呂布
第百三十七話 最強を、並べない
最初の一撃で、前衛の武将が吹き飛ばされた。
盾が砕けたわけではない。
受ける角度を誤ったようにも見えなかった。
呂布の戟が振られた瞬間、こちらの武将だけが、明らかに深く押し込まれた。
兵が駆け寄る。
その間に赤い馬が向きを変え、次の武将へ向かった。
「下げろ!」
宗吾の声が飛んだ。
だが、帰還の指示より先に二撃目が来た。
今度は剣が弾かれた。
武将が膝をつく。
後ろにいた兵が間へ入り、ようやく引き離した。
まだ、攻撃を始めて間もなかった。
*
次に出した主力も、同じだった。
関羽の前で踏みとどまった武将が、正面から受けられない。
張飛を押し返した一撃が、途中で潰される。
単独の戦闘能力に優れた武将を、順番にぶつける。
三つの門を破ったやり方が、最後の門では通用しなかった。
俺は届いた戦闘記録を開いた。
呂布の攻撃が命中した箇所へ、特別な補正が記されている。
葉が隣から読んだ。
「単独攻撃型の武将に対する特効……」
宗吾が振り向いた。
「だからか」
相手が強い。
それだけではなかった。
俺たちが先頭へ並べた、少ない兵でも自分の力で突破できる武将たち。
その得意な形を、呂布は狙っていた。
*
カイが剣へ手をかけた。
俺は首を振った。
「待て」
「最高位だぞ」
「ああ。お前の補正は効く」
俺は記録を指した。
「でも、向こうの特効も効くかもしれない」
カイが黙った。
レンも表示を見た。
二人で動けば、違うのか。
その可能性はあった。
だが、確かめるために前へ出していい相手ではなかった。
今戻ってきた武将は、自分では歩けず、兵に支えられている。
カイも、その姿を見た。
剣から手を離した。
「……分かった」
宗吾が前線へ指示を送った。
攻撃を止める。
守備の列より前へ出ない。
呂布は追ってこなかった。
門の前へ戻り、戟を肩へ預けた。
こちらが次の強者を送り出すのを、待っているように見えた。
*
「なら、武将で倒そうとするのをやめる」
宗吾が言った。
机の中央へ、残存兵の一覧を置く。
最上級槍兵。
盾を扱う歩兵。
弓兵。
まだ出していない隊もある。
交代しながら残してきた兵もいる。
「兵を前へ出す。部隊への補正を重ねて、正面から削る」
瀬名が記録を見た。
「損耗は増えますね」
「ああ」
宗吾は否定しなかった。
武将の力で短く決められない以上、兵が攻撃を受ける。
それでも、特効のかかる主力を一人ずつ倒されるより、戦える形がある。
俺は周囲を見た。
各同盟の担当者が、自分たちの兵数を確かめている。
二か月、蓄えてきた兵だった。
ここへ持ってくるまでに、何度も不足を埋めた。
簡単に出せと言える数ではない。
「戻す合図を決めよう」
俺は言った。
「押し切れない時、止められる形でやる。後続まで一度に入れない」
宗吾が頷いた。
各同盟から、了承が返ってきた。
*
編成を変えた。
前へ立つのは、兵を支えるスキルを最大まで育てた武将たちだった。
SSR。
SR。
役割によっては、Rもいる。
武将本人の攻撃力より、連れた兵へ何を与えられるか。
その基準で、隊を組み直す。
同盟全体への強化も、使う時刻を揃えた。
すべての補正を一度に使い切らない。
最初に受ける隊へ防御。
押し込む隊へ攻撃。
交代の時には、移動を支える効果を合わせる。
宗吾が各同盟の指揮官と確認を終えた。
「準備完了」
俺は前を見た。
赤い馬が、まだ門の前にいる。
「開始しよう」
*
兵が進んだ。
武将だけが先に抜け出すことはない。
盾の後ろへ槍が続き、その後方から指示が届く。
呂布が馬を走らせた。
戟が振られる。
前の列が崩れた。
俺は奥歯を噛んだ。
特効がなければ弱い、などという相手ではなかった。
だが、二列目が残った。
倒れた兵の横から、槍が出る。
馬が進路を変える。
そこへ、さらに槍が重なる。
呂布が一度、馬を止めた。
「届いてる」
玄が言った。
兵の攻撃が、相手を削っていた。
少しずつだった。
だが、先ほどのように一人の武将を潰されて、攻撃そのものが終わるわけではない。
「二番手、前へ」
宗吾が次を入れた。
同盟の旗が替わる。
スキルの発動を示す光が、兵の列へ広がった。
*
押す。
下がる。
また押す。
兵の数で圧力をかけ、相手に休む間を与えない。
それでも、呂布は門前から追い出されるほど崩れなかった。
前の列へ一撃を入れ、薄くなったところを抜ける。
こちらが向き直る前に、別の場所を叩く。
最上級兵が相手でも、まともに受ければ倒された。
葉の筆が止まらない。
損耗の報告が増えていく。
俺は残る隊の数を見た。
削れてはいる。
だが、このまま最後まで押せるのか。
朱音が、門前を見つめていた。
「弓を、三つに分けたい」
宗吾が顔を向けた。
「正面だけじゃ、馬の向きが変わるたびに狙い直しになる。左右へ置ければ、どこへ動いても射線を残せる」
「前衛がいるぞ」
「だから、動く場所を決めてほしい。こっちも、撃つ場所を分ける」
岳が地図へ手を伸ばした。
朱音は、守備の武将たちを見た。
「止められる? 長くじゃなくていい。向きを変えさせるだけでも」
岩成が、傷の増えた盾を持ち上げた。
「配置を聞こう」
*
呂布を一か所で受け止め続けることは、できなかった。
だから、動いた先に次の守りを置いた。
正面の盾を押せば、斜めから槍が入る。
横へ抜ければ、別の守備隊が道を狭める。
無理に囲み切ろうとせず、抜けられる方向を限る。
その先を、朱音が見ていた。
最上級弓兵が、三つの位置へ分かれた。
矢を一度に使い切らない。
一隊が射れば、次が構える。
相手の前に味方が入ったら、そこは撃たない。
「左、止める」
朱音の指示で、片側の弓兵が弦を緩めた。
盾の列が通る。
呂布が、その列を押し退けようと馬首を返す。
「中央、射て」
矢が走った。
鎧へ当たる。
馬が足を止める。
戟が振られ、矢が弾かれた。
その間に、右の隊が構え終わる。
「右」
次の掃射が届いた。
*
俺には、最初、呂布がまだ自由に動いているように見えた。
盾を押している。
槍を払っている。
こちらの兵も、確かに倒れている。
だが、岳が小さく言った。
「同じところへ戻ってる」
俺は地図と戦場を見比べた。
前へ出る。
横へ曲がる。
矢を受け、向きを変える。
その先に、また盾がある。
大きく動いているようで、戦う範囲は狭くなっていた。
守備の武将たちは、呂布へ一騎打ちを挑まなかった。
自分が一撃を返すために、兵の列を空けることもしなかった。
崩れた場所を直す。
次の攻撃を、どちらから受けるか伝える。
弓兵が射る時間を作る。
その仕事を、繰り返していた。
*
残りの矢の報告が来た。
真砂が荷を前へ回す。
恭介が受け渡しを確かめ、使い終えた箱を道から外す。
後方にいる律から、新しい弓兵の一隊を送れると知らせがあった。
俺は宗吾へ伝えた。
「交代できる」
朱音の隊が下がり、別同盟の最上級弓兵が同じ場所へ入る。
指示は引き継がれた。
中央。
右。
左。
射るたびに、呂布が向きを変える。
そのたびに、槍と盾が移る。
赤い馬の足が、少しずつ鈍っていった。
*
カイは、俺の隣で戦場を見ていた。
剣は抜いていない。
レンも、槍を地面へ立てたままだった。
「あいつ、強いな」
カイが言った。
「ああ」
「俺たちが行ってたら、危なかった」
俺は頷いた。
レンが前を見たまま言った。
「行かなくても、届くんだな」
弓兵の列が動いた。
遠くから運ばれた矢。
長い時間をかけて作った兵。
何枚も重ね、最大まで育てたスキル。
それらが、四つ目の門へ届いていた。
*
呂布が、最後に正面へ出た。
赤い馬が地を蹴る。
盾の列が割れた。
岩成が指示を飛ばす。
「下がれ。左右、そのまま!」
兵が道を空ける。
呂布は進んだ。
進んだ先に、すでに味方はいなかった。
朱音が、上げていた手を下ろした。
三方向の弓兵が、短い間隔で矢を放った。
正面。
右。
左。
馬が止まる。
呂布の戟が上がった。
その横へ、残していた槍兵が進む。
守備の列が、後ろの道を狭めた。
次の矢が放たれた。
今度は、向きを変えられなかった。
戟が下がる。
赤い馬の背で、呂布の身体が傾いた。
俺は表示が出るまで、目を離せなかった。
『内門守将・呂布 撃破』
*
声が上がった。
近くから。
遠くから。
四つ目の門が開く音が、その歓声へ重なった。
俺は椅子へ手をついた。
足から力が抜けていた。
晴が笑っている。
目元を拭きながら、笑っている。
宗吾はまだ報告を受けていたが、筆を持つ手が止まっていた。
朱音は弓兵の帰還を見届けてから、ようやく座った。
岩成の盾は、もう元の形をしていなかった。
それでも、彼の後ろには兵が戻ってきていた。
俺は各同盟へ、守将撃破を伝えた。
続けて、戻る隊の確認を求めた。
勝ったあとに、誰かを置き去りにしたくなかった。
*
四つの内門の奥で、中央の扉が動き始めた。
誰も、すぐには駆け出さなかった。
手当てを受ける者がいる。
水を飲む者がいる。
減った兵を数え、残った兵へ声をかける者がいる。
ここまで来るために、使ったものが多すぎた。
それでも、扉は開いていた。
カイが俺を見た。
レンも、その隣に立っている。
俺は二人だけでなく、その向こうの皆を見た。
「確認が済んだら、進もう」
今度は、誰か一人を先に出すための言葉ではなかった。
第百三十八話 開いた城の中で
中央の扉の向こうに、次の軍勢はいなかった。
広い石畳。
水の流れていない噴水。
その先に、いくつもの建物が並んでいる。
俺たちは入口で足を止めた。
誰も、最初から安全だとは思っていなかった。
岳が左右を確かめ、沈烈が兵を分ける。
壁の上。
建物の影。
奥へ続く通路。
順に確認が進んだ。
報告を待っている間も、俺は何度か武器の音を聞いた気がした。
実際には、味方が装備を直す音だった。
「伏兵は、今のところ見当たらない」
岳が戻ってきた。
そこで初めて、肩の力が少し抜けた。
*
探索は、同盟ごとに好きな場所へ走る形にはしなかった。
人数を分け、見つけた部屋と品を記録する。
武器や札があれば、その場で持ち主を決めず、まず一覧へ載せる。
俺が説明すると、玄が頷いた。
「先に見つけた者の勝ちにしたら、ここからまた競走だからな」
「扉を開ける前に、揉めたくない」
「開けたあとも嫌だ」
それはそうだった。
各同盟から人を出してもらう。
戦闘を終えたばかりの武将は休ませ、探索できる者から城内へ入った。
晴は手を上げた。
「私、右の建物を見たい」
「一人では行くなよ」
「分かってる。杏、一緒に行こう」
さっきまでの疲れは残っているはずだった。
それでも、足取りが少し軽くなっていた。
*
最初の発見は、武器庫だった。
扉を開けた時、乾いた木と油の匂いがした。
壁際に、長い棚が並んでいる。
槍。
弓。
剣。
箱へ収められた防具。
使われないまま、ここで待っていたように見えた。
玄が一本の剣を持ち上げ、能力を確かめた。
「……おい」
俺も隣から覗いた。
高いレアリティを示す表示が浮かんでいる。
ただ、それだけではなかった。
使用する武将によって、追加の効果が働く。
「専用か」
「誰の?」
葉が記録の紙を出した。
玄が武将名を読み上げる。
近くにいた蒼海同盟の城主が、思わず声を上げた。
「うちにいる!」
全員がそちらを見た。
本人はすぐに口を閉じた。
「いや、俺のものにしろという意味ではなく」
「分かってる」
俺は笑った。
「使える人がいるのは、いいことだ。名前を記録しておこう」
彼は何度も頷いた。
剣を見る目だけは、離れなかった。
*
全部が最高の装備ではなかった。
扱いやすそうな、普通の槍もある。
今の主力には物足りなくても、守備の部隊へ回せる鎧もあった。
数が揃っていること自体が、ありがたかった。
真砂が箱を確かめながら言った。
「これだけあれば、損傷した装備の入れ替えにも使えます」
その横で、巌が重い蓋を支えていた。
「帳面はあとでいいから、先に中を出してくれ」
「品数を間違えると困るので」
「俺の腕も、長くはもたんぞ」
別の城主が駆け寄り、蓋を押さえた。
真砂は礼を言い、ようやく箱の中へ手を伸ばした。
戦いの時とは違う声が、武器庫に増えていった。
*
晴から呼ばれたのは、その少しあとだった。
右側の建物。
机と棚の並んだ、静かな部屋だった。
床には開けたばかりの小箱があり、杏が中の品を数えていた。
晴が俺を見る。
両手で、何かを持っていた。
「札」
「登用札か?」
「うん。でも、普通のだけじゃない」
渡された一枚を確かめる。
いつもの札とは、縁の模様が違った。
表示が開く。
『SSR以上確定登用札』
俺は文字を読み直した。
晴は、俺が顔を上げるのを待っていた。
「以上、だって」
「ああ」
「URも出るってことだよね」
「そうだな」
晴が笑った。
疲れの残る顔が、一気に明るくなった。
*
箱は一つではなかった。
通常の登用札。
SSR以上が確定する札。
同じ部屋の奥には、さらに別の札が納められている箱もあった。
杏は急いで開けず、部屋と箱の位置を記録していた。
「数えてから、ほかの人にも来てもらおう」
晴が頷く。
俺は札を箱へ戻した。
手放す時、少し惜しいと思った。
自分でも、その気持ちがおかしかった。
皆で取った城だ。
最初から、自分一人のものではない。
それでも、手元にあれば引きたくなる。
隣で晴も、箱をじっと見ていた。
「今は、駄目だよね」
「今はな」
「分かってる」
少し間が空いた。
「配る時、早めに呼んでね」
俺は笑って頷いた。
*
札が見つかったという知らせは、城内を回った。
守備の後ろで手当てを受けていた者も、顔を上げた。
少しだけ出兵した城主から、後方へ問い合わせが届く。
参加ボーナスとは別なのか。
誰が受け取れるのか。
現地へ来ていない補給の担当者はどうなるのか。
千景が遠方から届く連絡をまとめ、俺へ送ってきた。
『先に言い切らないで。発見分と、攻略報酬の分を分けて確認して』
俺は返事を書いた。
分かっている。
書いてから、目の前の箱を見た。
気を抜くと、皆で今すぐ引こうと言いそうになる。
千景は、その辺りまで分かっていたのかもしれない。
*
広場の一角へ、確認を終えた品を集めた。
各同盟の担当者が立ち会い、一覧を照合する。
武器と防具。
専用装備。
登用札。
SSR以上確定の札。
まだ探索中の建物もある。
数を読むたびに、近くの者が小さく声を上げた。
「これ、俺が探してた武将を引けるかもしれない」
「SSRなら、何でも重ねればいいって話じゃないぞ」
「分かってる。分かってるけど」
皆、少し落ち着きがなかった。
俺も同じだった。
王城へ向けて、兵を作り続けた。
装備を買い、物資を運び、使い切るつもりで準備した。
今、その内側から新しいものが出てきている。
得をしたというより、ようやく受け取れるのだと思った。
*
カイとレンは、武器の並んだ場所へ来ていた。
カイが剣を一本、持ち上げる。
重さを確かめ、戻す。
レンは槍の穂先を見ていた。
「欲しいのはあったか?」
俺が聞くと、カイは首を振った。
「これも悪くないけど、今の方が手に合う」
「無理に替えることはない」
「うん」
レンも槍を戻した。
二人の名が記された専用装備は、今のところ見つかっていなかった。
以前なら、そのことを少し気にしたと思う。
今日は二人とも、妙に落ち着いていた。
俺が札の箱を見せると、レンが笑った。
「また賑やかになりそうだな」
「誰が来るかは、まだ分からない」
「菓子を食うやつなら、先に分け方を決めとけよ」
カイが横から言った。
俺は二人を見た。
「それは、お前たちが一番必要だ」
*
日が傾き始めた頃、律が後方から来た。
引き継ぎを終え、城内の確認に加わったのだという。
俺は広場の入口で迎えた。
「お疲れ」
「そっちも」
彼女は、積まれた箱を見た。
「本当に、たくさんあったんだね」
「ああ。札も」
「聞いた。晴から二回」
俺は笑った。
律も笑う。
彼女へ一枚、確認用に出していた札を見せた。
SSR以上確定。
律は文字を読み、少し目を丸くした。
「重ねたいのがいるんだよね」
「俺も」
二人で黙った。
少し前、ポイントが尽きて並んで困っていたことを思い出した。
律が先に笑った。
「今度は、引いてから考えようね」
「そうしよう」
*
奥から、岳の報告が来た。
さらに内側に、封の残る建物がある。
武器庫でも、札の保管場所でもない。
入口の上に、文字があったという。
世界管理記録。
俺は札を箱へ戻した。
律も、顔を上げた。
晴を呼ぶ。
葉へ知らせる。
各同盟の代表にも、確認できたことを伝えた。
背後では、まだ武器の名を読み上げる声がしていた。
喜んでいいものが、確かにあった。
その先に、俺たちが答えを求めてきた場所もあった。
俺は皆を待ってから、奥の建物へ向かった。




