まもる
第百五十七話 次の一隊
翌朝、朔が来た。
荷車は一台だけだった。
積んでいたのは、兵を補充するための資源と、交換で集めた装備だった。
「全部じゃない」
最初にそう言った。
「後ろにも残してる。これで、今日動かす分を作って」
俺は荷を見た。
これだけでは足りない。
だが、これがなければ出せない隊がある。
「助かる」
「玄は?」
「少し前に寝た」
「起こさないで。あいつの武将に合う装備、置いていくから」
朔は受け渡しの控えを周へ渡した。
そこには、どの隊へ何を回すかまで書かれていた。
*
敵は、夜の間も土地を伸ばしていた。
すべての場所で戦っているわけではない。
守備のあるところは一度確かめ、薄い道へ回る。
攻められる城を増やし、こちらを動かす。
北西連盟の人数は多い。
だが、今すぐ同じ場所へ集まれる人数ではなかった。
離れた城へ連絡する。
道を繋ぐ。
到着まで持たせる。
その仕事が終わるより先に、次の場所が危なくなる。
葉は、夜の報告を並べ直していた。
「全部に同じ数を置くと、どこも薄くなる」
俺は地図を見た。
「どこを残す」
尋ねると、葉は少しだけ唇を結んだ。
言えば、ほかを薄くすることになる。
それでも彼女は、二本の道へ印をつけた。
「ここ。荷が通る方と、遠くの仲間が合流する方」
城の数ではなかった。
次の兵が届く道だった。
*
守る場所を絞ると、反対も来た。
自分の城の前から、兵がいなくなる。
怖くないはずがない。
俺は一人ずつ説明した。
守らないと決めたのではない。
戻れる道と、次に援軍を送れる場所を残す。
必要なら、先に荷を動かしてほしい。
だが、その説明で不安が消えるわけではなかった。
『前の世界では、皆で一つになれば守れると言っていたでしょう』
その書簡を読んで、俺は筆を止めた。
隣で律が、別の返事を書いていた。
俺の手が止まったのに気づき、こちらを見る。
紙を渡した。
律は最後まで読み、机へ戻した。
「私からも話す」
「俺が返す」
「うん。そのあと、私も話す」
言い合いにはならなかった。
俺は筆を取った。
今の兵の位置。
間に合う時刻。
できることと、できないこと。
約束を大きくして安心させるより、それを正確に書くしかなかった。
*
高瀬から、新しい道の情報が来た。
第一世界で一緒だった知人へ連絡がついたという。
天統連盟の外に残っている城主たちが、中央寄りにいた。
『北西へ今すぐ主力を送る余裕はありません』
『ただ、あなたたちの後方へつながる道を、こちらから取れます』
俺は地図を開いた。
少し遠回りになる。
それでも、敵が伸ばしている道から離れていた。
岳へ回す。
すぐに返事が来た。
『使える。こちらからも繋ぐ』
昨日、別の世界から来たばかりの相手だった。
まだ顔も見ていない。
その人たちが取る土地へ、仲間を逃がす道を繋ぐことになる。
俺は高瀬へ礼を書いた。
彼の返事は短かった。
『昔の仲間の城名を、敵として見るのはきついですね』
俺は、その一文にすぐ返せなかった。
*
昼前、北の道へ再び攻撃が来た。
今度は、玄を先頭へ置かなかった。
冬馬の守備隊が受ける。
岳が横の道を見た。
朔の資源で整えた一隊が、その後ろへ入る。
昨日より少ない兵で、昨日より長く持たせなければならなかった。
宗吾は、戦う範囲を狭くした。
取り返せそうな土地があっても、追わない。
敵の一隊が下がっても、その後ろを確かめるまでは出ない。
カイが俺へ尋ねた。
「俺たちは?」
「最高位の武将が前へ出た時に、頼む。今は兵の列から出るな」
「分かった」
澪が、守備の位置を見ていた。
「逃がす時なら、手伝える。でも、何十隊もまとめては動かせない」
「ああ。そこまで頼まない」
特別な能力があっても、地図全体には届かない。
俺たちが確かめる範囲は、少しずつ広がっていた。
*
前衛の一隊が、帰還の途中で挟まれかけた。
宗吾が指示を変える。
間に合わない。
澪が走った。
少し高い場所へ上がり、見える範囲を確かめる。
敵へ向き直ろうとしていた武将が、後方の支援武将と入れ替わった。
代わりに前へ出た武将は、すぐ兵へ退く指示を出した。
沈烈の槍兵が、その脇を押さえる。
列が抜けた。
助かった隊の城主から、礼が届く。
その直後には、別の場所で土地が落ちたという知らせが来た。
俺は二つの書簡を、並べて置いた。
一つ助けても、すべては止まらない。
それでも、助けられた一つを小さく数えたくはなかった。
*
夕方、直哉から連絡が来た。
配下になった城からだった。
『こちらへ、次の部隊が入っています』
敵の人数。
兵種。
向かう方向。
見える範囲だけが、短く書かれていた。
俺はすぐに返した。
『危険なら、報告は止めてくれ』
返事が届いた。
『分かっています。ただ、今はこれならできます』
杏が、その文を読んだ。
「本人と、少し話していい?」
「ああ」
彼女は戦況を聞く書簡ではなく、食事と城内の様子を尋ねるものを書き始めた。
まだ、仲間とのやりとりが続いている。
敵の旗の下へ移ったからといって、その人まで別人になったわけではなかった。
*
瀬名から、各地の状況が届いた。
南東でも天統連盟の進路が確認された。
中央の同盟は、合流する道を整えている。
すぐ出せる隊は限られるが、補充と再編を急いでいる。
『北西へ集中している分、こちらに時間があります』
その一文を、俺は黙って読んだ。
続きがあった。
『その時間を、無駄にはしません』
俺は紙を置いた。
まだ、救援の軍は見えない。
明日、北西のどこが攻められるかも、決まっていない。
それでも、向こうでは準備が始まっている。
宗吾が次の守備表を持ってきた。
玄も、少し眠って戻ってきた。
岳の取った道へ、朔の用意した荷が通ったという知らせが届く。
杏は、離れた城主と話していた。
葉が敵の進路を直す。
律が、交代する隊へ時刻を伝える。
俺は椅子を引き、皆の見ている地図へ近づいた。
今日は、この道を残す。
明日へ渡す兵を、ここから帰す。
まだ、その仕事があった。




