調整
第百十三話 もう一度、名を出す
「配下には、しない」
俺が言うと、晴は条件表から顔を上げた。
二百人に届くまで、いくつかの同盟に配下として協力してもらう。
最初の案には、その方法も残してあった。
同盟の名前や、今のまとまりを保ちやすい。無理に一つへ押し込めるより、受け入れられるかもしれない。
そう考えていた。
だが、書き進めるほど、引っかかるものがあった。
「合併を提案したい。同じ同盟へ入ってもらう」
晴はしばらく黙っていた。
「その方が、大変じゃない?」
「ああ」
人数の多い側と少ない側。
先にいた者と、後から来る者。
土地も倉庫も、幹部の役職もある。
東雲を受け入れた時、旗が同じになれば済むわけではないと、俺たちは知った。
「それでも、最上級兵を使うために人数を貸してくれ、とは頼みたくない」
俺は紙の一行を消した。
「入るなら、この同盟でどう暮らすかを一緒に決めてほしい。元の盟主だけと話して、全員の参加が決まる形にもしない」
「合併したくない人は?」
「入らなくていい。その人たちが別のまとまりを作れるなら、そっちの相談も手伝う」
晴が紙へ手を伸ばした。
俺の消した行の下に、短く書き加える。
『参加しない同盟とも、今の約束は続ける』
「道を貸さなくなったりしたら、断れないもんね」
「ああ」
晴は頷いた。
それから、俺の顔を見た。
「じゃあ、私も聞いていい?」
「何を?」
「新しい盟主は、私に何を任せたい?」
*
その話は、二人だけでは終わらなかった。
翌日、幹部を集めた。
千景は交代そのものより、仕事の割り振りを気にした。
「あなたが盟主になって、外交官の仕事も全部持つなら、私は反対」
「分けるつもりだ」
「つもりではなく、誰へ何を渡すかまで決めて」
葉が記録を開いた。
書簡の整理と情勢の集計。
日々の通行確認。
他同盟との面会。
俺が何となく引き受けていた仕事が、思っていたより多かった。
それらを分けたあとで、晴が口を開いた。
「私は、入ってくる人たちと話したい」
昂生が顔を上げた。
「話を聞く係か?」
「聞くし、こっちのことも話す。会議だと、言いにくいこともあるでしょ」
晴は少し考えた。
「あと、攻略にも行きたい」
千景が、そこで初めて笑った。
「そっちは分かってた」
「ちゃんと予定を決めて行くよ」
「決まった予定を増やさないでね」
晴が俺を見た。
「困った時は、言う。私も、あなたが決めたことに嫌だって言うかもしれない」
「言ってくれ」
「うん。じゃあ、私は賛成」
その返事で決定にはしなかった。
同盟全体へ提案を出し、話をする時間を取った。
晴だから入った、と言う者もいた。
俺は知っているが、盟主として何をするつもりなのか分からない、という声もあった。
もっともだと思った。
合併を進めること。
人数を増やすための戦争はしないこと。
ただし、攻められた時の守備は弱めないこと。
役職は以前の同盟の大きさだけで配らず、引き受ける仕事を明らかにすること。
一度の説明では終わらなかった。
晴も同席した。
俺が答えに詰まれば助けてくれたが、代わりに約束はしなかった。
数日後、交代が決まった。
盟主の表示が俺へ移った瞬間、晴は自分の表示をしばらく眺めていた。
「変わったね」
「ああ」
「思ったより、そわそわする」
笑っていた。
俺も笑おうとしたが、うまくいかなかった。
机の上には、俺が返事をするべき書簡が並んでいた。
*
各地へ送る最初の書簡に、俺は昔の名を書いた。
北西の猫。
そこから文章が進まなくなった。
解散した同盟だ。
今は別の仲間を持ち、別の旗の下にいる者も多い。
その名前を使って、人を呼び集めていいのか。
葉が下書きを読んだ。
「昔の全員が賛成しているようには、書かない方がいい」
「ああ」
「でも、あなたが誰なのかは、書いていいでしょう」
俺は筆を持ち直した。
『かつて北西の猫で盟主を務めた者として、今回の調整に自分の名を出します』
その下へ、今の立場を書いた。
晴から盟主を引き継いだこと。
最上級兵の解放を目的とした、合併の協議を始めること。
既存の仲間同士のまとまりは相談しながら残すが、配下として人数を数える形は取らないこと。
こちらへの加入以外にも、地域ごとの合併を考えている同盟があれば、連絡や条件の整理を手伝いたいこと。
最後に、協議を急がせるための進軍はしないと書いた。
葉が読み終える。
「送る?」
俺は頷いた。
昔の名前を出した以上、知らなかったことにはできない。
それでよかった。
*
翌朝、返事が増えた。
最初は、合併についての質問が多かった。
土地の扱い。
元の盟主の立場。
戦争に出られない者の参加。
俺は順に読んでいた。
その中に、巌からの書簡があった。
『やっと表へ出るのか』
挨拶は、それだけだった。
続きには、近隣の三つの同盟へ話を通すと書いてあった。
参加を決めさせるのではなく、まず話を聞く席を作る。
以前の争いで直接会いにくい者がいるため、自分が間へ入るという。
俺はすぐに返事を書いた。
そんなところまで頼んだつもりはなかった、と。
返ってきたのは短かった。
『頼まれるまで待ってたら、お前が全部やるだろ』
紙を持ったまま、声を出して笑ってしまった。
晴が顔を上げた。
「何?」
「巌が、手伝ってくれる」
「よかった」
晴は嬉しそうに言った。
俺は次の書簡を開いた。
まだ、それが始まりだとは思っていなかった。




