普通
第十二話 隣の城主
翌朝、周が用意した紙には、三つの土地が記されていた。
真ん中が、玄と取り合いになっている場所。
北側に一つ。
南側に一つ。
それぞれの守備情報と、取れる資源が書き添えられている。
「南にもあったんですね」
「候補地周辺を改めて確認いたしました」
俺は紙を引き寄せた。
南の土地にも、石材の表示がある。
生産量は真ん中より少し低い。ただ、北側ほど遠くはなかった。
昨日も地図には載っていたはずだ。
俺は自分が欲しい場所と、玄に行けと言われた場所だけを見ていた。
「こっちは、玄の城に近いな」
カイが横から指した。
確かにそうだった。
けれど、近いから簡単に取れるとは限らない。間にある土地の状態まで確かめる。
玄の所有地からなら、つなげて進めそうだった。
「これも持っていこう」
紙を折る。
話し合うと言いながら、昨日の主張を口で繰り返すだけになるところだった。
*
出かける前に、上着を二度着直した。
城の中で着ているものと、外へ行くときのもの。どちらがいいか分からなくなった。
鏡に映してみても、違いはほとんどない。
カイは入口で待っていた。
「まだ?」
「今行く」
「それ、さっきのと何が違うんだ?」
「少し厚い」
「じゃあ、そっちでいいだろ。外、風あるぞ」
身支度の問題は、それで終わった。
カイは武器を持っていたが、兵を率いる装備ではなかった。
同行者一人という約束は守る。
周には城を任せた。
「移動中も、書簡は確認できますか」
「はい」
「何かあれば、お願いします」
「承知いたしました」
城門をくぐる。
この前は、カイを見送るために少し外へ出ただけだった。
今日はそのまま道を進んだ。
振り返ると、門が少しずつ小さくなる。いつでも戻れる距離のはずなのに、自分の城が後ろへ離れていくのは落ち着かなかった。
「いつも、こんな感じだったんだな」
「何が?」
「外って、見えないところが多い」
道の先は緩く曲がり、左右には背の高い草が生えている。地図のように、土地全体を上から見られるわけではない。
「だから言っただろ」
「うん」
足元に石があった。
避けたつもりで、靴の先を少しぶつけた。
カイは何も言わず、歩く速度を落とした。
*
待ち合わせの場所には、先に二人いた。
一人は道の端に立っていた。
もう一人は、その少し後ろで動かずにいる。
前の男がこちらを見た。
想像していたより若かった。
俺と大きくは違わない年齢に見える。もっと年上で、何でも分かったように話す男を、勝手に思い浮かべていた。
「……そっちが、西の城の?」
「はい。玄さんですか」
「そうです」
会話が止まった。
俺も玄も、次の一言を探していた。
後ろにいた武将らしい男は何も言わない。
カイが俺の横で足を止める。
「ここで話すのか?」
玄がカイを見た。
少し間を置いて、道の脇を指す。
「あそこなら座れると思います」
倒れた木があった。
きれいではないが、泥の上に座るよりはいい。
俺と玄が少し離れて腰を下ろす。
カイは周囲を見てから、俺のそばの石に座った。玄の武将は立ったままだった。
「昨日は」
二人同時に言った。
また止まる。
「先にどうぞ」
俺が言うと、玄は膝の上で手を組んだ。
「……急に書いたのは、こっちなので」
書簡で読んだ文章より、声はずっと頼りなかった。
*
玄がこちらへ来たのは、俺より少し早かった。
ただ、それで何でも知っているわけではなかった。
「最初、畑ばかり作って」
玄は地図を開いた。
「食料が一番減るから、それがいいと思ったんですけど。兵舎を上げようとしたら石が足りなくて」
俺は自分の紙を取り出した。
「俺は、木でした」
「木?」
「伐採所を作って、これで建てられると思ったら、ほかが足りなかった」
玄が一度だけ頷いた。
「ありますよね、それ」
初めて、二人で同じ話をした気がした。
玄は問題の土地を指した。
「ここに行くために、手前を取りました。そこでも少し兵を減らしてます。だから、急に別へ行くとなると……」
言い終える前に、口を閉じる。
俺は自分の位置から見た事情を説明した。
最初の出兵を終えたばかりであること。
まだ二十人しか用意していないこと。
北側へ向かうには、余計に戦わなければならないこと。
玄は途中で遮らなかった。
「北の守備、そこまで見てなかったです」
「俺も、そっちがそこへ向かってるとは思わなかった」
地図だけを見れば分かるつもりになっていた。
並んでいる土地は、ただの色だった。
どこへ行こうとして、何を使って取ったのかまでは書いていない。
「昨日の言い方は、悪かったです」
玄が言った。
「行ってくれって、決めつけたみたいになったので」
「俺も、ちょっと強く返しました」
「ちょっと?」
思わず顔を見る。
玄が気まずそうに口元を動かしたので、俺も少しだけ笑った。
「……結構」
「こっちも、最後は結構でした」
*
謝っただけでは、土地は増えなかった。
どちらも欲しいのは変わらない。
俺は周が用意した紙を広げた。
「南側は、どうですか」
玄が身を乗り出す。
「そこ、石は取れますけど、少ないですよね」
「少し。ただ、北へ行くよりは負担が少なそうで」
「それを、そっちが取る?」
「そちらに近いから、そちらで取れないかと思って」
玄の顔が止まった。
言ってから、昨日と同じことをしている気がした。
こちらが欲しい場所を取り、相手を別へ行かせる。
結局、自分に都合のいい案だった。
「その代わり、南へはしばらく伸ばしません」
俺は続けた。
「そっちから南の土地へ向かう道も、こちらでは取らない。少なくとも、今ここで話してる範囲は」
玄は紙へ目を戻した。
「しばらくって、いつまでですか」
答えを用意していなかった。
ずっと、と言ってしまえば簡単だったが、先のことが分からないのに約束したくなかった。
「次に広げるときは、先に連絡します。今日決める範囲を越えたら、もう一度話す。それじゃ駄目ですか」
玄はすぐには答えなかった。
指で、自分の土地から南へ線をなぞる。
そこで止まり、もう一度戻る。
「こっちを空けておいてくれるなら、南へは出やすいです」
「うん」
「でも、俺が今まで取った土地は?」
俺はその並びを見た。
確かに、真ん中の候補地へ向かう形になっている。
玄は無駄になると言っていた。
ただ、南へ進む道としても使えそうだった。
そう言おうとして、先にカイが身を乗り出した。
「この角から曲がれないのか?」
地図の端を指す。
玄が目を落とす。
「……曲がれます」
「じゃあ、ここまでは同じ道?」
「そう、ですね」
俺も確認した。
途中までの土地は、そのまま使える。
玄はしばらく黙ってから、息を吐いた。
「真っすぐ行くことしか考えてなかった」
それは俺も同じだった。
*
話は、すぐには終わらなかった。
玄は南側の守備情報を開き、今いる兵で向かえるか確かめた。
俺は真ん中の土地を取った後、どこへ伸ばすつもりなのか聞かれた。
まだ決めていないと答えると、それなら決めたときに教えてほしいと言われた。
俺も同じことを頼んだ。
範囲を決めずに「周辺は取らない」と書くと、後で食い違いそうだった。
紙の上で、三つの土地を囲む。
俺が取る候補。
玄が取る候補。
どちらも今は手を付けず、進路として相談する場所。
線を引き終えるまでに、何度も書き直した。
「同盟に入ってなくても、こういう話はしていいんですよね」
玄が言った。
「たぶん。約束するだけなら」
「何か、ボタンがあるのかと思って」
「俺も、予約できるのか周さんに聞きました」
玄が顔を上げた。
「周さん?」
「城で説明してくれる人です」
「ああ。うちにもいます」
それを聞いて、少しほっとした。
周だけがいるわけではない。
玄も、最初は誰かに同じようなことを聞いたのだ。
俺は城で目覚めた朝を思い出した。
聞いても分からなかったことまで思い出し、口を開きかけた。
玄もこちらを見ていた。
「……帰る方法って、何か聞いてますか」
聞いた瞬間、玄の表情が変わった。
「何も」
短い答えだった。
俺は頷いた。
「俺もです」
少しの間、風の音だけがした。
ここに来てから何日か。
何をしていたときに来たのか。
話せそうなことはあったが、今は聞かなかった。
玄も、その先を続けなかった。
*
帰る前に、決めた内容を書簡にして送り合った。
同じ場所を指しているか、画面を見せて確かめる。
文章になると、また硬く見えた。
けれど、今度は相手の声を知っている。
途中で玄が一か所を直した。
「ここの『南側』、広すぎますね」
「こっちの土地の番号を入れましょう」
「そうしましょう」
送信する。
受信する。
同じ内容だと確認して、ようやく立ち上がった。
玄は少し迷ってから言った。
「どこか、同盟に入ってますか」
「まだです」
「俺も」
それだけで、話が止まった。
一緒に作ろうとも、どこかへ入ろうとも言わなかった。
昨日まで揉めていた相手だ。
一度会えたからといって、全部分かったわけではない。
「土地を取ったら、連絡します」
俺が言うと、玄は頷いた。
「こっちも」
*
帰り道、カイが水を飲んだ。
俺にも渡してくる。
思っていた以上に喉が渇いていた。
「どうだった?」
カイが聞いた。
「普通の人だった」
「普通じゃないと思ってたのか?」
「もっと、怖い人かと」
「向こうも思ってたかもな」
その可能性は考えていなかった。
俺が送った文章を思い出す。
一方的に決められると困る。
そちらの予定は知らなかった。
画面の向こうでそれを読んだ玄も、俺の顔を知らなかった。
「……そうかもしれない」
城門が見えてきた。
行くときより、早く着いた気がした。
周に話の内容を伝え、地図へ新しく印を付ける。
東の土地。
その南に、玄の候補地。
今までは一つの場所しか見ていなかった。
印が二つになったことで、ようやく自分の進路が分かった気がした。
夕食の後、玄から短い書簡が届いた。
『今日はありがとうございました。明日は南側の準備をします』
俺も返した。
『こちらこそ。こちらは兵と食料を確認してから向かいます』
送ってから、同盟の項目を開いた。
募集の一覧には、いくつもの名前が並んでいた。




