粘る
第百四十一話 まだ、返事が来る
次の一行が、書けなかった。
助けてほしい。
その書簡を、何度も読んだ。
近くの部隊は、すでに別の城へ向かっている。
王城から戻すには時間がかかる。
道の途中には、復活した大城の兵がいる。
俺は筆を置いた。
どうすればいいのか。
考えているつもりなのに、同じ場所へ戻ってくる。
その時、別の書簡が届いた。
『こちらは三城で守る。すぐに援軍を寄越さなくていい』
差出人は、先ほど救援を求めてきた城主だった。
続きがあった。
『隣の城が門を開けてくれた。荷と、戦えない者を移している』
俺は顔を上げた。
*
巌は、まだ声を出していた。
何度も同じ説明をし、相手の返事を待つ。
聞き取れなければ、もう一度尋ねる。
大声を出す人だと、ずっと思っていた。
今日は、その声が途切れないことに救われていた。
「湊が近隣をまとめた。北の二城は、そこで受ける」
巌が言った。
「真木は道を空けとる。荷車を戻すな。避難に使う」
真砂がすぐに輸送の記録を直した。
攻略用の食糧を、攻撃を受けている城へ回す。
空の荷車には、人を乗せる。
講座のために借りていた広場が、物資の受け渡し場所へ変わっていた。
別の報告が届く。
戦争には参加できないと言っていた城主が、倉庫を開けた。
普段は外のことへ関わらない人が、近隣へ道を貸した。
どれも、それだけで軍を倒せる働きではない。
だが、次の書簡を読むまでの時間を作ってくれた。
律から、短い連絡が入った。
『こっちは私たちで繋ぐ。そちらのことを考えて』
俺はその文を、長く見た。
*
「これ、見て」
葉が記録を置いた。
声が掠れている。
宗吾も隣へ来た。
趙雲を再び倒した時刻。
鐘が鳴った時刻。
その前後の敵部隊の数。
「復活した隊は、元に戻ってる」
葉が言った。
「でも、生き残っていた隊は?」
俺は数字を追った。
関羽の門から来た守備。
こちらが削ったあと、倒し切れずに下がった部隊。
鐘が鳴ったあとも、減ったままだった。
宗吾が別の記録を重ねた。
「こちらも同じだ」
俺は椅子から身を起こした。
「回復してるんじゃないのか」
「倒された将兵を、呼び戻している」
葉の指が止まった。
「残っているものを、全部元通りにする能力じゃない」
広間で、董卓が指を動かした姿を思い出した。
そのあとに鳴った鐘。
倒した直後、また聞こえた鐘。
勝手に戻ってくるのではない。
あそこにいる守将が、呼び戻している。
*
「各地にも確認してくれ」
俺が言うと、真砂はすぐに書簡を開いた。
大城から来た兵を、どこまで倒したか。
残った隊の数は、増えているか。
鐘の前後で、何が変わったか。
返事が揃うまで、長く感じた。
その間も、外で盾が鳴った。
岩成の隊が下がり、別の守備隊が入る。
俺は数字を待った。
やがて、同じ内容の報告が重なり始めた。
残った隊は、減ったまま。
倒した隊は、再び現れる。
「全滅させない」
宗吾が言った。
「兵を減らし、動ける場所を狭める。守将も、今は倒さない」
難しい指示だった。
攻撃を受けている時に、相手を倒すなと言う。
できない場所もあるだろう。
俺は条件を添えた。
「守り切れない時まで、無理に残させるな。できるところからだ。命令を待たずに逃げていいことも伝えて」
巌が頷いた。
伝える声に、少し力が戻った。
*
趙雲の隊が、また近づいた。
今度は、倒し切るところまで攻撃を重ねなかった。
馬が走れる幅を狭める。
左右へ出ようとすれば、槍を見せる。
戻る道だけを残し、そちらへ押す。
関羽の隊には、こちらから踏み込まない。
張飛が出てくれば、守備を下げながら受け、奥へ誘い込みすぎない位置で止める。
呂布には、残る弓と盾を回した。
倒した時のような掃射ではない。
進路を変えさせるための矢を、必要なところへだけ放つ。
敵は消えなかった。
だが、増えもしなかった。
俺はようやく、董卓のいる建物へ目を向けた。
「行く道を、もう一度作りたい」
沈烈が、傷んだ槍を持ち直した。
「兵をまとめる時間があれば」
その時間を作るものが、何か要る。
皆の視線が、同じ場所へ向いた。
探索で見つけた箱。
まだ、開け切っていない登用札。
*
晴が箱の前へ座った。
蓋を開け、札を取り出す。
「取って帰るつもりだったけど」
指で、縁を揃えた。
「帰れなかったら、意味ないよね」
俺は各同盟の代表へ連絡した。
発見した札を、ここで使いたい。
返事は短かった。
『使ってくれ』
『こちらの分も回す』
『引いた武将へ渡せる装備を探す』
晴が顔を上げた。
「全部?」
俺は頷いた。
「全部、使おう」
彼女は一枚目を持った。
薄暗い外郭の壁際に、登用の光が広がった。




