そろそろ
第百四十三話 二人で、一人分の先へ
沈烈の槍が、守備兵を押し退けた。
その後ろから、兵が続く。
新しく加わった武将のスキルが働き、乱れかけた列を支えた。
煙の奥で、別の隊が声を上げる。
張飛が、そちらへ顔を向けた。
長くは騙せない。
沈烈が短く命じた。
「今のうちだ」
カイが走った。
レンは、少し違う道を選んだ。
*
槍が前へ出た。
カイは足を止める。
横から別の兵が来る。
逃げる隙間が閉じかけた、その瞬間だった。
カイが消えた。
いた場所には、レンが立っていた。
短い槍を、すでに横へ払う構えで。
敵の武器が弾かれる。
その奥で、カイが走り直した。
レンが一度だけ顔を上げた。
柱の間に、澪が見える。
弓を引いていた。
放たれた矢が、追おうとした兵の足元へ届く。
レンが、その間を抜けた。
*
俺は戦闘の表示を見ながら、入口から目を離せなかった。
何度か、二人を見失った。
見つけた時には、さっきと違う場所にいる。
澪が、移動のたびに立ち位置を変えていた。
柱へ隠れれば、二人が見えなくなる。
前へ出すぎれば、彼女が狙われる。
弓を放つ。
横へ走る。
止まる。
その短い間に、また二人の位置が替わった。
便利な能力だと思った。
見ているうちに、その言葉では足りないと分かった。
入れ替わった先で、相手がどう動くのか。
三人とも、分かっている。
だから、止まらない。
*
張飛が戻ってきた。
巨嶽が、その前へ入った。
正面からぶつかる。
晴の声が届いた。
「ここは、通さない!」
岩成の隊が横を固めた。
後ろでは、呂布を留めている弓兵から報告が入る。
矢が少ない。
関羽の側も、守備を替えなければならない。
趙雲の騎馬が、別の道を探し始めていた。
持たせる時間は、減っている。
俺は最奥を見た。
カイとレンが、広間へ入った。
*
董卓が立ち上がった。
椅子の横に置いてあった武器を取る。
それまで動かなかった大きな身体が、二人へ向いた。
カイが剣を構える。
董卓の一撃が落ちた。
床が鳴る。
カイは避けたが、剣を返せなかった。
傷んだ肩が、動きを遅らせる。
レンが横から槍を出した。
董卓は腕で受け、身体ごと押し返した。
強かった。
復活させるだけの守将ではなかった。
カイが踏み込む。
レンが支える。
これまでの形だった。
董卓の刃が、その間へ入った。
カイが退く。
レンも退く。
前へ出るたびに、カイの肩が遅れる。
董卓が、それを見ていた。
*
レンがカイを見た。
言葉はなかった。
カイが一度、頷いた。
俺の手元で、編成の確認表示が開いた。
主将と副将の入れ替え。
戦闘の間隙に届いた、短い要求だった。
俺は二人を見た。
カイが前を向いている。
レンが、その横から進もうとしていた。
俺は承認した。
格上殺しの表示が、レンを中心とする配置へ変わった。
カイの補助が重なる。
失われなかった。
二人の力は、そのまま繋がっていた。
*
董卓がカイへ踏み込んだ。
傷んだ肩へ、また刃を向ける。
澪が柱の陰から手を上げた。
位置が替わる。
目の前に立ったのは、槍を短く握ったレンだった。
刃の内側へ入る。
今までカイの隣で支えていた槍が、董卓の鎧へ届いた。
その横へ、カイが回る。
剣で追撃しようとして、止めた。
代わりに、董卓の武器へ剣を当てる。
戻る刃を、わずかに遅らせた。
レンの二撃目が入った。
*
董卓が吼えた。
左手が上がる。
広間の奥へ、命令を向けようとした。
澪の矢が、その手をかすめた。
指が開く。
カイが前へ出た。
董卓は身体を捻り、まとめて薙ごうとする。
レンが消えた。
そこへ現れた澪が、すでに横へ跳んでいた。
刃が衣の端を裂く。
彼女は転がり、柱の陰へ入った。
代わりに、レンは少し離れた場所へ移っていた。
槍を構えるための間合い。
董卓の正面ではない。
カイが作った隙間の、先だった。
「今度は、こっち」
澪の声がした。
レンが踏み込んだ。
*
カイは、いつも自分が先に行くものだと思っていた。
剣を振る。
強い相手へ届かせる。
レンはその横にいる。
だが、役目は固定されていなかった。
レンが行くなら、自分が道を残す。
自分が止まれば、レンが先へ行く。
二人で、その先へ届く。
カイは剣を握り直した。
董卓の武器へ、体重をかける。
肩が焼けるように痛んだ。
それでも、ほんの一瞬、止めた。
レンの槍が、その向こうへ入った。
*
董卓が一歩下がった。
椅子へ手をつこうとして、届かなかった。
もう一度、指が動く。
俺は、鐘を待ってしまった。
鳴るな。
そう思った。
レンが槍を引いた。
カイが横へ抜ける。
董卓の身体が崩れた。
表示が開いた。
『最奥守将・董卓 撃破』
俺は、すぐには声を出せなかった。
鐘は鳴らなかった。
葉が記録を開いた。
復活の軍令が止まっている。
消えずに残っていた発動の表示が、閉じた。
「止まった」
葉が言った。
もう一度、確かめる。
「止まった!」
俺は各同盟への連絡を開いた。
手が震え、最初の文字を間違えた。
消す。
書き直す。
『董卓を撃破。復活の軍令は停止』
続けて送った。
『今度は、倒していい』
*
広間から、三人が戻ってきた。
カイはレンの肩を借りていた。
レンも、足を引きずっている。
澪は二人を見ながら歩いていたが、俺の前へ来ると柱へ手をついた。
息が荒かった。
「……初日から、働かせすぎ」
俺は頷いた。
礼を言おうとして、声が詰まった。
カイがこちらを見る。
「終わったか?」
俺は首を振った。
「まだ兵が残ってる。でも、戻らない」
「そうか」
カイは目を閉じた。
そのまま座り込む。
レンも隣へ座った。
澪が、二人の間へ空いている水の器を押しやった。
「ほら。飲んでから寝て」
その声を聞いて、ようやく俺も息を吐いた。




