低い丘。向こう側へ抜ける道がある」
葉からの確認書簡を開いた。
配下になったことで制限された行動はある。
親側への直接攻撃はできない。
ただし、未取得の土地まで取れなくなったわけではない。
旧来の連絡も、武将の取引も、全部を止められてはいなかった。
配下になった同盟が、自分たちの生産を立て直すことまで禁じられてはいないのだ。
俺は地図へ顔を寄せた。
敵の道が、すぐ近くを通っている。
この間まで、そこに近づくだけで兵を削られていた。
今は、別の条件になっている。
「……畑を作るか」
岳が頷いた。
「それと、休ませる場所を」
*
派手な土地は取らなかった。
高資源地を奪い合う余裕もない。
敵が通過した道の脇へ、少しずつ足を伸ばした。
一枚取る。
その隣を確かめる。
休ませられる場所ができたら、武将を置く。
敵の城を囲むような動きは避けた。
そうすれば、当然、こちらを警戒させる。
実際に必要だったのは、荷車が止まれる土地と、兵を寄せられる土地だった。
配下の同盟が生活を立て直す場所でもある。
それでいて、独立して動ける日が来れば、別の使い方ができる。
外から一歩ずつ道を伸ばすより、はるかに近い。
「こんなところで、また土地を取ることになるとはな」
玄が言った。
「前は、取られないように必死だったのに」
「敵の土地を取ってるわけじゃない」
「分かってる。でも、腹立つくらい近いだろ」
丘の向こうに、天統の輸送隊が見えた。
もちろん、今は手を出せない。
俺たちはその場で道を見た。
荷車の数。
通る時刻。
護衛の兵種。
見えたことだけを、杏へ渡した。
そこから葉へ届く。
配下になったから、敵の内部が全部見えるわけではない。
近くにいて、自分たちの目で見られるものが増えた。
それだけだった。
それだけで、外へ渡せる情報は変わった。
*
敵からも、書簡が来た。
『土地の取得を進めているようですが、兵の補充を優先しているのですか』
代行かどうかは、分からない。
文章だけで決めるつもりはなかった。
俺は答えた。
『生産の回復と、帰還した部隊を置く場所を確保しています』
嘘ではなかった。
返事は短かった。
『既存の進軍路を妨げないように』
俺は読み終え、岳へ渡した。
「止められなかった」
「まだ、だな」
「うん」
いつまで続けられるかは分からない。
だから、一つの場所へ全部集めなかった。
止められた時に手を引けるようにする。
使えなくなる土地が出ても、別の道が残るようにする。
岳は相変わらず、進む場所と一緒に、戻る場所を探していた。
*
数日後、高瀬から妙な書簡が届いた。
『天統の中で、あなたたちの話が出ているそうです』
嫌な予感がした。
続きには、こうあった。
『配下になってからの方が、よく動いている、と』
俺は額を押さえた。
玄が横から読む。
笑った。
「そりゃ、城をずっと殴られてた頃よりは動けるだろ」
「目立ちすぎるなよ」
「俺だけに言うなって」
実際、動いていたのは俺たちだけではない。
正臣は、同盟の所属が変わっても、物資の行き先を見失わなかった。
千景は、使えなくなった連絡の代わりを一つずつ整えていた。
晴は、落ち込んでいる人の城へ顔を出し、帰りにはなぜか別の仕事を頼まれてきた。
畑の場所を決める。
足りない武将を探す。
土を運ぶ。
本人に聞くと、暇そうだったから、と言う。
全然、暇ではない。
ただ、何もすることがない顔をしている人を、放っておけないのだろう。
『あいつら、元気やな』
別の知人から届いた書簡にも、似たようなことが書いてあった。
元気なわけではなかった。
兵は減った。
城は壊れた。
眠る前に、失った場所を思い出す人もいる。
それでも、明日までにやることがあると、手は動く。
俺たちは、その仕事を切らさないようにしていた。
*
外から届く書簡も、変わり始めた。
準備中。
調整中。
確認中。
そういう言葉の後ろに、具体的な日が入った。
朔から、兵が揃う日。
真砂から、補充の物資が届く日。
葉から、敵の輸送が重なる時刻。
そして律から、会議を開くという知らせが来た。
『今度は、参加する皆さんの名前を出します』
俺は、その一文を何度か読んだ。
秘密の連絡だけではなくなる。
相談しているだけでもなくなる。
自分たちは、ここで協力する。
それを、外へ示すのだ。
*
会議には、各地の同盟が参加した。
白嶺。
翠河。
天央会。
蒼海。
南風。
東天をはじめ、これまで別々に対応していた有力同盟も、代表を送った。
大きな同盟だけではない。
城が数えるほどしかない同盟。
兵は出せないが、道を貸せる同盟。
第一、第二世界から来て、天統に加わらず残っていた人々。
律が普段から書簡を交わしていた相手も、その中にいた。
参加したからといって、一つに合併するわけではない。
全員の兵を、一人が自由に動かすわけでもない。
それぞれが守る場所を持ったまま、できる役割を引き受ける。
そのための約束を、文章にした。
同じ連合に属する相手の出兵中、その留守を狙わない。
借りる道と補給の負担は、先に確認する。
出せない兵を、出せると言わない。
不参加や返答の遅れだけで、代行だと決めつけない。
そして、苦しくなった時は、予定より早く知らせる。
聞けば当たり前のことばかりだった。
けれど、その当たり前がないままでは、誰も自分の城から兵を動かせなかった。
*
「名前は、どうしましょう」
会議の最後に、そう聞かれたという。
大げさな名前も出た。
強そうな名前もあった。
地名を並べる案は、途中で長すぎると分かった。
律が提案した。
「桃園は、どうですか」
少し、間があった。
あの宴にいた人たちは、思い出したのだろう。
統合前の王城。
慌ただしく並べた料理。
知らない同盟の人と、同じ卓で食べたこと。
困った時は助けを求める。
できる人が、できる形で応える。
全員が同じ日に死ぬような誓いにはしない。
そう話した日のことを。
「私は、あの場にいませんでしたが」
第一世界出身の盟主が言った。
律は答えた。
「では、今から一緒にお願いします」
その人が、少し笑った。
反対は、出なかった。
桃園大連盟。
その名で、各同盟へ書簡が出された。
*
俺たちのところへ届いた文書には、多くの名前が並んでいた。
北西を救うためだけの集まりではない。
各地で広がる支配に対し、自分たちで決めて暮らす場所を守る。
この世界の管理側が隠したことを確かめ、意識を除かれた人たちも取り戻す。
その目的が、明記されていた。
俺は、署名の一つに指を置いた。
律。
いつもの字だった。
朝、置き手紙に書いてあった字と同じだった。
「奥さん、すごいことになってるぞ」
玄が言った。
「……そうだな」
「もう、お前の奥さんって呼ぶと怒られるんじゃねえか」
「本人に?」
「周りに。あの人の旦那さん、って」
杏が吹き出した。
俺も笑った。
少し、胸を張りたい気分だった。
自分が何かをしたわけではない。
それでも、嬉しかった。
*
旗揚げの知らせが届いた夜、もう一通、律から私信が来た。
『大きな約束をしたので、これからが大変です』
そこまでは、彼女らしいと思った。
続きで、手が止まった。
『でも、あなたたちだけに大変な仕事を残さずに済みそうです』
俺は目を閉じた。
しばらくしてから、返事を書いた。
『こちらも、準備しています』
確保した土地。
兵を置ける場所。
敵の道が見える丘。
配下のままでは使えないことも、分けて伝えた。
次に必要なのは、いつ、どこで自由に動ける状態を取り戻すか。
外から来る人たちと、そこを合わせなければならない。
俺一人では、もう決められない。
決めなくてよかった。
卓の周りへ人が集まり始めた。
玄が、育て直した武将の記録を持ってくる。
岳が、新しく取った土地を地図へ加える。
杏が、連盟から届く書簡を地域ごとに分ける。
俺は椅子を一つ引き、地図を広げた。
取り返したい城の向こうに、これまでとは違う色の印が増えていた。
味方が、こちらへ近づくためにつけた印だった。




