沈静化
第百十九話 祝いのない日に、城を取る
「今月、祝いが六件あります」
千景が言った。
宗吾が予定表を見た。
晴も見た。
俺は、二人の顔を見た。
「全部、攻略の日と重なってるのか?」
「全部ではありません。ただ、出撃を希望している人が、どれかには出席します」
宗吾が筆を持ち直す。
部隊を組み替え、時間をずらし、守備の交代を確認する。
晴は申し訳なさそうにしていたが、祝いを延期しようとは言わなかった。
「じゃあ、この日」
千景が空いた日を指した。
「天気と道が悪くなければ、ここで」
宗吾が計算し直す。
しばらくして、頷いた。
「出せる」
晴の顔が明るくなった。
今度こそ、大城へ行ける。
*
最上級兵は、まだ全員が使えるわけではなかった。
研究を終えた者から、少しずつ編成へ加わっている。
強い。
だが、数を揃えるには資源が要る。
失えば補充にも時間がかかる。
宗吾は、それだけで正面を押し切る案を採らなかった。
「前に出る部隊を絞る。守備が動いたところへ、次を当てる」
卓上に、出撃の順番が並んだ。
昂生が正面。
朱音が後方から支える。
里央は空いた進路を確かめ、横へ回る。
沈烈には、後続の部隊を乱さず前へ送る役を任せた。
冬馬は退路の守備を引き受けた。
「ここなら、見られる」
自分でそう言った。
岳が隣で地図を確認し、頷いた。
晴は巨嶽を出す。
蒼波をどこへ進めれば、騎馬の帰還と再展開に使えるか。
その位置も、先に決めた。
カイは話を聞き終え、自分の剣へ手を置いた。
「俺たちは?」
「まず後ろだ。守備の武将を見てから決める」
最高位の相手が出れば、二人を当てる意味がある。
そうでなければ、強化した武器だけで最上級兵の列へ飛び込ませるわけにはいかない。
レンがカイの肩を叩いた。
「待つのも仕事だってさ」
「分かってる」
カイは少し不満そうだったが、頷いた。
*
大城の門が崩れる音を、俺は少し後ろで聞いた。
土煙の向こうで、守備が動く。
宗吾の指示が届いた。
昂生の部隊が踏みとどまり、朱音の矢がその頭上を越える。
以前なら、ここで前へ出る人数が足りなかった。
今は後続がいる。
疲れた部隊を下げても、空いた場所を埋められる。
沈烈が槍を上げ、進む列と戻る列を分けた。
晴から、短い報告が届く。
『西、進める』
巨嶽が押し開いた側へ、次の部隊が入る。
俺は地図を見ながら、何度も後ろを確認した。
退路は残っている。
物資も届いている。
恭介からの報告に、遅れの印はなかった。
城が落ちた時、最初に聞こえたのは晴の声だった。
「取れた!」
そのあと、報告が一斉に重なった。
負傷と損耗。
帰還する部隊。
残して守る人数。
喜ぶのは、その確認のあとになった。
晴はそれでも、ずっと笑っていた。
*
装備の発見報告が来ると、部屋はまた騒がしくなった。
高いレアリティの防具。
使い手の限られる専用武器。
今の部隊では扱いにくいが、交換には使えそうなもの。
弥平が一つずつ確認していく。
「これ、朔のところで探していた武将の装備じゃないですか」
旧所属の呼び方が出て、彼はすぐ言い直した。
「朔が担当している交換一覧に、ありました」
「伝えてくれ」
俺が言うと、弥平は嬉しそうに書簡を開いた。
城を取った者だけで分けるのではなく、道を整えた者、物資を運んだ者、留守を守った者の働きも記録に残した。
配分には時間がかかった。
希望が重なれば話し合った。
それでも、次の攻略へ参加したいという声は減らなかった。
*
北西の外でも、城が落ち始めていた。
南東では、いくつかの同盟が合併し、別のまとまりとは攻略の日時を分けた。
北東では、かつて争った同盟が通行を認め合い、大城への道を開いた。
中央寄りの地域からは、守備の観察記録を交換したいという書簡が届いた。
こちらから送ると、向こうは専用装備の発見場所を教えてくれた。
そうしたやりとりに、婚姻の知らせが添えられることもあった。
『以前の交換会で知り合った者と、一緒になることになりました』
『祝いの都合で、その日は面会を外していただければ幸いです』
俺は了承の返事を書いた。
祝いの言葉も添えた。
かつては出撃時刻ばかり聞いていた相手と、今は日程を空ける相談をしている。
*
争いがなくなったわけではない。
取得する土地を間違えた者はいた。
装備の配分に納得できず、強い言葉を送る者もいた。
祝いの席で酒を飲みすぎ、昔の不満を口にして喧嘩になった者までいた。
ただ、その続きを兵へ任せる前に、呼ばれる人が増えていた。
元盟主。
取引相手。
同じ城を攻略した仲間。
婚姻で親しくなった相手。
一人では返事を収められなくても、間へ入れる者がいる。
葉のまとめる記録は、少しずつ変わっていった。
宣戦。
土地の奪取。
援軍の要請。
そうした項目より、面会と合意の報告が多くなった。
「今週、北西の新しい戦争はない」
葉が言った。
俺は顔を上げた。
「本当に?」
「報告の届いている範囲では。外でも、大きくなる前に止まった争いが増えてる」
千景が息を吐いた。
晴は椅子に座ったまま、両手を上げた。
誰も大きな声では祝わなかった。
ただ、その日の会議は少し早く終わった。
*
帰り道、市を通った。
武器屋の前に人が集まっていた。
新しい専用装備が並んだらしい。
向かいの店では、婚姻の祝いに使う布を選んでいる二人がいた。
俺を見つけた店主が、にやりと笑った。
「盟主殿。次はどこの祝いで?」
「今日は買い物だけだ」
「奥方と?」
「ああ」
隣にいた律が笑った。
もう、そこは訂正しなかった。
茶を買い、帰りにカイとレンの頼まれ物を探す。
律は布の店へ戻り、小さな敷物を一枚選んだ。
「卓に置こうと思って」
「いいな」
「仕事の紙で埋めないでね」
「気をつける」
帰宅すると、机の上に葉からの報告が届いていた。
新たに三つの大城が攻略された。
一件の土地争いが、返還と道の交換で決着した。
その下には、次の婚姻の知らせがあった。
俺は読み終え、紙を片づけた。
律が買ってきた敷物を広げる。
二人分の湯呑みが置かれた。
明日は会議がある。
その次には、また城を攻略する予定がある。
今夜、止めなければならない戦争の知らせは、届いていなかった。




