肩からではない腰からくるんだ
第百四十九話 覚えている手
記録を持ち帰ってから、城へ届く書簡の種類が変わった。
代行になっているのは、誰か。
最後に本人と話せたのは、いつか。
別の城へ移ったと思っていた相手も、調べられるか。
答えられるものは少なかった。
それでも、調べるために名前を集めた。
連絡のつかない者を、勝手に除外された人へ数えないようにした。
近隣へ確認してもらう。
会えたなら、会えたと書いてもらう。
城へ閉じこもっているだけなら、それ以上は無理に踏み込まない。
昨日まで普通に出していた確認の書簡が、今日は重かった。
*
「何もしなかったら、消されるのか」
相談に来た城主が尋ねた。
王城へは出兵しなかった人だった。
兵を育てるより、城の庭を整える方が好きだという。
前にも、その庭の果物を分けてもらったことがある。
「今すぐ、兵を作った方がいいか?」
俺は返事を急がなかった。
安全だと約束する根拠はない。
かといって、怖がらせて戦争へ参加させることもしたくなかった。
「残されている人もいる。活動が少なければ全員、という記録ではなかった」
「じゃあ、何が違う」
「そこを、まだ調べてる」
相手は俯いた。
俺の答えでは、安心できない。
そのことが、表情から分かった。
「俺は、ここで誰かを倒したいわけじゃないんだ」
「ああ」
「庭の世話をして、たまに市へ行って。それだけで、結構忙しかった」
「知ってる。前にもらった果物、うまかった」
城主は顔を上げた。
笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「今年も、なると思うんだ」
俺は頷いた。
「また、食べさせてくれ」
それくらいしか、今は約束できなかった。
*
夕方、律が机へ手を置いた。
「今日は、ここまでにしよう」
「あと二通」
「その二通、返事を決められそう?」
俺は手元を見た。
一通は、知人の名前が照会の対象にあるかという確認だった。
もう一通には、何をすれば不適格にならずに済むかと書かれていた。
同じところを、ずっと読んでいた。
「……明日にする」
律が紙を揃えた。
片づけられるのを見ていると、急に肩の重さを感じた。
首を動かす。
途中で痛みが走った。
「そこ、触るな」
窓際から、カイが言った。
いつの間にか来ていた。
「痛いところを、余計に押すなよ」
「少し凝ってるだけだ」
「少しの顔じゃない」
カイは後ろへ回り、俺の肩へ手を置いた。
包帯は、もう外れていた。
「腕はいいのか」
「力任せにやるわけじゃない」
律が隣の椅子へ座った。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「うん。こいつ、放っとくとずっと同じ姿勢だから」
返事が妙に慣れていた。
*
カイは、痛むところをすぐには押さなかった。
肩へ触れ、背中へ手を移し、腕の位置を少し変える。
「ここが痛いんだろ」
「ああ」
「でも、こっちまで引っ張ってる。肘、下げて」
言われた通りにする。
息を吐けと言われ、吐く。
強い力ではなかった。
なのに、固まっていた場所が、少しずつ動く。
「ほどくのに、引っ張ったら締まるだろ」
カイが言った。
その声を、知っていた。
城の中ではない。
戦場でもない。
目を閉じて、どこかに横たわっていた。
温かい布が、首の下にある。
低い音楽。
棚に並んだ白い容器。
「次も、この時間でいい?」
誰かに聞かれた。
いや、誰かではない。
カイだった。
俺は目を開けた。
*
「どうした」
肩に置かれた手が止まった。
俺は、振り返ろうとして動けなかった。
「……予約」
口から、その言葉が出た。
律が俺を見る。
カイは黙っていた。
「次の予約を、してた」
温かい布。
身体を起こした時の、軽さ。
帰り際、カイが何かを言っていた。
水を飲め。
同じ姿勢を続けるな。
次までに、もう少し寝ろ。
「お前に」
俺が言うと、カイはゆっくり手を離した。
「思い出したか」
声が違った。
からかう響きが、なかった。
*
律が、俺の手へ触れた。
「痛い?」
「違う」
俺は首を振った。
「ここへ来る前だと思う」
記憶は、まだ短かった。
どこにある場所なのか。
いつのことなのか。
分からない。
だが、身体だけが先に知っていた。
この手に触れられたことがある。
その時、安心して目を閉じていた。
カイが入口を見た。
「レン。澪も呼んで」
廊下から、返事があった。
俺はカイを見上げた。
「武将じゃ、ないのか」
カイは少し困った顔をした。
それから、いつもの調子で答えた。
「本職は、エステティシャン」
俺は、しばらく黙った。
律も黙っていた。
扉のところで、レンが額へ手を当てた。
「そこだけ先に言うな。話が余計に分からなくなる」




