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一本

第百二十五話 招く側へ


 真砂が城へ来たのは、数日後だった。


 訂正した案内と、参加者へ送った説明の控えを持っていた。


 取引を考え直した者には、手続き前なら取り下げられると伝えたという。


 俺は一通ずつ確かめた。


「対応してくれて、ありがとう」


「こちらの使い方に問題があったので」


 真砂は頷いた。


 それから、小さな帳面を開いた。


「今日は、前の話の続きをしても?」


「聞きます」


     *


 帳面には、三つの城と道が描かれていた。


 食材を出す城。


 器を作る城。


 人を集め、教室や食事の場を開く城。


「この三つが取引を続けている時、一つがほかへ攻めようとしたら」


 真砂が尋ねた。


 俺は図を見た。


「仕入れか、売り先が止まる」


「はい。取った土地で何を得るかだけでなく、今ある仕事をどれだけ失うか、考えなければならなくなる」


 指が道をなぞる。


「経済で縛れば、争いが起きにくい状況は作れます」


「一方だけが、逆らえなくなる形もある」


「あります。こちらがすべて握れば、そうなりやすい」


 真砂は否定しなかった。


「長く続けたいなら、相手にも、こちらと取引する利益が必要です。嫌いでも、明日も品を買いたい。怒っていても、納品はしてほしい。そういう関係もあります」


 好きだから助ける。


 仲間だから守る。


 俺たちは、そうしたつながりに何度も助けられた。


 それだけでは話が進まない相手もいる。


「怒りが収まるまで、荷のやりとりだけは続ける」


 俺が言うと、真砂は頷いた。


「その間に、誰かが話を聞ければいい」


     *


「あなたは、偉業を成し遂げたと思います」


 真砂が言った。


 俺は少し身構えた。


「今度は、何を頼みたいんですか」


「本当に、そう思っているんです」


 相手は苦笑した。


「人数を集めるための戦争が始まりかけた時に、合併で北西をまとめた。かつての盟主たちが、自分から手伝いに出てきた」


「一人でできたことじゃない」


「そこも含めてです」


 真砂は帳面を閉じた。


「ただ、戦い方はほかにもあります。品が欲しい時、誰へ聞くか。売れなくなった時、誰へ相談するか。それを引き受ける者は、兵がいなくても強くなる」


 俺は静かに聞いた。


「その力を争いを減らす方へ使うこともできます。北西には、それを始められる人と物があります」


「そして、あなたにはやり方がある」


「あるつもりです」


 返事には自信があった。


     *


 俺はしばらく考えた。


 遠ざけることはできる。


 付き合う範囲を狭くし、窓口を増やし、監視する。


 それも必要だ。


 だが、真砂の話を聞きながら、ずっと別の考えが残っていた。


 この仕事を、誰に任せるのか。


 俺たちが苦労して一から覚える間にも、物資は動いていく。


 ここまで見えている相手が、目の前にいる。


「同盟へ入りませんか」


 真砂の指が止まった。


「……取引ではなく?」


「加入です」


 俺は続けた。


「交易と調達、講座や市の仕組みを任せたい。副盟主を頼みたいと思っています」


 真砂は、すぐには答えなかった。


 初めて見る顔だった。


 俺を試す時にも、条件を返された時にも、用意していた返事があった。


 今は、なかった。


「副盟主ですか」


「ああ」


「前回、あれだけ警戒された相手に?」


「今も、確かめたいことはあります」


 俺は机の上へ、朔たちと整理した紙を置いた。


「あなた個人の商いと、同盟として預かる物資は分ける。自分の店を使うことを、同盟の命令にはしない。支払いや取引の記録は、ほかの担当も確認できるようにする」


 真砂の目が紙へ移った。


「私の仕事を、取り上げるわけではない」


「続けてほしい。だから、どこからが同盟の仕事なのかを決めたい」


 相手は一行ずつ読んだ。


     *


「私が北西の商いを握るかもしれませんよ」


 顔を上げ、真砂が言った。


 試すような声だった。


 俺は頷いた。


「扱う量は、今より増えると思う」


「止められる立場にもなります」


「だから、止まった時の責任も持ってもらう。料理教室の鍋が届かない日も、守備の資源が足りない日も、担当として返事をしてほしい」


 真砂は黙った。


「外から俺の器を測るより、中で使えるものを増やしてくれませんか」


 少し長い沈黙があった。


 廊下を、誰かが荷を運んで通った。


 その音が遠ざかってから、真砂が笑った。


 いつもの滑らかな笑いではなかった。


「これは……参りましたね」


 相手は額へ手を当てた。


「条件を、どこまで通せるか考えて来たんですが」


「通したい条件は聞きます」


「そういうところです」


 俺には、何を指しているのか少し分からなかった。


     *


「ただし、一緒に仕事をしてもらう人がいます」


 俺が言うと、真砂は姿勢を戻した。


「どなたですか」


「巌です」


 扉を叩く音がした。


 呼んでいた時刻だった。


 入ってきた巌は、俺たちを見てから空いた椅子を引いた。


「話は進んだか」


「今、頼んだところだ」


「そうか」


 巌は真砂へ向き直った。


「商いのことは、お前の方が詳しかろう。俺は土地と、人の方を見る」


「私の監督ですか」


「それもする」


 隠さない返事だった。


 真砂が笑う前に、巌が続けた。


「だが、話を通す相手が必要なら、一緒に行く。お前の名だけじゃ戸を開けん者もおるだろ」


 真砂の表情が変わった。


 巌は腕を組んだ。


「儲かった話だけ持ってくるな。揉めた時に呼べ。こっちからも呼ぶ」


 真砂は俺と巌を見比べた。


 やがて、開いていた帳面を閉じた。


「お受けしたいと思います」


 俺は頷いた。


「では、皆に提案しましょう。任せる範囲も、その場で話したい」


「はい」


 真砂は立ち上がり、今度は深く頭を下げた。

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