気づいたら金欠
第百二十三話 剣で払う授業料
正臣が、指に布を巻いていた。
「戦闘か?」
俺が聞くと、彼は首を振った。
「大根」
返事を理解するまで、少しかかった。
「切ったのか」
「大根も、指も」
痛そうな話なのに、本人はそれほど落ち込んでいなかった。
奈緒が開いた料理教室へ行ってきたという。
「刃物なら扱えると思ったんだが、料理だと違うな」
「次も行くのか?」
「行く。今度は煮込みを作る」
返事は早かった。
教室の話より先に、奈緒と会える日を楽しみにしている顔だった。
*
奈緒の料理教室は、食材の持ち寄りから始まった。
参加者が増えると、それだけでは続けにくくなった。
同じ野菜ばかり集まる。
鍋が足りない。
教える側が、薪や調味料まで用意している。
「今は、代金を頂いています」
奈緒はそう話した。
「食材でも、使わなくなった装備でも大丈夫になりました」
「装備?」
「必要なものに交換してくれる方がいるんです」
彼女は棚から、一枚の控えを出した。
短剣一本。
料理教室三回分。
残った価値は、次の受講や材料の購入へ回せると書かれていた。
「私には剣の値段が分からないので、助かっています。鍋も借りられますし」
「誰がやってるんだ?」
「真砂さんという方です。人に教えるなら、準備はこちらで手伝えるって声をかけてくださって」
俺は頷いた。
教えるのが得意な者と、品を揃えるのが得意な者。
仕事を分ければ、続けやすくなる。
その時は、それ以上のことを考えなかった。
*
同じ頃、北西のあちこちで講座が増えていた。
衣服の繕い方。
木の椅子や棚の作り方。
器の焼き方。
釣り道具の手入れ。
得意なことを教えたい者は、思っていたより多かった。
教わる側も、よい時間を過ごした。
出来上がったものを見せ合い、帰りに食事をする。次の講座へ一緒に申し込む。
正臣は料理へ通い、晴は器作りの案内を持ってきた。
「これ、行ってみたい」
「何を作る?」
「湯呑み。自分で作ったので飲んだら、おいしそうじゃない?」
横から千景が案内を覗いた。
「帰ってきて、全員分を作ると言い出さないでね」
「……まだ言ってない」
「考えてはいたのね」
晴が黙り、俺は笑った。
講座の案内の隅には、小さな印があった。
奈緒が見せた控えにも、同じものがあった。
*
俺へ講演の依頼が来たのは、その数日後だった。
差出人は、真砂。
各地の講座や市を取りまとめている城主だと、書簡にはあった。
『合併の進め方と、争いを戦争へ発展させないための話し合いについて、お話しいただけませんか』
会場と移動の手配は先方で行う。
礼も支払う。
俺は千景へ相談した。
「話したい人がいるなら、行ってみてもいいと思う。ただ、何を話すかは先に決めて」
「守備の詳細までは話さない」
「それもだけど、できることを増やして帰ってこないでね」
俺は少し黙った。
心当たりがあった。
内容と礼を確認し、依頼を引き受けた。
*
当日、会場の入口で足が止まった。
看板には俺の名と、北西の猫の旧盟主という紹介が大きく掲げられていた。
その下には、婚姻のために北西をまとめたという話まである。
「そこは、事実と違います」
迎えに来た真砂へ言うと、相手は笑った。
「では、今日、ご本人からお聞かせください」
人当たりのよい声だった。
待たされることがない。
挨拶をしている間に荷物が運ばれ、飲み物が置かれ、次の相手を紹介される。
俺が何かを頼む前に、必要なものが揃っていた。
こういう仕事を任せられる人がいると、助かるだろうと思った。
*
講演では、失敗した話もした。
急いで返事をして、相手を怒らせたこと。
同じ条件を出しても、暮らしている場所によって負担が違ったこと。
合併したあとで初めて出てきた不満。
自分では処理できず、かつての盟主たちへ頼ったこと。
皆、よく聞いてくれた。
質問も出た。
終わると拍手が起こり、俺は少し照れながら頭を下げた。
来てよかったと思った。
そのあとには、食事と講座の実演があった。
料理はうまい。
人と話すのも楽しかった。
俺は、少し気が緩んでいた。
*
気づいたのは、展示された装備を見ていた時だった。
武器の箱。
料理道具の箱。
焼き物を運ぶ箱。
どれにも、同じ印がついていた。
講座の申込所へ行くと、数回分をまとめて払える札が売られていた。
料理に使わなければ、木工でもいい。
別の場所の講座にも使える。
祝いの料理や、市での買い物にも充てられるという。
「支払いは、全部こちらへ?」
係に尋ねると、頷きが返ってきた。
「はい。教える方へのお支払いも、道具や材料の手配も、まとめて承っています」
教える人は違う。
場所も違う。
だが、代金は同じところへ集まる。
武器を受け取り、物資へ替えるのも、ここだった。
その時、隣にいた城主が俺へ声をかけた。
「盟主殿も利用されているなら、安心ですね」
「何の話ですか」
「こちらへ装備を預けるか迷っていたんです。毎月、必要な物資を届けてもらえるそうで」
相手の手には、取引の申込書があった。
俺が今日ここへ来たことが、契約する理由になっていた。
会場を見渡した。
講演を聞いた者が、商談の席へ案内されている。
料理を楽しんだ者が、受講の札を買っている。
鑑定を受けた装備が、そのまま売却の卓へ運ばれていく。
俺の講演は、この会の中心ではなかった。
入口だった。
部屋の向こうで、真砂がこちらを見ていた。
目が合うと、相手は小さく会釈した。
俺はそちらへ歩いた。




