絶望感つよまる
第百四十話 もう一度は、足りない
守備の武将たちが、再び前へ出た。
盾を重ねる。
兵を通す。
開いたところを閉じる。
同じ動きだった。
違ったのは、支える兵の数だった。
朝には二列あったところが、一列しかない。
交代させたかった隊も、まだ戻ったばかりだった。
趙雲の騎馬がぶつかる。
岩成の列が下がった。
止まる。
だが、その横から別の守備兵が入り込む。
関羽の門も、動いていた。
「一度に受けるな。柱沿いへ寄せろ!」
岳が道を示した。
広場の真ん中を捨て、守る幅を狭める。
それで、わずかに持ち直した。
代わりに、最奥へ進む道が細くなった。
*
俺は各地の報告を、律へ回した。
彼女は後方で、帰還できる隊を探していた。
「北西の南側には、まだ城へ残っている部隊がある。そちらから近隣へ回してもらう」
「頼む」
「ただ、全部には間に合わない」
俺は返事を飲み込んだ。
律は続けた。
「こちらから戻せる部隊を教えて。私が道を合わせる」
真砂も、物資の一覧を捨てて地図を開いていた。
輸送の護衛。
街道の警備。
倉庫へ残した守備兵。
王城へ来ていない戦力を、探し出している。
巌は各地の元盟主へ連絡していた。
「一つの城で受けるな。近い者へ声をかけろ。そっちで決めて動いていい!」
許可を待っている時間がない。
それでも、攻撃を受けたという知らせの方が早かった。
*
蒼波を使い、騎馬を戻せないかという案が出た。
晴は地図を見たまま、首を振った。
「呼べるのは、蒼波のいる場所だよ」
今いるのは、王城の外に設けた待機地点。
そこへ再展開させることはできる。
だが、遠くの城へ同時に送ることはできない。
「まず、外へ出す手伝いをする。そこから近い城へ向かってもらおう」
晴の声が震えていた。
できることを探している。
そのたびに、できない範囲も見えてしまう。
俺は頷いた。
それで助かる場所があるなら、やるしかなかった。
*
董卓への攻撃は、別の隊に任せた。
残っている主力を寄せ、最奥の広間へ向かわせる。
沈烈が先導した。
カイとレンも、その列へ入った。
今なら、まだ扉は開いている。
あの武将を倒せば、復活を止められるかもしれない。
確証はなかった。
だが、ほかに元を断つ方法は見えていなかった。
広間の入口で、兵がぶつかった。
奥から、守備隊が出てくる。
カイが横へ回る。
レンの槍が道を開こうとする。
その先へ、矛が伸びた。
張飛だった。
俺は声を失った。
内門にいると思っていた守将が、最奥の前へ移っていた。
「下がれ!」
沈烈の声が届いた。
カイが剣を当てる。
受け切れず、膝をついた。
肩の包帯に、赤い色が広がった。
レンが前へ入り、矛を逸らす。
沈烈の兵が二人を引いた。
董卓は、広間の奥から出てこなかった。
*
「弓は?」
俺が尋ねると、朱音は残数を見せた。
返事より先に、数字が答えていた。
呂布を倒すために使った。
必要な使い方だった。
間違っていたわけではない。
だが、同じ量はもうなかった。
残る矢を、扉の向こうへ集中させる。
狙える場所は狭い。
守備兵の盾が上がり、張飛がその前を動く。
何本かは奥へ抜けた。
それでも、董卓へ届いたという記録は出なかった。
射線を変えるために横へ回ろうとした隊は、関羽の部隊に止められた。
道がない。
道を作る兵も、足りなくなっていた。
*
外郭へ抜ける途中で、趙雲の部隊と再び戦うことになった。
逃がすべき者がいた。
探索に加わっていた小同盟の城主たち。
少しだけ出兵し、報酬を楽しみにしていた者たち。
彼らを通すため、残った隊を重ねた。
カイが、また立とうとした。
俺は肩を押さえた。
「お前は休め」
「まだ動ける」
「動けるだけじゃ出せない」
カイが俺を見た。
言い返しかけた口を、閉じた。
代わりに、別同盟の主力が前へ出た。
残る矢を使い、槍兵を当てる。
趙雲が倒れた。
撃破の表示が出る。
誰も喜ばなかった。
今のうちに通せ、と宗吾が叫んだ。
人が動く。
負傷した者を支え、兵が道を空ける。
その途中で、鐘が鳴った。
俺は、音の方を見たくなかった。
白馬が戻った。
傷のない槍が、持ち上がった。
葉の筆が止まった。
「また……」
その先は、声にならなかった。
*
倒した分だけ、こちらが減る。
敵は戻る。
報告を受ける指が、冷たくなっていた。
攻略した大城から出た兵は、各地で城を襲っている。
こちらを全部戻せば、今度は王城に残った者が抜けられない。
ここへ残れば、遠くの城へ間に合わない。
十同盟の代表から、同時に判断を求められた。
俺は一つずつ返した。
近い守備を回す。
危険な道を避ける。
運べる物資を、攻められている城へ向ける。
正しいかどうかを確かめる時間がなかった。
送った直後、その道はもう使えないと知らせが来た。
書き直した。
次の書簡を開いた。
*
日が落ちる頃、俺たちは外郭の一角へ押し戻されていた。
石の壁と柱を使い、守る面を減らす。
そこへ負傷した隊を集めた。
使える装備を渡し直す。
残った水を分ける。
見つけた武器は、ほとんどが誰かの手に渡っていた。
札の箱は、まだあった。
晴がその蓋を見た。
「今、引いたら」
言いかけて、止まった。
何が出るかは分からない。
強い武将が来ても、任せる兵がいるとは限らない。
それでも、何もしないよりは、と考えてしまう。
俺も同じだった。
宗吾が低い声で言った。
「先に、水を飲んでくれ」
晴は彼を見た。
宗吾自身も、声が掠れていた。
*
カイとレンは、壁際へ座っていた。
カイの剣には、小さな欠けがある。
レンは槍を膝に置き、柄を握ったままだった。
二人が何かを話した。
俺が近づくと、口を閉じた。
「動くなよ」
そう言うと、カイが顔を上げた。
「分かってる」
その返事に、いつもの不満がなかった。
俺は二人の前で立ち止まった。
何か言わなければと思った。
休んでくれ。
戻ってきてくれてよかった。
次は、俺が考える。
どれも、喉の奥で止まった。
レンが、水の器を差し出した。
「お前も飲め」
受け取ると、自分の手が震えているのが分かった。
*
葉が最後の報告を持ってきた。
兵の残数。
動ける武将。
外へ抜けた部隊。
まだ救援を待っている城。
俺は読み終えた。
もう一度、最初から読んだ。
何かを見落としているのではないか。
まだ使っていない手があるのではないか。
紙の端を押さえた。
新しいことは、何も書かれていなかった。
壁の向こうで、軍靴が鳴っている。
最奥では、董卓が生きている。
倒したはずの将兵が、その命令を待っている。
俺は返事を書くための紙を引き寄せた。
筆を持った。
だが、次の一行が出てこなかった。
そのまま、遠くの城から助けを求める書簡が、もう一通届いた。




