不穏
第百五十六話 最初に崩れた道
玄の部隊は、最初の攻撃を止めた。
報告が届く。
敵の騎馬が下がり、こちらの守備は残っている。
損耗はあったが、想定の範囲だった。
俺は息を吐きかけた。
その前に、次の報告が来た。
『西にもいる』
玄からだった。
続いて岳。
『正面は追わせるための隊かもしれない。動かすな』
俺は地図を広げた。
北の三城へ続く道。
その西側に、新しい敵の土地が二つできていた。
守備の正面を避け、退路へ近づいている。
こちらが騎馬を追っていれば、道を空けていた。
宗吾が、隣の隊へ指示を送った。
「玄は、そのまま。西へは別の兵を回す」
最初の一戦は止めた。
だが、それを喜んでいる間に、次の場所が危なくなっていた。
*
敵の動きには、ためらいがなかった。
正面で損耗が出ても、別の隊が進む。
取ったばかりの土地へ、すぐ後続が入る。
兵を出した城からは、さらに次の部隊が出てくる。
俺たちも、同じことはできる。
準備し、合図を合わせ、交代の順を決めれば。
だが、向こうは新しい地図の上で、それを当たり前のように続けていた。
葉が、届いた時刻を書き込んでいく。
「ここと、こっち。同じくらいの間隔で動いてる」
「指揮が揃ってるんだな」
「うん。でも、全部が同じ部隊じゃない」
兵種も、武将も違う。
こちらの弱いところを見て、使う隊を替えている。
返事が変わらない相手だからといって、戦い方まで単純なわけではなかった。
*
最初に持ちこたえられなくなったのは、三城の真ん中だった。
守っていたのは、直哉という城主だ。
統合前は輸送の仕事が多く、今回も兵を揃えていた。
役に立てると思う、と出発前に話していたのを覚えている。
『東の土地が取られました』
その書簡には、まだ落ち着きがあった。
次は短かった。
『城へ来ます』
宗吾が、最寄りの援軍を確かめる。
間に合う隊はある。
だが、その隊を出せば、玄の後ろが空く。
俺は地図を見た。
一つを守るために動かす。
動かした場所へ、次が来る。
王城の時は、相手が待つ場所へこちらから兵を集められた。
今は、こちらのすべての城が、攻撃される場所になり得た。
*
「直哉の城は、全部を守ろうとしない」
岳が言った。
俺は顔を上げた。
「南の道は、まだ取れる。そこへ荷を出してもらう」
「城を捨てるのか」
「落ちると決まったわけじゃない。ただ、落ちてから出そうとしても遅い」
俺は直哉へ書いた。
守備は続ける。
同時に、運べる物資と動かせる武将を、南へ寄せてほしい。
返事は、少し遅れた。
『ここへ着いたばかりなのに』
俺は、その一行を見た。
まだ、新しい場所で何も始めていない。
畑をどう置くか。
どの道を使うか。
城から見える景色に、ようやく目を慣らしているところだった。
そこを、もう離れる準備をしてくれと言っている。
俺は返した。
『戻れるようにする。そのために、今動かせるものを残さないでほしい』
約束の後半まで、必ず果たせるとは言えなかった。
それでも、今必要なことは伝えなければならなかった。
*
荷を動かしたのは、杏だった。
直哉へ繰り返し連絡し、何をどこへ運ぶかを聞き取る。
受け入れる側にも、先に話を通す。
岳が取った細い道へ、荷車が入った。
その前後を、少数の兵が守る。
玄から、また書簡が来た。
『正面、もう一回来る。荷が抜けるまで残る』
宗吾が返した。
『抜けたら下がれ。勝つために追うな』
少しして、玄から返事が届く。
『分かってる。今日は負けない方をやる』
俺はその文を見てから、次の報告を開いた。
*
直哉の城が落ちた。
表示は、あっけないほど短かった。
陥落。
所属の変化。
配下への編入。
直哉は、統合後の動きを確かめる間だけ単独同盟を維持し、こちらと守備を合わせていた。
その旗が、天統連盟の下へ移った。
俺は書簡を送った。
『本人は無事か』
届くのかも、分からなかった。
少し待って、返事が来た。
『無事です』
俺はその文字を見た。
何度も見た。
続きが届いた。
『運び出した分は、守れました』
城は落ちた。
だが、すべてを失ったわけではなかった。
それを喜んでいいのか、分からないまま、俺は礼を書いた。
動いてくれてありがとう、と。
*
夕方、玄の部隊が戻った。
出た時より、列が短かった。
カイが門の横で、その兵を見ていた。
レンも黙っている。
玄は城へ入ると、水を受け取り、一息に飲んだ。
俺が近づくと、空の器を下ろした。
「道は、残ったか」
「ああ。荷も通った」
「なら、今日の分はやった」
そう言ってから、椅子へ座り込んだ。
笑おうとしていた。
だが、目は笑っていなかった。
「強いな、あいつら」
俺は頷いた。
「うん」
「しかも、俺たちが困る方へ来る」
玄の服には、土がついていた。
落としても、別のところからこぼれた。
俺は黙って、もう一杯、水を渡した。
明日も同じように止められるか。
二人とも、その話をすぐには始めなかった。




