リード
第百四十六話 最初に読む者
王城への道には、荷車の跡が残っていた。
深く沈んだ車輪。
踏み荒らされた草。
道端へ寄せられた、壊れた箱。
三日前は、それらを見る余裕もなかった。
今日は、馬をゆっくり進めた。
律が隣を走っている。
少し後ろには晴と葉。
カイたちは、手当てを続けるため城へ残した。
出かける時、レンに何か言われるかと思ったが、いつも通りだった。
澪は眠そうに手を振った。
カイだけが、帰りの菓子を頼んだ。
*
王城の前では、瀬名たちが待っていた。
互いに顔を見て、礼を言い合う。
誰かが笑い、途中で言葉に詰まる。
戦いの直後にはできなかった挨拶だった。
「そちらの復旧は?」
俺が聞くと、瀬名は頷いた。
「暮らせるところまでは。兵は、まだ時間が要ります」
「こちらも同じです」
「しばらく、王城へは来たくないと思っていました」
そう言って、目の前の門を見上げた。
「ですが、ここだけは残せませんね」
俺は頷いた。
各同盟の代表が揃う。
人数を確かめ、中へ入った。
*
誰も出てこなかった。
それを、何度も確かめた。
趙雲の門。
関羽の門。
張飛の門。
呂布の門。
兵も、馬もいない。
広場を抜ける途中、岩成が踏みとどまった辺りで晴が足を止めた。
石畳に傷がある。
少し離れた場所には、矢が一本残っていた。
晴は拾わず、しばらく見ていた。
それから、こちらへ戻ってきた。
「行こう」
*
董卓のいた広間へ入った。
奥の椅子は空だった。
俺は、そこを長く見ないようにした。
さらに奥へ進む。
世界管理記録。
その入口は、前と同じように開いていた。
中には書架が並び、机が置かれている。
ただ、近づいても書の題名が読めなかった。
文字のようなものはある。
だが、目で追おうとすると、薄れてしまう。
葉が眉を寄せた。
「これ、まだ開いてない?」
瀬名が入口の表示へ触れた。
新しい文が現れた。
『閲覧権限を確認できません』
誰も、すぐには口を開かなかった。
*
別の同盟の代表が試した。
同じ表示が出た。
晴も触れた。
駄目だった。
共有の攻略報酬は受け取れている。
王城の攻略完了も、記録されている。
それでも、ここは読めない。
俺は喉の奥が乾くのを感じた。
また、何かあるのか。
これだけやって、まだ条件が足りないのか。
葉が入口の端を調べた。
薄くなっていた説明を、順に開く。
やがて、一行が現れた。
『初回閲覧権限――王城攻略勲章順位、第一位の城主』
俺は、その文字を見た。
周囲の視線が集まった。
*
「……俺だけか」
声にすると、広間へ思ったより大きく響いた。
皆で攻略した。
皆で読もうと決めて来た。
だが、表示は一人を選んでいた。
俺は、触れかけた手を下ろした。
「待ってくれ。ほかの条件がないか確認したい」
葉が続きを調べた。
代理。
権限の移譲。
複数人での閲覧。
今の表示からは、どれも選べなかった。
真砂が一歩前へ出た。
「同席はできますか」
自分で入口を越え、机の前まで進む。
止められない。
ただ、書架の文字は読めないままだという。
「場所へ入れないわけではないようです」
俺は頷いた。
それだけでも、少し違った。
*
「読みましょう」
瀬名が言った。
俺は顔を向けた。
「ただし、読めたことと、そこから考えたことは、分けて伝えていただきたい」
「ああ」
「照会する項目も、ここで一緒に決めればいい。権限が一人にしかなくても、問いまで一人で抱える必要はありません」
別の盟主が頷いた。
「あとで同じ内容を確認できるよう、記録を残してくれ」
「分かった」
巌は、俺の横へ来た。
「立ち止まっても、権限が増えるわけじゃない。まず、何があるか見ろ」
その声は、まだ少し掠れていた。
俺は皆の顔を見た。
誰も、この決まりを気持ちよく受け入れたわけではない。
だが、その場で互いを疑って止まることも選ばなかった。
「読めた文は、できる限りそのまま伝える」
俺は言った。
「選ばなければならないことが出たら、先に相談する。分からないところを、分かったようには言わない」
葉が筆を用意した。
律が、隣の椅子を引いた。
「ここで記録するね」
俺は頷いた。
*
机へ手を置く。
表示が変わった。
『勲章第一位、確認』
『閲覧を許可します』
書架の文字が、急にはっきりした。
さっきまで薄い模様にしか見えなかったものが、題名として読める。
俺は顔を上げた。
葉を見る。
彼女は首を振った。
まだ、読めていない。
本当に、自分だけなのだと分かった。
そのことが、嬉しくはなかった。
俺は最初に現れた項目を、声に出した。
「世界管理記録。統合履歴。情動調整履歴……城主状態照会」
晴の手が、膝の上で握られた。
俺はそこで止めた。
「最初に、城主の状態を調べたい」
反対はなかった。
晴が持ってきた書簡を出す。
いつも通りに道の使用を許可してきた、あの城からの返事だった。
俺は書かれた名を、照会の欄へ入れた。
*
確認が出た。
対象の城主。
旧所属世界。
現在の城。
その下に、開くための表示がある。
俺はもう一度、名前を照合した。
間違っていない。
晴は、俺の顔を見ていた。
期待だけではない目だった。
俺も、何が出るか分からなかった。
律が紙を押さえ直す。
葉が筆先を整える。
皆が待っている。
俺は確認の表示へ触れた。
文字が、開き始めた。




