無理やり設定はめこんだ感じやで
第百四十八話 敵のいる場所
記録を閉じるように言った者は、いなかった。
途中で休もうという声も出なかった。
俺は水を飲み、もう一度表示へ向き直った。
「除外を決めたのは、仕組みだけじゃない」
個別記録の下に、承認の履歴があった。
候補の抽出。
内容の確認。
処置の承認。
最後の欄には、主任観測官の識別記号が記されている。
「誰かが、見て決めてる」
巌が低く息を吐いた。
「なら、そいつに聞かせろと言いたいところだな」
俺も同じことを思った。
この城のどこかにいるなら、探しに行きたかった。
だが、所在地の欄には、城の座標がなかった。
『箱庭外管理領域』
*
内門を守っていた四人の記録もあった。
趙雲。
関羽。
張飛。
呂布。
そして、董卓。
それぞれに、守将としての役割と能力が記されている。
董卓の頁を開くと、復活の対象に各地の大城を含めた理由があった。
『集中攻略後の広域危機への対処を観測』
俺は、そこで一度読むのを止めた。
皆が続きを待っている。
俺は声を整えた。
主力を王城へ集めたあと、各地で同時に軍を発生させる。
参加同盟が兵を戻すか。
王城に残るか。
協力関係を維持するか。
危機の中で、どの集団を優先するか。
それらを確かめるための仕組みだった。
瀬名が、両手を組んだ。
「こちらがどう困るかを、よく知っていますね」
穏やかな声だった。
その分、怒りが分かった。
真砂は視線を落としていた。
輸送を変え、倉庫を開き、逃げる人を荷車へ乗せた。
その判断の一つひとつも、向こうでは資料になっている。
*
「董卓が、敵の親玉じゃなかった」
晴が言った。
「ああ」
俺は頷いた。
あれを倒せば、攻撃は止まった。
止めなければ、もっと失っていた。
だが、なぜあの攻撃が始まるように作られていたのか。
そこには、別の相手がいた。
董卓を置いた者。
大城から兵を出すと決めた者。
その結果を、こちらの外から見ている者。
王城の奥まで来れば、世界を動かす相手へ届くのだと思っていた。
実際には、相手が残した記録へ、ようやく手が届いたところだった。
*
別の頁に、俺の名があった。
北西の再編に関する評価だった。
俺は一瞬、開くのをためらった。
「読めるなら、読んで」
律が言った。
俺は頷いた。
情動制限の解除後、北西を起点として協力が広がったこと。
有力な旧盟主たちが、自分から調整へ動いたこと。
人数条件を満たすための強制的な配下化が、北西では主な手段にならなかったこと。
予測より早く、戦争の発生が抑えられたとあった。
最後に、評価が記されていた。
『傑物と評価するに足る。ただし、成果を当該個体単独の能力へ帰属させることは困難』
俺は、そのまま読み上げた。
玄が顔をしかめた。
「褒められても、全然嬉しくないな」
「ああ」
自分が認められたから、少し安心する。
そんな気持ちが出てきたら嫌だと思った。
同じ場所で、別の人間には不適格と書かれている。
俺が評価されることと、その人が外されたことは、同じ基準の両側にあった。
*
「私たちが、今この話をしていることも?」
葉が尋ねた。
閲覧の履歴を開く。
記録されていた。
誰が権限を使ったか。
どの項目を開いたか。
何時に照会したか。
その先の観測範囲までは読めなかった。
「少なくとも、何を読んだかは残ってる」
俺は答えた。
部屋の空気が変わった。
天井を見る者がいた。
入口を振り返る者もいた。
俺も、一度だけ周囲を見た。
どこから見ているのかは分からない。
ここにいないことさえ、記録を信じる以外に確かめようがなかった。
俺は、もう一度机へ向かった。
「問い合わせは、送れるか」
照会の窓口を探した。
直接の会話を開く機能はない。
意見を送る欄だけがあった。
回答を保証しないと、書かれていた。
*
俺は、何も書かずに皆へ向き直った。
「俺の名で送るだけなら、今できる。でも、ここで全員の意思を決めたことにはしたくない」
瀬名が頷いた。
「まず、事実の照会として揃えましょう」
求めるものを、書き出した。
除外された意識の現在の状態。
戻す方法の有無。
本人の意思を確認した記録。
今も同じ処置が続いているか。
そして、今後の除外を止めること。
最後の項目を見て、真砂が口を開いた。
「要求が認められる保証はありません」
「分かってる」
「逆に、こちらを不適格とするかもしれない」
誰も笑わなかった。
それでも、紙を引っ込める者はいなかった。
巌が言った。
「それを怖がって、こっちから人数を選び始めたら、向こうの手伝いだろ」
千景が静かに頷いた。
「暮らし方を変えろと、同盟員へ命じるつもりはありません」
俺は要求を書いた。
送る前に、全員へ読み上げた。
*
送信が終わった。
返ってきたのは、受付の表示だけだった。
俺はしばらく待った。
何も変わらなかった。
晴が古い書簡を畳んだ。
「今は、連れて帰れないんだね」
俺は頷いた。
「今読める記録だけでは、方法が分からない」
「うん」
彼女は、その紙を捨てなかった。
胸元へしまい、立ち上がった。
俺たちも記録をまとめた。
何が書かれていたか。
何が分からなかったか。
ここから先に、何を求めるか。
城へ帰れば、伝えなければならない。
*
王城の門を出る時、玄が中央の建物を振り返った。
「次は、どこを攻めればいいんだろうな」
誰も、すぐには答えられなかった。
この世界の地図に、管理局の城はない。
主任観測官の兵も見えない。
攻める道を伸ばす場所さえ、分からない。
岳が言った。
「まず、向こうへ届く道があるか、調べる」
朔が続けた。
「記録も集めたい。同じ理由で外されたのか、違う例があるのか」
瀬名は、持ち帰る紙を確かめていた。
「ほかの同盟にも伝えます。こちらだけ知っておけばよい話ではありません」
俺は皆を見た。
怒っている。
怖がってもいる。
それでも、次にすることを話していた。
俺は王城から目を離した。
「戻ろう。まず、皆に話す」
*
箱庭の外で、男が届いた要求を読んでいた。
画面の端には、王城の閲覧履歴が並んでいる。
個別管理記録。
実証計画。
処置承認。
北西の評価。
記録担当が尋ねた。
「回答を作成しますか」
男は、しばらく黙っていた。
やがて、要求の一行を指した。
今後の意識除外を停止すること。
「ここまでを、自分たちが決めるべきことだと考え始めたか」
「想定外でしょうか」
「いいや」
男は首を振った。
「王城を越えた者が、説明を求めること自体は想定している」
もう一度、差出人を読む。
一人の閲覧者。
その名に添えられた、複数同盟の賛同。
「ただ、個人的な報酬より先に、他の対象の処遇を要求してきた」
男は椅子へ背を預けた。
「やはり、評価しにくいな」
記録担当は、回答を待った。
男は要求を閉じず、その横に次の統合予定を開いた。
箱庭の中では、城主たちが帰路についていた。
彼らはもう、隣の旗だけを見てはいなかった。




