守
第百三十四話 守る者を、前へ
出発の日、城門の前に岩成が立っていた。
大きな盾を背負い、荷をまとめている。
いつもなら、出ていく部隊を見送る側だった。
今日は、その列へ入る。
「留守は、引き継いだ?」
晴が尋ねると、岩成は頷いた。
「承知しております。戻るまでの配置も」
「じゃあ、今日は一緒に行こう」
晴は笑った。
岩成が静かに頭を下げる。
その後ろにも、見慣れない装いの武将がいた。
顔を知らないわけではない。
他の城を訪ねれば、門や壁のそばで見かける。
ただ、遠征の列にいる姿を、ほとんど見たことがなかった。
*
守備を得意とする武将を、王城へ連れていく。
最初に聞いた時、俺も戸惑った。
城へ攻撃する際には、武将の守備力は参照されない。
どれだけ高い数字を持っていても、それをそのまま攻城の強さへ足すことはできない。
だから、出撃には攻撃の得意な武将を選び、守備に秀でた武将は留守を任せる。
それが、これまでの組み方だった。
冬馬が持ってきた案は、その役割を少し変えるものだった。
「門を攻めてもらうんじゃない」
会議で、彼は言った。
「攻めたあと、戻ってくる部隊を守ってもらう」
宗吾が地図へ目を落とす。
王城の守備は、門の前に立っているだけではない。
趙雲の騎馬は出てくる。
張飛の部隊は押してくる。
こちらが兵を引いた時にも、戦闘が終わるわけではなかった。
追われれば、戻る途中でさらに削られる。
帰還する兵と、次に進む兵が重なれば、波状攻撃の順番まで崩れる。
「そこへ、守るのが得意な武将を置く」
冬馬の指が、内門の手前を押さえた。
岳が隣で頷いた。
「兵が下がってきても、列を崩さずに受け入れられる者が要る」
*
試したのは、出発より前の合同訓練だった。
城を出れば守備力の数字は使えない。
城門や壁を条件とする効果も、そのままでは働かない。
だが、武将が兵へ出す指示は消えなかった。
盾を重ねる。
槍を出す間隔を変える。
崩れた一列を、後ろから埋める。
戻ってくる味方のために一か所を開き、通し終わると閉じる。
守備の部隊を指揮する力は、城の外にも持ち出せた。
岩成の隊は、最初から動きが速かったわけではない。
ただ、誰かが遅れても、全体がつられて崩れなかった。
沈烈が、その動きをじっと見ていた。
「これなら、攻める隊を戻せる」
宗吾はすぐに、出陣表を書き換えた。
*
王城の前へ集まった兵は、前回とは比べものにならなかった。
道の先まで旗が続いている。
北西連盟。
東天連合。
蒼海同盟。
ほかの七同盟からも、予定した隊が到着していた。
小さな同盟の部隊は、決められた待機場所へ案内される。
荷車は兵の道を避け、後方へ回った。
真砂は着くなり、到着した荷と記録を照合し始めた。
巌は道の途中で立ち止まっている一隊を見つけ、案内役を呼びに行った。
俺は全体の報告を受けながら、王城を見た。
二か月前と同じ場所にある。
同じ壁。
同じ塔。
変わったのは、こちら側だった。
*
外郭への攻撃が始まった。
一番手が入り、守備を動かす。
役目を終える前に、次の部隊が位置へつく。
前回の記録がある。
どこで矢が重なり、どの門から増援が出るのか。
見えている範囲については、準備してきた通りに動けた。
それでも、損耗は出る。
届く報告を、葉が記録へ落とした。
宗吾は残った兵を見て、次の順番を調整する。
俺は後方へ、その変更を送った。
巨嶽が退き、別の同盟の武将が前へ出た。
その次にも、兵が待っていた。
今回は、途切れない。
昼前、外郭の門が開いた。
*
内側へ入ると、四つの門が見えた。
すでに守備隊が動いている。
趙雲の白馬。
関羽の長い刃。
張飛の矛。
呂布の赤い馬。
前に見た時の重さを、身体が覚えていた。
俺は息を吐き、最初の目標を確かめた。
趙雲の門。
速い騎馬へ追われずに、攻撃を繰り返せるか。
そこが、今日の最初の山だった。
「前衛、予定の位置まで」
宗吾の指示が届いた。
攻撃隊が進む。
その少し後ろで、岩成の部隊が横へ広がった。
別の同盟から来た守備の武将も、左右へ並ぶ。
彼らは、門へ向かわなかった。
内側の広場に盾を立て、戻ってくる味方を待った。
*
趙雲の騎馬が動いた。
前回と同じ速さだった。
こちらが攻撃を終え、下がり始める。
その背後へ、槍が迫る。
「帰還隊、中央へ」
宗吾が命じた。
岩成の隊の真ん中が開いた。
味方が、そこへ入る。
負傷した兵。
乱れた列。
まだ敵の方を見て、足の遅れる者。
岩成が盾を上げた。
「走り抜けよ。後ろを見るな」
最後の兵が通る。
開いていた場所が閉じた。
直後、騎馬がぶつかった。
音がした。
盾と槍と、馬のいななき。
俺は思わず、机の縁を握った。
前の列が押された。
一歩。
もう一歩。
だが、ばらばらにはならなかった。
岩成が短く指示を出す。
後ろの兵が前を支え、横の隊が角度を変える。
趙雲の騎馬が、盾の端へ回ろうとした。
そこには、岳が見ていた槍の列があった。
「止まった」
誰かが言った。
俺も、見ていた。
前回は、追撃がこちらの後続へ入り込んだ。
今日は、守るために連れてきた部隊が、その間に残っていた。
*
「二番手、出せ」
宗吾の声に、我に返った。
左右から、次の攻撃隊が進む。
趙雲の部隊が動きを変えた。
盾の列を押すだけでは済まなくなった。
正面で受け止められ、その間にこちらの新しい兵が届く。
敵の騎馬が引く。
岩成は追わなかった。
「列を直せ」
その一言で、崩れかけた盾の並びが戻っていく。
俺は彼の表示を確認した。
守備力の数字が、攻撃へ加算されたわけではない。
城にいる時と同じ条件が揃ったわけでもない。
それでも、兵は止まった。
守り方を知る武将が、そこにいたからだ。
冬馬が隣で、ゆっくり息を吐いた。
「できたな」
「ああ」
俺は頷いた。
冬馬はもう次の隊を見ていた。
「同じ隊へ、何度も受けさせないでくれ。今ので削られてる」
宗吾がすぐに指示を変えた。
守備の隊も、交代させる。
守る側にも、次がいた。
*
戦場の動きが変わった。
攻める隊が、帰る場所を持った。
帰った隊を、追ってくる敵から切り離せる。
次の攻撃隊は、逃げる味方を避けるために形を崩さずに済む。
それだけで、準備した兵の数が、前へ届くようになった。
晴から報告が来た。
『巨嶽、次に出せる』
俺は宗吾へ回した。
瀬名からも、後続の到着が伝えられる。
真砂のところへは、追加の物資が入っていた。
二か月かけて集めたものが、途切れず戦場へ渡っていく。
*
趙雲が、門へ向けて下がった。
追わせる動きではなかった。
守備兵の数が減っている。
左右の隊が押され、広場で戦い続ける余地が狭くなっていた。
「門まで押す。ただし、中へ追い込むところまでだ」
宗吾が言った。
巨嶽が前へ出る。
他同盟の主力が続く。
俺の後ろで、カイが立ち上がった。
レンも槍を取る。
まだ、合図は出していない。
だが二人は、同じ場所を見ていた。
門の手前。
兵の列が薄くなり、趙雲の姿がはっきり見える。
カイが俺を振り返った。
「届くぞ」
俺は沈烈を見た。
彼は戦場を確かめ、頷いた。
「道は作れる」
俺は宗吾へ、その判断を伝えた。
返事を待つ間、カイとレンは何も話さなかった。
二人の立つ間隔だけが、少し狭くなった。
*
後方へ戻った岩成が、盾を地面へついた。
表面に、深い傷が走っている。
晴が駆け寄った。
「大丈夫?」
「次に出るまで、少々いただきたい」
「うん。ちゃんと休んで」
晴は盾の傷へ目を落とした。
それから、戦場を振り返った。
戻ってきた味方が、次々に水と手当てを受けている。
その向こうでは、新しい部隊が門へ進んでいた。
「連れてきて、よかった」
岩成は顔を上げた。
晴は、今度は彼を見て言った。
「ありがとう。皆、帰ってこられた」
岩成が、静かに頭を下げた。
城で留守を守っていた武将が、今日は王城の内側で、皆の帰る場所を守っていた。




