やらせない
第百十二話 もう一度、引き受ける
七人が集まった時、玄はもう事情を知っていた。
「二百人か。今度は、でかくなれってことらしいな」
椅子へ座りながら言った。
「前は人数が多くても、まとまらなかったのにね」
杏が返した。
朔は書類を卓上へ置いた。
律の隣に座ろうとして、俺は一瞬迷った。
玄がそれを見た。
「そこ、空いてるぞ」
「分かってる」
「なら座れよ」
葉が小さく笑った。
俺は律の隣へ座った。
律は何も言わず、俺の方へ地図を少し寄せた。
*
晴から相談された内容を話した。
うちだけが条件を満たして終わるのではなく、周囲が無理な配下化へ走らずに済む道を作りたい。
できるなら、そのやり方をほかの地域にも伝えたい。
話し終えると、朔が口を開いた。
「全員を一つにまとめる必要はあるのか」
「最上級兵の条件を満たすには、同盟か配下という関係が要る。単に協力するという約束だけでは、数に入らない」
「それは分かる。でも、世界中を一つにする話ではないだろ」
朔は地図に指を置いた。
「ここで二百人。こっちでも二百人。利害の合うところが条件を決めてまとまればいい」
俺は地図を見た。
自分たちが誰を集めるか、ばかり考えていた。
複数のまとまりを作る。
そうなれば、一つの同盟へ入らなければ最上級兵を得られない、という圧力は弱くなる。
「ただし、同盟ごとの条件は違っていい」
朔は続けた。
「資源を出せるところ、兵を出せるところ、道を持っているところ。全部同じ負担にしたら、また不満が溜まる」
岳が頷いた。
「戦える人数と、所属人数も分けて考えるべきだ。二百人揃ったから二百人分の軍が出ると思われると、困る」
「戦争に出られない人も、居場所を失わないようにしたい」
杏が言った。
「人数としては必要だけど、発言はしないで、だと続かないから」
葉が書き留めていく。
玄は腕を組んだ。
「抜ける時のことも最初に決めよう。人数が足りなくなるから抜けるな、じゃ、人質みたいになる」
俺は頷いた。
「条件を割った時の扱いは、確認が要る」
「分かってないことは、分かってないって出そう」
律が言った。
「大丈夫だと思う、で人を集めたら、あとで困る」
紙の上に、項目が増えた。
誰も、簡単だとは言わなかった。
だが、さっきまで頭の中で絡まっていたものが、ひとつずつ話せる大きさになっていた。
*
「それでも、従わないところはある」
俺が言うと、玄はすぐ頷いた。
「あるだろうな」
「こっちが話している間に、配下を増やす同盟も出る。調整に失敗して、先に最上級兵を向けられるかもしれない」
「うん」
「その時、話し合いを勧めた俺たちが――」
「全部、責任を取るの?」
律の声に、俺は止まった。
彼女はこちらを見ていた。
慰める顔ではなかった。
「誰かが自分で攻めると決めたことまで、あなたの失敗にするの?」
「そういうつもりじゃない」
「でも、今の言い方はそう聞こえる」
返せなかった。
律は少し身を乗り出した。
「私たちだって盟主だよ」
その言葉に、玄と朔が黙って頷いた。
「話を聞いて、自分たちの仲間と相談して、決める。あなたが頼んだから全部従うわけじゃない」
「ああ」
「だから、最初から全員を救えるかどうかで考えないで。選べる案を出して。気に入らないところは、こっちから言う」
律は、俺の前にある白い紙を指した。
「何も出さないまま、無理かもしれないって下がられたら、相談もできない」
胸に刺さった。
頼られる重さばかり見ていた。
こちらから頼る相手がいることを、知っているつもりになっていた。
「……分かった」
「本当に?」
「分かった。まず、案を作る」
律はようやく背もたれへ戻った。
そこで玄が、息を吐くように笑った。
「効くなあ」
「何が」
俺が聞くと、玄は律を見た。
「俺が言っても、あと二回くらい悩んだだろ」
「そんなことはない」
「じゃあ、俺の提案も一回で聞けよ」
杏が笑った。
律は茶を飲んでいたが、耳が少し赤くなっていた。
俺はそれを見て、余計に何も言えなくなった。
*
各自が何を持ち帰るかを決めた。
玄は近隣の盟主へ、参加を求める前の話し合いが可能か確かめる。
朔は資源や装備の交換を含め、同盟同士で分担できるものを整理する。
律は小さな同盟が不安に思う条件を集める。
葉は公表された仕様と、まだ確認できないことを分ける。
岳は協議中の守備について考える。
杏は加入を望まない者にも、話を聞ける場所を用意する。
俺は、最初の案と呼びかけの文面を作る。
「うちが入るかは、まだ別だからな」
玄が念を押した。
「ああ」
「飯は食いに来るけど」
「それも別だな」
ようやく、自然に笑えた。
七人がまた同じ旗へ戻ると決めたわけではない。
それぞれの場所から、同じ仕事の一部を持ち帰る。
今の俺たちには、その始め方が合っていた。
*
皆が帰る支度を始めたあと、俺はもう一度呼び止めた。
「もうひとつ、聞いてほしい」
玄が椅子へ腰を戻した。
朔は閉じかけた書類を開いた。
俺は言葉を選んだ。
「この話を進めるなら、晴に決めてもらうことが増える」
同盟の形。
受け入れる条件。
守る範囲。
場合によっては、兵を動かす判断。
外交官として案を作り、晴が承認する。
これまで通りにもできる。
だが、今回の仕事を考えるほど、その形では済ませられない気がしていた。
「俺が交渉の場で約束して、難しい判断になったら持ち帰って、晴に決めてもらう。それを何度も繰り返すことになる」
「権限を増やしてもらう?」
葉が聞いた。
「それも考えた」
俺は首を振った。
「でも、俺が進めたい方針で同盟の形が変わるなら、最後の責任まで晴に預けたくない」
少し、間があった。
杏が俺の顔を見た。
「盟主をやるつもり?」
「ああ」
声にすると、逃げ道が一つなくなった。
だが、不思議と息はしやすかった。
「晴に、交代を提案したい」
*
誰も、すぐには賛成しなかった。
それがありがたかった。
岳が最初に聞いた。
「晴が嫌だと言ったら?」
「話す。勝手には決めない」
「今の同盟員もだ」
「ああ。俺たちだけで決めることじゃない」
朔が頷いた。
「なら、提案するのはいいと思う。ただ、外交まで全部一人で持つな」
「分かってる」
「さっきまで全部背負おうとしていたから、言ってる」
俺は口を閉じた。
玄が笑った。
「盟主になって、仕事を抱えたら、律にまた怒ってもらえばいい」
「私だけに押しつけないで」
律がすぐ返した。
皆が笑った。
彼女も少し笑ってから、俺を見た。
「やるなら、応援する。でも、晴とちゃんと話して」
「ああ」
「晴が作ってきた同盟だから」
俺は頷いた。
そのことを忘れた提案には、したくなかった。
*
晴を訪ねたのは、翌日の夕方だった。
庭では、岩成が新しい守備位置を確認していた。
部屋へ入ると、晴はすぐ立ち上がった。
「どうだった?」
「七人で話した。案を作れると思う」
顔が明るくなる。
その顔を見て、俺は一瞬ためらった。
この人に頼まれた仕事へ、どうしてこんな返事を持ってきたのか。
自分でも、簡単には説明できなかった。
「ただ、その前に相談がある」
晴は椅子へ戻った。
俺も向かいに座った。
作りかけの条件表を置く。
晴はすぐには読まず、俺を見ていた。
「盟主を、交代してほしい」
部屋が静かになった。
廊下で誰かが立ち止まり、また歩き始めた。
晴は瞬きをした。
「……誰に?」
「俺に」
彼女の指が、卓上の紙へ触れた。
端を揃えるように動き、それから止まった。
「私だと、難しい?」
その言葉は、思っていたより痛かった。
「今回の方針を、俺が中心になって作るなら、自分で判断する立場まで引き受けたい」
俺は続けた。
「晴が声をかけたから集まった人たちがいる。俺もそうだ。だから、勝手に交代を決めるつもりはない」
「うん」
「でも、俺がこうしたいと言って、最後に誰かを断ったり、危険を引き受けたりするところだけ晴に任せるのは、違うと思った」
晴は黙って聞いていた。
「世界中を収められるとは言えない。二百人集めることだって、まだ約束できない」
こんな言い方で、任せてほしいと頼めるのかと思った。
それでも、できるふりをして始めたくはなかった。
「まず、戦わなくても選べる道を作りたい。そのために、この同盟の先頭に立たせてほしい」
晴は視線を落とした。
長い間、条件表を見ていた。
俺は返事を待った。
やがて、晴が聞いた。
「それ、あなたがやりたいこと?」
俺はすぐには答えなかった。
頼まれたから。
必要だから。
それだけなら、また途中で誰かの期待を理由にしてしまう気がした。
小さな同盟へ戻った仲間たち。
配下へ入るか怯えている城主。
用事がなくても会いたいと言えた、律との時間。
守りたいものは、もう俺自身にもあった。
「ああ」
晴を見た。
「俺が、やりたい」
晴は小さく頷いた。
それから、俺の持ってきた紙を自分の前へ引いた。
「分かった。ちゃんと話そう」
まだ、交代は決まっていない。
彼女の考えも、同盟の仲間の考えも聞かなければならない。
晴は条件表の最初の行を指した。
「まず、これ。私が盟主じゃなくなったら、私は何をしたらいい?」
俺は椅子を卓へ寄せた。
その話から、始めた。




