董卓
第百三十九話 死者の軍令
最奥の建物には、窓がなかった。
高い扉の上に、世界管理記録と記されている。
俺たちは、その前で足を止めた。
晴が一歩、近づく。
「ここで、分かるんだよね」
自動代行になった城主たち。
返事だけを残して、姿を見せなくなった人たち。
そのことを聞いているのだと分かった。
「確認しよう」
俺は答えた。
各同盟の代表が揃うのを待ち、扉へ触れた。
開いた。
重い音が、奥へ響いていった。
*
中には、机も書架もなかった。
長い広間。
左右に並ぶ柱。
その奥で、一人の武将が座っていた。
大きな身体を、椅子へ深く沈めている。
鎧の上に重ねた衣は、薄暗い室内でも分かるほど鮮やかだった。
武器は、すぐ手に取れる場所にあった。
男が顔を上げた。
表示が開く。
『最奥守将・董卓』
俺は動きを止めた。
四つの内門。
その守将を、すべて倒した。
中央の扉も開いた。
それでも、終わっていなかった。
隣で、瀬名が小さく息を呑んだ。
宗吾はすぐに後ろを振り返った。
「前へ出るな。兵を呼べ」
董卓は、立ち上がりもしなかった。
肘掛けに置いた指を、一度動かした。
広間の奥で、鐘が鳴った。
*
最初に変わったのは、表示だった。
城内の守備情報。
倒したはずの名が、そこへ戻った。
趙雲。
関羽。
張飛。
呂布。
文字を見ても、理解できなかった。
外から馬のいななきが聞こえる。
続いて、兵の足音。
宗吾が広間を飛び出した。
俺も後を追った。
四つの内門が、再び動いていた。
白馬が門前へ出る。
長い刃が持ち上がる。
矛を構えた巨体が、こちらを向く。
赤い馬の背で、戟がゆっくり回った。
ついさっきまで空いていた場所を、最上級兵の列が埋めていく。
「嘘だろ」
玄の声だった。
俺も、同じことしか考えられなかった。
岩成の盾には、まだ呂布を止めた時の傷がある。
カイの肩には包帯が巻かれている。
こちらには、戦った痕が残っていた。
向こうには、なかった。
*
董卓の能力が、開示された。
『失われた所属将兵の復活』
その下へ、対象の一覧が続いた。
王城。
俺はそこまで読んで、続きを見た。
各地の大城。
文字が、画面の下へ流れていく。
北西で取った城。
共同攻略した城。
ほかの同盟から、陥落の知らせが届いた城。
すでに終わった戦いの名が、次々に並んだ。
葉が、俺の袖を掴んだ。
「地図」
開く。
各地の大城に、守備の表示が現れていた。
所有を示す色は、まだ変わっていない。
だが、その中で兵が動いている。
最初の出兵を示す線が伸びた。
次も。
その次も。
王城へ向かっているのではなかった。
近くの城へ。
道の先にある、城主たちの城へ。
*
書簡が届いた。
『大城から兵が出ています』
次が重なる。
『こちらへ向かっています。守備を戻せますか』
『留守の兵では受けられません』
俺は一通を開いたまま、次を読んだ。
送り主は、一つの同盟だけではない。
王城へ主力を送った城。
物資を用意するため、内政へ寄せていた城。
少人数で暮らし、近くの大城が攻略されたことで安心していた城。
それらへ、軍が向かっていた。
瀬名の顔から、血の気が引いた。
「こちらにも来ています」
別の盟主が、声を上げた。
「南の二城が、同時に攻められている!」
誰かが自分の部隊を呼び戻そうとする。
その直後、内門から趙雲の騎馬が進み始めた。
王城の中にいる俺たちも、まだ囲まれていた。
*
「退路を確保!」
宗吾が叫んだ。
「荷を置け! 札の箱から離れろ!」
探索のために散っていた者たちが、広場へ戻ってくる。
倒れていたわけではない。
さっきまで、休んでいた。
水を飲み、傷の手当てを受け、ようやく武器を置いたところだった。
そこへ、もう一度敵が来る。
岩成が盾を持とうとした。
割れた留め具が外れ、盾が傾いた。
そばの兵が支える。
晴が、倉庫から出したばかりの盾を指した。
「それを使って!」
戦利品を、確かめる暇もなく手渡す。
巨嶽が立ち上がる。
その動きは、朝より明らかに重かった。
俺は広間を振り返った。
董卓は、奥にいる。
動いていない。
命令を出す者がそこにいて、失った軍が戻ってくる。
「あいつを止める」
俺が言うと、宗吾は一瞬だけこちらを見た。
「その前に、道を残す」
正しかった。
分かっていた。
それでも、目の前の扉がひどく遠くなった。




