見え方
第百十八話 結婚のための大同盟
最初にその噂を持ってきたのは、玄だった。
朝の会議が始まる前に、俺の机へ一枚の書簡を置いた。
「読め」
「何だ」
「お前の偉業」
嫌な予感がした。
開くと、装備交換の礼が書いてあった。
差出人は中央寄りの同盟にいる城主で、玄とは何度か取引をしているらしい。
問題は末尾だった。
『そちらには、好きな相手と安心して結婚するため、北西を一つにまとめた盟主がいると聞きました』
俺は読み返した。
玄はもう笑っていた。
「順番がおかしい」
「そうか?」
「そうだろ」
「好きな相手と落ち着いて会いたいとは思ってたんじゃないか」
「それは……」
言葉を探している間に、晴が隣から覗き込んだ。
読み終えると、ぱっと顔を上げる。
「でも、結婚できたね」
「できたけど」
「じゃあ、よかった」
訂正する気のない返事だった。
*
噂は、届くたびに少しずつ変わっていた。
妻を守るために大同盟を作った。
婚姻の邪魔になる戦争を、全部止めて回った。
別々の同盟にいた二人が一緒になるため、周囲の同盟までまとめて合併させた。
「最後のは、迷惑な話じゃないか」
俺が言うと、葉は記録から顔を上げた。
「だから、事実と違う部分は訂正してる」
「助かる」
「でも、普通のお祝いへの返事にまで説明をつけなくていいと思う」
俺の手元には、途中まで書いた礼状があった。
婚姻と合併は別に話し合って決めたものであり、と続いている。
葉はその一行を見た。
「それ、律にも見せる?」
俺は筆を止めた。
礼だけを書き直した。
*
律は、すでに知っていた。
夕食のあとで話すと、驚くどころか、少し申し訳なさそうに笑った。
「麻緒から聞いた」
「先に言ってくれ」
「あなたがどんな顔で帰ってくるかと思って」
俺は椅子へ深く座った。
律は茶を注ぎ足してくれた。
「私、そんなに大変なお願いをしたかなって」
「してない」
「北西を全部まとめてから来て、とは言ってないよね」
「言われても困る」
律が笑う。
俺も、とうとう笑ってしまった。
訂正しようとするほど、もっともらしく聞こえる気がした。
「嫌?」
律が尋ねた。
「何が?」
「私と結婚するためだったって言われるの」
俺は返事を考えた。
皆が時間を使い、揉めながら決めた合併だ。
それを俺一人の恋の話にされるのは、違うと思う。
だが、その気持ちを説明しようとして、律を見た。
同じ卓に、二人分の茶がある。
「全部、それだけだったわけじゃない」
「うん」
「でも、こうして暮らせる時間を増やしたかったのは、本当だ」
律は湯呑みを持ったまま、少し黙った。
「じゃあ、その部分は訂正しなくていいね」
俺は頷いた。
*
婚姻の知らせが増え始めたのは、その頃だった。
同じ同盟になって、以前より会いやすくなった二人。
装備を交換するうちに、用件がなくても書簡を交わすようになった二人。
昔から近くにいたのに、ようやく気持ちを伝えた二人。
杏のところへ、祝いの席をどこで開いたらよいかという相談が届いた。
晴は喜んで場所を探した。
最初の一組には、同盟中で使っている広場を勧めた。
二組目には庭を貸した。
三組目の話が来たところで、千景が予定表を広げた。
「晴。全部に丸一日参加するつもり?」
「できれば」
「攻略の準備は?」
晴が口を閉じた。
宗吾が、その横へ出撃予定を置く。
しばらく三人で見比べたあと、晴が真面目な顔で言った。
「祝いの日から決めちゃ駄目?」
「全員の分を聞いてからね」
千景も、少し笑っていた。
*
ある祝いの席では、元の所属が違う二人の親しい者たちが、最初は左右に分かれて座っていた。
片方の席では魚が余り、もう片方では肉が足りなくなった。
晴が皿を持って移動した。
巌も酒を抱えてついていった。
しばらくすると、椅子の位置が変わっていた。
「その道、お前の城の前を通るのか」
「ああ。雨だと下がぬかるむぞ」
「じゃあ、次に荷を出す時、先に聞いていいか」
「いい。橋の方なら、俺より隣の方が詳しい」
俺は少し離れたところで、それを聞いていた。
会議で紹介すれば、所属と名前を覚える。
同じ皿の料理を取り合えば、もう少し余計なことまで覚える。
魚が苦手だとか、朝が早いとか、話し始めると長いとか。
後日、土地の境界について揉めかけた時、その二人は俺へ宣戦の相談を送る前に、互いへ書簡を出した。
解決の報告には、あの席で一緒だったので、と書いてあった。
*
祝いが続く中で、正臣は料理を運ぶのが妙に上手くなった。
空いた皿を見つけるのも早い。
席を探している者がいれば、自分の椅子を動かした。
「慣れたな」
俺が言うと、正臣は恨めしそうにこちらを見た。
「他人の婚姻にばかり詳しくなる」
弥平が横で笑った。
「今度、飾りを作る人手も足りないそうですよ」
「俺を何でも屋にするな」
「嫌なら断っていいんですよ」
正臣は少し考えた。
「……半日なら行く」
笑われると、彼は不満そうに皿を持ち直した。
「祝いたくないわけじゃないんだよ」
「分かってる」
俺が答えると、正臣は小さく頷いた。
それから、庭の向こうで律と話している晴を見た。
「しかし、お前の噂、ひどいことになってるぞ」
「もう聞いた」
「安心して結婚できる場所が欲しければ、北西へ行け、だと」
俺は額へ手を当てた。
正臣は、今度は楽しそうに笑った。
*
その夜、巌から書簡が届いた。
北の土地争いが収まったという報告だった。
双方の城主が、翌月の祝いの席でまた顔を合わせるため、その前に片づけたいと話し合ったらしい。
返還する土地と、引き直した道が丁寧に記されている。
最後に一行あった。
『ほらな。古くからある話だ』
俺は返事を書いた。
『あまり俺の話を広めるな』
送ってから、少し考えた。
もう一通、書いた。
『調整、ありがとう』
翌朝、返ってきた書簡には、大きな字で一言だけあった。
『任せろ』




