倒す
第百四十七話 城主ではなく、実験体
最初に出たのは、見慣れた城の情報だった。
位置。
所属。
土地の取得履歴。
晴が何度も道を借りた、あの城だった。
その下へ、新しい欄が開いた。
『城主機能:自動代行』
『対象意識:稼働領域より除外』
俺は、そこで読むのを止めた。
葉の筆も止まる。
「続きは?」
晴が尋ねた。
俺はもう一度、文字を見た。
見間違いではなかった。
「意識が……この世界の、動いている領域から外されている」
晴は瞬きをした。
「休んでるってこと?」
「まだ、分からない」
俺は理由の欄を開いた。
*
『除外区分:実証継続不適格』
『判定要素:継続的な課題応答の不足、比較観測への寄与低下』
『処置:対象意識の除外後、城主機能を代行個体へ移管』
声に出して読んだ。
言葉を柔らかく言い換えれば、違う意味になる気がした。
それでも、最後まで読み上げるのは難しかった。
巌が口を開いた。
「何に、不適格だと?」
俺は表示の上部を見た。
これまで城主の情報だと思っていた頁には、別の題名がついていた。
『実験体個別管理記録』
部屋が静かになった。
*
晴は、手元の書簡を開いた。
通ってよい。
その時間なら問題ない。
短く、明快な返事が並んでいる。
「いつから?」
俺は処置の日時を探した。
見つけた。
晴が最初に挨拶した日より、あとだった。
最後に道を借りた日より、ずっと前だった。
日付を伝えると、晴は書簡を一枚ずつ分け始めた。
手が遅かった。
日付を読む。
置く。
次を開く。
途中で、その手が止まった。
「ここまでは、あの人?」
俺は答えを確かめた。
処置前の書簡だった。
「ああ。記録では」
晴はその一枚を、両手で持った。
ほかには何も言わなかった。
*
俺は処置後の状態を調べた。
復帰。
返還。
意識の保管先。
何か、辿れるものがあるはずだった。
しかし、表示は途中で閉じられた。
『移送先情報:観測主体側管理』
『現権限では照会できません』
俺は同じ項目へ、もう一度触れた。
結果は変わらなかった。
「消されたのか」
玄が聞いた。
俺は首を振った。
「そこまでは書かれていない。ここから除外したという記録はある。でも、そのあと、どうしたかは読めない」
「生きているとも、言えないんだな」
「……ああ」
晴の持つ紙が、小さく鳴った。
俺はそれを見ないようにして、次の欄を開いた。
*
除外の理由は、一つではなかった。
告知される課題に、ほとんど応じなくなった者。
土地も兵も増やさず、提示される報酬へ関心を示さなかった者。
求められた集団行動から離れ、限られた交流だけを続けていた者。
同じように暮らしていても、残された者はいた。
判定は一律ではない。
実験に必要な比較へ、どれだけ使えるか。
記録は、その基準で書かれていた。
「つまり」
千景が言った。
珍しく、次の言葉までに間があった。
「本人が何かできなくなったから、代わりを置いたんじゃないのね」
俺は頷いた。
「観測する側が、もう要らないと判断した」
真砂が椅子へ座り直した。
何か言おうとして、言わなかった。
俺は、資料の一文を読み上げた。
『比較的な不適格判定に基づき、対象の観測参加を終了する』
比較的。
その言葉が、ひどく気持ち悪かった。
誰かが何かを間違えた、とさえ書いていない。
ほかの者と比べて、残しておく価値が薄い。
そう扱われていた。
*
「この人、道は貸してくれたよ」
晴が言った。
誰も口を挟まなかった。
「兵を出さなくても、うちの荷車が通る時間、空けてくれた。前に一度、雨で遅れた時も、返事くれた」
書簡を机へ置く。
日付の古い一枚だった。
「何もしてなかったわけじゃない」
「ああ」
「この人にとっては、それでよかったかもしれないじゃない」
俺は頷いた。
何を楽しみ、どこまで関わるか。
俺たちは、その選び方を残そうとしてきた。
この記録を書いた側は、別のものを数えていた。
城の中で穏やかに暮らした日々が、応答不足と呼ばれていた。
*
俺は、世界全体の管理記録へ戻った。
第三世界。
第四世界。
統合後の観測。
それぞれの頁に、同じ表題がついていた。
『箱庭環境における集団行動実証』
情動の調整。
土地と資源の配分。
武将の排出。
報酬による行動の誘導。
規模に応じた兵種の解放。
見慣れた出来事が、実験条件として並んでいた。
俺は二百人の項目を開いた。
『軍事技術への接続条件を用いた集団再編の観測』
その下に、想定される行動が列挙されている。
合併。
従属化。
武力による人数の確保。
世界を混乱させた一文は、こちらがどう動くかを見るための条件だった。
宗吾が机へ手をついた。
「分かっていて、出したのか」
俺は答えられなかった。
答えは、すでに読んだ文の中にあった。
*
「俺たちは、モルモットか」
玄が言った。
誰も否定しなかった。
葉は書き続けていた。
だが、いつもの字より、筆圧が強かった。
律がその紙を押さえている。
俺は二人を見てから、次の項目へ進んだ。
誰が、これを決めたのか。
条件を選び、人を外し、代わりを置いたのは誰か。
その欄を開く。
『実施主体:箱庭実証管理局』
『当該統合群責任者:主任観測官』
個人名を開こうとすると、権限外の表示が出た。
俺は、机に置いた手を握った。
名前は読めない。
だが、判断した者はいる。
自然に起きたことでも、避けられなかった故障でもない。
そこには、人を選び直す決定があった。




