10の旗
第百三十三話 十の旗
兵舎の灯りが、夜まで消えなくなった。
朝に資源を運び込むと、夕方には次の分が必要になる。
高資源地を取った報告のあとには、そこへ副将を置き、生産を整えたという報告が続いた。
Rの武将も、忙しくなった。
戦場へ出るだけが仕事ではない。
畑を支え、資源の生産を助け、土地を守る。
弥平が育てた武将の記録は、攻略隊より内政の担当者に読まれることが増えた。
正臣は倉庫の間を行き来していた。
「この棚、もう一段増やしたい」
以前なら、俺へ相談しただろう。
今日は、木工の講座を開いている城主へ図を持っていった。
数日後には、使いやすくなった棚へ新しい荷が収まっていた。
趣味で始まった仕事まで、王城への準備につながっていた。
*
同じ頃、各地で合併が進んだ。
最上級兵の解放条件は二百人。
小さな同盟のままでは、兵種の面でできることが限られる。
それでも、ただ大きなところへ入れば安心できるという話ではなかった。
北西で使った条件を求められれば、俺たちは送った。
そのまま使わず、そちらの事情に合わせてほしいとも添えた。
日々の仕事を誰へ頼むのか。
元の盟主は何を担うのか。
戦争に参加しない者が、どう暮らせるのか。
真砂のところへは、統合する倉庫や取引の相談まで来るようになった。
「北西も、最初から整っていたわけではありません」
真砂が面会で説明しているのを聞いて、俺は少し笑った。
本人も、来たばかりの頃には仕組みを試す側だった。
今は、作り直した仕組みを他人へ説明している。
*
中央寄りの同盟から、合併成立の知らせが届いた。
翌日には、南からも来た。
古い旗を残すか。
新しい名をつけるか。
そこでも随分話し合ったらしい。
北西でも、正式な呼び名を決めることになった。
晴の同盟。
北西の大同盟。
俺たちは相手や場面によって、まだ違う言い方をしていた。
合併を終え、外へ同じ名で返事をする必要が出てきたのだ。
「北西の猫に戻す?」
玄が言った。
懐かしい名だった。
だが、その場には、猫だったことのない人たちも多い。
晴も、千景も、昂生も。
昔の名を嫌う理由はない。
それでも、今の全員を呼ぶ名前を考えたかった。
いくつかの案を出し、最後に残ったのは、飾りのないものだった。
北西連盟。
名前に連盟とつくが、別々の同盟が手を組んでいるわけではない。
合併し、一つの同盟になった者たちの名前だ。
「分かりやすいな」
巌が言った。
「書簡の宛先も間違えにくい」
佐伯が頷いた。
晴は新しい名を見て、口の中で一度読んだ。
「うん。ここに住んでるって感じがする」
俺は登録する名前を、もう一度確かめた。
*
王城攻略まで、あとひと月半ほど。
その朝、世界全体の同盟ランキングが更新された。
俺は、いつもの順位確認のつもりで開いた。
表示を見て、手が止まった。
葉が隣から覗いた。
「出たね」
人数を基準にした順位だった。
上位十同盟の名が並んでいる。
*
同盟人数ランキング。
第一位 北西連盟――八百十二名
第二位 東天連合――七百六十四名
第三位 蒼海同盟――七百二十一名
第四位 天央会――六百三十八名
第五位 白嶺同盟――五百八十九名
第六位 南風連盟――五百三十六名
第七位 黒鉄同盟――四百八十七名
第八位 翠河同盟――四百三十二名
第九位 暁の輪――三百六十八名
第十位 遠灯同盟――二百八十一名
*
「八百……」
晴が、数字の途中で黙った。
俺も、しばらく同じところを見ていた。
名簿は確認している。
受け入れた人数も、そのたびに聞いていた。
それでも、世界の一番上にまとめて表示されると、別の重さがあった。
八百十二人。
出撃する者。
資源を作る者。
講座を開く者。
城の中で静かに暮らしている者。
同じ数字の中に、いろいろな人がいる。
玄が覗き込んだ。
「ずいぶん増えたな」
「ああ」
「飯、全員分は無理だな」
晴が、なぜか少し真面目に考え始めた。
千景が止めた。
「考えなくていいから」
*
地図にも、十の大きなまとまりが見えた。
北東では、かつての大連合の一部が東天連合として組み直されていた。
南東の蒼海同盟には、瀬名たちが加わっている。
中央では天央会。
山沿いの地域では白嶺。
ほかにも、地理や暮らし方に合わせて、新しい合併が成立していた。
世界に残る同盟が、十だけになったわけではない。
独立を選んだ小同盟も、単独の城主もいる。
ただ、大規模な軍と物資をまとめて動かせる勢力は、この十同盟へ集まりつつあった。
「人数が多い順に、強いとは限らないね」
葉が言った。
宗吾が頷いた。
「主力の数と育成は、別に見る。ここから王城へ何人来るかも違う」
真砂は、別のところを見ていた。
「これで、各地の商いも組み直されます。窓口が変わった場所を確認しないと」
同じランキングを前にして、皆が違う仕事を見つけていた。
*
瀬名から、書簡が届いた。
『第一位、おめでとうございます』
そのあとに、新しい窓口の紹介と、蒼海同盟が用意できる兵数の見込みが続いていた。
最後には、少し柔らかい文があった。
『順位を見て、すべて北西へ任せればよいと考える者が出ないよう、こちらでも話しておきます』
俺は笑い、礼を書いた。
ほかの同盟からも、報告が揃い始めていた。
用意できる最上級兵。
先鋒を任せられる武将。
補充に必要な日数。
輸送へ回せる人数。
まだ足りないところもある。
予定より早く揃ったところもあった。
人数のランキングだけでは見えない力が、紙の上へ出てきた。
*
十同盟の代表が最初に顔を揃えた時、席順だけで少し揉めた。
順位の順にするか。
地図の方角に合わせるか。
誰が真ん中へ座るか。
結局、王城の図を卓の中央へ置き、俺たちはその周りへ座った。
晴があとから持ってきた茶を置こうとして、図を少しずらした。
全員で椀の場所を空ける。
それで、妙な緊張が少し抜けた。
「予定日は、変えません」
俺は話し始めた。
「各地の報告を合わせれば、必要な兵を揃えられる見込みが立ちました。ただ、出発前までに確認すべきことは残っています」
宗吾が四つの内門を示した。
趙雲。
関羽。
張飛。
呂布。
それぞれに当てる主力と、次を引き受ける隊。
一つの同盟へ、一つの門を丸投げするわけにはいかない。
兵が減ったところへ、別の旗の部隊を入れる。
その順番を、これから詰める。
向かいの盟主が、持ってきた記録を卓へ置いた。
「こちらから、先に出せる隊を説明しても?」
「お願いします」
新しい名が、王城の図の横へ書き加えられた。
*
会議が終わると、外では荷車が並んでいた。
帰る人たちが、持ち寄った物資を交換している。
不足していた鉄が、別の同盟から届く。
余っていた食糧を、その帰りの荷へ載せる。
巌と真砂が、別々の荷車の前で同時に呼ばれ、顔を見合わせていた。
俺はしばらく、その光景を見た。
世界が終わる日まで、三か月を切っている。
王城へ向かう日は、それより一か月早い。
帰れば、また兵舎が動く。
畑から収穫が届き、鉱山から鉄が運ばれる。
十の旗の下で、同じ日へ向けた準備が続いていた。




