経済戦争
第百二十六話 手綱のある席
千景は、副盟主を降りなかった。
内政と日々の運営は、引き続き彼女が担う。
真砂には、交易と物資調達、講座や催しの基盤を任せる。
巌は真砂と組み、各地との調整と、実際に働く人の事情を拾う。
提案した会議で、最初に口を開いたのは千景だった。
「帳面が二つあって、誰も全体を知らない状態にはしないでください」
「個人の商いと、同盟の分は分けて提出します」
真砂が答えた。
「数字だけでは、分からないこともあるので」
「説明します」
朔は仕入れ先について聞いた。
葉は、価格や入荷情報を誰へ回すのか確かめた。
宗吾は、軍の補給を催しの予定より後回しにされては困ると言った。
真砂は、一つずつ答えた。
講演の会場にいた時のように、相手の気分をよくして話を進めようとはしなかった。
分からないところは聞き返す。
できないことは、その場で言う。
俺はそれを見ていた。
*
「私の教室も、同盟のものになるんでしょうか」
奈緒の質問は、別の説明の席で出た。
真砂は首を振った。
「なりません。教える内容も、開く日も、これまで通り相談して決めてください」
「道具をほかから借りても?」
「構いません」
奈緒は少し安心した顔になった。
真砂は続けた。
「ただ、こちらを使っていただけるようにはします。鍋が足りない日に届かない、ということがないように」
晴が笑った。
「それは助かるね」
「代金も取ります」
「そこは取るんだ」
「運ぶ人へも、払いたいので」
晴は頷いた。
「じゃあ、その分、おいしいものを教えてもらわないと」
話は、次の講座の日程へ移った。
正臣が道具を運べる日を伝え、奈緒が無理をしなくていいと答える。
巌はそのやりとりを聞きながら、必要な荷車の数を確認していた。
*
真砂の加入と副盟主への任命が公表されると、反応は早かった。
『あの窓口が、北西の中に入るのですか』
『今後、取引条件が変わるのでしょうか』
質問に混じり、安心したという声もあった。
『巌殿がつくなら、相談先に迷わずに済みます』
『ようやく手綱を握る人ができましたね』
最後の書簡を、俺は真砂へ見せた。
相手は読み終え、口元を曲げた。
「ずいぶんな言われ方ですね」
「思い当たることは?」
「少し」
横から巌が覗いた。
「少しか」
「訂正する必要がありますか?」
「いや。今後の仕事で見せろ」
真砂は紙を返した。
怒っているようには見えなかった。
ただ、自分が周囲へどう見えていたかを、改めて数えている顔だった。
*
数日後、真砂は分厚い計画書を持ってきた。
共同購入。
講師への支払日の統一。
装備の交換市。
輸送便の空きを使った、小口の荷の運搬。
見込みの数字だけでなく、誰が困るか、どこで止まりそうかも書いてあった。
巌が紙の厚さを見て、椅子を引いた。
「まず座れ」
「上から順に説明します」
「その前に飯だ」
「冷めないうちに話せば」
「お前が食ってる間に、こっちが読む」
真砂は一瞬黙り、それから笑った。
「では、お言葉に甘えて」
巌が皿を押した。
俺も計画書を受け取った。
前なら真砂の側だけにあった情報が、今は同じ卓に置かれている。
それを全部、見抜いたから招けたわけではない。
一緒に見て、間違えば直せる場所へ来てほしかった。
*
食事のあと、真砂が一つの案を指した。
「これは、すぐにでも始められます」
北西で余っている器を、南の市へ運ぶ。
帰りには、こちらで不足している油を載せる。
道の使用が決まれば、双方の運送の負担が減る。
「南の二つの城が揉めていますね」
巌が地図へ指を置いた。
「片方だけで話を進めると、もう片方が道を塞ぐ」
「では、両方へ利益が出るように――」
「利益の前に、何で揉めたか聞く。先月の荷の破損が片づいとらん」
真砂が筆を止めた。
「そこまでは、私の記録にありません」
「だから、一緒に行くんだ」
巌は地図を畳まなかった。
真砂は余白へ書き加えた。
先月の破損。
当事者確認。
そのあとに、交易の提案。
俺は二人を見ていた。
手綱がついたと、外では言われるだろう。
実際、真砂が一人で決められないことは増えた。
同時に、一人では届かなかった相手へ行けるようにもなった。
*
真砂が帰る前、俺へ尋ねた。
「私を入れた方が、扱いやすいと思いましたか」
俺は少し考えた。
「仕事は増えたと思う」
「でしょうね」
「でも、いないまま見落とすものの方が、大きそうだった」
真砂は返事をしなかった。
俺は続けた。
「それに、頼めると思った。前の案内を直して、客にも説明した。都合の悪い話を全部ごまかす相手なら、任せない」
「……なるほど」
小さな返事だった。
それから真砂は、巌の抱えた計画書を見た。
「試しに来たつもりが、仕事を抱えて帰ることになるとは」
「置いて帰ってもいいぞ」
俺が言うと、首が振られた。
「いえ。これは、私が進めたいので」
その言葉を聞いて、俺は笑った。
巌が扉を開けた。
「明日は朝からだ。遅れるなよ」
「そちらこそ、先に話をまとめないでください」
「話が早けりゃ、まとめる」
「そこを待っていただくために、同行するんですが」
二人の声が、廊下へ遠ざかっていった。
卓には、真砂が使った湯呑みが残っていた。
次に来た時も同じ場所へ出せるよう、俺は周に一つ、席を増やしてもらった。




