初三国志
第百三十一話 四つの内門
巨嶽が、外郭の守備へ踏み込んだ。
正面の列が揺れる。
前の戦いでは、その揺れを押し広げる部隊が足りなかった。
今日は違った。
巨嶽が役目を終えて下がる、その横から別の同盟の主力が入る。
守備の槍が向きを変える。
そこへ、さらに次の攻撃が届いた。
「三番手、待て。帰還の列が抜けていない」
宗吾の声が飛ぶ。
待機していた騎馬が止まる。
沈烈が道を指し、戻る部隊を片側へ寄せた。
空いた。
合図が出る。
騎馬が走った。
俺は地図と、届く報告を交互に見ていた。
同盟の名前は違う。
指揮をする者も違う。
それでも、次の一隊が必要な場所へ来る。
城の前に、短い攻撃が途切れず重なっていった。
*
守備の薄くなった区画へ、少数で参加する部隊を入れた。
先頭には、道を知る隊をつける。
交戦を確かめたら、決めた場所へ戻す。
その動きだけでも、簡単ではなかった。
緊張して、合図より早く出ようとする者がいる。
思った以上の音に、門の手前で足が止まる者もいる。
「急がなくていい。前の隊について」
律の声が届いた。
後方で参加者をまとめている。
俺は一件の報告を受け取った。
長く外へ出ていなかった単独の城主が、部隊を送り出したという。
近隣の盟主から、道を通過した知らせも来ていた。
『本人が門まで出て、見送っていました』
短い一行だった。
俺はその名を、参加予定から出陣済みへ移した。
少し遅れて、交戦の記録がついた。
*
昼を過ぎた頃、外郭の門が破れた。
晴が声を上げた。
俺も立ち上がりかけた。
だが、宗吾の手は上がったままだった。
「止まれ。中を見る」
土煙が流れる。
門の向こうへ、広い石畳が続いていた。
一本道ではない。
中央へ進んだ先で道が分かれ、それぞれ別の門へつながっている。
壁の向こうに見えていたものが、ようやく一つの形になった。
四つの内門。
その先に、王城の中心がある。
俺は遠くの門を見た。
何かが動いた。
*
最初に開いた門から、白い馬が出てきた。
長い槍を持つ武将。
その後ろに騎馬が続く。
数が多いというより、並び方が恐ろしかった。
騎手も馬も、隣とぶつからない間隔を保ち、音まで揃えて前へ出る。
表示が開く。
『趙雲』
誰かが、その名を読み上げた。
次の門では、長い髭を持つ武将が馬を進めた。
大きな偃月刀が、日の光を受ける。
後ろに控えた兵は、こちらが動くまで動かない。
『関羽』
三つ目の門からは、怒号が響いた。
蛇矛を構えた大柄な武将が、一歩前へ出る。
それだけで、後方の兵まで身構えた。
『張飛』
最後の門は、少し遅れて開いた。
赤い馬。
長い飾りをつけた武将が、戟を持ち上げる。
その動きがゆっくりだったことに、かえって目を奪われた。
『呂布』
四人とも、最高位を示す表示を持っていた。
彼らの後ろを埋めるのは、最上級兵だった。
*
「……四つか」
玄の声がした。
誰も、すぐには返さなかった。
外郭を破った喜びが、まだ身体に残っている。
そのまま突っ込んでいたら、どこか一つの門から出た部隊だけで押し返されていたかもしれない。
宗吾が指示を出す。
「前衛、横へ広がるな。門ごとの間合いを確かめる。追われたら外郭まで戻れ」
こちらの小部隊が進んだ。
最初に動いたのは、趙雲の騎馬だった。
速かった。
前へ出た隊が帰還へ切り替えるより早く、距離が詰まる。
朱音の援護が飛ぶ。
趙雲は、崩れかけた列を見て馬首を返した。
追いすぎない。
こちらの後続が待つところまでは来なかった。
「誘えないな」
岳が呟いた。
別の門では、関羽の部隊がわずかに進んだ。
こちらが攻撃を当てても、追わない。
兵を戻そうと向きを変えた時だけ、圧力が増した。
門ごとに、戦い方が違っていた。
*
カイが、俺の横へ来た。
「少し、出ていいか」
いつもの勢いで言ったのではなかった。
俺は相手の表示を見た。
最高位。
カイの格上殺しが、最も強く働く相手だ。
だが、後ろには兵がいる。
武将だけに強くても、そこへ届かなければ意味がない。
「沈烈の隊より前へは出すな。接触を確かめたら戻れ」
「ああ」
レンが隣についた。
二人で装備を確かめる。
言葉が少なかった。
俺はそれを、強敵を前にした緊張だと思った。
*
カイとレンが、同じ守備区画へ入った。
その瞬間、カイの表示が変わった。
格上殺し。
レンを副将として置いた時の補正が、重なる。
俺は数字を確認した。
今までの戦闘でも見た働きだった。
だが、二人の動きは初めて見るものだった。
カイが前へ出る。
レンは追いかけなかった。
横へ半歩ずれ、カイが剣を戻す場所を先に空けた。
カイがそこへ戻る。
その肩越しに、レンの槍が伸びた。
一度も声をかけていない。
練習の時より滑らかだった。
沈烈が退路を作る。
二人は同時に身を引いた。
張飛の矛が、直前までカイのいた場所を通り過ぎた。
石畳が鳴った。
「戻れ!」
俺が声を上げた時には、二人はもう退いていた。
*
――知っている。
カイは、自分の身体が選んだ動きに気づいた。
レンがどこへ立つか。
いつ槍を出すか。
自分が退いたあと、空いた場所を誰が埋めるか。
考えるより先に分かっていた。
いつ覚えたのか、思い出せない。
だが、さっきまでは空白だったところに、確かな形があった。
二人を別々に数えることが、間違っていた。
レンがこちらを見た。
同じことに気づいた顔だった。
外郭の向こうへ戻り、兵の列が二人の前を通り過ぎる。
その音に紛れて、レンが言った。
「俺たち、一組だったんだな」
カイは頷いた。
低いランクが、それぞれについている。
だが、自分たちの役目は、その二つを足した先にあった。
目の前の最高位の武将へ、二人で向かう。
一人では届かないところを、もう一人が埋める。
そのための存在だった。
どこで生まれ、なぜこの城主のもとへ来たのか。
そこまでは、まだ分からない。
それでも、自分たちが何者なのか、その芯に触れた気がした。
「言うか?」
レンが聞いた。
カイは、こちらへ駆けてくる主を見た。
人数を数え、戻った兵を確かめ、次の指示を待っている顔だった。
「……まだ、言葉にならない」
レンは少し考え、頷いた。
「そうだな」
*
「怪我は?」
俺が尋ねると、カイは首を振った。
「平気だ」
「レンは?」
「俺も」
二人とも無事だった。
俺は息を吐き、それから記録を見せた。
「補正は効いていた。だが、兵の間を抜けて届かせるのは、まだ危ない」
「ああ」
「次は、もっと周りを削ってからだ」
カイは素直に頷いた。
レンも隣で同じように頷く。
何かが違う気がした。
だが、問いかける前に、宗吾から招集が届いた。
*
外郭の内側に、各同盟の指揮を担う者が集まった。
今日は、ここで止める。
四つの門へ同時に手を出せば、帰還の道が足りなくなる。
一つずつ向き合うにしても、隣の守備がどう動くかを確かめなければならない。
趙雲。
関羽。
張飛。
呂布。
葉が、四人の名を図へ書いた。
それぞれの横に、確認できた動きを添えていく。
晴は巨嶽の状態を確かめていた。
「まだ、先があったね」
「ああ」
俺が答えると、彼女は門の方を見た。
悔しさも、怖さもある顔だった。
それでも、その目は逸れなかった。
「でも、今日は中に入れた」
俺は頷いた。
帰還の列が動き始める。
少しだけ参加した城主たちも、主力を出した者たちも、同じ門を通って帰っていく。
カイとレンは、その列の後ろで一度だけ振り返った。
俺からは、二人の顔は見えなかった。
やがてカイが歩き出す。
レンは半歩遅れて、その隣へ並んだ。




