北西大同盟
第百十六話 北西を覆う旗
二百人に届いた日、最上級兵の開発条件の一つが、達成へ変わった。
歓声は上がった。
宗吾が早速、必要な資源と研究を確認した。
だが、その場に最上級兵が現れたわけではない。
兵を育て、装備を整え、実際に動かせるようにするまでには、まだ仕事があった。
そして、人数が揃っても書簡は止まらなかった。
『こちらも合併を相談したい』
『今からでは遅いでしょうか』
『二百人を超えたあとに入る者にも、同じ条件が適用されますか』
俺は最後の書簡を、会議の卓へ置いた。
「必要な人数は揃ったから、あとは自分たちでやってくれとは言えない」
千景が頷いた。
「ただ、受け入れる速さには限界がある」
倉庫。
通行権。
連絡先。
守備の分担。
名前を一覧へ足すだけでは、合併は終わらない。
「近い地域ごとに、先に相談できる人を決めよう」
俺が言うと、巌が手を上げた。
「北は持つ。ただし、前に俺のところにおった者だけで固めるな」
佐伯が記録した。
「担当は地理で分けます。旧所属で指示が二重に出ないように」
ほかの席からも、声が上がった。
かつて周囲を束ねていた盟主たちだった。
現在の人数だけなら、小さな同盟を率いている者もいる。
だが、誰と誰が揉めたのか、どの道なら物資が通るのか、書簡へ出てこない事情を知っていた。
その人たちが、自分たちの旗を畳んで席へ来ていた。
*
旧東雲の盟主が、手を上げた。
「一つ、先に決めたい」
部屋が静かになった。
「合併後に起きた争いを、昔の同盟ごとに庇い合わないことだ」
本人が言う重さがあった。
「こちらの出身者が間違えたなら、こちらが先に事情を聞く。ただし、処分まで身内だけで済ませない」
千景が頷いた。
「被害を受けた側の話も、別に聞ける担当を置きましょう」
「頼む」
短い返事だった。
昂生が腕を組んだ。
「外へ勝手に攻めた時は?」
「まず止める。合併前の仲間だからと、援軍を出さない」
俺が答えると、別の元盟主が口を開いた。
「止まらなければ?」
簡単に返せる問いではなかった。
「守られる側の土地へ、こちらの守備を入れることもある。同じ同盟だから見逃す、にはしない」
誰も嬉しそうではなかった。
それでも、異論は出なかった。
怒りが湧くこと自体は止められない。
腹が立ったまま、会議へ来る者もいる。
だから、兵が動く前に話せる相手を、増やしておく必要があった。
*
玄が合併に同意したのは、自分の仲間たちとの話し合いを終えたあとだった。
「訓練に出ないからって、居づらくならないようにしてくれ」
「それは、うちも同じだ」
「あと、うちの訓練場は残したい」
「利用の決まりを確認しよう」
朔は資源の持ち出しについて、細かい条件を持ってきた。
律は、合併を望まない者が安心して残れる道を、最後まで確認していた。
七人が同じ同盟へ揃うことが決まっても、昔のように戻った気はしなかった。
それぞれが、今の仲間の約束を抱えて来る。
律の隣には麻緒がいた。
玄の後ろには燈がいて、出撃予定について質問した。
俺たちだけで話を進めると、知らない顔が増える。
何度も説明し直した。
その手間を省けば、古い仲間だけの同盟になってしまう。
*
北西の地図は、ゆっくりと色を変えた。
隣接する同盟が加わり、その隣も話を聞きに来る。
すでに合併した元盟主が、迷っている相手へ事情を説明する。
こちらに不都合なことも、隠さずに話してくれた。
会議が増えた。
好き勝手には出撃できなくなった。
その代わり、土地を奪われそうになった時、一人で返事をしなくてよくなった。
最初から、すべてがうまくいったわけではない。
倉庫の使い方を巡って口論が起きた。
昔の恨みを持ち出す者もいた。
しかし、境界へ兵を並べる前に、誰かが相手の城へ行くようになった。
巌が出向いた日もあれば、真木が話を聞いた日もある。
晴が食事へ誘い、その席でようやく不満が出てきたこともあった。
気づけば、北西のほぼ全域が一つの同盟になっていた。
残った小さな旗は、無理に消さなかった。
道の約束を確かめ、今まで通りに挨拶を交わした。
*
外からの反応は、すぐに届いた。
『北西の争いが減ったことは、こちらにも伝わっています』
瀬名の書簡は、そう始まった。
『同時に、この規模が中央へ向かう可能性を警戒する者もいます』
当然だった。
内側で何を話していようと、外から見えるのは人数と兵力だ。
最上級兵を開発できる巨大同盟。
かつての有力盟主たちが、その中へ集まっている。
安心する者も、恐れる者もいる。
俺は返事に、周辺の土地を求めて軍を動かす予定はないことを書いた。
守備や攻略で境界付近を使う時は、事前に知らせる。
合併への不参加を理由に、取引や通行を切らない。
書いただけで信じてもらえるとは思わなかった。
「次の行動も見られるね」
葉が言った。
「ああ」
地図の向こうでは、まだ争いが続いている。
北西でまとめた条件を知りたいという問い合わせには、記録を送った。
使える部分だけ使ってもらえればよかった。
*
最後の会議で、俺は集まった人たちを見た。
以前なら、別々の旗の下で向かい合っていた顔が並んでいる。
「今期が終わる時、取った土地だけを数えたくない」
静かに話し始めた。
「無事に暮らせた日がどれくらいあったか。次の世界へ行くとしても、また会いたい人がどれくらい残ったか。そういうものも、持って終わりたい」
巌が腕を組んだまま頷いた。
「争いを全部なくせるとは言えない。ただ、始めなくて済む戦争は、なるべく止めたい。そのために、この人数を使いたい」
晴がこちらを見ていた。
大号令を出した時とは違う、静かな顔だった。
会議の終わりに、彼女が聞いた。
「じゃあ、今度こそ攻略へ行ける?」
何人かが笑った。
宗吾が予定表を開いた。
「守備を残せる日を選べば」
「それ、前より選べる日が増えたよね」
晴の言葉に、俺も笑った。
そういう形で、人数が力になればよかった。




